第3話
あれから数週間が経ち、中間テストが近づいていた。テストに向けて勉強に打ち込もうと張り切る者、勉強したくないと嘆き渋々課題を終らす者。私はどちらかというと前者のタイプだ。特に張り合う者がいるというわけではないのだが、自分の実力を確かめるいい機会だと考えている。
その一方で夏葉は後者だ。早く部活がやりたいと言ってろくに勉強もしない。そのおかげでいつも赤点ギリギリの点数を取っている。このままでは進級できないのではないかとヒヤヒヤしている。
佐伯君はどうなのだろうか。料理に熱心に取り組んでいて上達も早く、真面目なこともあって勉強もしっかりこなしていそうだ。
「来週からはテスト週間で部活が休みになるわけだけど、勉強の方は大丈夫かしら。特に夏葉?」
「……頑張ります」
「それでなんだけど、みんなで勉強会を開こうと思うのだけれど、どうかしら?」
佐伯君はともかく、夏葉はかなり危ないと思っていたので元々一緒に勉強をしようと考えていた。というのは建前で、佐伯君はどれほど勉強ができるのか気になるというのが本音だ。
部活の面だけでなく、勉強面でも頼りになる先輩であるというところを見せたい気持ちも多少あった。
「ほんと! 助かるよ遥花。マジ天使」
崇めるように手を合わせ縋りつく夏葉を無視し、佐伯君にも問いかける。
「佐伯君も、大丈夫だったかしら。友達と勉強するということであればそちらに行っていただいて構わないわ」
「いえ、大丈夫ですよ。むしろ助かります。わからない問題とかあったら教えてくださいね、桃城先輩」
そういって微笑んだ佐伯君の目は、どこか私のことを見透かしているかのようにも感じた。
「それじゃあ、来週の水曜日の放課後、近くの図書館に行ってやりましょうか。」
「図書室ではダメなんですか?」
「テスト期間の図書室は他の生徒でいっぱいで座る場所がないのよ」
うちは進学校ということもあり、テスト期間に入ると図書室や自習室といった場所はどこも勉強に熱心な生徒で溢れかえってしまう。また、職員室は教師に質問に来る生徒で溢れかえり、廊下を通るだけで精一杯の時もある。
「そうだったんですね。それじゃあそうしましょうか。中川先輩も大丈夫ですよね?」
「あたしももちろん大丈夫だよー」
「それじゃあ決まりね。でもその前に、今日は学校のホームページに載せる部活動紹介の写真を撮るわよ。それからテスト最終日、PVの撮影もあるからそのつもりでいてちょうだい」
毎年この時期になると、ホームページに掲載する部活動紹介のPVと写真の撮影をする。PVには普段の部活の様子と称して練習の風景だったり、活動をしている様子を撮影して動画にする。正直学校のホームページなんか誰が見るのだろうと思っているのだが、想像できないだけできっと何かしらの需要があるのだろう。
「あれ、うちって今日撮影だったの。明日かと思ってたー」
「そんなことだろうと思っていたわ」
少し呆れながら軽く受け流し、私たちは調理室を後にする。まだ少し時間が早いからか、吹奏楽やホイッスルなどの音が聞こえてくる。そんな中三人は特に何か話すでもなくただ廊下を歩いていた。
「それじゃあ私、調理室の鍵を返してくるから」
「あ、それならあたしも職員室に用事あるからついてくよ」
少し前を歩いていた私のそばに、夏葉がやや駆け足で寄ってくる。
「そういうことだから、悪いけど先に昇降口に行っててもらえるかしら」
佐伯君はわかりました、と一言だけいい、昇降口に向かった。私はそれを見送る間もなく階段を上り、職員室に向かった。
鍵を返し退室すると、夏葉はまだ用事を済ませていないのか外には出てきていなかった。
そういえば、写真を撮る場所は花壇の前であればどこでもいいということだったが、どこにするか決めていなかった。ふと、初めて三人が顔を合わせた日のことを思い出した。アネモネの話をしたのもあの日だったか。それであればアネモネの前で撮るのはどうだろうか。
しかし、あれから一か月近く経とうとしている。まだ咲いているのだろうか。そんなことを考えているうちに夏葉が用事を済ませたのか、外に出てきた。
昇降口に向かうと、佐伯君が一人で静かに待っていた。
「遅くなってしまってごめんなさい」
「いえいえ、お気になさらず」
そんな形式だけのやり取りを済ませ外に出ると、花壇の前に置かれた見慣れない三脚。その隣には二十代くらいの若い女性が一人と教頭先生が立っていた。
「料理研究部です。本日はよろしくお願いします」
「写真家の瑞樹です。よろしくね。それじゃあ早速写真を撮りたいのだけれど、どこか取りたい場所はある?」
強いて言えばあるにはあるが、他に希望がないかだけ確認する。
「好きな場所で撮れるみたいだけど、どこか取りたい場所はあるかしら」
「あたしはどこでもいいかなー」
「僕も、特に希望はないです」
そういって首を横に振る二人。ただ、やはり佐伯君だけは私の奥を覗いてくるような、そんな視線のように感じた。私はそれに気づいていないふりをして、自らの希望を口にした。
「それなら、あそこで撮ってもらうことは可能でしょうか」
私の指さす場所には、あの時のアネモネがまだ綺麗に咲き誇っていた。
「えぇ、大丈夫よ。準備するから少し待っててね」
瑞樹さんと教頭先生は三脚を持っていき、撮影の準備を始めた。
「ねえあそこって」
「えぇ、さっきふと思い出してね。せっかくだからあの花の前で撮ろうと思ったのよ」
「いいですね、僕あの花好きです」
準備ができたのか、瑞樹さんが手招きをしてこちらを呼んでいた。私たちもそれに応え、カメラの前に立つ。
左には夏葉、右に佐伯君の並びで撮影を待つ。瑞樹さんがこっち見てと手をあげ、レンズを覗く。一呼吸おいてパシャリと一枚、シャッターを切る音が聞こえた。
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