第6話 ジェラルディンと婚約者との手合わせ 上
「お待たせしました」
応接室に入り、革張りの長椅子にテオと向かい合って座る。半円型に切り取られた天窓から日の光が差し込み、石の床を照らしている。
壁に掛けてあるのは、はるか西国から届いた緋色の織物。その隣には壁には三枚の宗教画を飾っている。いずれも聖人が悪鬼や竜を退治したとされる逸話を描いたものだ。調度品とて伯爵家にしては質素なものだが、それでも平民からすれば豪邸に見えるのかもしれない。
落ち着かない様子のテオに、ジェラルディンは微笑みを作りながら質問をする。
「テオ様は遍歴商人だったとおうかがいしましたが、今までどのような町を回られていたのですか?」
隣に座っていた父が苦い顔で脇腹を肘でつついてきた。今の質問はまずかったのだろう。平民時代の話は聞くべきではないと言いたいのだろうが、共通する話題など思いつかない。
テオは気を悪くした風もなく、考え込む仕草をしながら答えてくれた。
「そうですね、主に北の方を。フェアクローフやエイジャーソン、キングフィフス、エヴァレットも回りました」
「バダンテールにも?」
最初の三ヶ所は北方の王家直轄地にある大きな町だが、エヴァレットは国境を越えたバダンテール王国の町だ。現在のところ両国の関係は安定しており、戦争の気配はない。ただ、バダンテールに向かうには大きな峠を越える必要がある。付近には賊も棲み着いており、よく旅人が犠牲になっている。
「その方がお金になるんですよ。国を越えれば必要なものも納める税の額も違う。取引次第では莫大な富を得ることもできます」
危険を冒すだけの価値はある、ということだろう。
「テオ様はどうでしたか?」
聞いた限りだと裕福だったようには思えない。
「そこそこですね。欲張らなければそれなりに、というところでしょうか」
あいまいな返答だった。失敗が恥ずかしくて答えたくないのか、言いにくい事情でもあるのか判別は付かない。
「どのような物を商っておられたのですか?」
「色々ありましたが主に古着ですね。あとは織物なんかも扱っていました」
「ではそこの壁掛けもおわかりになりますか?」
壁に掛かっている、赤い織物を見る。
「死んだ母が買い求めたものですが、私はそちらの知識はさっぱりなもので」
失礼、とテオが壁の織物に近付き、指で触れる。
「東ドーラ王国のコルバ地方に伝わるクレスダ織ですね。絹や綿に羊毛を混ぜているんですよ。特に染料が独特で、土地の紅花をすり潰して作っているらしいですね。商った事はありませんが、こちらで買おうとすれば金貨五枚はするでしょう」
淀みなく説明してのける。ジェラルディンは感心した。金額以外は、父から聞いた知識とほぼ同じだ。見れば肌にも日焼けした跡が残っている。商人としての見識は悪くなさそうだ。だが、ジェラルディンが知りたいのはそこではない。
見極めたいのは、テオという男の本質である。
「テオ様、お願いがございます」
ジェラルディンはうやうやしい口調で言った。
「今から、私と手合わせしていただけませんか?」
庭に出ると、待っていたテオに木剣を手渡す。樫の木を削って作った練習用だ。
獣の革も巻いてあるので当たってもさして痛くはない。当たり所が悪ければ骨折する程度だ。困った顔をしながらテオは受け取った。この期に及んで拒否も言い逃れをしないのは立派だ、とそこだけは認めることにした。
無論ドレスのままでは汚す恐れがあるので稽古着に着替えている。男物のシャツにズボンは動きやすい。テオは盛装のままだ。稽古着に着替えるよう勧めたが、どうせすぐ終わるからと固辞した。
「確認ですが、試合の勝ち負けと今回の縁談は関係がないのですね」
「はい」
「僕が勝っても負けても結婚に変わりはない。今回の手合わせはあくまで親睦と、僕の実力を見るため、でよろしいでしょうか?」
「異存はございません」
これは政略結婚である。しかも国王陛下直々のお声かがりとあれば、目の前の男と結婚するしかない。
それでも勝負を挑んだのは、将来の夫となる男を知るためだ。剣は鏡。戦いは性格や人となりが如実に表れる。勇気も臆病も勤勉も怠惰も正義も卑劣も、剣を交えれば伝わるものだ。
百万の言葉を並べ立てられるより、一度戦った方がわかりやすい。
当然、父のブランドンは猛反対したのだが、取り合わなかった。
意外だったのは、テオが了承したことだ。自信があるのか、それとも適当にやり過ごすつもりなのか。後者であれば、許してはおけない。
「ですので、決して手を抜かれませぬよう、お願い致します。一本取らせて花を持たせようなどとは、ゆめゆめお考えなきよう」
「承知致しました」
テオは苦笑しながらもうなずいた。
結構、とジェラルディンは剣を真正面に構える。
「くれぐれもケガのないようにな」
審判役のブランドンがこめかみに青筋を作りながら手を上げる。あとで叱られるだろうが、これも性分だからとジェラルディンは諦めている。父譲りの気性のせいだ。
「はじめ」
ブランドンの合図で勝負は始まった。
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