第10話 プレスコット伯爵夫人と茶会の誘い

 結婚した翌朝、テオの元に赴いたが既に王宮へ出仕していた。


 戻って来たのは夜半過ぎである。その日だけかと思ったら朝は日の出前に王宮へ向かい、深夜になってようやく帰って来る。時には王宮に泊まり込むこともある。想像以上に務めが忙しいようだ。


 ジェラルディンの知る宮中伯といえば、実際に政務に携わることはほとんどなかった。本当に務めなどしているのかと勘ぐった日もあったが、帰ってきた時のやつれ具合を見れば遊びほうけているようには思えなかった。夫婦間の問題なので人前で声を掛けるのもためらわれ、初夜の出来事をまだ問えずにいた。


 ブランドンは結婚式の三日後に領地へと帰っていった。初夜の事情を薄々察していたようだが、その件については触れなかった。一つ屋根の下にいれば自然と情も湧く、と甘く見積もっているのかもしれない。娘夫婦の閨事情に首を突っ込むのは気まずい、という気持ちもあっただろう。 


 テオ自身、ジェラルディンを無視するわけでも、義父のブランドンに告げ口するでもない。顔を合わせれば挨拶もするし、今日の出来事や何か不足はないかとこまめに聞いてくる。


 ただ初夜以来、テオがジェラルディンの部屋を訪れることはなかった。いまだ『白い結婚』が続いている。テオがプレスコット家の当主として迎えられたのは、家名の再興である。テオ一代で滅んだのでは意味がない。ならば積極的に子を作り、一族の繁栄に努める義務があるはずだ。テオの意図はいまだにつかめない。


 それでも朝と晩の送り出しと出迎えだけは欠かしていない。伯爵家当主へのせめてもの礼節でもあり、伯爵夫人としての務めだと思っている。


 テオの元に嫁いではや一ヶ月。 


 その間、ジェラルディンは伯爵夫人として家政を取り仕切ってきた。使用人の差配さはいや家事、晩餐のメニューや訪問客の接待等々。実家でもある程度は経験があったが、ここしばらくは兄嫁に任せっきりだったため、困惑することもしばしばだった。


 プレスコット家の家臣は新規に雇い入れたり、他家から移ってきた者ばかりでほとんど役に立たなかった。頼りになったのは実家から共に来てくれた侍女たちである。特にサリーは母の代からの忠臣であり、経験も豊富だった。


 小柄で野ウサギのように小心なところはあるが、それだけに丁寧な仕事ぶりは気に入っていた。貴族間の情勢に疎いジェラルディンに、あれこれ教えてくれるのも彼女たちだ。


 細かい失敗は数あれど、おおむね伯爵夫人としての立場と役目をこなしていた。


 そんなある日、ジェラルディンに茶会の招待状が届いた。


 国内の民が飢饉に喘いでいても王都に住んでいると危機感が薄いのだろう。貴族の屋敷ではやれ茶会だの舞踏会だのといった催しが頻繁に開かれている。


 たいていはジェラルディン……悪名高きプレスコット家など爪弾きにされ、招待状も届かない。『切り花』とはいえ伯爵家への義理からか、たまに招かれることもあるが、全て断っている。


 この非常時に、乱痴気らんちき騒ぎに加わるつもりはなかったし、阿諛追従あゆついしょう誹謗中傷ひぼうちゅうしょうが渦巻く魔窟まくつになど飛び込めば剣を抜きたくなる。元々、この手の集まりは苦手なのだ。今回も断ろうかと思ったが、差出人を見て目をみはった。


「ホークヤード侯爵夫人、か」


 ホークヤード家はプレスコット家の親類であり、爵位が示すように本家筋に当たる。王都の北東部に領地を持ち、鉱山から採れる良質な銅で利益を上げている。


 そして前当主であるハーバード亡き後、相続の名の下にプレスコット家の領地の一部を簒奪さんだつした。ただ、当時のホークヤード侯爵はすでに隠居しており、現在は長男のオスニエルが侯爵家を継いでいる。夫人のミラベルは北にあるアスカム伯爵家の出である。


「結婚式にも来なかった連中が今更何の用だ」


 手紙は結婚式に出られなかった非礼への詫びから始まり、茶会はあくまで非公式であり、身内だけのささやかなものであること、親類になったのだから女は女同士だけでも交流を深めたいとの旨が書いてあった。


「笑わせてくれる」


 女の敵は女、とも言うではないか。何が目的かは知らないが、ろくなものでないに決まっている。いっそ断りたかったが、本家筋であるホークヤード家からの誘いを断れば何を言われるかわかったものではない。


 実を言えば、一度は多忙を理由に断ったのだが、再度の誘いである。これ以上は非礼に当たるだろう。受けるしかなさそうだ。


 ジェラルディンは腹をくくった。出席にはテオの許可はいるだろうが、どうせ断りはしない。


 味方もおらず、不利な状況で敵陣に一人で乗り込む。悪くない。屋敷にこもりっきりで、久しぶりに大暴れしたいと思っていたところだ。


 凶暴な笑みが込み上げるのを抑えられなかった。


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