第24話 蛮族姫と詐欺師伯爵の決意


「最善の策が通らないのですから仕方がありません。非協力的な貴族に、戦費による莫大な借財、追い打ちを掛けたのが蝗による飢饉です。あれこれ立案しても通るのは小手先のものばかり。作物の普及にも時間が掛かりすぎます。受け入れられない以上はどうしようもありません」


「ですが、ヘーゼルダイン侯爵も失脚するのでしょう。でしたら……」

 そもそもテオにプレスコット伯爵家を継がせたのは陛下のはずだ。


「彼一人排除したところで同じですよ。いかに陛下とて、叔父と王妃の実家と宰相殿から反対されてはどうしようもありません。みんな現実を認めたくないのですよ。願望と予測をごっちゃにして、何とかなるだろうとたかをくくっている。質素倹約でどうにかなる段階などとっくに過ぎています。堂々と『農民など飢え死にしたところで問題ない』と言い出す無知ばかりです。自分が毎日食べているパンを誰が焼いているのか、小麦を誰が育ているのか、考えが及ばないのです」


 いつになく愚痴と徒労感に満ちた言葉だった。飄々としているように見えて、やはり鬱憤がたまっていたのだろう。ここは聞き逃す場面ではない、とジェラルディンは両手に力を込める。


「このままでは飢え死にする農民が大勢出ます。すでに一揆や逃散の兆候も各地に出始めています。国庫の備蓄を回していますが時間の問題です。働く者がいなくなれば、収入も途絶えます。そうなれば貴族も終わります。反乱も起きるでしょう。内通者や売国奴も出ます。おそらくどこかの段階で他国の軍が攻めてくるか、併合を求めてくるでしょうけど、その時に払いのけるだけの軍事力は残っていません。騎士とて飢えには勝てませんから」


「どうにかならないのですか」

 示された破滅の未来予想図に、すがりつくようにテオの二の腕をつかむ。


「あなたはそのために役に就いたのではなかったのですか」

「力不足でした」


 弱々しく微笑みながらジェラルディンへ手を重ねる。困っているはずなのに、むしろ励まされたようで無力感が込み上げる。


「ああ、一つ方法がありましたね」

「何ですか」


「今挙げた方々を取り除けば何とかなるでしょうね。抜本的な改革も通りますし、陛下も大鉈を振るいやすくなる」


 やけっぱちのように力なく笑う。ジェラルディンは笑わなかった。


「承知しました」


 陛下の叔父といえばアシュクロフト公だろう。王妃の実家はレンウィズ侯爵で宰相の公爵はや陛下の従兄弟にあたる。ジェラルディンの知り限り、どれもこれも君側の奸か佞臣の類である。仕留めるのに躊躇いはない。


 問題は暗殺そのものよりもいかに己の仕業だと露見しないかだ。プレスコット家の妻が暗殺者となればテオまで罪が及ぶ。それでは本末転倒だ。かといってこのような重大事を任せられる人間はいない。父でもムリだ。


 幸いにも、今王都に三人全員いる。わざわざ領地まで行く手間がかからないが、当然護衛はわんさといるだろう。順番に殺していくとなれば時間が掛かりすぎる。かといって三人まとめてとなると容易ではない。剣は勿論、弓でも一人倒している間に、残りに逃げられる。


 そこで思いついたのは東の大陸で使われたという爆弾だ。黒い球に火薬を仕込み、それに火を付けると熱風と破片で一度に大勢殺せる兵器があるらしい。舞踏会か夜会を催して、三人の側でそれを抱えて自爆すればまとめて殺すのも可能だろう。これならジェラルディン自身も暗殺の犠牲者として片付けられる。


 あとは爆死する前に犯人役として適当な人物を自害に見せかけて殺し、死体をどこか目立たない場所に隠しておく。殺す前に告白の手紙を書かせておくのも忘れてはいけない。これを全部一人で準備するとなると気が遠くなりそうだが、これも王国のためだ。


「待って下さい」


 さっそく爆薬を入手すべく自室に戻り手紙を書こうとしたジェラルディンだったが、後ろからテオに手首をつかまれる。振り返ると、青い顔をしていた。


「まさか、本気ですか?」

 自らの失言を悔いているような声だった。


「冗談は苦手です」

 暗殺計画など戯れでも口にするものではない。


「落ち着いて下さい。成功しても失敗しても命はありません」

「それが何か?」

 当然だろう。だからこそ、己は覚悟を決めたのだから。


「あなたは、死ぬのが怖くないのですか」

「人はいずれ死にます。早いか遅いかの違いだけです」

「だからといって……だからこそ命をムダにしていいはずがない!」


 ジェラルディンは首を傾げた。心配されているのはわかったが、自身の考えをどうすればうまく伝えられるかに迷っていた。ジェラルディンは今まで説得や議論のように、他人と意見を戦わせることに重きを置いてこなかった。


 己には己の、他人には他人の考えがある。相手が正しいと思えば譲るが、己が正しいと思うなら誰に言われようとも曲げなかった。他人の考えを変えたいとは思わなかった。だからこそ、慣れぬ思考に時間が必要だった。


「私は、命には使いどころがあると思っています」


 説得にはまず相手の目を見る。父の教えどおり、テオと真正面から向かい合う。困惑に揺れる瞳を真っ直ぐに見据えながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「死人のように百まで生きるより、価値のある死を。他人がどう思おうと、私自身が納得出来る死を。それが私の生きる道でした」


 人間はいつ死ぬかも分からない。望んだ死に方が出来るとは限らない。だからこそ、死は選べる時に選んでおきたい。


「私はこの国を、民を守りたいのです。あなたが指し示した先に、王国の輝く未来があるというのなら、私は命を惜しみません」


「それが詐欺師の言い分でも、ですか?」

 まだ気にしていたのか、とひそかに罪悪感が湧いた。


「では先程の発言はデタラメと仰るのですか?」

「いや、それは……そうです。デタラメです。間違いでした。感情的になって、つまらないことを言いました。忘れて下さい」


 前言を翻した理由は虚言を弄したためではあるまい。ジェラルディンの暴走を食い止めるためなのは明らかだった。


「お三方を取り除いたとしてもすぐに別の者が代わりを務めるだけです。二人や三人殺したところで何も変わりません」


「ならば百人でも二百人でも道連れにするまでです」

 爆薬の量と仕掛ける場所を増やせば可能なはずだ。


「……!」

 テオは泣きそうな顔で絶句した。己の迂闊さを悔いているようにも言葉の通じない怪物に恐怖しているようにも感じ取れた。


「別に死にたいわけではありませんので、ほかの方法があるのでしたらそちらにしますが」


 あまりに哀れに思えたので、ジェラルディンは助け船を出した。


「金がないというのなら、いっそ山賊にでもなってみるというのはいかがでしょうか。北の方なら結構稼げそうですが」


「……国家予算に匹敵する財宝を貯め込んだ山賊など聞いたことがありません」


 テオが乱れた髪の毛を手櫛で整えながら苦笑する。言い慣れないので通じたかどうかが判別できないのだが、今の冗談は上手くいったようだ。


「分かりませんよ。隊商が通りかかるやも知れませんし、輸送隊となれば、色々運ぶものですから。発掘した金銀に関所や地方からの徴税金、あとは敵国からの賠償金に属国からの上納金……」


 ふと顔を上げると、テオが呆然と立ち尽くしていた。心ここにあらずという感じで、目の焦点が合っていない。調子に乗って何か無礼でも働いてしまったか、と訝しんでいると、彼の唇が動いた。


「その手があったか……」


 迷妄を破り捨てたかのように晴れ晴れとした顔で、部屋を飛び出した。


 あわてて後を追いかける。階段を駆け上がり、飛び込んだのは三階の図書室だ。続いて中に入ると、テオはロウソクに火をともすのもじれったいのか、月明かりを頼りに本棚を漁っていた。


 本棚に貼り付くかのように顔を近づけ、あれでもないこれでもない、と題名と中身を見ては戻す手間も惜しいとばかりに床に放り捨てる。


 ジェラルディンは後ろからこっそりと近づき、本を拾い上げながらテオを見る。探しているのは歴史の棚のようだ。


「あった!」


 手にしていたのは、『ドリスコル王国発展史』だ。三代前の王がドリスコル王国の歴史を編纂させた歴史書だ。珍しいものではない。マクファーレンの実家にもあるし、ジェラルディンも読んだ事がある。王国の通史として採用されているだけあって、隠された事実など存在しないはずだ。


 窓際に移動すると、テオは真剣な面持ちでページをめくる。ちょうど月が雲間に隠れてしまい、部屋は闇に閉ざされる。


 ジェラルディンは無言で燭台をかざした。仄かな明かりに照らされたのにも気づかぬ様子で何かを探している。


「やっぱりか……」


 手を止め、ページを食い入るように見つめている。ジェラルディンも背後からのぞき込む。百年ほど前の辺りだ。いずれも王国貴族ならば常識ばかりで、目新しい事実はない。


「……知ってて黙ってやがったな、


 彼が罵った相手が何者かより口調の変化が気になった。酷評することはあるが、テオが誰かを口汚く罵るなど、初めて聞いた気がした。興奮のあまり平民育ちの素地が出てしまったのだろうが、ジェラルディンはとがめ立てするつもりはなかった。むしろ日頃見られない姿に嬉しくなった自分に、内心驚かされていた。



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