第六朔月

第二十話 夜光は語らい、互いの色を識る①

 慌ただしかった日々も、ようやくひと段落ついた。……というか、やっとひと段落した。

 先月、ガイトさんたちに会った日以降も、何かとバタバタしていたのだ。学会は無事に終わったけれど、その後の諸々もろもろの処理が大変で……。……まぁ、それはいい。もう過ぎたことだ。忙しくても、お休みの申請は出せた。……そして今日、先方からも許可が下りたから、次の新月の日はお休みだ!


「ふふ……」


 お昼休み、医局にて。私はお弁当を食べつつ、スマホのカレンダーを見て小さく笑った。……ガイトさんたちと、ゆっくり過ごせる。それが本当に嬉しくて、楽しみで仕方がない。


たまき先生、何かいいことでもありました?」

「え?」


 突然、そう声をかけられて、私は顔を上げた。すると、そこには同僚の先生がいて。


「……そんなに顔に出てましたか?」

「えぇ。それはもう」


 私の問いに、先生は笑ってうなづく。……そんなに顔に出ていたのか。ちょっと恥ずかしいなと思う反面、それだけ楽しみなんだなぁと改めて思う。


「それで、いいことってなんですか?」

「いや、ちょっとお休みをもらえることになって……」

「お休みですか! それは良かったですねぇ。どこかお出かけですか?」

「あ、ええと……」


 お出かけ、か。……お出かけと言ってしまうと、ちょっと違うような気がするのだけれど。何か、別の言い方は……あ、これだ。


「ちょっと、友達のところに会いに行くんです」


 ……友達のところへ。うん、こっちの方がしっくりくる。住む世界は違えど、私とガイトさんたちは友達なのだから。


「あら、ご友人に! いいですねぇ」


 先生はそう言って、にこにこと笑う。……ふふ、先生。私が会うのは友“人”ではないのですよ……なんて、心の中で呟いてみる。……でも、普通はそう考えるよね。


「はい。たまには、ゆっくり話そうかと思って」

「なるほど〜。それは楽しそうですねぇ。……皆、元気かな……。私も、久しぶりに連絡してみようかしら」

「ふふ、良いと思いますよ」


 先生の呟きに、私はそう答えた。……友達の声を聞くだけでも、なんだか嬉しい気持ちになるから。私も、ガイトさんの『ミチル!』と呼んでくれる声を聞くだけで、つい頬が緩んでしまうし。


「そうねぇ。……そうしてみましょうか。……ふふ。じゃあ先生、お休み楽しんでくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 先生は小さく手を振って、自分の席へ戻っていく。私はそれに軽く会釈えしゃくをして、お弁当に向き直った。


「ふふ……」


 またひとつ、笑みがこぼれる。……早く、声が聞きたいな。ガイトさんたちと、どんな話をしようかな……。



 そして、時は過ぎて。……今日は、待ちに待った新月だ。

 私はいつもよりも早起きしたから、後回しにしていた掃除や洗濯を一気に済ませた。会うのが楽しみで早起きしてしまう、なんて子供みたいだなと思ったけれど……こうして時間を有効に使えるのはいいことだ。


 洗濯物を干して、部屋中の床掃除をして、浴室の掃除もして……。それでもまだまだ時間はたっぷりある。日用品のストックが減ってきたから、買いに行くのもいいかもしれないな。

 スマホを手に取って、メモアプリを開く。シャンプーに、歯磨き粉に……。洗面所のタオルは買い替えた方が良いかな……後は……。

 それぞれ入力して、他に無かったかと部屋をぐるりと見回す。……と、棚にあるアロマキャンドルが目に止まった。


「……あ」


 キャンドル用のマッチがもう無かったんだった。少し前に無くなって、買わないととずっと思っていたのに、すっかり忘れていた。……最近は忙しくていていなかったから、気付けなかったのかもしれない。これも買ってこよう。

 ……あ、そうだ。ガイトさんたちに何か手土産でも買っていこうかな。いつもお世話になっているから、そのお礼も兼ねて。

 私はそう考えて、出かける準備をする。……何にしようか。ガイトさんたちが好きなものって、なんだろう。……うーん。


「とりあえず、行ってみるかな」


 日用品の買い出しついでに、いろいろ見て回ろう。もしかしたら、目移りしてあれもこれもと買ってしまうかもしれないけれど……それはそれでいい。


「よし」


 私は小さく呟いて、バッグを手に部屋を出た。……良いものが、見つかるといいな。



「ふぅ〜……」


 必要な買い物を終えて、私は自宅マンションに帰ってきた。……思っていたよりも時間がかかってしまったな。もう、日が傾き始めている。でも、なんだかんだで良いものが見つかって良かった。

 部屋に入り、まず買ってきた日用品をしまっていく。そして洗濯物を取り込んで、畳んで片付けて。それから少し休憩をして……私は買い物袋をのぞいた。そこには、綺麗にラッピングされた手土産がふたつ。


「ふふ……」


 つい、頬が緩んでしまう。……ガイトさんたち、喜んでくれるかな。……喜んでくれるといいな。

 さて、そろそろ夕飯の支度をしないと。早めに済ませて、すぐにでもガイトさんたちに会いに行きたい。

 私は小さく笑って、キッチンへと向かった。……今日は、どんな話をしようかな。それを考えるだけで、なんだか幸せな気持ちになってしまう。……あぁ、早く会いたいな……なんて思いながら。



 簡単に夕食を済ませて、片付けも済ませて時計を見る。……時刻は十八時半を回ったところ。いつもの待ち合わせの時間が十九時半頃だから、今日はもうそろそろ行ってもいいかもしれない。


「よし……」


 私は荷物を持って、部屋を出ようとして……ふと気付いた。……待ち合わせ場所って、どこだろう。

 フゥはいつも病院の駐車場近くに来てくれているけれど、今日もそうだったり……するのだろうか。でも、万が一そうじゃなかったりしたら……。しまったな……そんなに気にしていなかったから、何も決めていなかった。


「……どうしよう」


 そう呟いて、少し考える。……とりあえず、病院まで行ってみようかな。そこで会えなかったら、また考えよう。

 私はそう決めて、荷物を手にマンションを出た。そして階段を降りて、駐車場へと足を進める。……と、そこで気付いた。


「……あ」


 フゥだ。駐車場に停めてある私の車、そのすぐ側に橙色の光がふわふわしている。……あれはきっと、フゥだ。


「ふふ……」


 私は思わず笑みをこぼす。……良かった、会えて。……でも、どうしてここに来てくれたのだろう。私からはマンションの場所を教えていないはずなんだけど……。

 ……あ、ここにあるのが私の車だと分かったのかな。……いや、でも同じ車種で同じ色の車は他にもたくさんあるだろうし……。うーん……?


「まぁ、いいか」


 会えたのだから、今はそれで良しとしておこう。後でガイトさんに聞いてみても、いいかもしれない。……とにかく、今はフゥだ。


「フゥ」


 私はそう声をかけて、小走りでフゥの元へ向かう。すると、それに気付いたらしいフゥは嬉しそうに羽をパタパタとさせて、私の元へ飛んできた。そして私の周りをくるくると飛び回る。


「迎えに来てくれたんだね、ありがとう」


 そう言うと、フゥはくるりと一回転してからひらひらと舞った。どこか誇らしげなその様子が、なんだか微笑ましい。


「今日もよろしくね」


 私のその言葉に、フゥはまたくるくると舞うと、駐車場の奥の方へ飛んでいった。……今日は、この辺りに裂け目が現れたのかな。歩いて行ける距離だから、ついて行こう。

 ……いつも案内ありがとう、フゥ。そう心の中でお礼を言って、私はフゥの後を追った。

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