第十三話 優しい光、優しい触れ合い②

 ガイトさんの拠点に着いた後。私はガイトさんにすすめられるまま、平たい石に腰掛けた。もはや定位置と言ってもいいくらい、すっかりお馴染みの場所になった気がする。……それが、ちょっと嬉しい。

 そして、テーブルを挟んで向かい側にガイトさんが陣取る。フゥはヒラヒラと自由に飛び回る。これも、私にはお馴染みの光景だ。


 さて、今日は何を話そうか。ガイトさんに話したいこと、聞きたいことはたくさんある。だからこそ、何から話そうか迷ってしまうのだ。

 ……とりあえず、当たりさわりのない話題からにしようかな。そう思ってガイトさんに目を向ける。……と、ガイトさんがなんだかソワソワしていることに気付いた。四本の腕は組まれたりほどかれたりと忙しないし、蛇のような尻尾の先は私の方へ向けられかけ、またすぐにガイトさんの後方へ戻っていく。……ここに来る前も思ったけれど、今日のガイトさんは少し動きがぎこちないように見える。……体調でも、悪いのだろうか?


「あの、ガイトさん」

『ハ、はイ!』

「どこか具合が悪いんですか?」

『あ、ヤ、悪くナいでスよ! ワァシは元気でス!』


 私の問いにガイトさんは慌てた様子で答えた。……やっぱり、なんだかおかしい気がする。でもそれを指摘するのもはばかられて、私は少し迷った後、別の話題を口にした。


「では……何か私に話したいこととかは……?」

『あァ~……そノ~……』


 私の問い掛けにガイトさんはどこか歯切れ悪くそう答えて、また手を忙しなく動かし始めた。そしてしばらくしてから、意を決したように顔を上げた。


『ミチル!』

「は、はい」

『ミチル……さエよければデすけド……』

「……はい」 

『手、まタ触っテも……良イデすカ?』

「え?」


 ガイトさんの言葉に、私は一瞬固まってしまった。……手? 私の、手を……?


「……良いですけど……」

『ホントでスか!』


 私がそう答えると、ガイトさんは嬉しそうに声を弾ませた。……ガイトさん、そんなに私の手が好きだったのだろうか。

「はい」とうなづいてから、私は改めて自分の手に視線を落とした。何か特別な手入れをしたりしているわけではないのだけれど、触ってみて楽しいものなのだろうか。


『あ、アりガとうゴザいまス!』


 そうお礼を言って、ガイトさんはテーブルを迂回うかいする形で私の方へとやって来た。そして、私のすぐ側で立ち止まる。……なんだか緊張しているようだ。そんなに改まることでもないだろうに……。


『サ、触ッてモ?』

「はい、どうぞ」

『……シ、失礼シまス……』


 私はそう言って右手を差し出す。ガイトさんは一瞬躊躇とまどうような素振りを見せたけれど、やがておずおずといった様子で手を伸ばした。そして四本の指で軽く触れるようにしながら、手をすくい上げるようにして私の手を取った。


『ア~……やっぱリ、柔ラかイでスね……』


 ガイトさんはそう呟きながら、私の手をフニフニと触っていく。なんだか触診しょくしんされているみたいで、ちょっと面白い。普段は触診する側だから、される側は新鮮だ。……なんて、どこかズレたことを考えながら、私はガイトさんの好きにさせていた。


『指も細ッこクて柔ラかイ……』

「ふふ、そうですか?」

『はイ……。ア、ココはチょッと硬イ? 不思議でス……』


 そう言いながら、ガイトさんは私の指先に軽く触れた。硬い、というのは爪のことだろうか。確かに、皮膚よりは硬いけれど……。そんなに意識したことはなかったから、なんだか不思議な感じだ。

 ……なんて思っていると、ガイトさんは私の手のひらを指でなぞるように触れてきた。そしてそのまま、四本の指で私の手のひらをでるように動かしていく。


「ふ、ふふ……ガイトさん、ちょっとくすぐったいです」

『あ、スンませン!』


 堪え切れずにそう伝えると、ガイトさんは慌てた様子でパッと手を離した。


「いえ。……そんなに私の手、触り心地良いですか?」

『はイ! 柔ラかクテ、あタたかクテ……。良いデす!』


 ガイトさんは、そう言ってとても嬉しそうに笑った。……なんだか、少し照れてしまう。


「そ、そうですか。……でもなんかちょっと恥ずかしいので、ほどほどにお願いしますね」

『ン? ソぅナんでスか? ナら、すンマセんデす……』

「あ、いえ……謝ってもらわなくて大丈夫ですよ」


 頭を下げて、心なしか内部の炎をシュンと小さくしてしまったガイトさんに、私は慌ててそう言った。そんな顔をさせたかったわけじゃないのだけれど……。


「えっと、その……どうして私の手を触りたいなって思ったんですか?」


 気を取り直して、私はそう尋ねてみる。するとガイトさんは、パッと顔を上げた。


『あァ……そノ、前にミチルの手ヲ触っタデすヨね? ソん時、すゴク柔かィなって思っテ……。マた、ヨく触っテみタいナって……』

「あぁ……。それで、ですか」


 前に、というのは初めて会った時のことだろうか。しっかり握手をしたのはあの時が初めてだったし……。そういえば、あれ以来握手はしていなかったかもしれない。


『はイ。ワァシ、人間の手ヲ触るノは、アの時が初メてでしタかラ。ずっト、覚えテまス』


 ……そうか。ガイトさんは、今まで人間の手を見る機会があっても、実際に触れてみる機会は無かったのか。だからあの時、あんなにも嬉しそうだったのかな。


『ワァシ、モッと人間を知りタいンでス! だカら、ミチルノ手ヲ触ッてみタかッたデす! デも、ミチルが嫌ナら、もうしマセんデすガ……』


 そう言ってガイトさんは、またシュンと項垂うなだれてしまった。……ちょっと寂しそうにも見える。私はそんなガイトさんに笑みを向けた。


「ふふ、大丈夫ですよ」

『ほんトでスか!?』


 私の言葉に、ガイトさんはパッと顔を上げた。その様子に微笑んで、私は頷く。


「はい。さっきはちょっとくすぐったかっただけで、嫌というわけではなかったので。こんな風に一言いただけたら、全然大丈夫ですよ」

『そウでスか……。ア、しカし……』


 ガイトさんはそこまで言って、四本の腕の一本を私に向けた。そして握ったり開いたりして、言う。


『ワァシのコノ手デ触ってモ、良イんでシょうか……? ミチル、痛クなイでスか?』


 ガイトさんの手。いびつに節くれだった四本指の手。それは人間とは違っていて、少し固さがある。……でも。


「はい。痛くないです。ガイトさんの手、私は好きですよ」


 私はそう言って微笑んだ。これは私の本心からの言葉だ。見た目なんて、私はちっとも気にしていない。

 こうして私のことを気遣ってくれて、私を傷つけないように触れてくれる。ガイトさんの手は、とても優しい手だ。


『ホントでスか……!?』

「はい」


 私がそう答えると、ガイトさんは嬉しそうに声を弾ませた。


『あリがトウごザいまス……! ミチル!』

「ふふ、どういたしまして」


 お礼を言ってくれるガイトさんに、私はまた笑みをこぼしたのだった。

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