買い物代行

流していたテレビから昼時の番組が流れ始める。窓から陽の光が緩やかに差し込む事務所は普段と変わり無いように見えて、見慣れぬ人物がソファを陣取っていた。肩より少し長いくらいのうねった黒髪を一つに束ねたスーツ姿のそいつは、昨日からここに居候することになった『死神』だ。

会ってから一日しか経っていないのにそこまで緊張した様子を見せず、テレビを興味深そうに眺めている。


こっちとしてもこれから同居人になる相手がかしこまってるよりかはリラックスして貰っていた方が助かるのだが、それにしたってこいつは案外適用が早くどこか図太いのかも知れない。

昨晩の夕食時を思い出し、ため息を吐き出す。

「おいヨモツ、仕事行くから付いて来てくれ」

「昨日も言いましたけど、俺に出来ることはほとんど無いですからね」

テレビから振り返ったヨモツがそう言う。気を使わないでいいと昨日こいつに向けて言ったが、自分のことを俺と言うようになったぐらいで敬語口調は変わらなかった。


パソコンに届いた依頼の内容に軽く目を通し、キャスター付きの椅子から立ち上がる。

「お前にしかできないこともあんだ」



4月上旬の陽気な日差しが降りかかり、仕事が無ければ昼寝でもしていたいと思うような天気だ。

電車を乗り継いでやってきたのは家具の量販店。テーブルが壊れたから買ってきて欲しいと言うのが今日の依頼だった。


ヨモツが壁をすり抜けてきた最初の時を思い出し、果たしてこいつは電車に乗れるのかと思った。しかし席に座ったヨモツは電車が動き出してもすり抜けて置いて行かれるなんてことは無く、聞けば触ったりすり抜けたりするのは選べるらしい。なんとも都合のいい奴だ。


平日の昼間ということもあってか、店内はそれほど賑わっては無かった。店員の事務的ないらっしゃいませが店内に響く。ヨモツはテレビや本棚といった大型家具家電を眺め、顔を傾けた。

「日笠さん右手の指上手く動かないんですよね?力仕事来たときはどうしてるんですか」

「まあ、全く力が入らないわけじゃないから気合いありゃどうにでもなるさ。腕は2本あるからな。あと今回は宅配で届けて貰って構わないとのことだからそうする」

「宅配で届けて良いならなんでわざわざ便利屋を使ったんですかね」

「さあな、まあ大方買いに来たかったけど他に用事があるとかそんなとこじゃねえか?あんまり依頼人に理由聞かないから分んないけどよ」

店内を適当に歩きテーブルのコーナーにたどり着く。他の人間にヨモツは見えていないとのことだったから、こいつと話す時は人がいないときを見計らわなきゃいけないのが少々めんどくさかった。

メールに添付されていた商品画像と同じものを選び、サービスカウンターに持ち込み宅配依頼をさっさと済ませしまう。これで依頼は終了だ。


「よしヨモツ、次はお前の番だ」

「……はい?」

「聞こえなかったか?次はお前の生活に必要な物買ってくぞって言ったんだ。これはお前にしか出来ないことだからな」

「聞こえましたよ、聞こえましたけど……。俺に生活必需品はほとんど必要ないですよ」

食器コーナーまで来るが、ヨモツは遠慮気味にそう言っている。

「食べることも寝ることもしないわけじゃないんですけど、人と違って生きるためにしてるわけじゃないです。ほぼ娯楽的な扱いですよ」

「ってことはしようと思えば出来るんだな」

「まあそうですけど」


準備してきたメモ用紙を開く。『新生活の準備物!』のサイトで書かれていた物を箇条書きで書いてきたものだ。

「なら食え、寝ろ」

「……えっと、理由を聞いても?」

ヨモツは困惑気味の表情を浮かべながらそう尋ねてくる。昨晩の食事風景を思い出し、思わず顔を顰めた。

「あのな、飯食ってない奴に食事の風景眺められる方の身にもなってみろよ。居心地悪いったらありゃしねえ」

昨晩のことだ。何を考えてかは分らないが、ヨモツに箸で白米をつまむのもコップの水を呑むのもじっっくり見られたのだ。一挙手一投足に視線が刺さり、たまったもんじゃなかった。

「姑に品定めされる娘の気分だったぞ」

「すみません、つい……」

「はあ、分ったならさっさと自分の食器選んでくれ」


食器コーナーには老若男女様々な人をターゲットにした食器が並んでいる。小ぶりな物や猫の絵がプリントされた物、渋い黒塗りの物があった。

ヨモツがシンプルな成人男性向けの食器を適当に選びカートに入れていく。選んでいく食器に時々絵柄の付いた物が混ざっていて、こいつの趣味なのかと思ったが、どうやら違ったようだ。ヨモツが次にカートに入れたお汁茶碗の値段札には、『創業記念セール特別割引品』と記載されていた。


気を使わないでいいぞと言おうとしたが、生活必需品が人一人分増えると言うのは財布には優しくない出来事なわけで。ありがたく気持ちを受け取ることにした。



食器類といった細かな物は俺が持ち、デカい布団セットはヨモツが持つことになった。

ヨモツが持った物は他の人から浮いて見えるんじゃ無いかと心配したが、どうやら他人からは上手く認識出来なくなるらしい。本当に都合良く出来てる奴だ。


日はすっかり傾き、足元から伸びる影の周りを朱い陽光が縁取っている。近くの電線に居座るカラスが糞でも落としてこないかと警戒しながら事務所までの道を歩いていた。

ヨモツはなかなかにサイズがある布団セットを涼しい顔で片手で持っている。死人みたいな顔色をしているのに力はあるらしい。

力仕事が来たらそれとなく押しつけてみようかと算段していると、同じ速度で横を歩いていたヨモツがふいに立ち止まった。


「あ、日笠さんちょっと良いですか」

「どうしたよ」

「いえちょっと仕事するだけです」

「仕事?」

ヨモツは懐から手帳を取り出すと、近くの高架橋を見上げながらペンを走らせていく。

ヨモツの視線を追うが、特にこれといって変わった物は無い。しいていうなら、高架橋の錆びた手すり越しに、花が置かれているのが見えた。


「……ヨモツ、仕事って」

「地縛霊の記録です。いずれあの世に戻ったときか、もしくは他の死神に会うことがあったらまとめて報告しておきます。日笠さんには見えませんか?」

二の腕に鳥肌が立ち、顔が引きつる。ヨモツは何食わぬ顔で高架橋の上をペンで指すが、俺はペンの先を見なかった。こいつ何考えてんだ。

「花しか見えなかったよ。てかわざわざ見せようとすんな。いいか、次同じ仕事する時は俺に黙ってしてくれ」


ヨモツが手帳を閉じるのを待たずにさっさと歩き出す。高架橋の昇り階段からは距離を取って歩道の脇を歩いた。

「あ、花は見えたんですね」

「……」

後ろから聞こえてきたヨモツの声は聞かなかったことにした。



「……流石にまだ見えないか」

「おいヨモツ、いい加減にしないと置いてくぞ。まだ道覚えてないだろ」

「すみません、今行きます」

電線の上にいたカラスが飛び立ち高架橋の手すりに降りた後、呑気に数回跳ねてからどこかに飛んでいった。

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