第25話 プレスコット伯爵と父との密談
あの夜から十日が経った。テオはあの後、興奮した面持ちで自室に引きこもってしまい、話はそれっきりになった。覗いてみると、何やら書き物をしていたようだ。翌日になると、王宮へと飛び出して行った。
前の日に襲撃されたのも忘れた様子で。あわてて護衛の騎士を付けさせなければ、一人で向かっていただろう。それから王宮で寝泊まりしているらしく、屋敷には戻っていない。
何か打開策が見つかったのだろうか。
ここ数日の間に、王国の状況は更に悪くなっていた。
蝗に食われた麦の被害でマクファーレン家からほかの領地へ備蓄を回していたが、それも限界に近づいている。地方には食い詰めた民が王都を目指して列をなして向かっているという。その余波を受けて地方の貧困が王都も圧迫している。小麦をはじめ食糧の価格が倍以上に値上がりし、プレスコット伯爵家の家計も圧迫している。
食事以外にも屋敷の修繕費や武器の修理・補充費用など軒並み高騰している。ジェラルディンも頭が痛かった。
テオなら何とかしてくれると信じたいが、どうすれば解決出来るのか見当も付かない。結局ベッドの件も謝れずにいる。それを考えると胸にもやがかかる。あれだけ拒絶しておきながら困った時に頼るなど、虫がいいにも程がある。
罪悪感があるからだろう。近頃では気がつけばテオのことばかり考えている。
王国の困窮やプレスコット家、夫婦関係など、悩みのほとんどが彼とつながっている以上、仕方がないのだと思ってはいるがあまりよくない傾向だと思っている。
おかげで友人のモリーのところに行くのに、土産物を忘れる始末だ。
父のツテで手に入れた西方の絹織物が手に入ったのだ。以前から欲しがっていたので渡そうと外出したのに、とんぼ返りしなくてはならなかった。アンドリュースのたてがみを撫でながら屋敷に戻ると、見慣れた馬車が駐まっているのが見えた。マクファーレン家のものだ。
父が来ているのだろうか。先触れは来ていなかったはずだ。何の用だろうかと応接室に向かうと話し声が聞こえた。父のブランドンとテオだ。いつの間に戻って来たのだろうか。やはり戻るという連絡はなかったはずだ。おそらく、一緒に帰ってきたのだろう。プレスコット家の馬車はすでに王宮から戻ってきている。
ノックをしようと扉の前に立った時、鋭敏な耳が室内の声を聞き取った。
「後のことはワシに任せておくといい。娘にはうまく伝えておく。プレスコットの家は我が身に代えても守り抜いてみせる」
手が止まる。父の声だ。
「よろしくお願いします。これで心置きなく僕も行けます」
「済まぬな。本来なら何の関わりもなかったお主に、このような責を負わせる羽目になるとは」
「……お気になさらないで下さい」
一体何の話をしているのだろう。はしたないと知りつつもジェラルディンは扉の前に貼り付き、耳を澄ませる。
「それで、娘はまだ相変わらず、か」
盛大なため息が聞こえた。
「お嬢様は素晴らしい女性ですよ。ただ、僕が至らないばかりに」
「ワシの育て方がまずかったのだ。あのように浅慮で見る目のない娘になってしまって……あやつの目は節穴か」
誰が浅慮だ。誰の目が節穴か。そればかりは父に言われたくない。
「それで、いつ出立するつもりだ」
「早い方がいいでしょう。出来れば明日にでも」
「……息災でな」
そこで侍女が近付いてくる気配がしたので、ジェラルディンはあわてて扉から離れ、曲がり角に隠れる。
侍女が扉を叩き、茶を室内へ運んでいく。それを見届けるとジェラルディンは自室に戻り、土産物を引っ掴むとまたアンドリュースにまたがり、外へ出た。愛馬の背にゆられながら先程盗み聞きした会話を思い返していた。
どうやらテオは明日、どこか遠くに出掛けなくてはならないようだ。父の様子から察するに命懸けなのだろう。それはいい。腹立たしいことに、ジェラルディンには内緒で事を運ぼうとしている。政務とは無縁の身ではあるが、あそこまでのけ者にされるのは気にくわなかった。そう、大変に気にくわない。
ならばやることは決まっている。
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