第十七話 舞い踊る焔との戯れ②

 フゥに連れられて、私は駐車場の隅へ。そして地面にあった裂け目から、ガイトさんのいる世界へと足を踏み入れた。

 そこは変わらず暗闇に包まれていて、光源はフゥの放つ光だけだ。その中を、私は真っ直ぐ歩く。目指す場所はひとつだ。


 ……やがて、見覚えのある洞窟が見えてくる。入り口に大きな灯りを見つけて、私の歩みは自然と早くなった。


「ガイトさん!」


 洞窟の手前からそう呼びかけると、その灯りがゆらりと揺れた。そして私の姿を見つけたのか、揺らめいていた灯りが次第に近付いてきて……。


『ミチル!』


 そう声を上げながら現れたガイトさんは、嬉しそうに腕を広げて私を抱き締めてくれた。私も嬉しくなって、思わず笑みがこぼれる。


「ガイトさん、こんばんは」

『ミチル! 会いタかッたでス!ワぁシ、ズっと待っテましタ!』

「ふふ、私も早く会いたかったです。……お待たせしてしまって、本当にごめんなさい」


 そう謝ると、ガイトさんは私からパッと手を離してブンブンと振った。


『ヤ! 大丈夫デす! ソれよリ、ミチル、何かアっタかと考エてマしタ!』

「え……?」

『ワァシ、心配デしタでス! ミチルが怪我しタのかトカ……病気しタのカとカ……』


 ガイトさんはそう言って、私をじっと見つめるように頭を近づけてくる。……そんな風に考えてくれたなんて。嬉しいけれど、なんだか申し訳なくなってくる。


「あ……私は大丈夫なんです。ただ、急な仕事が入っただけで……。心配をかけてしまって、本当にごめんなさい」

『そウなんデすか! ソレならヨかっタでス!』


 私がそう謝ると、ガイトさんは安心したようにそう言った。


「でも、約束の時間が……」


 私はそうつぶやく。……そうだ。約束の時間には間に合わなかった。ガイトさんは、ずっと待っていてくれたのに……。

 申し訳なさが大きくなってきて、私はうつむく。すると、ガイトさんは長い四本の腕で私の両手をそれぞれ包んでくれた。そして、『ミチル、顔ヲ見セてクダさい!』と明るく言う。


「……でも」

『時間はイイでス! ミチルはワァシに会イに来テくれタ! ソレで十分デす!』

「……ガイトさん」


 私はそっと顔を上げる。見上げれば、ガイトさんの頭がすぐそこにあった。


『ワァシ、ミチルに会エルノが楽シいデす。ダカら、謝ラなイでくダさい。ワァシ、嬉シイんデす!』


 そう言ってから、ガイトさんはまた私を抱き締めてくれた。……あたたかい。ガイトさんの体温が、ゆっくり伝わってくる。そのあたたかさが心地よくて、私はそっと目を閉じた。


「……ありがとうございます」


 そう呟いてから、私は目を開いて笑った。するとガイトさんも笑ってくれて、それが嬉しくてまた笑ってしまう。


『ア! 触ル時は聞くデシた! ミチル、スんマセん!』なんてガイトさんが言うものだから、私はまた笑ってしまうのだった。



『ソレデ、今日ハどうしマすカ? ナニカしタいこトアりマすか?』


 洞窟の中へ入り、いつもの石に座って一息ついたところで、ガイトさんはそう聞いてきた。


「うーん……そうですね。いろいろありますけど……」


 私が、ガイトさんたちとやりたいこと。……何が良いだろうか。改めて考えると、ガイトさんも言ってくれたように、今日は会えただけでも十分嬉しいのだけど……。

 私は腕を組んで考える。……うーん、本当にいろいろあるな。……あ、そうだ。忘れちゃいけないことがあった。


「ガイトさん」

『はい、なんでショう?』

「前来た時に、フゥと遊ぶ約束をしましたよね」

『アぁ!しましタね!』

「なので、今日はフゥと遊びたいな……って。いいですか?」


 そう聞くと、ガイトさんは『もちロンでス!』と言って笑ってくれた。そして、フゥを手招きして呼び寄せてくれる。


『フゥ、ミチルが遊ンでくレるっテ!』


 そうガイトさんが言うと、フゥは嬉しそうに私の側に飛んできた。そして私の頭上をくるくる回る。


「ふふ、よろしくね。フゥ」


 そう呼びかけると、フゥはまた嬉しそうに一回転した。……可愛いな、本当に。


『ミチル! 何で遊ブでスか?』

「そうですね……」


 フゥと出来る遊び……何があるだろう。……あまり激しくない遊びの方がいいな。難しすぎてもいけないし、簡単過ぎてもつまらない。でも、フゥの体力に合わせて遊んであげることも大事だと思うし……。

 ……というか、フゥに出来ることってなんだろう。うん、そこから考えなきゃいけないな。


「あの、ガイトさん」

『ハイ?』

「フゥって、何が出来ますか? 私、フゥがどのくらい飛べるかとか、どのくらいの速さで動けるかとか……そういうことが分からなくて」


 私がそう聞くと、ガイトさんは『そウでしタか!』と言って考え込んだ。……そして。


『ワァシ、フゥの出来ルこと、見せマすヨ!』


 そう言って、ガイトさんは四本の腕を広げてみせた。まるでマジシャンが手品を披露する時のようなポーズだ。……これは、実演してもらえるということだろうか。


「いいんですか?」

『はイ! フゥ、イイでス?』


 ガイトさんはそう言ってフゥに問いかける。……すると、フゥは待っていましたと言わんばかりに飛び始めた。そして、洞窟の中をビュンビュンと飛び回る。その速さは、目で追うのがやっとなくらいだった。


「すごい……!」

『エェ! すゴいデしょウ! フゥは速イんでスよ!』


 ガイトさんは得意げな調子でそう言う。……なんだか、まるで自分が褒められたみたいに嬉しそうだ。でも、その気持ちは私にもよく分かる。自分の大切な仲間が褒められるのは、私だって嬉しいから。


「ふふ……フゥは本当に速いですね」

『エぇ! とテモ、素晴らシいデすよ!』


 ガイトさんはそう言って頷いた。そこで、フゥはスピードを緩めて私の元へ戻ってくる。


「すごく速かったよ。びっくりしちゃった」


 私がそう言うと、フゥはくるりと回って大きく羽をはためかせた。そして今度は高く舞い上がっていく。……あ、すごい。あんなに高くまで飛べるんだな。


『フゥ、嬉しィみタいデすネ! いつモはアんナに飛ばネ〜でスかラ』


 ガイトさんは一本の腕を頭に当てて、見上げるようにしながらそう言った。ガイトさんも、フゥの飛ぶ高さには少し驚いているようだ。……フゥ、張り切ってるのかな。


「ふふ、そうかもしれませんね」


 私はそう言って笑う。……フゥはきっと、ガイトさんに自分のすごいところを見せたかったんだ。……私にも、だったらもっと嬉しいな。

 ゆっくり降りてくるフゥを、ガイトさんは腕を広げて迎え入れる。そして、フゥを優しくでて『スごィ! すゴいでスよ!』と褒めた。するとフゥは気持ち良さそうに羽をひらひらさせる。……フゥ、本当に嬉しそうだ。


「ふふ……」


 私は思わず笑みを溢した。……本当に、ガイトさんとフゥは仲良しだ。最初はペットと飼い主みたいだと思っていたけれど、最近はもっと違う関係に見えてくる。家族のような、親友のような……。

 そうだ、ルームメイトのような関係だ。この洞窟で一緒に生活している、仲のいいふたり。……いいな、そういう関係って。


「ふたりは、一緒に生活しているんですよね」

『エぇ。ワァシとフゥ、ずっト一緒でス!』

「ふふ、いいですね。楽しそうです」

『楽シいデすよ!……ア、でモちょット大変デすネ……』


 ガイトさんは少し苦笑するようにそう言う。……ちょっと、大変?


「何か、あったんですか?」

『エぇ……アのネ、フゥはとテモ、よク食べルんでス!』

「……え? た、食べる……?」


 フゥが、食べる……とは? 炎で出来た蝶のフゥが、何かを食べる……。……うーん、ちょっと想像がつかないな。


「フゥが食べるって……何をですか?」

『ン? あァ、ミチルにハ言っテねぇデすっケ……。アのネ、フゥは“ヒ”を食べルんデす!』

「ひ……?」


 ひ。ヒ。……火? 火を、食べる……?

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