第二十二話 夜光は語らい、互いの色を識る③

『……ソ〜んなニ美味しィですカ。……厶ぅ』


 ……やっぱり。ちょっと悪いことしちゃったかな。フゥのご飯は、いつもガイトさんが用意しているから……。


「ガイトさん、これはあくまでおやつですから……」


『……“オやツ”なンテ知らネぇでスゥ。……ズっとソレだケ食べテレばいイデすよゥ』


 私のフォローに、ガイトさんはねたような声音でそう言うと、ぷいとそっぽを向いてしまった。……うーん、どうしたものか。何か、別の話題を……。あ、そうだ。


「……あの、ガイトさん」

『……なンですカ』

「ガイトさんは、どんなものを食べるんですか?」

『ワァシ、デスか?』


 私の問いに、ガイトさんはそう言って頭を左に傾けた。

 ガイトさんの食べるもの。私が聞きたいと思っていたことの一つだ。手土産を選ぶ時に、食べ物が良いかなとは考えたのだけれど、そもそもガイトさんが何を食べるのか、食べるという動作をするのかもわからなかったから……。前回フゥの食事事情は聞いたから、ガイトさんについても知りたいなと思ったのだ。


「はい。……フゥは火を食べているみたいでしたけど、ガイトさんはどんなものを食べるのかなと思って。今後、また何か手土産を持ってくる時にも、参考にしたいので」

『な〜るホど……』


 ガイトさんは腕を組んで何度かうなづいた。そして、少し考えるような仕草をする。……少しは機嫌を直してくれたかな。こんな聞き方で良かったのかはわからないけれど、とりあえずこれで……。


「……と、すみません。嫌でしたら、無理に答えなくても……」

『エえ! 嫌なわケありマせんヨ! ミチル、ワァシのこト知りタいのデしょ? ソレは嬉シいコトでス!』


 私の言葉をさえぎるようにして、ガイトさんはそう言ってくれた。そして、今度は『う〜ン』と悩むような仕草を見せる。


『ウゥ〜ん……ワァシが何ヲ食べテるカ……デェすカ……』


 ガイトさんはそう言って、また考え込んだ。……そんなに難しい質問だったかな。それとも、聞いてはいけないことだった?


「あの、ガイトさん。……もし言いづらいことだったら、無理に答えなくても……」

『ア! いエいえ、そうデはナいノでス! たダ……』

「ただ……?」


 私が聞き返すと、ガイトさんは少し間を置いてから続けた。


『食べル……っテいうンですカね……ん〜……』


 ……もしかして、ガイトさんには“食べる”という感覚がないのだろうか。そうなると、別の聞き方をした方が良いかも。


「あの、ガイトさん。ちょっと質問を変えても……?」

『ン? はイ、なンでしョう?』

「ガイトさんには、何かを体に取り入れて、自分の力にする……という感覚はありますか?」

『アァ! そウですネ、ソレならワかりまス!』


 私の問いに、ガイトさんは大きく頷いた。どうやら伝わったみたいだ。良かった。


「そうした感覚はあるんですね。……では、どういう行動をした時に、そのような感覚を得られますか?」

『エ〜ト……。力のモとを取り入レた時、でしョ〜か』


 力の、もと? 何かエネルギーのようなものがあるってこと……だよね。


「エネルギーの補給、みたいなことですかね……。その“力のもと”は具体的にどんなものか、教えていただいても?」

『オ! イ〜デすヨ! ちョいトお待ちヲ……』


 ガイトさんはそう言うと、広間を出ていってしまった。“力のもと”とやらを取りに行ったのかもしれない。保管出来るものなのかな。


『お待たセでス!』


 少しして戻ってきたガイトさんは、二本の腕で大きな四角い箱を抱えていた。……これは?


『コれでス! 見テ下サい!』


 そう言って、ガイトさんは広間の床に箱を置いた。そして中から黒っぽい石のようなものを取り出して、私に差し出してくる。


『コれが力のモとでス! ワァシは、こレを取り入レて力とシてイまス!』

「なるほど、これが……。ありがとうございます」


 私はガイトさんの手からそれを受け取る。手触りはザラザラしていて、大きさは私の拳くらいだ。そんなに重たいものではない。……そして、ほんのり温かい気がする。


「少し、温かいですね」

『おォ! わかリます? ワァシは、コれを探す時に、コの熱を頼リにしテるンでスよ!』

「そうなんですか? ……すごいですね」


 熱を頼りに、ということは……ガイトさんは熱を探知できるということだろうか。すごいな、そんなこともできるのか……。


『ン? すゴいでス? フゥもデきまスよ?』

「えっ、そうなんですか?」

『エぇ。知らナかっタデすか? フゥは、ミチルのコトも、熱ヲ頼リに探しテマしたヨ〜』


 ガイトさんのその言葉に、私はフゥを見る。するとフゥは私の側にひらひらと寄ってきた。……私の熱を、感じ取っているの?


『人間ノ熱は、みんナちョっトずつ違っテますネ。ワァシ、狭間かラ見てマすが……分かりマスよ。ミチルは、特にあッたかィでス!』


 フゥの代わりに、ガイトさんがそう教えてくれた。……私が、あたたかい、か。確かに私の平熱は高めだけれど……でも、それがフゥに分かるのかな?


『いロんナ熱ガあるデすが……ナんでシょ……。ミチルのアったカさは、ホわっトしてテ……ワァシも好キでス! だカら、ミチルがコこに来テくれルと、ワァシも嬉シイでス!』


 そう言って、ガイトさんはパァっと笑った。……なんだろう、少し照れる。でも、嬉しいな。

 それにしても、“人間の熱はちょっとずつ違う”か……。ガイトさんの言う“人間の熱”は、体温じゃなくて別の何かなのかな。生体エネルギー、みたいな……? そんな感じの熱を、私はガイトさんやフゥに感じ取ってもらえているらしい。……なんだか不思議だ。


「ふふ……。ありがとうございます、ガイトさん。これ、お返ししますね」

『はイ、どうモでス!』


 私はガイトさんに“力のもと”を差し出す。ガイトさんはそれを受け取って、箱にしまい込んだ。……この様子だと、ガイトさんのエネルギー源はこちらの世界にしか無さそうだな。手土産の参考に出来ないのが、ちょっと残念かも。


『ミチル、他に教えテほしイコトないデすか? モッと教えマすヨ?』


 私がそんなことを考えていると、ガイトさんがそう聞いてきた。……今日のガイトさんはいろいろ話したい気分みたいだ。四本の腕はブンブン振られていて、頭の炎もいつもより強く燃えている。


「そうですね……では、ガイトさんはその“力のもと”をどこから体に取り入れているのか、聞いても良いですか?」


 エネルギー源の取り入れ方。ガイトさんには人間でいうところの口が無いから、どうやって取り入れるのだろうと思ったんだ。


『ほゥ、イいでスよ! ワァシは、コっかラ取り入レてまス!』


 ガイトさんはそう言って、自身の首元を指差した。……え、首?


「ここから、ですか……? どうやって……?」

『エェト……ココに大キい管ガあるデす。見マす?』

「はい、ぜひ」


 私がそう答えると、ガイトさんは『アい!』と頷いて、自分の頭を抱えた。……そして、私から見て左に大きく傾けたではないか。


「ちょっ……ガイトさん、大丈夫なんですか!?」


 頭が外れるんじゃないかと思って、私は慌ててそう言った。でもガイトさんはケロリとした様子で『ハイ? 大丈夫デすヨ~?』と答える。……え、すごいなこの構造。どういう仕組みでこうなってるんだろう……?


『ミチル?』


 ガイトさんの声にハッとする。……そうだ、今はそれどころじゃなかった。見せてもらうんだから、ちゃんと見なくちゃ。

 私はガイトさんに向き直って、「すみません、お願いします」と返した。


『中、見エマすカ?』


 そう言って、少し屈んでくれたガイトさんの首元を、私はのぞき込む。するとそこには太い管が通っていた。その直径は、私が両手で作った丸くらいはあるだろうか。……こんな太い管が、ガイトさんの中に通っているんだ。


「すごい……。ここから、エネルギーを取り入れているんですか?」

『はイ! ソぅデす! ココに力のモとヲ入れテ、燃やスンでス!』

「燃やす……?」

『ソです! 燃ヤサなキャ、力は生み出セナいンデス!』


 ガイトさんの言葉に私は「なるほど……」と頷いた。改めて管の中を見てみると、奥の方に橙色の光るものが見える。説明から察するに、あれはエネルギー源を燃やすもの……つまり炎なのだろう。

 そうなると、“力のもと”というものは燃料のような役割を果たしているのか。燃やさなければ、力を得られない……。ガイトさんの体の仕組みは、人間よりも車とかに近いのかもしれない。

 ……なんてことを私が考えている間に、ガイトさんは『コれデ大丈夫でスか?』と頭の位置を戻していた。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 今まで謎に包まれていたガイトさんの体の仕組み。その片鱗へんりんが見られて、私はなんだか嬉しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る