第27話 男爵の妨害と、蛮族姫の推参


 何故こんな場所に? とジェラルディンは疑問に思ったが、残りの二人を見て得心がいった。オーブリー男爵とカーソン男爵は両名ともこの付近に領地を配されており、アーチボルトの友人でもある。


 普段着だが強かに酒を飲んでいるらしく、三人とも顔が赤い。宿場町の大通りは宿や食堂が大半を占めている。だが、一本外れると酒を飲ませ女を抱かせる店が軒を連ねるようになる。


 おそらく、あの三人もそちらに泊まった朝帰りに偶然出くわしたのだろう。あの潔癖なアーチボルトにしては信じられなかった。つい先日ジェラルディンと話したときには、昔のアーチボルトそのままだった。


 が、こうして物陰からうかがう限り、その表情はほかの二人と似たり寄ったりで、濁った目と荒んだ空気をまとっている。鼻白みながらもジェラルディンはアンドリュースの背を撫でておとなしくさせると物陰から様子をうかがう。


「やあ、先日はどうも」


 落馬せぬように馬の首にしがみつきながら応じる。慌てぶりと不格好な仕草がおかしかったのだろう。アーチボルトたちが喉を鳴らして笑った。


「陛下の命令で蝗被害の調査をしているのです。国境沿いにも被害は出ているそうなので」

 テオはどうにか体勢を整えると、平然とした口調で言った。すでに落ち着きを取り戻している。


「供も付けずに、ですか」

「一人の方が都合がいいのですよ。何かあっても身動きが取りやすい」


「それでも不用心でしょう。それこそ何かあった時に困るのではありませんか」

 案の定、アーチボルトは納得しなかった。


「それとも、このまま戻らぬおつもりか? プレスコット伯爵は大変ご苦心なされましたからな。税の件とか」


 失政の責を逃れるために他国に落ち延びるつもりか、と暗に問うているのだ。


「まさか」


 無礼極まりない挑発もテオは涼しい顔で受け流す。


「先程も申し上げましたが、此度は国王陛下の御用です。ご懸念があるようでしたら陛下へ直々に問うてはいかがですか」


「なれば、尚更このままお通しする訳には行きませんな。伯爵に何かあれば一人で行かせた我々の責任にもなりかねません」


 国王陛下の御名を盾にこの場を切り抜けようとするが、アーチボルトはそれを逆手に取る。


「おお、ならば我らでお供をしようではないか!」


 胴間声で喚き散らすのはオーブリー男爵である。短い黒髪に無精髭、筋骨逞しい風情は、貴族というよりは木こりか猟師である。


「そうだな。それがいい」


 カーソン男爵も同調する。こちらは体格ではほかの二人に劣るが、その分顔立ちが役者のように整っている。あちこちで浮名を流している男だと記憶している。


「宮中伯様に何かあっては王国の一大事。これは命に代えても守らねばなあ」

 言葉とは裏腹に、口調はどこまでも酔漢の戯れ事だった。


「いえ、結構です。先を急ぎますので僕はこれで」

「どこへ行かれる」


 カーソン男爵は馬上で両手を広げ、通せんぼの格好をする。

 おおよそ貴族に似つかわしくない、児戯のような仕草だった。頭の髄まで回りきった酒が、礼儀も節度も失わせているのだろう。


「我らの好意を無にするとおっしゃるのですか。それは我らが信用出来ないと? あんまりではありませぬか、なあ宮中伯殿」


 侮辱だ、とオーブリー男爵が赤ら顔でわめき立てる。今にも腰の剣に手を掛けそうな勢いだ。

 アーチボルトはその手を押しとどめると、テオの方を向き、とりなすように言う。


「どうでしょうか。せめてこの山を越えるところまででも。この辺りは熊も出ます」


「必要ありません」

 テオはぴしゃりと言った。


 剣呑な空気が漂いだした。


「なんだと、貴様……平民上がりの詐欺師が」

 オーブリー男爵が柄に手を掛ける。


 その時、馬の嘶きが森の空気を切り裂いた。テオたちは、ほぼ同時に目をみはった。街道を上ってきたのは完全武装の騎士である。おまけに馬まで鎧を着けているとあれば戦場に行くとしか思えない格好だろう。何より、テオにとっては見覚えのある姿のはずだ。


「な、何者だ。貴様」

 虚を突かれ、明らかに狼狽した様子でカーソン男爵が誰何の声を上げる。


「お待たせしました」

 それには答えず、ジェラルディンは兜を脱いだ。


 四人の男たちは同時に声を上げた。


「あなたは……どうしてここに」

 アーチボルトが呆けた様子でつぶやいた。


「おや、ファレル男爵。こんなところで奇遇ですね」

 我ながら白々しい口調で驚いた振りをする。


「私は、夫の……テオ様の護衛です」

「あなたが? たった一人で?」


「問題はありません」

 じろりとテオを含めた四人を睨め回す。


「お疑いでしたら今すぐ確かめてみますか?」

 うっ、と誰かが喉を詰まらせる気配がした。


 常ならいざ知らず、酔いどれの三人など相手にもならない。おまけにこちらは完全武装だ。


「何でしたらお三方同時でも構いませんよ」

「それには及びません」

 アーチボルトが首を横に振る。


「お呼び止めして申し訳ございませんでした。どうぞ、お通り下さい」

 状況不利と見たのだろう。あとの二人にも目配せして道を空ける。


「どうも」

 短く言い捨ててジェラルディンは先に進む。テオも我に返った様子で手綱を引いた。


 振り返ると、アーチボルトたちはまだこちらを見ていた。恨めしそうにも羨ましそうにも見えた。


 小さな丘を越え、三人の姿が見えなくなったところでようやくテオが口を開いた。


「これはどういう事ですか。何故あなたがここに」

「それはこちらのセリフです」

 抱えた兜を指先でつつきながらにらみつける。


「父上の付けた供はどうされたのですか」

「それは」


イナゴの被害調査などただの口実なのでしょう。何か王国の窮状を救う方策のために旅立たれた。目的はバダンテール王国ですか? それともさらに北ですか」

「……」


 言い逃れは出来ないと踏んだか、黙り込んでしまう。ジェラルディンは鼻を鳴らした。


「まあいいでしょう。すぐにわかることです。では行きましょうか」

 テオが信じられない、という顔をした。


「付いてくるおつもりですか」

「この格好で野掛けピクニックだとでも思いましたか」

 全身の武装と鎧を見せつけるべく胸を反らし、両腕を広げる。


「旅立って早々にもめ事に巻き込まれるようなお方、安心して引き返すなどできません。あなたにもしもの事があれば、せっかく再興したプレスコット家がまた絶えてしまいます」


「しかし」

「返答は聞いておりません」

 議論をするつもりなど毛頭無い。


「私は付いて行きます。これは決めたことです。どうしても戻したいのなら力ずくでどうぞ」

「……」


「撒くつもりならそれでも構いませんよ」


 ここまで尾行に気づかなかった男にそれが出来るのか? 言外に問うてやるとテオは口から出かかった言葉を飲み込み、苛立たしげに髪をかきむしる。


「……命がけになりますよ」

「元よりそのつもりです」


 並大抵の方法ではないのだろう。命を賭すほどの冒険になるに違いない。覚悟の上だ。

 テオは盛大なため息を吐いた。


「了解しました。では僕も覚悟を決めましょう」

「結構」


 ジェラルディンは獲物を仕留めた時のように微笑んだ。

 馬の鼻先を並べ、街道を進む。


「テオ様は、ファレル卿をご存じなのですか?」


 出会いそのものは偶然のようだが、あの時、アーチボルトは明らかにテオを知っていた。一方で、テオの方もアーチボルトを知っているようだった。少なくとも会話くらいは交わしているはずだ。


「ええ、まあ」

 誤魔化せないと観念したのか、素直に認めた。


「例の『空麦』の件で少々。僕が断ったので腹が立ったのでしょう」


 だからあんなマネをしたのだろう、とテオは言いたげだったがジェラルディンはそれだけではない、と見ている。アーチボルトの行動には、テオへの嫉妬もある。


 ジェラルディンを……自分の好いた女を妻にした男がたった一人で人目を避けるようにしてどこかへ向かおうとしている。普段なら自制もしただろうが酒が判断力を狂わせた。うぬぼれと言われそうだが、当たらずも遠からずといったところだろう。


「それで、結局何をしに行くのですか」

「まあ金策ですね」


 ジェラルディンは辺りを見回す。人気はない。時折、虫の音や鳥の声が聞こえるばかりだ。


「あまり真っ当な方法ではありませんので。詳しい方法はここに全部入っていますのでご心配なく」


 自分の頭を指差しながら微笑む。ジェラルディンを安心させるための笑顔なのだろう。ひどく作り物めいている。


 元々テオ一人で旅立ったのだ。ということは一人で可能な方法なのだろう。不服ではあるが勝手に付いてきたのはジェラルディンである。必要であれば話すだろう、と今はそれ以上問い詰めようとはしなかった。


「せめてどこへ行くかくらいは教えていただけませんか」

 目的地によって進路も変わってくる。場合によっては船の手配も必要になるだろう。


 まあそれくらいなら、とテオはやや思案した後で言った。


「アーリンガム帝国です」

 大陸一の大国の名前を口にしてから小声で続ける。


「そこの皇帝から金をせしめようかと思いまして」


************************************************************

次回から1日おきの投稿になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る