第7話 ジェラルディンと婚約者との手合わせ 下
結果から言えば、テオとの手合わせは勝負と呼べるものではなかった。
ほぼ一方的にジェラルディンが打ち据えるだけだった。何度も剣を弾き飛ばし、手足や脇、腹に背中と、体の至る所を木剣で叩いた。もちろん手加減はしていたので傷は残らないはずだ。
時間にすれば三百と数えていないのに、テオは汗みずくになっている。土埃にまみれ、息も絶え絶えという様子だ。脚をふらつかせ、剣を杖のようにしてもたれかかりながら、かろうじて立っている。
見た目だけなら完勝と呼ぶべき内容だが、ジェラルディンの胸は汚泥のような敗北感に蝕まれていた。
もしかしたら己の勘が間違いで、本当は隠れた武芸の達人ではないかと物語めいた妄想をしていただけに、がっかりさせられたのは確かだ。
だが、失望したのは弱いからではない。将来の夫となる男の性分に気づいてしまったからである。できれば勘違いであって欲しいと思ったが、ここまで時間を掛けて打ち合えば経験上、外れたためしがなかった。
「いや、これは参りましたね。一本くらいは取れるかと思っていたのですが」
苦笑しながらテオが両手を挙げる。
「もういいでしょう。降参です、参りまし……」
そこでテオが呻き声を上げながら崩れ落ちる。膝を突き、苦しげに息を吐く。ジェラルディンは早足で近付き、テオの顔を覗き込む。
「どこか痛みますか?」
傷を見ようと近付いたところで手首をつかまれ、強く引っ張られる。テオの表情は獲物を罠に嵌めた猟師のそれになっていた。反対の手で短く持った木剣をジェラルディンの脇腹目がけて叩き付けてきた。
完全な騙し討ちだったが、ジェラルディンは眉一つ動かさなかった。
崩れた体勢のまま、テオの木剣を肘と膝で挟み込み、そのままへし折った。驚愕するテオの動きが止まったところで反撃に移る。手首をつかまれたまま懐深く飛び込み、背負うようにしてテオを放り投げた。
地面が揺れる。強かに背中を打ち付けられ、肺から空気を吐き出したテオへ追い打ちとばかりに飛びかかる。今度はジェラルディンがテオの手首をつかみ、肘の関節を極める。悲鳴が上がった。
「もうそのくらいでよかろう」
我慢の限界とばかりに、ブランドンが割って入った。
「これで終わりだ。お前も手を放せ。これ以上はワシが許さぬ!」
命じられるままジェラルディンはテオを解放すると、終わりの礼をする。テオは仰向けに倒れたまま、荒い呼吸を吐いている。
「どうもありがとうございました。今、薬を用意しますので少々お待ちください」
ジェラルディンはうわべだけの挨拶をして、館に戻ろうとした。その時、後ろから声を掛けられた。
「いや、まさか。あのタイミングで防がれるとは思いませんでした」
ジェラルディンは足を止めて顔だけ振り返った。
「常識です」
戦場では敵兵が死んだふりをして不意を突くなど珍しくもない。テオは降参と言ったが、審判であるブランドンはまだ判定を下していなかった。その時間差を狙ったようだ。思えば、一方的にやられていたのも、油断させるための策だったのだろう。
卑怯者と罵るつもりはなかった。ただ、己の目に狂いはなかったとはっきりしただけだ。だからこそ、ジェラルディンの胸は更に重く淀んでいく。
「トルル村の村長をご存じですか?」
「さあ」
テオは理解できない、とばかりに首をひねる。
その反応は予想済みだったので追い打ちを掛ける。
「
「……哀れな話とは思いますが、それが何か?」
憐れみながらも素知らぬふりをする。ジェラルディンは見逃さなかった。目の奥にかすかな動揺と驚きがよぎったのを。
ジェラルディンは確信した。テオは嘘を付いている。
犯人、とまではいかなくとも何かを知っている。
だが、ここで問い詰めても白状しないだろう。村長を連れてくれば証拠になるかもしれないが、居所も名前も分からない。伯爵家の当主を証拠もなしに詰問すれば、罪に問われるのはジェラルディンの方だ。歯がゆさに苛々する。
「それで、僕の事は何かわかりましたか?」
テオの声は試すような響きを含んでいた。
その瞬間、ジェラルディンの中で何かが弾けた。
口にすべきではない、と思っていたはずなのに、気がつけば吐き捨てるように宣言していた。
「あなたは詐欺師です」
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