第二十一話 夜光は語らい、互いの色を識る②
フゥについて歩いていくと、マンションと隣の建物の間、
「フゥ、ありがとう」
そう声をかけると、フゥはまたくるりと舞ってから、裂け目へと近付いた。すると、裂け目はゆっくりと開いていく。
「行こうか」
フゥにそう声をかけて、私は裂け目へと足を踏み入れた。とぷんと水に入るような感覚があって、一瞬の浮遊感の後で地面に足が着く感覚があった。……もうすっかり慣れたけれど、やっぱり不思議な感覚だ。
裂け目を抜けると、そこはもうガイトさんたちの世界だ。いつもと同じ、真っ黒な闇が広がっていて、辺りは静寂に包まれている。今日は少し早い時間に来たけれど、こちらの世界の明るさは変わらないみたいだ。……まぁ、太陽も月も無い世界だから、当然といえば当然なのだけれど。
私はフゥの案内で、ガイトさんのいる洞窟――“拠点”まで歩く。暗い中では、フゥの炎の体はとても頼もしい。私には触れられないのが、少し残念だけれど……。でも、一緒に遊ぶことは出来るから、それだけでも十分だ。
そうして歩いていると、前方にぼんやりと光が見えてきた。洞窟から漏れる光。ガイトさんたちの拠点だ。私は少し小走りになる。
「こんばんは」
そう言って、私は拠点の中へと入っていく。すると、奥にある岩の陰からひょっこりガイトさんが顔を出した。
『ミチル! 来マしタか! 待っテおリまシタ!』
「ふふ、こんばんは。ガイトさん」
蛇のような胴体をくねらせて、ガイトさんはこちらへとやってくる。私はそれに小さく笑って挨拶した。それから私たちはいつもの席につく。
『今日ハ早く来てクれるッて言ッテたカラ、ワァシ楽しミにシテまシタよ!』
ガイトさんは四本の腕をブンブンと振りながらそう言った。……ふふ、本当に楽しみにしてくれていたんだな。
「私も、楽しみにしていましたよ。……あ、そうだ。これ……」
『ン? ナんでしョ?』
私は荷物の中から、小さな包みを取り出した。それを手渡すと、ガイトさんは頭を右に左に傾けて、不思議そうな様子だ。
「……ふふ。いつもお世話になっているので、ちょっとした手土産です。フゥの分は、こちらに」
『……! ワ、アぁ、ア〜りがトゥゴザいマス……!』
ガイトさんはそう言って、わたわたと二本の腕を振る。……喜んでもらえたみたいでよかった。私は内心ほっと息をつく。
『ウワァ〜……』
ガイトさんは嬉しそうな声を漏らして、包みを見つめている。そして、『開けてモ良イでスか?』と聞いてきたから、私は「どうぞ」と
『オおォ〜!』
中から出てきたものを見て、ガイトさんはますます嬉しそうな声を上げる。
『ミチル、コレ……! “ホん”でスか……!?』
「はい。それは図鑑って言います」
私がプレゼントに選んだのは、人体についての図鑑だ。ガイトさんは人間のことを知りたいと言っていたから、見てわかるものがあれば良いかと思って、買ってみたのだ。
『ウワぁ〜……! コんなホんがアルんでスね! ワァシ、初メて見まシタ!』
ガイトさんはそう言って、図鑑を開いた。……あ、逆さまになってますよ、ガイトさん。
『オおォ〜……!』
でも、ガイトさんはあまり気にしていないようだ。ページをめくりながら感嘆の声を上げている。……声をかけるのは、ガイトさんが“本”というもの自体を楽しんでからにしようかな。
『ミチル、コレはドういうホんデすカ?』
しばらくして、ページをめくる手を休めたガイトさんがそう聞いてきた。……説明しても、大丈夫かな。
「それは人体図鑑と言って……えっと、人間の体のことが書いてあるんです。……ちょっと貸してもらっても良いですか?」
『はイ!』
私はガイトさんから図鑑を受け取ると、さりげなく上下を正しく持ち直してからページをめくった。
「例えば……このページ。これは人間の全身図です」
そう言って、私は全身図のページを開いて、ガイトさんに見せるように差し出した。すると、そのページを見たガイトさんはまた感嘆の声を上げた。
『オおォ〜……! コれハ、人間デすネ! ……デも、動かナい? ンン?』
「ふふ、これは絵ですから。実際に人間がいるわけじゃないんですよ」
『ソウなんでスか!?』
ガイトさんは驚いた様子でそう言った。……ガイトさん、絵を見るのは初めてなのかな。
「はい。この図鑑は、絵と文章で人間の体について書かれているんです。……あ、ここに写真もありますね」
めくったページに写真を見つけて、私はそれを指差す。するとガイトさんは『ワぁ……コレも動カなイ……』と
「ふふ……写真は、一瞬の光景を写し取ったものなんです。だから、動かないんですよ」
『ホぉ〜! “しャシん”、面白いデスね!』
私の説明に、ガイトさんは尻尾の先をくねらせながら、楽しそうにそう言った。……良かった。ガイトさん、楽しんでくれてるみたいだ。
「ふふ。他にもいろいろ載っていますよ。これはガイトさんへのプレゼントなので、どうぞゆっくり見てくださいね」
『アりがトうゴザいマス! すゴく嬉しイでス!』
私の言葉を聞いたガイトさんは、図鑑を大事そうに抱えてそう言ってくれた。こんなに喜んでもらえると、選んだかいがあったなと思う。
『ウ〜れシぃ……ア、フゥのもデしタね!』
ゆらゆらしていたガイトさんは、フゥに
『これはミチルかラ、フゥにっテ! 開けルよ?』
ガイトさんの言葉に、フゥは円を描くように飛ぶ。それにガイトさんは『ハイよ〜』と返して、リボンをしゅるりとほどいた。
『オ〜! ……オ? ミチル、コレは?』
中から出てきたのは、たくさんの小さな箱。ガイトさんはそのうちの一つをつまみ上げて、私にそう聞いてくる。
「それは、マッチです。火を灯すのに使うんですよ」
フゥへのプレゼントは箱入りのマッチだ。外箱にカラフルな蝶の絵が描いてある、レトロで可愛らしいマッチ。フゥは火を食べると聞いたから、ちょっとしたおやつ代わりにと思って十箱ほど買ってみたのだ。……ちなみに、それぞれ蝶の色が違っていたりする。
『コレで、火ヲ……? ど〜やルんデす?』
「えっと、それはですね……」
ガイトさんに問われて、少し考える。火の付け方は簡単だ。箱の側面にあるザラザラした部分に、マッチ棒の頭の部分を
「簡単なんですけど、少しコツが要るので……実際にやって見せますね」
『ワかりマしタ! お願イしまス!』
ガイトさんは姿勢を正して、ピンと尻尾を立ててそう言った。フゥもガイトさんの頭の上に止まって、羽をひらひらさせている。わくわく、といった様子だ。私はそんなふたりの様子に少し笑って、マッチを手に取る。
「これをこうして、側面を擦って……」
言いながら、箱のザラザラした部分にマッチ棒の頭を
『オぉ〜!! スごイ! ミチル、スごイでス!』
ガイトさんは興奮した様子でそう叫ぶ。フゥはその場でくるくると舞った後でこちらに近付いてきた。
「……フゥ、食べる?」
私はマッチ棒の火にフゥが近付くのを見て、そう声をかける。するとフゥは“良いの?”とでも言いたげな様子でこちらを見たから、私は頷いて返した。
「はい、どうぞ」
そう言ってマッチ棒を差し出すと、フゥはその先に飛びついた。羽をひらひらさせながら、マッチ棒の頭に
「……ふふふ」
私が思わず笑みを漏らすと、ガイトさんは私の手元を
『……人間モ、なかナかやルですネ。フゥが、コンなに喜ブなんテ……』
どこかムスッとしたような
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