第二十四話 夜光は語らい、互いの色を識る⑤

 人体の仕組みについて一通りガイトさんに説明したあと、私たちは『人間の食ベ物』に話題を移した。

 ……というのも、説明している間にフゥが飽きてしまったらしく、洞窟内の燭台しょくだいの炎を全て食べてしまったからだ。ガイトさんの頭の炎があったから、私は洞窟内が暗くなっていることに気が付かなかったのだけれど……。

『フゥ、食べスぎでス! モ〜!』と、ガイトさんは少し怒っていた。……少し、なのはガイトさんが半分くらい嬉しそうだったからだ。やっぱり、自分の用意したものをたくさん食べてもらえるのは嬉しいらしい。

 ……ともかく、食べ物の話題ならフゥも飽きないかもと思って、話を振ってみたのだった。


「ガイトさんは、私たち人間が何を食べているか、ご存知ですか?」

『はイ、知っテマすよ! 狭間かラ見てまス!“ごハん”でスヨね?』

「そうです。ご飯……お米やパン、お肉やお魚など……いろんなものを食べます」


 私がそう答えると、ガイトさんは『はァ〜……』と感心したような声を出した。……初めて聞く響きのものが多いのかな。


『イろんナ食ベ物ガあルンでスねぇ……ワァシは力のモとしカ取り入レねェデすから、面白いデす! でモ、ナんでいロンなもノを食べルンですカ?』

「それは……そうですね。人間は、体を維持するためにいろいろな栄養素を必要とします。その栄養素を摂るために、食べるものを変えているんです」

『ナるほど……生きるタメ、デすネ』

「はい。そうです。あとは、美味しいから食べるという人もいますね……」


 私がそう答えると、ガイトさんは『オォ!』と声をあげた。


『美味しいカラ、食べるンでスか! ソれ、ワァシも分かリまス! 力のモとニも、美味しィのがアりまスカら!』


 ガイトさんはそう言って笑った。……力のもとにも味の違いがあるのかな。甘いとか、辛いとか……。それは、ちょっと気になるかも……。


「ふふ、ガイトさんにも好みがあるんですね」

『はイ! あリマすヨ〜。ミチルはアリますカ?』

「そうですね……。私は、甘いものが好きです」

『“アまい”……ド〜いうのデすか? “オにク”? “オさかナ”?』


 ……おっと、ガイトさんには“甘い”が伝わらなかったみたいだ。


「あ……えっと……。そうですね……お菓子とか、フルーツとかです。“甘い”は……えぇと、食べ物が口の中でとろける感じというか……」

『とロケる……わァ……ソれはイいでスねェ! ワァシも食ベテミたイでス!』


 今度は伝わったようだ。ガイトさんは頭の炎を揺らしながら、楽しそうな声でそう言った。


「ふふ……そうですね。……あ。今度、何か持ってきてみましょうか。食べるのは難しくても、香りは楽しめるかもしれませんし」

『エ! いインですカ!? ヤッタ〜!』


 そう言って、ガイトさんはバンザイするように四本の腕を上げた。すると、テーブルの上で話を聞いていたらしいフゥも、羽を広げてひらひらと楽しそうに舞い始めた。

 全身で喜びを表現しているガイトさんとフゥの様子に、私もなんだかぽかぽかした気持ちになる。


「はい、では今度持ってきますね」

『アりがトうゴザいまス!』


 頭を勢い良く下げて、ガイトさんはそう言った。フゥも、そんなガイトさんの真似をしているのか、テーブルに止まって羽をぱたぱたさせている。


「はい、楽しみにしていてください」


 そんなフゥとガイトさんの様子に微笑みながら、私はそう言ったのだった。



 そうしてしばらく会話を楽しんだあと、ふと腕時計に目をやると、もう十時近くになっていた。……楽しい時間はあっという間だ。


「すみません、もう少しお話していたいのですが……そろそろお暇しますね」


 そう切り出すと、ガイトさんは『エ!』と驚いたような声を出した。


『もゥ時間でスか!? まダジゃね〜デす!?』

「はい……もう、なんです……。ほら、この通り、長い針が十に届きそうになっていますし……」


 私はそう言って、腕時計をガイトさんに見せた。すると、ガイトさんは『あラ〜……ホントでス……』と残念そうな声を出した。


『ンじゃ、また来テくれルでスか?』

「……はい、また次の新月の日に来ます」


 そう言って微笑むと、ガイトさんは頭の炎を大きく揺らした。


『はイ! 待ッテまス! 約束、でス!』

「ふふ……はい、約束です」


 ガイトさんの言葉に、私も大きくうなづく。もう何度も交わしている約束だけれど、何度だって嬉しいものだ。


『ミチル、送りマすヨ!』

「あ、ありがとうございます」

『ふフ〜ん……イいんデすよ〜! ワァシ、もットミチルと居タいでスカら! 狭間まデも、話しマシょ?』


 頭を右に傾けて、ガイトさんが言った。私もそうしたいと思っていたから、もちろん「はい」と頷く。


『ソれジャあ! 狭間まデお送りしマすネ!』


 そう言って、手を差し出してくれるガイトさん。私はその手をそっと握って、「ありがとうございます」と微笑んだ。

 そうして、私たちは狭間まで歩き始める。


「今日は、本当に楽しかったです」

『ワァシもデす! 楽しカったデすヨ! フゥもダよネ〜?』


 ガイトさんがフゥにそう尋ねると、フゥは私たちの頭上をひらひらと飛び回った。くるくる、くるくると楽しげに。


『ネ! ソ〜でスよネェ! プレぜんトももラっチゃっテ、ホんトに嬉シいトキでしタ!』

「ふふふ……それなら良かったです」

『でスヨ〜! あ、ワァシもミチルにぷレゼんトしタら良かッタデすネ……』


 明るい調子で話していたガイトさんだったけれど、ふいにそう言うと、しょんぼりと項垂うなだれてしまった。


「そんな……。私はもう十分すぎるほどいだだいていますよ。ガイトさんはいつも、私にたくさんのことを教えてくれているじゃないですか」

『デもでスよ〜!』

「ふふ……ありがとうございます。その気持ちだけで充分ですよ」


 私がそう言うと、ガイトさんは『うゥ〜……』とうなるような声を上げた。……なんだか申し訳ない気持ちになってきたな。何か良い方法はないかな……。


「……あ、そうだ!」

『ン??』

「ガイトさん、次に私がここに来るまでに、何か考えておいてくれませんか? ガイトさんが私にしてほしいこと、プレゼントしたいと思いついたもの……何でも良いんです。それを、次の時に私にいただけたら、嬉しいです」

『ツぎ……』

「はい、次の新月の日です」

『……ワかリマしタ! 次ニ会うとキまデに、考えトきまス!』


 ガイトさんの表情が明るくなる。……うん、やっぱりガイトさんには笑顔が似合うな。ふたつの意味で、こちらまで明るくさせてくれるような、そんな笑顔。


「はい、お待ちしていますね」

『ハぁい! ワァシに任セてクダさい!』


 ガイトさんはそう言って、四本の腕を曲げてガッツポーズをした。……なんだか、すごく頼もしく見えるなぁ。


 そうして、狭間に着くまでの間、私たちはたわいもない会話を続けたのだった。



 それから、狭間に着いて別れの挨拶を交わしたあと。私は自分の世界へ戻ってきた。今回も、私は裂け目が出来ていた場所に戻されたようだった。

 路地から自宅マンションまでの道を歩きながら、私は今日のことを振り返る。

 ガイトさんは相変わらず明るくて、楽しくて……会話も弾んだなぁ。それに、食べ物の話題は特に盛り上がった。……今度持っていくものは、どんな食べ物にしようか。香りの良いもの……いくつか候補を考えておかないと。


「ふふ……楽しみ」


 そう、私はひとり呟いた。楽しみが尽きないというのは、なんて素敵なことなんだろう。

 そんなことを思いながら、私は歩く速度を速めたのだった。

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邂逅(わくらば)に重なりし灯は妖しくもあたたかく 夜桜くらは @corone2121

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