悪い夢と懐中時計の少年エンド
約束の花
傍らに満面の笑みを浮かべた琴音とともに、暖かなそよ風が吹く、初夏の真昼時。
花冠を必死に作らんとする琴音が、雑多な草花を纏めて、手荒に結び付けていた。
「もっとゆっくりやっていいんだよ」
「……!」
集中の真っ只中にあるおかげか、俺の言葉が耳にまで届いていないようだ。
けれど、それが故に、装飾がボロボロと零れ落ちてゆき、次第に雑に涙目になっていく。
そして、輪が千切れてしまった瞬間。
「あっ……」
頬から一滴の雫が滴り落ちて、鼓膜が破れるほどに豪快に、琴音は泣きじゃくった。
「一緒に作ろ? 絶対にできるから」
「……。うん」
仄かに赤く染め上げた両目の縁を、手の甲で必死に拭って、笑みを取り戻していった。
結局、ただ見てるだけで、さっさと完成させてしまったが、それに気にする様子もなく完成した花冠をそっと頭に載せると、嬉々として抱きしめてきた。
そのまま二人で雑多な花が芽吹く畑で寝そべって、胸が澄むような大空を眺めていた。
「ねぇ、颯飛」
「ん? なに?」
前を通り過ぎてゆく一頭の蝶の先に、徐に指先を差し出した。
ひらひらと透き通るような淡い羽根を羽撃たかせていたが、疲れ果てたのか、渋々、俺の指先に身を休めた。
「もしも、私たちのどっちかがさ…」
「うん」
「辛くなったとき、どんな理由でも……」
「ハッ! ハァ……ハァ。はぁ」
全身に妙な気持ち悪さの冷や汗が滲ませ、
爆ぜるか如く鼓動が全身に響き渡っていく。
徐に胸に懐中時計を当てるとともに、魂が抜け出てしまいそうなため息を零していた。
まだ夜更けに唐突に目が覚めた。うつらうつらとした意識も微睡んだ目も醒めて、まるで引き寄せられるかのように立ち上がった。
まだ皆が寝静まった真夜中に、何もかもを置き去りにして、直向きに走り続けている。
息が切れて、足の裏にジンジンとした痛みが絶え間なく襲っていく最中にも、あの場所へと、たった一人で進んでいく。
絢爛なる彩りで華やいだ花畑。
そんな場所で、まだ幼かった頃の約束を。
絶対に破らないと誓った場所へと。
たどり着いた。
「まだ……ハァ。ハァ。あったァ……」
傍らの団地が連なる端っこで、ほんの少しばかりの草花が生い茂る野原が姿を見せた。
ゆっくりと進みゆく。
その地へと。
ずっと忘れてしまっていた大切な記憶。
一歩、一歩と、辺り一面に咲き誇った白詰草に触れぬよう、慎重に歩みを進めていく。
不思議と頬が冷たい雫で濡れていって、何だか、段々と視界がぼやけてしまっていた。
遥か遠くの空を二人で眺めていた。とても大きな夢だとか、希望を抱いていた訳じゃない。
ただ、ぼーっと、暖かな空の下で、どうしようもなく楽しい瞬間を過ごしていた。
「もう……朝だ」
ようやっと、見つけたよ。
あの時の花冠を作った花々の所に、ずっと破らないと約束を誓った場所に。
そこにあったのは、絢爛豪華な姿でも、八面玲瓏なる様でもなかった。
「昔はクローバーなんか探してたっけな」
ただひたすらに終わりまで雑多な花々が、強かに燦々とした陽光の下に芽吹いていた。
「もう……朝だ」
影に覆い尽くされた野原に光明が差していき、両手一杯に花束を抱えて、帰路に着く。
君との最後になってしまうかもしれない、再会の日に約束の花を飾ろう。
寂しげな両の手に花束を抱えて。
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