第3話 アイ、マリエラにこっそり教える
地面に膝をついて愕然としているイーダンはほうっておいて、マリエラはリーダーのアンセムと大男ランドに握手を求めた。
「じゃあ、これからよろしくね。しばらくの間だけだけど」
「ああ、よろしく」
アンセムは簡単にグループのルールを説明した。
主に生活面でのことだった。
「女性は初めてだから、なにか不都合があればその都度教えて欲しい」
「わかったわ。いまのところは大丈夫」
その後、アンセムは放心しているイーダンを慰めていた。
マリエラからアンセムが離れたのを見計らったように、それまで静かにしていたホムンクルスのアイが、声を出す。
『さすがマスター! 運がいいというか、なんというか。もちろん分かってて、一緒に行こうなんて言い出したんですよね』
『わかってて?』
さて、なんのことだかマリエラはわからなかったが、アイはそんなマリエラには気づかずに続けた。
『そうですよね、最初は集団行動苦手なマスターが自分から一緒に行くなんて、変だなと思いましたけど、アイもちゃんと思い出しましたよ。あのアンセムの正体』
『アンセムの正体?』
『またまた、とぼけちゃって。アンセムと名乗ったあの男、この帝国の第二皇子、アンセム皇子じゃないですか』
「えええええ!!??」
「どうした?」
マリエラは驚きすぎて、ホムンクルスの会話ではなく、実際に声を出してしまった。
驚いたアンセムたちがこちらを見たので、慌ててなんでもないと否定した。
「ちょっとやること思い出しちゃって。外、出てるね」
マリエラは断って、外に出る。相変わらず日差しが強いが、テレパシーで聞こえないといっても、アンセムの目の前で本人の内緒話をすることはできない。
『すみません、気づいてないとは思わなくって』
『いいの。でも、言われてみればそうよね。髪の色も目の色も同じで、珍しい名前じゃないにしても、名前も同じ、きれいな顔は確かに皇子が大きくなったら、あんな感じかも』
『アイは人のことは組成データでしかわかりません。治療したことがあったので、マスターが握手した時に、マスターを通してスキャンしました。同じだなと思ったのです』
『それなら間違いないわ』
マリエラはまさか皇子がこんな砂漠の真ん中で護衛もなく旅をしているとは思わなかった。だから、気づけなかったのだ。
『それにしても、どうして皇子がお忍びで旅に出てるの?』
『さあ、第二皇子なので、いろいろあるのでは?』
『そうね、一緒にいればいつか分かるでしょうし』
マリエラは胸元のポケットからメダルを取り出した。
アンセム皇子にもらったメダルだ。メダルに彫られた皇子の横顔を見ると、確かに成長するとアンセムになっても不思議ではない。
メダルは便利だから持ち歩いているが、まじまじと見ることはない。アンセム皇子に会ったと気づかなかったのも、メダルの顔をしっかり覚えていなかったからだ。
マリエラはテントに戻ろうと振り返った。
テントの反対側にラクダが繋がれているのが見える。そのラクダの横に、2人組がいるのが見えた。それぞれ別のラクダを連れている。
マリエラは焦って、アンセムを呼んだ。おそらくリーダーに聞いたほうがいいことが今、起きている。
「ええっと、アンセム! アンセム! あとの仲間って、2人だったっけ?」
マリエラが大声を出すと、ラクダに乗った2人が、慌てたように逃げ出した。
声を聞いて逃げるということは、おそらく仲間ではないだろうと見当をつけたマリエラは、咄嗟に走り出していた。後ろから、アンセムが律儀に答える声が聞こえる。
「いいえ、仲間はあと1人です」
「つまり、あの2人は泥棒ってわけね!」
『マスター、捕まえますか? 見たところ何も盗んでいないようですが』
『当たり前よ、未遂でも犯罪は犯罪』
アイは不審そうにマリエラの顔を見上げる。
『そんな正義感強かったですか?』
マリエラはにやっと笑って、アイの問いに答えた。
『ついでにラクダが手に入れば、旅が楽になるでしょう』
『そんなところだろうと思いました』
アイは話しながら、自分の体の形を変えていく。青い宝石と、それをつなぐ金属が、細く薄く、翼のような形になり、マリエラを背中から支えた。
マリエラから青い翼が生えているように見える。
マリエラが軽く動かすように考えるだけで、意図を察したアイが翼を操作してふわりと浮く。元々アイに浮く力があるので、その力を利用して、滑空するように、盗賊たちに近づいた。
「さ、いくわ」
『マスター、標的、射程範囲内です』
マリエラは右腕についている金属製の腕輪に触れた。腕輪は端をつまむと、ひっぱられるまま、紐状にシュルシュルと細長く伸びていき、元の腕輪の形にはもどらなかった。
腕輪が無くなるまで引っ張って、紐の端を右手にくるくると巻きつける。
「そーれ!」
手に巻きつけたのと反対側の端が、盗賊に向かって伸びていく。
後ろをラクダに乗って走っていた盗賊は、近くにきた紐を必死に払いのけようとする。しかし払いのける腕に、逆に紐がまとわりついた。
「ひ! なんだこれ、離れない」
盗賊が動けば動くだけ、紐は頑丈に身体に巻き付いていく。元々は狩猟用に考えられた魔術具で、ウサギやキツネに巻きついて捕えることができるものだ。効果は人間あいてでも変わらない。
くい、とマリエラが、手に持った紐の端を引っ張る。
「うわ!」
すると盗賊は大きな声を上げて、砂の上に背中から落ちた。
もう1人の盗賊は、捕まった仲間の方をふりむきもせずに、ラクダに乗ったまま駆けていく。
マリエラは1人目を拘束している紐を手離した。捕まえた盗賊は重く、飛行の邪魔になるからだ。
そして、逃げ続ける盗賊の後を追った。
「逃がさないわよ。アイ、降りるわ」
『はい、マスター』
マリエラは翼の形をとっていたアイの変形を解除する。
なぜなら、アイは同時に2つの技を使うことができないからだ。他の技を使おうとすると、先に使っていた技を解除しなくてはならない。
アイは小さな人の形にもどった。
飛ぶことをやめても、盗賊は十分、技の射程範囲内だ。
『アイ、やっちゃって!』
『それで何をすべきかわかるのはアイくらいですよ。マスター』
アイは呆れたように呟きながら、指先から人の頭くらいの大きさがある水の玉を4つ、連続で撃ち出した。
水の玉はまっすぐ盗賊が乗っているラクダの4本の脚に向かう。
『ラクダは傷つけないでね』
『はい、マスター。水を操作して、ゆっくり停止させます』
水の玉はラクダの脚にそれぞれくっつく。
ついてから、ラクダはゆっくりと歩調を落とし、やがて止まる。
「おい、どうした。走れ、走れよ!」
盗賊は状況がわかっていないようで、ラクダから降りず、何とか走らせようと躍起になっている。
「もう、観念しなさいよ」
マリエラが近づきながら声をかけると、ようやく盗賊はラクダが動かない原因がマリエラにあると気づいた。
ラクダからひらりと降りて、腰にあった半月刀を抜き、マリエラに飛びかかった。
「お前のせいで、よくも!」
マリエラは微動だにせず、腕を組んで仁王立ちしている。
盗賊が脅すように半月刀を振りかざしても、動かないままだ。
「マリエラ!!」
遠くから声が聞こえて、マリエラはようやく動いた。マリエラが声のほうを向くと、アンセムとランドがラクダに乗って、マリエラの方に駆けてくるのが見える。
マリエラはアンセムに仲間の人数を聞いて、そのまま走り出していたので、アンセムたちに状況説明をしていなかった。
『集団行動は久しぶりだから、報告とかすっかり忘れてた。悪いことしたかな』
『そんなことよりマスター、盗賊に集中してくださいよ』
『そこはアイに任せるわ。今だって、ほら、ラクダへの魔法をもう解除してる。次の手を用意してるの、わかってるんだから』
マリエラが指摘した通り、アイは、盗賊のラクダの足を拘束していた水の塊をすでに解除していた。
盗賊は振りかざした半月刀はそのままに、脅すようにマリエラを睨みつけながら、新しく来たアンセムとランドを横目で見た。
2人は、もう、すぐ近くに来ている。
焦った盗賊は、マリエラを先に片付けることにさはたようで、体制を立て直し、再度半月刀をマリエラの胴を狙って攻撃した。
しかし、盗賊の刀は、金属同士の擦れるような音が響いて、はじかれた。
「なに!?」
アイが盾を作って、マリエラの前に展開していたからだ。
盾はアイと同じ青色で、表面だけが金属でおおわれている。以前のアイは、魔石の部分がほとんどだったので、もろかったが、一度壊れて再生したときに特殊な金属を混ぜた。その金属がアイのもろさという弱点を補完していた。
盗賊は何度もマリエラに角度を変えて打ちかかるが、アイが角度を変えたり、盾の大きさを変えたりして、どんなに変則的な攻撃でも防いでしまう。
何度か攻撃を防いでいる間に、アンセムとランドがすぐ近くまでやってきていた。
盗賊は気づかず、躍起になってマリエラを攻撃している。
渾身の一撃を盾にはじかれたところで、ランドが盗賊の後ろに回って、盗賊の襟首をつかんで持ち上げる。
「わわっ」
不意を突かれた盗賊は簡単に持ち上げられ、ランドによって投げられる。盗賊は背中から砂に打ち付けられた。
抵抗もせず、そのままランドに抑えつけられ、ひもでぐるぐる巻きにされている。
「それで、マリエラ、説明してもらえますか?」
アンセムはあきれているようだった。
マリエラは自分に何も恥じることがないので、堂々と説明する。
「説明もせず悪かったわ。ラクダが盗まれそうになってたから、追いかけてたの」
「『盗まれそうになった』ということは盗まれていないということですか」
「そうよ、私のおかげでね」
マリエラが胸を張って言うと、アンセムはあきれた様子で、ため息をついた。
「でも、盗んでなかったのでしょう。それをわざわざ追いかけまわして捕まえて、どうするんです」
「ええと、なんて説明すればいいかな」
正直に言うと、マリエラはラクダが欲しかったし、そこに都合よく、ラクダを奪っても問題のない盗賊がラクダと一緒にやってきたので、捕まえたというだけなのだ。
しかし、正直に言うと誤解されるかもしれないと思って、なんていおうかマリエラは迷う。
『誤解も何も、マスターの本性ありのままじゃないですか』
『アイ、あなたちょっと黙ってて』
しかし、考えてみれば、アイの指摘ももっともだ。マリエラは本心からそう思っていて、それをそのまま伝えると、あまり外面的にはよくない。そのためためらっていたのだが、これから一緒に旅をしようという人たちに、必要以上に取り繕うと、普段の生活からして疲れてしまう。
マリエラは本性をそのままさらけ出すことに決めた。
「アンセムたちと一緒に移動するには、ラクダがもう一頭必要でしょ。で、ちょうどよくラクダを持ってる盗賊が来たものだから」
「これ幸いと、追いかけた、と」
「そうよ」
なにか文句あるかとマリエラは胸を張った。
「マリエラ、何も盗んでない盗賊からラクダの強奪、それではあなたが犯罪者ですよ」
「そんなことないわよ。どうせこいつら常習犯で賞金首なんだから」
「初犯の可能性もありますよ」
「どっちにしたって、最初に手を出したのはあっちよ。それとも黙ってラクダがとられるのを見てればよかったってわけ?」
「そうはいっていませんが、あなたは警吏でも何でもないのですから、自ら危険を起こすことはないでしょう」
諭すようなアンセムの口調だった。アンセムにとってみれば、何もとってない盗賊は見逃すべきだし、その盗賊が今後悪さをするかどうかは、警吏にでも任せるべきで、私刑はもってのほかだ、といいたいらしい。
理屈はわかるが、マリエラは自分にかかった火の粉は自分で払ってきたし、それが私刑と言われても、正当防衛の範囲内だと思う。この砂漠にいる以上、痛い目にでも合わせないと、何度襲ってくるかもわからないのだ。
「お坊ちゃんにはわからないかもしれないけど、これくらい誰だってやってることよ」
「お坊ちゃんじゃないが、俺もやりすぎだと思うぞ」
口を挟んだのはランドだった。ランドは縛り上げて地面に転がした盗賊に腰かけている。
「大体、ラクダにしても1頭いればいいだろう。それをわざわざ2人目も追い回して、いたぶるような真似、さすがにやりすぎだ」
「やだわ、そんな野蛮じゃないわよ。いたぶるなんてしてないし」
「いいや、してたね。積極的に攻撃しないのが優しさとでもいいそうな顔して、相手の攻撃に反撃もしない。見たところ、一撃で倒す技も持ってたんだろう」
そこはランドのいう通りだった。アイは盗賊を一発で昏倒させられる技をいくつも持っていた。
アイはマリエラの指示に従う。そうでないときでも、マリエラの意思をくんで、マリエラだったら、こうしろというだろうという基準で技を選んでいた。
マリエラはあえて時間がかかるように盗賊の相手をした。それは、盗賊に無力感、屈辱感をよりゆっくり感じさせるためだった。
『要するにいたぶってるじゃないですか。素直になりましょうよマスター』
『違うわよ、だれに手を出したのか、ゆっくり思い知らせるためなんだから。教育的指導!』
『まったく、ひどい人ですね。マスターは』
アイはあきれたように言って、盾の形状から、イヤリングに戻った。
マリエラはランドとアンセムに向き直る。
「いたぶってるように見えたかもしれないけど、私のやり方に口を出さないでほしいわ」
「いいや、一緒に行動するんなら、口は出させてもらうぜ。こういうやり方はよくない、だろ、アンセム」
「ああ、いや」
アンセムは少し悩むように人差し指で自分の顎に触れてから、ランドに言った。
「ランド、君はその盗賊たちを拠点まで運んでもらいたい。僕はマリエラと二人で話すことがある」
「わかった」
ランドは盗賊を担ぎ、まだ近くにいたラクダの背中に乗せ、紐で落ちないようにくくりつけた。その前にランドも乗る。
「もう一人も拾ってく」
「よろしく頼む、ここまでやってしまったなら、警吏に引き渡すまでは私たちが連れていかないといけないから」
アンセムはランドを見送った。そのあと、十分距離ができてから、マリエラのほうに向きなおる。
「マリエラ、久しぶりだね。賢い君のことだから、気づいていたんだろう」
マリエラは驚かなかった。アンセムがマリエラと一緒に行っていいと言った時、あの時のマリエラであることに気付いて、借りを返そうとしたのではないかと思っていたからだった。
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