第4話

 翌日、昨日撮った写真を現像してくれるとのことだったのでその受け取りに向かっていた。私は現像しなくてもいいと言っていたのだが、夏葉がどうしても欲しいと言ってきかなかったのでしてもらうことになった。

 放課後になるとテストが近いということもあり慌ただしくなるだろうと思った私は、昼休みの間に受け取ってしまおうと夏葉との昼食を早めに切り上げ、職員室に来ていた。すると、職員室から見覚えのある姿が出てくるのが見えた。

「あら、佐伯君?」

「あ、こんにちは、桃城先輩」

「職員室に何か用事でもあったの?」

「はい、少し。桃城先輩はどうしたんですか?」

「私は昨日の写真を受け取りに来たのよ。放課後は混んでしまうと思って」

「そうなんですね。でも、写真でしたらまだできていないそうですよ」

「あら、そうだったの。教えてくれてありがとう。そういうことなら私はもう教室に戻ることにするわ」

「はい、では僕もこれで失礼します」

 そう言って佐伯君は軽くお辞儀をし、自分の教室へと帰っていった。そうか、まだ現像できていなかったのか。無駄足になってしまった。そう思いながら踵を返し、私も自分の教室へと足を向けた。

 教室に戻り、まだ昼食を食べていた夏葉にこのことを話すと、案の定ひどく落ち込んだ。

「あたし今日バレー部があるからそっちいけないのにー。遥花、先帰っちゃうよね」

「そうね、夏葉よりは早く終わるでしょうね」

 夏葉はいつも最後まで残って練習をしているため、帰るのが遅くなりがちだ。そのため私とは帰る時間がずれてしまうこともある。放課後には現像も終わっているはずだから、部活の時に渡そうと思っていたのだが、それは叶いそうもなかった。


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、生徒たちは各々支度を始める。私もゆっくりと荷物をまとめ、部活へ向かう準備をする。一方で夏葉は早くも準備を済ませ、もう教室を出ようとしていた。

「じゃあ遥花、またね!」

 私の挨拶を待たずして、夏葉の姿は見えなくなっていた。

 私もようやく準備を終え、いつも通り職員室へ向かう。今日は写真を受け取るのを忘れないようにしなければ。

 職員室に着くと、やはり生徒で溢れかえっていた。なんとか切り抜け、調理室の鍵と三枚の写真を受け取る。

 写真は想像していたよりもキレイに撮れていた。夏葉はいつも通りの無垢な笑顔、私はこれといった特徴のない普通の顔、佐伯君は初めて会ったときのような優しい笑顔を見せていた。各々の個性が出ていて良い写真になっているとも思った。

 夕焼け前の澄んだ空、心地よい日差しの下に並ぶ私たち三人。佐伯君の足元には紫色のアネモネが顔をのぞかせていた。

 ほんの数分前よりもさらに人が増えていた職員室の前を抜け調理室に向かうと、すでに佐伯君が待っていた。

「あら、今日は早いわね」

「桃城先輩。今日はホームルームが早く終わったので。それより、昨日の写真はもらえましたか?」

「えぇ、しっかりみんなの分もらってきたわよ」

 静かに立っている佐伯君を横目に、調理室の鍵を開ける。いつもと変わらない風景、教室に染み付いたほんのり甘い香り。しかしなぜだか、今日は優しい花の香りも微かにしたような気がした。

 荷物を置き適当な椅子に座ると、佐伯君も私の横に並んで座った。その瞬間、またしても微かな花の香りがした気がした。それに気づき横を向くと、佐伯君もこちらを覗いていた。

「先輩、写真一緒に見ましょう」

 佐伯君の青く綺麗な瞳に一瞬目を奪われそうになりながら、平然を装い写真を取り出す。

 私、夏葉、佐伯君の三人分の写真を机に並べる。どれも中身は変わらない。佐伯君はその中から手前の一枚を手に取りまじまじと見つめる。

「やっぱり先輩って綺麗だな」

 写真を見ながら佐伯君がボソッと呟く。はっきりとは聞こえなかったが、そんなように言っていた気がする。内容が内容なだけに、私は思わず反応してしまった。

「えっ」

 ハッと気づき慌てて口を押え横目で佐伯君を見る。それを見て佐伯君は初め、何かあったのかと言わんばかりにきょとんとしていたが、その瞬間何かを察したのか耳が急激に赤く染まっていくのが目に見て分かった。

「すみません、口に出ちゃってましたか…?」

 はぐらかしても手遅れだと思い、正直に答える。

「え、えぇ、あまりはっきりとは聞こえていなかったけれど。あ、あれよね、先輩って夏葉のことよね。夏葉、結構かわいいし、人気もあるから…」

 言葉の端々に動揺が隠せなかった。自分に言い聞かせるかのようにそう言ったが、私の容姿を言っているとも思えなかった。いや、客観的に見たら整っているのかもしれないが、自分で自分のことをかわいいだとか綺麗だという人は多くはないだろう。

 一瞬の沈黙が流れた。ほんの一瞬だったはずなのだが、私には途方もなく長い時間のように感じた。一瞬の我慢に耐え切れず、佐伯君が口を開いた。

「いや、なんというか、先輩たちすごくきれいに映っているなと思いまして…」

 そんな肯定するでも否定するでもなく言うと、苦笑いをしながら目を逸らした。

 いや、正確には目を逸らしたのは私の方だ。佐伯君の反応からボソッと呟いたときの先輩の正体に気付き、いてもたってもいられなかった。

 この日は作業が全く手につかなかった。それは佐伯君も同様だったようで、二人で作ったシュークリームは甘すぎて胃がもたれそうだった。

 どこかぎこちない空気が漂う中片づけを終え、調理室を後にする。こんな時でも佐伯君は鍵を返すのを待っていてくれた。あまり待たせるのも悪いと思い昇降口まで小走りで向かう。

 調理室から正門まで、言葉を交わすことはなかった。ただどことなく気まずい空気が流れる。

 ふと横を歩く佐伯君の方に目を向けると、目が合ってしまい慌てて視線を明後日の方に向ける。佐伯君の顔はまだ赤いままだった。いや、きっと夕日でそう見えるだけだろう。

「それじゃあまた」

「はい、先輩もお気をつけて」

 それまで閉じたままだった口を開き別れの言葉を交わす。

 ドクドクと心臓の音がする。いつもより早い気がするのは、きっと小走りしたせいだろう。普段気にもしないその音は、今の私にはあまりにもうるさすぎた。

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