乙女は恋人あるいはタルパ
アル・棒ニー
第1話
私には恋焦がれてやまないある一人の女性がいた。
同じ大学の同じ一回生で物理学を専攻している麗しき彼女との初めてのコンタクトは、ある日の昼時の学食でのことであった。
私を含む数多くの男たちがうら若き乙女たちを我がものにせんと激しく虎視耽々としていた。そんな男たちを彼女はまるで眼中にないかのように、一人黙々と学食のカツカレーと格闘していた。
私もまた多くの男たちと同様に、その麗しき乙女に心奪われた……。高校ではいつも教室の隅で私と同じような冴えない男たちと昼食を取っていた私だが、先月に大学に入ったばかりであるということと、春の陽気に誘われて私も少しばかり浮足立っていたのかもしれない。私はその乙女につい話しかけてしまったのである。
「大変申し訳ないのですが、席をお隣してもよろしいでしょうか。何分、満席なもので……」
「ええ、どうぞ」
乙女はカツカレーを食べる手を休めることもなく、あっさりと私を受け入れた。私の横では大勢の男たちの激しい椅子取り合戦がおこなわれていたのだが、彼女はそんなこともどこ吹く風といった風情であった。
その後私は彼女と一切言葉を交わすことなく、学食のラーメン定食を平らげ、そそくさと食堂を後にした。
これが彼女との最後のコンタクトとなった。
彼女の美しい緑の黒髪が、脳裏にこびりついて離れなかった。
それ以来、私は何かストレスを感じるたび、彼女の姿を、声を、しぐさを、繰り返し思い出していた。
その妄想は次第にエスカレートしていった。
匂いは、趣味は、家族構成は……。
予想と妄想で彼女のデティールをどんどん膨らませていく。
徐々に彼女の全体像が明らかになり、虚像が実像に変わっていく。
そしてついに、私は彼女を創り上げてしまった……。
なんと!「彼女」が話しかけてきたのだ!!
「今日もラーメン定食を召し上がっているのですね。お好きなのですか」
「うわああああ、、あ」
私は驚きのあまり、思わず叫び声をあげてしまった。
「そう驚かないでください。私も一介の人間ですから、お化けを見たような反応をされると傷つくのです。」
前々から、彼女のことを想像する自分のことを気持ちが悪いと思っていた。
だがここまで重大だったとは……。私は些か、自身のきしょさをはかりかねていたようだ。
「これは大変失礼いたしました。……私は、無類のラーメン好きでございまして」
私は彼女の気を引くために、若干無理のある嘘をついた。
乙女は恋人あるいはタルパ アル・棒ニー @yabikarabouni
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