第十八話 舞い踊る焔との戯れ③

「えっ……”ひ”って、あの火ですか?」

『ン? こノ火ですヨ』


 ガイトさんは自身の頭を指してそう言った。……やっぱり、“火”なんだ。


「そうなんですね……。すごい……」

『スごイ、でスか? ふつゥじゃネ〜でス?』


 私の言葉に、ガイトさんは頭をかたむけてそう言った。……いや、ガイトさんたちには普通でも、私からしたらすごいことだ。


「えぇ。火は熱いので、人には触るのも難しいですから。食べるのはすごいですよ」

『ホぅ。人間、火にさワレなイんでスね』

「はい。道具がないと、なかなか難しいです」


 私はそう言って苦笑する。……火は、人間の生活に欠かせないものだ。料理をしたり、暖を取ったり、灯りになったり……生活のあらゆるところで使われている。

 でも、火は危険だ。れれば火傷をするし、扱いを間違えれば大惨事だ。……最悪、命を落とすことだってある。だから、火を扱う時はとても慎重にならなきゃいけない。

 ……でも、ガイトさんたちは違うんだな。頭に炎を宿すガイトさんに、炎の体を持つフゥ。自身が熱源であるふたりにとって火は、きっと身近なものなのだ。


『フゥは、火シか食べナいんデす。だカら、イっぱイおいトくンでスが……』


 そう言って、ガイトさんは洞窟内の壁を見るように頭を回す。私がそちらに目を向けると、洞窟の壁には燭台しょくだいのようなものが等間隔に並んでいた。

 ……なるほど、洞窟内を明るくするためにあるのかと思っていたけれど、どうやらあれはフゥのご飯置きらしい。よく見ると火の灯っていないものもあって、それはフゥが食べた後のものなのだろう。


『ホ〜ってオくと、いツの間ニかゼぇんブ食べチまゥンでスよ! まッタく、アんまリすぐダと足すノが大変ナんでス!』


 腕をグッと曲げて、私に訴えるように言うガイトさん。……それは、確かに大変だろうなぁ。


「ふふ……フゥは食いしん坊なんですね」

『エぇ! でスから、困っタモんデす! こノ日ハコレくらィにシテおこウっテ決めテも、すグに食べチゃウんでス!』


 ガイトさんは困ったように言って、腕をブンブンと振る。……でも、なんだか楽しそうだ。フゥの食いしん坊なところも可愛いと思っているんだろうな。


「ふふ、そうなんですね」

『そ〜デすヨ! ア、まァた食べテ……』


 会話の途中、ガイトさんはそう言ってフゥを見た。私もそちらに目を向けると……なるほど、ちょうどフゥが食事中のようだ。

 燭台のろうそくの先、フゥは灯った火にとけ込むように留まっている。少し近づいてみると、炎の体がかすかに上下しているのが見てとれた。……食べているんだ、本当に。


「すごい……」


 私は思わずそう呟いた。“火を食べる”なんて、今まで聞いたことも見たこともないことだけれど……フゥのしていることは、まさにそうだ。……なんだか神秘的で、見入ってしまう。

 しばらく見つめていると、灯っていた火が少しずつ小さくなっていき、フゥの体に取り込まれるようにして消えてしまった。そして、フゥはまた辺りを飛び始める。火の消えた燭台の間を、くるくると回りながら。


「ふふ、美味しかった?」


 私はそう聞いてみた。すると、フゥは私の元へ飛んできて円を描くように飛び始める。


『ソりャ〜美味しィデしょウ! ワァシが用意しテまスカら!』


 フゥの返事に、ガイトさんはそう言って腕を腰の辺りに当て、胸を張るような仕草をした。この様子だと、フゥは“美味しい!”と言っていたのかな。


「良かったね」と声を掛けると、フゥは私の周りをくるりと回った。そしてガイトさんの方へ飛んでいくと、何かを言うように羽をはためかせる。


『ン?……もっト遊ぶ? チょイとお待ちヲ……ミチル! まダ時間大丈夫デすカ?』


 フゥの後ろから頭をのぞかせて、ガイトさんはそう聞いてきた。……フゥがもっと遊びたいと言っているのかな。明日は確か休みだったから、時間は大丈夫。……それに、フゥが楽しいなら私も嬉しいし。


「はい。大丈夫です」

『ソれなラ良かっタでス!……フゥ、何すル?……や、ソれは危ナいでス! ミチルが怪我しマす!……ん〜そォれ八……』


 ガイトさんとフゥは、何やら相談するみたいに話している。……遊ぶ内容を考えてくれているのかな。

 ガイトさんの話を聞いていると、私でも楽しめるような遊びを……と思ってくれているのが分かる。でも、私には少し危険なものが多いみたいだ。……やっぱり、私とガイトさんたちは別の生き物なんだな、と改めて思う。

 私から遊ぶ提案をしたのに、なんだか申し訳ないな。でも、私のためにあれこれ悩んでくれているのは嬉しい。


『おォ! ソレ、イイですネ! そ〜しマシょウ!……ミチル! 決まリマしタ!』


 ガイトさんはそう言って、私に向き直る。フゥも、ひらひらと私の目の前に飛んできた。


「ふふ、何に決まったんですか?」

『ソぉれ八デすネ……“ミアテ”でス!』

「みあて……?」


 聞いたことの無い単語だ。私は思わず首をかしげる。……みあて。それは一体、どんな遊びなんだろうか。


『アノネ、ミアテっテのハですネ……なんテ言ウカナ〜……』


 そう言って少し考えるような仕草をするガイトさん。四本の腕が、それぞれ組まれたり頭をかいたりと忙しない。……ちょっと、可愛いかも。


『エっト……見テ、当てルんでス。見て……ン〜……ん? あァ、見せタらイイでスね!』


 考え込んでいたガイトさんは、寄ってきたフゥから何かを耳打ちされると、そう言ってポンと手を叩いた。そして、私に向かって『見テてくだサい!』と言ってきた。


「はい、分かりました」


 私はそう答えてガイトさんたちを見る。……すると、フゥがその場でくるくる回り始めた。時計回りに飛び回るフゥを、私は目で追う。……すると、フゥの姿が増え始めたではないか。


「えっ……えぇ……?」


 私は目を疑った。……フゥが、二羽に増えたのだ。……どういうこと?

 そう思う間もなく、フゥの姿は三羽、四羽……と増えていき、五羽になったところで止まった。五羽のフゥは飛び回るのをやめて、一列に並んでホバリングする。


『ミチル、ココでどレがフゥか当テるんデスよ! ワァシがやッてミマすネ!』


 そう言って、ガイトさんはフゥのうちの一羽を指差した。……五羽のフゥのうち、右から二番目の一羽を。


『コれデす! サテ、ドぉでスか?』


 ガイトさんはそうフゥに問いかける。すると、指差された一羽を残して、他の四羽は消えてしまった。……そして、残った一羽はガイトさんにり寄るように近づく。


『やッタ! 当たリでス! ミチル、ド〜デシたカ? わかッた?』


 ガイトさんは嬉しそうにそう聞いてきた。……これは、増えたフゥの中から本物を当てる遊び……なのかな。どうやって増えているのか、消えたのか……いろいろ気になるところはあるけれど……。


「……えぇと、はい。本物のフゥを、当てたらいいんですよね」


 私はそう聞いた。するとガイトさんは『ソうでス!』と答えてうなづく。


『見て、当テるンでス! コレなラ、ミチルもでキますカ?』

「そうですね……たぶん、出来ると思います」

『わァ! ヨかったデす! じャあ、今度はミチルガやっテみテくだサい!』

「は、はい……!」


 私はそう言って頷く。そして、目の前に飛んできたフゥの姿をじっと見つめた。この遊びは動体視力も大事だと思うけれど、どれだけ本物を覚えられるかも重要になる。

 ……たかが遊び、されど遊び。これは、フゥとの真剣勝負だ! 私はそう意気込んで、フゥに向き合った。……すると、フゥは再びくるくると回り始めた。……さっきと同じく、時計回りに飛び回るフゥを私は目で追う。

 今は一羽。もう少ししたら増えるはず……あ、増えた! 増えたのはこっちだから……。本物はこっち……。

 次々増えるフゥ。私は、それを目で追い続ける。途中で見失いそうにはなったけれど、なんとか見失わずに目で追えている。

 ……そして、五羽になったところで、フゥは飛び回るのをやめて私の前でホバリングする。この中のうちのどれが本物なのか……。


『ドォデすか、ミチル』


 ガイトさんがそう聞いてくる。私はフゥたちをじっと見つめて、少し考えた。……一見、どれも同じに見える。でも、よく見れば……。


「……真ん中が、本物です」


 五羽のうち、真ん中のフゥだけ、他の四羽よりも少しだけ色が濃く見えるのだ。ほんの、少しだけ。……それに、私が目で追っていたのも真ん中の一羽だ。見間違えていなければ、本物のはず。


『ほゥ、そ〜デスか。ワァシは左の端ダと思っテましタ』


 私の答えを聞いて、ガイトさんはそう揺さぶるようなことを言う。……でも、私の答えは変わらない。


「いえ、真ん中です」

『ソぅデスか! ……さテ、ド〜でショう? フゥ、お願いデす!』

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