第十九話 舞い踊る焔との戯れ④

『ソぅデスか! ……さテ、ド〜でショう? フゥ、お願いデす!』


 ガイトさんがフゥに問いかける。私は改めてじっと真ん中のフゥを見つめる。すると、その姿が薄れ始めて……。……え、待って。消えちゃうの?


『オ! こ〜レは!』


 ガイトさんはそう叫ぶ。……え、待ってよ。やっぱり見間違えてた? ……いや、でも、あんなに自信があったのに……。

 薄れゆくフゥ。……そして、完全に消えてしまうかと思われたその時。フゥの姿が、再び現れた。真ん中の、フゥの姿が。


「あ……!」


 私は思わず声を上げた。……ちゃんと、当たったんだ。これで良かったんだ!……そう思うと、なんだか嬉しくなってくる。


『おォ〜! 当タりマしタね! ワァシ、間違エちャいマシた!』


 ガイトさんはそう言って、四本の腕で器用に拍手する。そして本物のフゥは大きく一回転、二回転と回ってから、私の元へ飛んできた。ひらひら私の周りを飛ぶフゥ。……なんだか、すごく嬉しそうだ。他の四羽はというと、いつの間にかまた姿を消していた。


『ミチル! オめデとうごザイマす!』

「ふふ、ありがとうございます」


 ガイトさんの言葉に、私はそう返す。……良かった、フゥが喜んでくれて。


「ふふ……当たると、やっぱり嬉しいですね」

『はイ! 楽シいでスよネ! ワァシ、フゥとコレでヨく遊ブんでスケど……ミチルと一緒ダとモッと楽シいでス!』


 ガイトさんはそう言って腕を大きく広げた。尻尾もどこか嬉しそうに、ゆらゆら揺れている。


『ミチル! モット遊びマしょウ!』

「はい。私ももっと遊びたいです」


 私はそう答える。……それからも、私たちは“ミアテ”を何度もやった。フゥが六羽や七羽に増えてしまったり、ガイトさんが連続で間違えてフゥにねられたりもしたけれど……。

 それでも、とても楽しい時間を過ごすことが出来たのだった。



『や〜……ミチル、ミアテうマいでスネ〜!』

「ふふ、ガイトさんもなかなかでしたよ」


 ミアテを何度もやった後、私たちは少し休んでいた。……フゥは遊び疲れてしまったのか、ガイトさんの頭の上でうとうと・・・・していた。羽がゆっくり上下しているのが、なんとも可愛らしい。


『フ〜ふフ……そゥでスか?』

「はい。……フゥ、眠そうですね」

『オや、珍しィ。フゥがこンなニ眠たがルなんテ……』


 ガイトさんはそう言って、フゥをちょんちょんと指でつついた。……でも、フゥは嫌がるように少し体を動かすだけで、起きる気配はない。


『……マぁ、寝かシテあげまショう。ミチル、イイですカ?』

「はい、もちろん」


 私はそう言ってうなづいた。……フゥが眠そうにしているのなら、このまま休ませてあげた方がきっといい。

 前に、ガイトさんは“眠い”という感覚がないと言っていたけれど、フゥにはあるのがなんだか不思議だ。……まぁ、ガイトさんとフゥも別の生き物なのだから、当たり前といえばそうなのだけど……。


「ふふ……」


 私は小さく笑みをこぼした。するとガイトさんが『ドぉかシマしタ?』と聞いてくる。私は首を横に振った。


「いいえ、なんでもないんです。……ただ、フゥも眠くなったりするんだなって」

『ソぉでスね。あンまりネェですガ、ソ〜みタいでス』


 ガイトさんはそう言いつつ、頭の上のフゥにそっと手を伸ばして、二つの手で包むように持った。フゥは羽を閉じていて、動きも少なく見える。眠っていても、羽の炎は消えずにあるようだ。弱火でちらちらと燃えている。


『フゥはネ、ワァシが散歩しテた時に出会ッタんでスヨ』


 ガイトさんはそう言って、フゥを優しくでた。……その手つきはどこか愛情深いものを感じる。

「そうなんですね」と相槌あいづちを打つと、ガイトさんは頷いて言葉を続ける。


『ソぉでス。……ワァシは、ずットワァシだケで拠点ニ居マしタ。ソれが、フつゥでシタ』


 そう言って、ガイトさんはまた優しくフゥを撫でる。……ガイトさんは、フゥと出会う前はずっとひとりでいたんだ。……それは、いったいどんな気持ちなのだろう。私の周りには、いつも誰かがいてくれた。一緒に笑ってくれる人がいた。だけどガイトさんは……ずっとひとりぼっちだったんだ。


『でモ、フゥに会っテ……一緒に暮ラすヨ〜にナッて……。ワァシ、一番ノ楽しィを知リましタ』


 ガイトさんの頭の内部の炎がパァッと明るくなり、大きく揺らめく。満面の笑みを浮かべたようなその炎に、私も釣られて笑顔になってしまう。


「ふふ……フゥとの生活が、ガイトさんにとって一番の楽しみなんですね」

『はイ! 一番でス!』


 そう言って、ガイトさんはまた大きく笑う。……本当に、フゥと出会えて良かったんだなと思う。ガイトさんが幸せそうで、私も嬉しい。


『ア、ミチルはダレかト暮らシてまスか? 知りタいでス!』

「私ですか?」

『はイ! ミチルの楽シいモ教エてくダさイ!』


 ガイトさんは、ワクワクを抑えきれないといった様子でそう聞いてくる。……私の楽しい、か。


「そうですね……。私は、今の生活がとても楽しいです」

『ホぉ! 楽シいデスカ!』


 ガイトさんはそう言って、嬉しそうに尻尾をゆらゆらと揺らした。そして、私の言葉の続きを待つようにじっと見てくる。


「えぇ。私はひとり暮らしなんですが、こうしてガイトさんたちと出会えて、一緒に過ごせて。……とても楽しいです」


 ……そう。楽しいのだ。ひとり暮らしが長いから、ひとりで過ごすのには慣れているし、むしろひとりの方が楽だと感じることもある。

 でも、誰かとこうして一緒に過ごすのは……やっぱり楽しいのだ。ガイトさんは優しく接してくれるし、フゥは可愛くて癒される。……だから、ガイトさんたちに会える新月の日が、待ち遠しくて仕方がないのだ。


『ソぉでスカ! ワァシもミチルと居テ楽しイでス!』

「ふふ、私もですよ」


 私とガイトさんはそう言って笑い合う。……あぁ、幸せだなと思う。会える日は限られてはいるけれど、こうして幸せな時間を過ごすことが出来るのだから。



「……そろそろ、私は帰りますね」


 少しして、私はそう切り出した。……楽しい時間はあっという間だ。腕時計を見れば、もう十時近くになっている。さすがにこれ以上は長居出来ないだろう。


『あァ、もウでスか……』


 ガイトさんはそう言って残念そうにした。フゥはいつの間にか起きていて、私の肩辺りをひらひらしている。……きっと寂しいんだろうなと思うけれど、こればっかりは仕方ない。


「また、来ますから。……そうだ、次の新月の日はお休みをもらおうと思っていて」

『おォ! お休ミでスカ!』

「はい。……だから、次は少し早い時間に来ても大丈夫ですか?」


 今回は、約束の時間よりもだいぶ遅くなってしまったから……。その分、次は早めに来て、ガイトさんとフゥとゆっくり過ごしたい。埋め合わせとまではいかないけれど、それぐらいはさせてほしい。


『はイ! 大丈夫デすヨ! ワァシも、フゥも、待っテまス!』


 腕を大きく広げて、ガイトさんはそう言ってくれた。……その言葉が、本当に嬉しいと思う。


「ふふ、ありがとうございます」


 ガイトさんの言葉に、私はそう返した。すると、ガイトさんは『コちらコそ!』と言ってくれた。



 それから、いつものようにガイトさんに狭間はざままで送ってもらって、私は元の世界へと戻ってきた。


「ふぅ……」


 私は、ひとつ息を吐いてから伸びをした。……今日も楽しかったな。約束通りフゥとたくさん遊べたし、ガイトさんともたくさん話が出来た。


「ふふ……」


 思わず笑みがこぼれる。……仕事で疲れたり落ち込んだりしても、ガイトさんたちに会えば全て吹き飛んでしまう。それほどに、私はガイトさんたちとの時間に救われているんだなと思った。

 ……さて、次の新月の日はいつだったかな。お休みの申請を出しておかないとな……と思いつつ、私は駐車場を歩いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る