第4話 アンセム皇子、話をする

「やっぱり気づいてたのね。アンセム皇子。敬語使ったほうがいいかしら」



 マリエラに「アンセム皇子」と呼ばれて、アンセムはぴくっと肩を少し揺らした。しかし、少し顔は笑顔のまま、話を続ける。



「敬語は使わないままでお願いしたいかな。君が僕のことを覚えているとは思わなかったよ」


「どういう意味?」



 マリエラはむっとした。本当のところはどうあれ、あのパーティの時、メダルをくれた時、そして今日の3回しか会ったことのない人に、記憶力が悪いみたいな言い方は、失礼だと感じたのだった。



「だって、何度招待しても帝国には来なかっただろう。お礼を口実に招待したのは、一回や二回じゃなかった」


「そういえば、招待されてたかも」



 マリエラは思い出す。師匠にこんな招待が来ているが、どうするか、と何度か聞かれたことがある。その中に、帝国からのものもあったのかもしれない。

 ただ、内容はしらない。すべて断っていたからだ。

 最初のうちは、アイの修復に一生懸命になっていたし、修復してからはできることが増えて、その実験に忙しかった。



「君が帝国に来ていたのは知ってたよ。だからなおさら、なんで招待には応じてくれないのかと思っていた」


「帝国に来ていたのは知ってた? どうして?」


「どうしてって、君にあげたメダル。あれを使うと僕のところに報告がくるんだ」


「え、聞いてない!」


「当たり前のことだと思って説明してなかったかな。偽物だったり、奪われたりしていたら大変だから、最低限のことは知らされることになってるんだ」



 メイリードは、直近のマリエラが入国した日取りをいいあててみせた。



「全部あってる」


「なら、報告は間違ってなかったってことかな」


「だから、私だってわかったの? もとから来てるってわかってたから。あ、もしかして、私に会いに来たりした?」


「ええ!? いや、そういうわけではなくて」



 アンセムは少し頬を赤くして、手を横に振って否定した。



「僕がここに来ているのは、仲間がこのあたりの出身だったからだ。確かに近くに君が来ていると報告は受けていたけど、まさか会えるとは思っていなかったよ」



 マリエラは、ふうんとうなずいた。

 なんだか少し面白くない。なぜだろうと考えたけれど、だれでも自分の居場所を探られるのは面白い気持ちにはならないと思う。

 マリエラは、気になっていたことをアンセムに聞いてみることにした。



「そうだ、そういえばあなた、なんで帝都の外にいるの?」


「それは…兄と折り合いが悪くてね」


「兄? そっか、第二皇子だもの。第一皇子もいるわね。名前だけなら私も聞いたことあるわ。リンなんとか、アンセム皇子のお兄さんだから、リンセム? いや、何か違う気が…」


「リンドール」


「そう、それ!」


「兄は僕と性格が合わなくてね。喧嘩して、僕が家出したところなんだ」



 喧嘩くらいで逃げる? と思うけれど、リンドール皇子の評判をマリエラは思い出して、何も言わないことにした。リンドール皇子はとても粗暴で、気まぐれで、強引な、一言でいえばひどい皇子だと、マリエラの故郷でも有名だったからだ。


 どれくらい有名かというと、あのマリエラの師匠が、あの人を人とも思わない師匠が、リンドール皇子の滞在期間中は私に害があってはいけないと、仮病を使って魔塔から出るなと閉じ込めたくらいだ。

 マリエラはその時点で、すでに聖女として国内外に有名だったため、大事な外交には借りだされていた。それが出なくていいといわれるくらいだから、そうとう危ない人なのだ、とマリエラは思っていた。

 皇子なのに、アンセム皇子も逃げ出すくらいだから、本当に危ない人間なのだろう。場合によっては皇位をめぐって命のやり取りなんてこともあるのかもしれない。大国だからありえないことではなかった。



「そう、大変ね」



 マリエラはそういうだけにとどめた。いくら仲が悪いとはいっても、兄の悪い評判を、実の弟に聞かせるのはよくないだろうと思ったからだ。

 アンセムもあまり話したくないようで、話題を変えた。



「マリエラは、どうしてここに来たの? 遺跡を探しているって言っていたけど」


「研究の一環で、古代遺跡の調査をしているの。昔の錬金術師の日記から、記述をたどってるんだけど、なかなか見つからなくて苦戦中」


「研究って、また人を助けるような? 君が発明した万能薬、帝国では品薄で手に入らないんだ」



 アンセムの言う万能薬は、マリエラが関わったなかでも人気の商品だ、王国でも手に入りづらいといわれているから、隣の国でも珍しいのだろう。



「そんな万能薬ってほどじゃないわ、本当は切れた腕を生やす薬のつもりで作ってた、失敗作なんだから」


「失敗作なんて、外傷と病気、今までそれぞれ別の薬が必要だったのを、それぞれの効能をあげたうえで、一つの薬で治せるようにしたんだから、たいしたものだよ」



 ほめられて、マリエラは頬をかく。



「まあ、結果としてはね。でも私としては変な感じなの。もっとできるはずなのに、途中の副産物で褒められるって、実力じゃなくて運だと思う」


「運がいいのも実力のうちだ。実際、万能薬ができたおかげで、助かった人は山ほどいる。特に遠征では、荷物が半減したと喜ばれてると聞いたよ」


「そうね、でもまだ量産が難しくて、そのあたりの研究は魔塔の人で得意な人がいるから任せてるのだけど、なかなかうまくいかないみたい」



 マリエラは量産の研究を押し付けた先輩の顔を思い出す。先輩は被虐心がつよめの、いわゆるドMだった。


「マリエラのためになることなら、何でもやるよ。もしできたら、一つだけお願い聞いてもらっていいかな。大したことじゃないんだ。ちょっと平手打ちの一つでもお願いしたいだけ…へぶぅ!」


 要望が気持ち悪くて、その時点で平手打ちをしたら、泣いて喜んでいた。「研究が成功したら、ぜひもう一回!」ということだった。顔はいいのに、残念な先輩だとマリエラは思い出す。

 しかし顔といえば、目の前のアンセムほど整った人はほかにいないだろう。ドM先輩も人気だったが、アンセムほどではない。

 アンセムは形のいい口を動かして、マリエラをほめる言葉をつづけた。



「しかもその権利を王様に献上したんだろう。なかなかできることじゃない、聖女といわれるのにふさわしいよ」


「ちょっと、やめて、それ。本当、ガラじゃないと思ってるから」



 マリエラが片手を振って、否定をすると、アンセムはくすくす笑った。



「はは、実は聞いた時、僕もすこしそう思った」


「どういうこと?」


「だって、君、メダルをあげた時のこと、覚えてる? それまでいやそうな顔をしてたのに、使い道があるものだってわかった瞬間に、目をキラキラさせてさ。普通、そういうのって隠そうとするじゃない」


「でもそれは、子どものころだからで…」


「今も変わらないよ。さっきだって、生き生きしてた。盗賊を追いかけまわす聖女っていうのも、面白いと思うけど、ちょっと違うって思う人がおおいんじゃないか」



 盗賊のことを出されて、マリエラは反論できなくなった。確かに聖女らしい行動とはいえない。



「それで、さっきのことだけど」



 アンセムが話を戻す。さっきのことというのは、ランドと別れる前、アンセムが直接話したいと言っていたことだろうとマリエラは見当をつけた。

 マリエラは何も盗んでいない盗賊を追いまわし、捕まえた。それがアンセムたちからすれば、やりすぎだという話だった。



「君がいうこともわからないわけじゃないんだ。旅の経験は僕以上に、マリエラのほうがあるだろうし、君は僕の命の恩人だ。君のいう通りにしたいと思う気持ちもあるんだ。ただ、もともとの僕の気持ちとしては、いくら盗賊かもしれなくても、罪を犯した者を勝手に罰することは許されないと思っている。ほかの仲間たちにもしたがってもらっていることだから、一緒に過ごす間は君にも守ってもらいたい」


「いいわよ」



 マリエラはあっさりうなずいた。



「いいのか?」


「もちろん、ルールなら従うわ」



 アンセムは今まで以上に嬉しそうに目を細めた。マリエラはそんなに喜ぶことかしらと不思議に思う。マリエラだって、大人数になれば、今までとは勝手が違うこともあるだろうと理解していた。さっきまでは、ルール自体を知らず、自分の常識に従って行動したのが、結果としてアンセムたちの意思に反する行動だった。それなら、これから変えていけばいい。



『いいんですか、マスター。アイはマスターなら、従うくらいなら1人の方がマシっていうかと思ってました』



 アイが耳飾りの形のまま、マリエラに話しかける。



『そんなことしないわよ、そもそも、権力者には従う主義なの』


『そういえばそうですね。マスターの世渡り上手!』


『へへ、まあね。それに、要するに、メンバーにバレなきゃいいってことでしょ』


『マスター…それでこそマスター』


『なんか言った?』


『いいええ、何でもないです!』



 アイはそこまで言って、話すのをやめ、静かになった。


 アンセムとマリエラは、メイリードが連れてきたラクダに乗って、野営地へ戻る。



「一体どうしたっていうんですか」



 戻った途端に、腕を組んで仁王立ちしたイーダンに迎えられた。



「大体のことはランドに聞いていますが、詳しく説明してもらいますよ。特に新入りのあなたにね!」



 そのあと、マリエラは、盗賊を追うことになった経緯、メイリードと今後はこのような場合はどうすべきか話したことをイーダンに報告した。



「今後しないというのは結構ですが、それはそれとして、今回どうするかが問題です。旅をするのに連れ歩くんですか? この砂漠の中、2人も?」


「別にここに置いておいてもいいと思うけど…」



 マリエラがいうと、メイリードが首を振る。さすがに盗賊でも砂漠の真ん中に置いていくのはNGらしい。



「ま、このグループの主義にあわないわよね」


「そうです、そんなことできるわけがありません。次の役所までこの夜中につく予定なので、そこで役人に引き渡す手もありますけど、それにしたところで、運よくそういう旅程だったからよかったものの、これがもっと遠かったら…」



 イーダンの説教はそれから1時間続いた。

 途中からマリエラは船をこいでいたが、アンセムはそれがイーダンに気付かれないよう、マリエラが寝たままどこかに頭をぶつけたりしないよう支えたりしていた。



 そのあと一行はイーダンの計画通り、砂漠の端にある、役所に向かう。

 役所で盗賊を引き渡すと、有名な盗賊だったようで、報奨金がでた。



「ほーら、やっぱりそうじゃないかとおもったのよね」



 当てが当たったマリエラは得意げだ。しかしイーダンはあきれた顔をして、役人から受け取ったお金を自分の懐に入れた。



「この報奨金は私が預かりますね」


「なんでよ? 捕まえたのは私でしょ」


「そうかもしれませんが、これだけ迷惑をかけていて、よくそんなことが言えますね。別に私が個人的に使うわけじゃありません。全員のために使う資金に積み立てるだけです。宿だって、あなた1人部屋をとらないといけないですしね」


「そういうの私、全然気にしないけど」


「こっちが気にするんです。まったく」



 役所は砂漠の端にあり、その先は水源と緑地を中心にした街が広がっている。

 ここでもう一人の仲間と落ち合うことになっているため、街の掲示板に伝言を残し、一行は宿を探すことにした。しばらく夜の移動が続いたため、昼夜逆転している。この日の昼は調整のために、短めの仮眠をとったりして、ゆっくり過ごす予定だった。



「別に部屋は一緒でかまわないけど、高い宿がいいわ。安い宿は虫がおおくて嫌」


「部屋は別で、安い宿にしましょう」



 マリエラの言うことは当然のように無視され、イーダンを中心に話が進められる。こういった旅程の具体的なところはイーダンが主導権をもって、進めているようだった。



『マスター、わがままもほどほどにしないと、嫌われますよ』


『何でよ、別に嫌われたっていいじゃない』


『マスターのそういうところ、アイは好きですけどね』



 アイはよかれと思っていっているのだろうが、マリエラにとっては余計なお世話だった。



『どっちにしても、ここで合流する仲間に会えたら、それで別れることになるだろうし、あんまり気を遣う必要ないと思ってるのよ。お互い』


『そうですけど、ああ、珍しくマスターが楽しく過ごされてたようだったので、つい。アイのおせっかいですね』



 楽しい、と聞いてマリエラは首をかしげる。

 どちらかというと言い争いや話し合いばかりだったと記憶していて、楽しい覚えはあまりなかった。ただ、一人でたべる食事より、大人数だとおいしいとかんじたけれど。



『それが楽しいってことですよ、マスター』


『そうなの?』



 故郷では、もうマリエラは有名人で、食事といって思い出すのは、偉い人との会食だったり、ほとんど会議のような師匠との食事だったりで、あまり同年代と過ごすことはなかった。

 マリエラと対等に話そうとする人と会ったのも、そういえば久しぶりなのかもしれない。



『たのしい、か』



 研究ばかりで、忘れていた感覚だと、マリエラは思った。

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天才錬金術師マリエラは、皇妃になりたいわけじゃない 皆川 @uookz

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