第2話
『———続いてのニュースです。昨晩22時頃、○○市××町の交差点付近でナイフのような刃物で腹部を刺され、男性が死亡する事件が発生しました。亡くなったのは阿部久志さんに二十五歳。現場には花束が添えられていたそうです。警察は連日の連続殺人事件と同様、同一犯の可能性があるとみて捜査を続けている模様です。続いてはお天気です。———』
「物騒よねぇ。あんたも気をつけやーよ」
朝のニュース番組を見ながら朝食を食べていると、すでに支度を済ませた母がテレビを消して言った。
「じゃあお母さんもう仕事に行くから、あんたも気を付けて行きゃーよ。あと、鍵もちゃんとかっといてね」
「うん、わかってる」
私も朝食を済ませ学校に行く支度をする。歯を磨き顔を洗い、制服に着替える毎朝のルーティン。最後に鏡を見て髪型を整える。今日もばっちりだ。
しっかりと鍵をかけ、家を出る。何事もなく学校に着く。いつも通り授業を受け、夏葉と昼食を食べ、午後の授業を眠気が漂う中切り抜ける。気づけばあっという間に放課後になっていた。
「遥花、早く行こ」
後輩と会えるのがそれほどまでに楽しみなのか、夏葉はいつも以上に嬉々としていた。
「そんなに焦らなくても、後輩は逃げないわよ」
そんなやり取りをしながら職員室に向かう。調理室は普段鍵がかかっているため、鍵を取りにいかなければならない。
「失礼します」
コンコンと二回鳴らし扉を開ける。担当の教師から調理室の鍵を預かり、退室する。廊下ではいろんな生徒とすれ違うが、その中に私の友人などはいなかった。
調理室にはまだ誰もいなかった。鍵を開け先に夏葉と中に入り準備を進めていると昨日と同様、後ろの扉がゆっくりと開いた。
「こんにちは、佐伯君」
「こんにちは、桃城先輩。それと…」
「やっほー、はじめまして、料理研究部兼バレー部の中川夏葉だよ。よろしくね」
「はじめまして、中川先輩。一年の佐伯彰人と言います。よろしくお願いします」
「おー、話に聞いてた通り、真面目そうな子だぁ」
佐伯君は普段から料理をしているらしく、それなりに腕に自信はあるようなので今日から早速参加してもらうことになった。ちなみに夏葉は料理は全くと言っていいほどできないので味見専門係だ。
「それで、今日は何を作るんですか?」
「その前に佐伯君、あなたお菓子作りの経験はあるかしら?」
「いえ、ありませんけど」
「そうね、それじゃあお菓子作り入門として、チョコクッキーを作りましょう。材料が少なくて工程も簡単だからきっとうまく作れるわよ」
材料はチョコレートと湯せん用のお湯、それから薄力粉だけ。まずはチョコレートを包丁で細かく刻みボウルに入れて湯せんで溶かす。綺麗に溶けて滑らかになったらそこに薄力粉をふるい入れ混ぜる。そしたら冷蔵庫に入れ三十分ほど休ませる。その間にオーブンを160℃に予熱しておく。天板にクッキングシートを敷き、そこに食べやすい大きさに切った生地を並べ、オーブンで焼けば完成。出来立てのクッキーをみんなで食べることにした。
「遥花の作るお菓子はどれもおいしいからなぁ。いただきまーす。……ん~! 材料あれだけなのにこんなにもおいしくなるなんて、さすが遥花!」
そういってクッキーを頬張る夏葉はまるでリスのようだった。
私も自分の焼いたクッキーを一口かじる。チョコレートの甘みと風味がほんのり香り、サクッとした触感で舌を楽しませる。よくできていると自画自賛した。
佐伯君も初めて自分で焼いたクッキーを恐る恐る食べる。しかしその瞬間、不安な表情は消え去り優しい笑みを浮かべた。
「どう? 簡単だったでしょう?」
「お菓子作りって難しいイメージがあったのですが、これはとても簡単でしたね。先輩と一緒に作ったというのもありますが、初心者の僕でも失敗することなく作れました」
そういってまた自分の焼いたクッキーを頬張る。この成功体験は後のお菓子作りにも自信をもたらしてくれるだろう、そう確信した。
「さて、食べ終わったことだし、片付けて今日は終わりましょうか」
お菓子作りは片付けるまでが工程だ。最後まで怠ってはいけない。綺麗に片付けたら調理室の鍵を閉め、職員室に返しに行く。
外で話をしながら待っていてくれた二人とともに、何の話をしていたのだろうと思いながら昇降口を後にする。
外に出ると夕焼けで赤く染まった空が広がっていた。その下で赤い影を伸ばしながら三人横に並んで歩く。正門までに置いてある花壇には色とりどりの花が植えられていた。
「この花、綺麗ですね」
そう言った佐伯君の視線の先には、紫や白、黄色といった様々な色の花が植えられていた。
「そうね。これはアネモネと言って春に咲く花でね、春の穏やかな風の吹く時期に咲くことから別名『Wind flower』、風の花とも呼ばれているわ。花言葉ははかない恋。こんなに穏やかな季節に咲くのに、悲しいわよね」
春は出会いの季節。その季節に吹く穏やかな風の花とも呼ばれているのに、どうしてこんなにも悲しい花言葉になってしまうのだろう。この綺麗な花にはもっと華やかな言葉が似合うのではないだろうか、そんなことも考えていた。
「そうですね、こんなにも綺麗なのに。それにしてもお詳しいんですね」
「少しかじった程度よ」
その美しさから記念日やお祝い事の花束などにもよく使われるそのアネモネは、春の優しい風に吹かれ静かに揺らいでいた。
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