第二十三話 夜光は語らい、互いの色を識る④

「……ガイトさん、体の中にくだが通っているんですね。……その、一本だけ、ですか?」


 謎に包まれた体の仕組み。その片鱗へんりんが見られて嬉しかったのだけれど……もう少し詳しく知りたくなって、ついそう聞いてしまった。ガイトさんは何でも教えてくれるから、つい甘えてしまうな……。


『いエ、もっトありマすヨ! ココも、ココも、管が通ッてまス!』


 ガイトさんは腕や胴体を指し示しながら、そう教えてくれた。……なるほど、体の中に管が通っている箇所かしょは複数あるんだな。言われてみれば、前に腕を触らせてもらった時に、なんとなく芯のようなものを感じた気がする。人間でいう、骨のような……。


「その管は、骨とは違うものなんですか……?」

『ホネ?』

「えっと……体を支えるためにある、棒みたいなものなんですが……」


 どう説明したら良いかと辺りに視線を巡らせていると、ちょうど良いものが目に入った。


「この図鑑に載っているかもしれませんね。ちょっと、探してみましょうか」


 私は図鑑を手に取って、ガイトさんに見せた。すると、ガイトさんは『オおォ! 見テミたイでス!』と興味深そうに身を乗り出してくる。


「ふふ……じゃあ、一緒に見ましょうか」


 この図鑑、大活躍だなぁ。こんなに役に立つなんて、ちょっと予想外だ。

 そんなことを考えながら、私は図鑑を石のテーブルに置いて、ガイトさんと並んでページをのぞき込んだ。


「骨のページは……あ、これですね」


 私は図鑑の中から、目当てのページを探し当てる。そのページには人間の骨格図が載っていて、それぞれの名称が書かれていた。


「ガイトさん、これが骨です」

『ワぁぁ……コれ、全部デすか?』

「はい。人間には、このように骨がたくさんあって、それが組み合わさって体を支えているんです」

『ホぇぇ……! こンなにアッタンデすか! ミチルにもアるンデすか?』


 ガイトさんはそう言って、私に体ごと向き直った。


「ふふ……はい。ありますよ。それで、ガイトさんにもあるのかなと思いまして」

『おォ、ナるほド。考えタこトねェですガ……たブんワァシにハ、管シかネェですヨ。管が支エてんデすかネ?』


 ガイトさんは腕の一本をさするようにして、そう言った。……なるほど。ガイトさんは骨が無い代わりに、その太い管で体を支えているのかな。

 たくさんの管はエネルギーを体中に巡らせるためでもあり、体を支えるためでもある。……すごいな。人間でいうところの消化管や血管、そして骨の働きを、一つの器官が担っているんだ……。


 ……ん? でもガイトさん、前に腕がものすごく伸びたような……。骨の役割もしている管に、伸縮性があるってこと? ……そうなると、靭帯じんたいの役割もあるのかな。……ものすごく伸びるものじゃないけれど。

 ……いやぁ、すごい。本当に、ガイトさんの体は人間には考えもつかないような作りになっているんだな……。


『そゥだ、人間はド〜やッて動イてるデすカ? 何を力にしテる?』


 ふと思い出したように、ガイトさんがそんな質問をしてきた。……これは、何をエネルギーに生きているか、ということだろうか。


「そうですね……。人間の場合は、主に食事と呼吸でしょうか」

『アぁ!“シょくジ”は知ッてマす! 食べ物ヲ食ベルこトデシょ? デも、食べテドぅやッて力にすルんでス?』


 ガイトさんはそう言って、首をかしげるような仕草を見せる。


『人間も、燃ヤす? でスか?』

「いえ……。人間の場合は、食べた物を消化して、そのエネルギーで動いているんです。……えっと、消化というのは……」


 図鑑をパラパラとめくって、消化管のページを探す。……あった、これだ。


「この、消化管というところを、食べた物が通ります。……そして、ここで吸収した栄養素が、体内でエネルギーに変わるんです」


 私は図鑑の写真を指しながらそう言った。ガイトさんはふんふんとうなづいている。


『ナルホド……人間にモ、管ガ通ッテるンデすね?』

「はい、そうです」


 ガイトさんの理解の速さに感心しつつ、私はそう答える。やっぱりガイトさんは知能が高いというか……頭の回転が速いと思う。……頭の中に脳があるのかは、分からないけれど……。


『でハ、人間は食べ物ヲ燃ヤしてル訳デはないンですネ。燃やシてるカらアッたかイんだと考えテマしタ……』

「あ……。そう、ですね……」


 ガイトさんの言葉に私はハッとした。……そうか。ガイトさんは、人間もガイトさん自身と同じように食べ物を体内で燃やしていると、そう考えていたのか。

 人間の場合は、消化の過程で熱が生まれるから、身体があたたかくなる。熱を生み出すという点では、人間もガイトさんも同じなのかもしれない。

 体の造りは大きく違うのに、こうして似ている部分が見つかるのは面白いし、なんだか嬉しい。


「燃やしてはいないですが……人間も、体の中で熱を生んでいます。ガイトさんと、同じように」

『エ……。ワァシと、同ジでスか?』

「はい。……ガイトさんは体の中に炎があって、それが熱を生んでいますよね。人間は、消化という過程で熱を生むんです。だから、私もガイトさんもあたたかいんですよ。……ふふ、なんだかおそろいですね」


 私の言葉に、ガイトさんは嬉しそうに笑った。


『オそろイですカ! わァ! ワァシ、ミチルとお揃いなンて、嬉シいデす!』


 そう言って、ガイトさんは私に抱きついてきた。……あたたかくて、優しい体温。私は微笑みながら、それを受け止める。


「はい、お揃いです。……嬉しい、ですが……ガイトさん、ちょっと苦しいです……」


 受け止めはしたものの、想像よりもガイトさんの力は強かった。そして、頭が近いから炎の熱がすごい。……あつい。


『ア、スんマセん! ワァシ、嬉しクて……』


 パッと腕を離してあたふたするガイトさんを見て、私は思わず笑ってしまった。


「ふふ……。大丈夫ですよ。……では、続きに行きましょう」


 ガイトさんに気を遣わせないように、私は図鑑に視線を移してそう言った。するとガイトさんは『は、ハい! 続キを聞カセてくダさい!』と身を乗り出してきた。


「次は……呼吸ですね。これは、息を吸って吐くことです」

『“いキ”……?』

「えぇと……空気を取り込んで、それを吐き出すんです。……こんな感じで」


 私はそう言って、その場で深呼吸をしてみせる。するとガイトさんは『おォ!』と声をあげた。


『人間モ、空気を取り込ンデるンですネ! ワァシもやッテますヨ!』

「ガイトさんもですか?」


 ガイトさんが空気を吸っている、というイメージがあまり無かったから、思わず聞き返してしまった。するとガイトさんは『はイ!』と頷く。


『ワァシは、コっかラ取り込ンでマス!』


 そう言って、ガイトさんは自分の後頭部を指差した。まさかすぎる回答に、私は一瞬言葉を失う。


「……え……頭、ですか……?」

『はイ! コこカラ入れテまス!』


 あっけらかんと言ってみせるガイトさん。えぇと……空気を取り込むための器官が、そこに……?


「あの、それは……どうやって……」

『エと……コこに、穴ガあるデしょウ? 見マす?』


 そう言って、ガイトさんは自身の頭部を私に近づけてきた。……おぉ、確かに。後頭部に穴が開いている。私の指が一本入るか入らないかくらいの、小さな穴だ。


「あ、あります……ね」

『デショ? こコから空気を取リ入レて、燃やスのニ使ッてマす!』

「燃やす………あぁ、なるほど……」


 ガイトさんの言葉を反芻はんすうして、私はやっと理解した。……なるほど、頭の穴……あそこから空気を取り込んで、燃やす器官に送り込んでいるのか。物を燃やすには、燃料の他に空気……正確に言えば酸素が必要だから。

 当たり前だと思っていたから考えもしなかったけれど……この世界に空気が存在しているのは、ガイトさんたちに必要だから、ということなのかもしれない。……いや、空気が存在しているからガイトさんたちが居られるのか……? うーん……なんだかこんがらがってきた……。


『ミチルは? 空気ヲ何に使っテるんデす?』


 私が考え込んでいると、ガイトさんがそんな質問を投げかけてきた。……空気を使うもの?


『ワァシは燃ヤすノに使ッてマすが、ミチルは何ニ使ッてるンデす?』

「あ、えっと……。そうですね……」


 改めて聞かれると、なかなか難しいな。人間は取り込んだ酸素を何に使うか……。


「呼吸で酸素を取り入れて……その酸素は、肺という器官で血液に溶けて、血管を通って全身に巡るんです。……あ、血管というのは血が流れる管のことですね」


 と、ここまで説明して、図鑑に血管の図があったことを思い出した。私は図鑑を開いて該当ページを探す。


「あ、ガイトさん、これです」


 私が指し示した図を見て、ガイトさんは『ホぅ……』と声を漏らす。


『細い、管デすね……』

「そうですね……。この血管を流れる血が、酸素や栄養素を運んだり、不要な老廃物を運んでくれたりします。そして酸素は、体のあらゆるところでエネルギーの生成や代謝……体の機能の維持に使われているんです」

『はァ~……。人間の体ノ中デは、イロんナコトが起こッてンですネ……』


 ガイトさんは感心したようにそう呟いた。私も説明してみて、改めて人体の仕組みに感心してしまう。……ガイトさんの体もすごいけれど、私たち人間の体もすごいんだ。


『ワァシ、人間に管がフたつモあルナんて、思ワなかッたデすヨ』


 ガイトさんはそう言って、血管図をしげしげと眺めている。その言葉に、またも私はハッとした。私にとって当たり前のことがガイトさんには当たり前ではないから、こうやって改めて驚かれると、私もなんだか新鮮な気持ちになる。


「そうですね。私も、ガイトさんに言われるまで考えもしませんでした」

『いヤ〜……面白ィでス! ワァシも、ちョっトずつ学ンデいきマす!』


 ガイトさんはそう言って笑った。……すごく勉強熱心なんだなぁ、ガイトさん。私ももっとしっかり勉強しないとな……。


「はい、応援しています」

『アリガとうごザいまス! ミチルにモ応援サレてるかラ、ワァシ頑張リまスヨ!』


 腕を曲げてガッツポーズするようにして、ガイトさんはそう言った。私はそんなガイトさんを見て、また笑うのだった。

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