第十四話 優しい光、優しい触れ合い③

 ガイトさんから『もウ少し触っテも?』とお願いされて、再び手を差し出している間。私は、ガイトさんの体の造りについて考えていた。

 こうして私の手を触っている、四本指の手。私の手を、じっくりと見るように左右に動く、ガス灯のような頭。……ガイトさんの体は、どこもかしこも不思議な造りをしている。

 初めて出会った時にも思ったけれど、近くで見ているとますますそう思う。……ガイトさんは、一体どういう生き物なのだろう? 出来るなら、触れてみたい。そう思ってしまうのは、やっぱり不躾ぶしつけだろうか。


『ウ~……やッパりモっト触っテミたイでス……』

「え?」


 私がそんなことを考えていると、不意にガイトさんがそう言った。私は思わず顔を上げ、ガイトさんを見る。ガイトさんは私の視線に気付いたようで、ハッとしたように動きを止めた。


『ア、ヤ……スマナいデす! ワァシの勝手な都合デ……』

「あ、いえ……」

『な、ナんでモね~ンでス! いロいロ触っテみたクなんテネぇでス!』

「えっと……」

『頭トか、触りタくナいデすかラ! 体トかモ、気にナラねェでスカら……!』


 ガイトさんは聞いてもいないことまで口走りながら、ブンブンと二本の腕を顔の前で振って否定した。……ガイトさん、隠し事が下手すぎないだろうか。

 でも、これが本音なら……。ガイトさんは、もっと私に触りたいと思ってくれているのかな。私を、知りたいと。……そう、思ってくれているのかな。


「……ガイトさん」

『ハ、はイ!』


 私が呼ぶと、ガイトさんは少し緊張した様子で返事をした。私はそんなガイトさんに微笑んで言う。


「触っても、良いですよ」

『エ』

「ガイトさんが触ってみたいと思うのなら、私は構いませんよ」


 私がそう言うと、ガイトさんは固まってしまった。『ア』とか『ウ』とか、そんな声を漏らしながら四本の腕をワタワタと動かしている。でもしばらくしてから、ガイトさんはピタリと動きを止め、言った。


『ヤ、やっパり駄目デす!』

「えっ」


 今度は私が固まってしまう番だった。そんな私の前で、ガイトさんは続ける。


『手ぇは大丈夫でス。慣れタのデ。でモ、頭とカ体は駄目デす! ワァシ、ミチルヲツブしタくナいでス……』


 ガイトさんは、そう言って腕で頭を隠すようにしてしまった。……そうか、ガイトさんは私を気遣ってくれていたのか。


『ワァシのコとでミチルが痛クなルのは嫌デす! 会えナくなルでス! ダカら、駄目デす!』

「ガイトさん……」

『ミチル、前ノ時ギゅっテしタラ“重イ”っテ言っタデす! ヤぁ……やデす! ゴメんナさイ……ゴめンなサい……』


 ガイトさんは、そう繰り返しながら少しずつ後退あとずさっていってしまう。……私が何気なく言った言葉を、ガイトさんはずっと気にしていたのだろうか。それは申し訳なかったな……。


「……ガイトさん、顔を上げてください」

『ヤ……』

「大丈夫ですから。……以前は、ごめんなさい。でも私、体は強い方なんですよ。仕事で力を使うので、それもあって」

『……ほ、ほんトでスか?』

「本当です。だから、大丈夫ですから」


 私がそう言うと、ガイトさんはおずおずといった様子で顔を上げた。そしてゆっくりと後退っていた体を元に戻す。


『ゥ……』

「ね、大丈夫ですよ。……そうですね、ではこうしましょう。私がガイトさんの手をお借りして、私の頭や体に触る。これならどうですか?」


 私がサポートすれば、ガイトさんも少しは安心して触ることが出来るかもしれない。それに、力加減を覚えてもらうことだって出来るかも。


『ほ、ほんトに大丈夫デすか……?』

「はい」


 不安そうに呟くガイトさんに私はそううなづく。するとガイトさんは数秒程悩むように黙った後、ゆっくりと四本の腕のうちの一本を私に差し出す。私はその腕を右手でそっと握り、自分の頭へ導いた。


『は、ハヮ……!』

「ふふ、どうですか? 私の頭」


 私はそう言って、自分の頭をガイトさんの方へ傾けた。するとガイトさんは、恐る恐るといった様子で私の頭を撫で始める。


『あ、ワぁ……。スごイ……柔ラかイ……』

「ふふ、それは良かったです」


 ガイトさんは感触を楽しむように、わしゃわしゃと私の頭を撫でている。それが少しくすぐったくて、私は思わず笑みを溢した。……なんだか猫にでもなった気分だ。


『ナんデシょ……? 細イ、ひモ? たくサん……。イや……違ウ……』

「髪、ですね。髪質には人それぞれ個性があるんですよ。私は少し、癖毛なんです」


『へェ~……』と感嘆の声をこぼして、ガイトさんはまた私の頭を撫でる。……うん。これはなかなかに恥ずかしいな。でも、ガイトさんが楽しそうで良かった。


「ふふ……。そろそろ良いですか?」

『あ、ハイ! あリガと~ゴザいマす!』


 ガイトさんはそう言って、撫でる手をパッと離した。私も、ガイトさんの腕を支えていた右手を離す。


「いえいえ。でも、大丈夫でしたよ。今くらいの加減で触っていただければ、私は痛くありませんので」

『ン~……でも、イイんでスか?』

「はい」

『ミチルが言ウナら……。デも……ワァシばッカり、いイんでスか?』

「はい。……あ」


 私はふと思いついて、思わずそう声を漏らした。ガイトさんは不思議そうに『どうシまシた?』と聞いてくる。


「いえ、その……」


 私は少し言いよどんでから続けた。


「私も、ガイトさんに触れてみても良いですか? ガイトさんが嫌でなければ、ですが……」

『アぁ! そレはもチろんデす!』


 私の提案にガイトさんはそう答えて、嬉しそうに四本の腕を広げた。そして、こちらに腕を伸ばしてくる。


『さ! どコでモ、触っテくダさい! ド~ぞ!』

「ふふ、ありがとうございます」


 ガイトさんにお礼を言ってから、私はそっと腕の一本に触れた。……あ、すごい。人間より固いんだ。それに、やっぱりなんだかあたたかい気がする。


「ガイトさんの手、あったかいですね」

『オ、ソ~でスか?』

「はい。体温が人間より高いのかな……?」


 私はそう呟いてから、今度は手のひらに触れてみた。……こっちも少し固い気がする。そしてあたたかい。

 手のひらから指へ、ゆっくりと移動していく。四本の指はそれぞれ太さや長さが違う。全体的に私の指より長めで、節くれ立っていて……なんだか不思議な形だ。


『フふ、面白イでスね。触ラれルのハ、こンな感ジなんでスね』


 ガイトさんの楽しげな声が降ってきて、私は顔を上げる。するとガイトさんは、なんだか嬉しそうに頭の内部の炎を揺らめかせていた。


「ふふ、そうですね」

『デすネ~。……ミチル、こっチの手も触っテホし〜でス! ワァシ、たクさんアるンで!』


 そう言ってガイトさんは、他の三本の腕を広げて見せてきた。『ネ!』と念押ししてくるその様子がなんだか微笑ましくて、私はまた笑みを溢したのだった。

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