第十五話 優しい光、優しい触れ合い④

 今日のガイトさんは、触れ合いたい気持ちが言動に強く表れているようだった。私に腕を触らせてくれた後、『他モ触っテミたイデす!』と言ってきたくらいだ。触れることへの抵抗が薄くなってきているのかもしれない。良い傾向だな、なんて思う。スキンシップは、心を癒してくれるから。

 ……そんなことを考えながら、私は今ガイトさんに頭を撫でられている。ガイトさんはすっかり力加減をマスターしたようで、触られている私はむしろ心地良さを感じていた。

 ほんのりあたたかい手。四本の腕で器用に頭を撫でてくれるガイトさん。……すごく、癒される……。

 そうしてまったりと身を任せていると、ガイトさんの手はほおへ降りてきた。そしてそのまま、むにむにと頬をまれる。


『ア~……ココ、一番柔らカいデす……。カオ、ですカ?』

「ふふ、ふぁい。頬、でふね」


 ガイトさんにされるがままになって、私はそう答えた。するとガイトさんはまた嬉しそうに声を弾ませる。


『ふフフ! ミチル、声ガふヤふヤデすヨ!“ フぁ~イ”!』


 私の返事が面白かったのか、ガイトさんは『フぁい、フフ!』と繰り返しては楽しそうに笑った。……ガイトさん、案外笑い上戸なんだな……なんてことを思う。

 そうしてしばらく私の頬をもてあそんでいたガイトさんだったが、やがて満足したのかその手を離した。


『アぁ~……楽シいデすネぇ! 人間ノ体は面白イデす!』

「それはよかったです。……触れてみてわかること、というのはたくさんありますからね。私も、知ってもらえるのは嬉しいです」


 ガイトさんの手を握りながら、私はそう答えた。……こうやってたくさん話して、触れて、相手のことを少しずつ知っていける。それがとても嬉しくて、楽しいのだ。


『嬉シい、デすカ? ナンで?』

「ガイトさんが私のことを知ってくれて、理解しようとしてくれるのが嬉しいんです。私を知ってもらえるということは、ガイトさんが私のことを少しは好きになってくれたということだと思いますから」

『フへ……ソウでシょうカ』


 そう呟いたガイトさんの声音は、なんだか照れくさそうに聞こえた。それにくすりと笑みをこぼして、私は続ける。


「だから私も、ガイトさんのことをもっと知りたいです。……これから、もっと仲良くなれたらいいなと思います」

『アぁ! ソレはワァシもでス!』


 私の言葉に、ガイトさんは大きくうなづいてくれた。そして、握られた手にぎゅっと力が込められたのを感じる。


『ワァシ、ミチルと仲良シにナリたイでス! エぇト、仲間? なンてイうっケ……?』

「ふふ、そうですね。友達……が、一番近いかもしれません」

『“トもダち”! あァ! ソれでス! ワァシ、“友達”がズっとウラヤまシかっタ!』


 興奮したようにそう言って、ガイトさんは私の手を握ったまま上下に振った。……“ずっと羨ましい”? 友達が?


「そうだったんですか……?」

『エぇ! 友達は、トッてモ素晴ラしいモノだっテ聞きマしタ! 人間たチ、言っテたンデす! だかラ、ワァシも欲しクて……!』

「ガイトさん……」

『デモ、友達は見ツカラなイ。ダカら、ズっト羨マしガッテタ! でモ、ミチルと出会ぇテ、ワぁシ、知リマシた!』


 そう言ってから、ガイトさんはまた私の手を握った。そして今度は両手で包み込むようにして握りながら続ける。


『ミチル! ワァシと友達ニナっテくダさイ! コレカラ、ず~ット友達でイてクださイ!』

「ガイトさん……」


 ガイトさんの言葉に、私は思わず笑みを溢した。……そうか。友達がずっと欲しかったんだ。だから、私と出会えて嬉しかったんだ。

 ……でも。それは、本当に私でいいのだろうか。私じゃなくても、人間だったら誰でも良かったかもしれない。ここに来たのが私じゃなかったら、ガイトさんはどうしていたんだろう。

 そう不安に思った時、ふと『ミチル?』という心配そうな声が聞こえた。それに顔を上げる。すると、ガイトさんが私をのぞきこんでいた。


『ミチル、ヤでスか? ワァシと友達、ナるの……』

「あ……」


 不安げに揺れるガイトさんの頭の炎を見て、私はハッとした。……そうだ。私が今ここで『嫌だ』と答えてしまえば、きっとガイトさんはまた傷付いてしまう。それは駄目だ。

 私は一度深呼吸をしてから、ガイトさんへ笑顔を向けた。そして言う。


「……いえ、嫌じゃないです」

『ホんトでスか!?』

「はい」


 私の言葉に、ガイトさんはパァッと頭の炎を明るくした。それにまた笑みを溢して、私は続ける。


「私も、ガイトさんと友達になりたいです」

『アぁ! やッタ~! ミチルと友達デキる!』


“嬉しい”という気持ちを全面に押し出して、ガイトさんはそう叫んだ。そして、また私の手をギュッと握ってくる。


『ミチル! ズっと友達デ居テくダさイネ!』

「はい、もちろんですよ」


 そう言って、私もまたガイトさんの手を握り返した。……すると、フゥが寄ってきてガイトさんの頭に止まった。


『ンン? ア、フゥ! ワぁすれテましタ!ゴめんデす!』


 ガイトさんがフゥにそう謝る。すると、フゥは止まったまま羽をパタパタと動かした。


『ア~……ごメんッてぇ……。悪かッタデす~……』


 ガイトさんは、申し訳なさそうにフゥにそう言う。でも、フゥはガイトさんの頭から離れようとしない。……これは、もしかして拗ねている?


「フゥ、ごめんね。今日はあまり構ってあげられなくて……。また今度、一緒に遊ぼうね」


 私がそう言うと、フゥはようやくガイトさんの頭から飛び立った。そして今度は私の元へやって来て、私の周りをヒラヒラと飛ぶ。


『スんまセん、ミチル……。助かッタです……』

「いえ、大丈夫ですよ。……フゥは、寂しがりやさんなのかもしれませんね」

 申し訳無さそうに言うガイトさんに、私はそう答えた。するとガイトさんは『ア~、そウかもシれまセンね』と頷く。

『ワァシも、寂シイのは嫌でスかラ。フゥも寂しがらナいよウニ、気ヲ付けないとデスね……』

「ふふ……。そうですね。では、また今度フゥとも遊びましょう」

『ソですね! ミチル、あリガとゴザいまス!』


 私の言葉に、ガイトさんは嬉しそうに頷いたのだった。



「さて……それじゃあ、そろそろお暇しますね」

『あレ? もう時間デすか? 早イデすネ……。マぁダお話シたカッたノニ……』


 私がそう告げると、ガイトさんは少し寂しそうにそう言った。……そんな風に言われると、私もなんだか名残惜しくなってくる。ガイトさんはいつも明るく送り出してくれていたから……こんなに寂しがられたのは初めてだ。


「また、来ますから。次の新月の日に」

『……そうデシた。新月ノ日でシたね! ワァシ、待ッてマス!』

「ふふ、はい。待っていてください」


 ガイトさんは、ようやく納得したようにそう言ってくれた。私はそれに笑って頷く。

 それから、『送リまス!』と言ってくれたガイトさんと一緒に、私は拠点を後にした。そして狭間までゆっくり歩き、そこでガイトさんに別れの挨拶をする。


「今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」

『コチラコそ! 楽しカったデす!』


 そう言ってから、ガイトさんは続けてこう言ってくれた。


『マタ、会いマしょウ! ワァシ、待ッてマス! デモ、次ハスグ来てクダサイネ!』

「ふふ、はい。約束します」


 私はそう答えて笑った。すると、ガイトさんも頭の内部の炎を明るくさせて、『約束デす!』と返してくれた。


「それでは、また」


 私はそう言って、ガイトさんに背を向ける。そして、暗闇のカーテンの向こうへと足を踏み出したのだった。



 少しの浮遊感の後、私の身体は元の世界へと戻ってきたようだった。……でも、これまでとは違っていた。


「わっ! えっ……待って……!」


 闇が薄れていって、視界に見慣れた景色が戻り始めた辺りで、私は自分が宙を舞っていることに気づいた。……いや、私はいま落下している。そう気づくまでに、さほど時間はかからなかった。


「っ……!!」


 私は咄嗟とっさに、受け身の姿勢を取って地面に転がった。……危ない、もう少しで頭を打つところだった。


「はぁ……びっくりした……」


 私はそうつぶやいて、ゆっくりと起き上がった。そして辺りを見回す。車止めのブロックが並ぶ、広いアスファルトの上……。どうやら、ここは駐車場のようだ。それも、患者さん用の駐車場。


「よかった……戻って来られた」


 私はそう呟いて、ホッと息を吐いた。

 それにしても、空中に放り出されるなんて……。あ、裂け目が空中だったからかな。……ちょっと危ないから、次は地上にしてもらいたい。都合良くはいかないだろうけど……。


「ま、いっか。さて……戻ろうかな」


 そう呟いて、私は立ち上がる。

 今日は、ガイトさんとたくさん触れ合えたな……。話すのも楽しいけど、触れ合ってみるとさらに楽しかった。それに、すごく嬉しかった。……ガイトさんが、私と友達になりたいと言ってくれたことが。

 ガイトさんにとっては、実際に会える人間なら誰でも良かったかもしれない。私じゃなくても良かったかもしれない。……でも、それでもいい。

 いつか、“ミチルいい”と、ガイトさんから言ってもらえたら。“ミチルだから・・・いい”と、思ってもらえたら……。


「……なんて、ね」


 私はそう呟いてから笑った。……あまり期待しすぎてはいけないな。それに、ガイトさんにはガイトさんなりの考えや気持ちがあるだろう。それは、私が勝手にどうこうしていいものではない。

 ……でも。ガイトさんとの時間が楽しいのは本当だ。だからこれからも、たくさん会いに行こうと思うのだ。


「さてと……」


 そろそろ帰ろう。明日も仕事だし。

 私はそう考えて、駐車場の出口に向かって歩き出したのだった。

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