第26話 プレスコット伯爵と蛮族姫の追跡

 モリーの屋敷から戻ると、すでに父は帰った後だった。代わりに出迎えたのはテオだ。


「お出迎えも出来ず申し訳ございません。いつお戻りになられたのですか?」


 さも今知ったとばかりに芝居を打つ。白々しいとは思ったが、自然と口を付いて出ていた。かりそめとは言え、一つ屋根の下で過ごす間に自分も詐欺師になりつつあるのかも、と心の中で自嘲する。


「昼頃ですよ。どうやらすれ違いになってしまったようですね」

 謝罪は無用、とテオは柔らかい笑みを崩さない。


「それより急な話で申し訳ないのですが、各地の蝗被害の状況確認と視察で、また遠出することになりまして」

「まあ」


 と大げさにおどろきながら、口実だろうと見当を付ける。ただの視察ならば父があそこまで強い言葉を使うとは思えない。


「すみません。戻って来たばかりですが、明日にはまた出掛けなくてはなりません」

「すぐ護衛の者を手配致しましょう」

「いえ、それば無用です」

 試しに言ってみると案の定、テオは断ってきた。


「実はお父上の兵を貸していただけることになりまして。先日のような襲撃がまた起こるかも知れません。あまり兵力を割くのは考えものだと。ただでさえこの家は戦える人間が少ないですから」


 僕も含めてですが、とテオは困ったような笑みを浮かべる。ジェラルディンは笑わなかった。


「お戻りはいつ頃でしょうか」

「……今回は少し時間がかかりそうです。順調でも一ヶ月はかかるでしょう」


 生きていれば、というテオの心の声が聞こえた気がした。何をするつもりなのか見当も付かないが、危険な旅なのは間違いなさそうだ。だが、それを指摘したとしても適当な理由を付けてはぐらかされるだけだろう。


「承知致しました」

 ジェラルディンはうやうやしく一礼する。


「留守はお任せ下さい。テオ様の仕事がつつがなく成功いたしますよう、お祈り申し上げております」

「よろしくお願いします」

 テオはほっとしたように息を吐いた。


 ジェラルディンは顔を伏せながら目を向けると、凡庸な顔立ちの中に険しい者ものが宿っているのを認めた。ジェラルディンが思い返せばそれは、死を覚悟した戦士のそれであった。


 翌朝、朝霧の消えぬ中テオは馬に乗って出立した。ジェラルディンは起きたばかりを装うため、夜着に上掛けを羽織ったままの姿で見送った。


 馬蹄の音が聞こえなくなったのを見届けると、ジェラルディンは自室に戻り、下着姿になると戦支度に着替える。白いシャツに厚手の黒いズボン、そこから鎖帷子に銀色の鎧を身につける。鎧程度一人で着られるように、と父に仕込まれているので問題はない。


 ジェラルディンはドレスや宝石に興味はなかったがその分、鎧には金を掛けていた。以前、テオと同行していた時に着ていたのは機動力を重視していたたため、胸当てや比較的軽めの鎧だった。


 今回用意したのは、重騎兵用の装備である。兜も顔まで覆うものだし、蒼いマントも紋章の付いていないものだ。この鎧もテオには見せたことがないので、そうそうばれる心配はない。


 問題はアンドリュースだが、彼にも馬鎧バーディングと呼ばれる馬用の鎧を身につけてもらう。頭から首、胴に掛けてプレートアーマーで覆えばアンドリュースとは気づかれまい。不思議な事にテオには馬の見分けが付かない。おそらく大丈夫だろう。


 武装は剣のほかに槍斧ハルバードに短弓に矢筒。肉厚の短剣は敵の首をかき切るだけでなく、木を削ったり枝を払うのにも使える。


「では、私は行って来る。後のことは頼んだぞ」


 執事のウォルターに言い置いて、ジェラルディンはアンドリュースに乗り、手綱を引いた。

 

 王都の門を抜け、街道を北に向かっている。はるか先にはテオの馬が見える。案の定、護衛は一人もいない。距離を取りながら後を付けていく。近付きすぎると追跡自体気づかれてしまう。振り切るか、撒くような行動をされると追いつくのに手間が掛かる。かといって一定の距離を保っていたらそれはそれで不審がられてしまう。細心と慎重が求められた。


 テオはこちらに気づいた様子はなく、馬にゆられながら街道を進む。どこまで行くのだろうか。このままいくつかの町を抜ければバダンテール王国の国境に出る。彼の目的地はそこなのだろうか。借金ならすでに断られたはずだ。ならば宣戦布告の使者か。


 他国への使者がわざと無礼な態度を取って殺される。それを口実に戦を仕掛ける方法もあるが、それならテオである必要はあるまい。ジェラルディンがやってもいいのだ。何よりテオの手段としてはそぐわない気がした。


 途中、休憩中のテオをわざと追い抜いて様子を確かめてみたが、処刑台に上がるような悲壮感は感じられなかった。


 今度はこちらの休憩中に追い抜かされたが、特に気に留めた様子はなかった。仕官先を求めて諸国を放浪する騎士はごまんといる。


 その日、テオは街道の沿いの宿場町で宿を取った。そこでジェラルディンも向かいの宿を取り、部屋を監視したが誰かが会いに来る気配はなかった。


 異変が起こったのは翌朝である。


 夜も明けきらぬうちにテオは宿を出た。少し遅れてジェラルディンも後を追う。街道は山道に入っていた。木立の間をすり抜けるようにして開かれた街道にはほかに人気はなく、馬蹄の音が朝靄煙る森に鳥の音と被さるように響く。


 そこへ脇道から三頭の馬が土煙を上げながら飛び出し、テオの前に立ち塞がった。あわてた様子で手綱を引いたために、テオの馬は嘶きを上げて立ち止まった。


「これはこれはプレスコット卿ではありませんか」


 とぼけた口調で話しかけてきたのは、アーチボルト・ファレル男爵だった。


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