第四朔月
第十二話 優しい光、優しい触れ合い①
「じゃ、お疲れ様でした」
「はい。
夜勤の看護師に声を掛けて、私は病棟を後にする。今日も、何事もなく一日が終わった。いつもと何も変わらない、日常の中の一コマだ。……けれど、今夜は私にとって特別な夜だ。
病院を出て、空を見上げる。黒に塗り
……そう。今夜は新月だ。あちらの世界とこちらの世界に、不思議と繋がりが生まれる日。ガイトさんたちに、会える日。
私は腕時計に視線を落として時刻を確認する。時計の針は七時四十分辺りを指していた。先月約束した時間より、少し遅れてしまっている。……フゥは、もう来ているだろうか。
私は少し駆け足になりながら、駐車場へと向かった。フゥの姿を探そうと、辺りに視線を巡らせながら。
「あ……!」
駐車場を照らす電灯の下、その光を避けるように、橙色の光──フゥの姿があった。私が駆け寄ると、フゥはヒラヒラとこちらへ飛んできた。
「フゥ、遅くなってごめんね」
そう声を掛けると、フゥは私の周りをくるくると回るように飛んだ。そして正面で止まると、大きく一回転した。なんとなく、“気にしてないよ”と言ってくれているような、そんな気がした。
「今日は、どこに“入口”が開いたの?」
自分の車まで歩き、カバンを車内に置いてから、改めてフゥにそう尋ねる。すると、フゥは私から見て左方向に少し飛び、振り返るような仕草をした。……どうやら、“あっち”らしい。
ガイトさんたちのいる世界へ繋がる“入口”が開くのはいつも同じ場所ではないらしい。だからこうして、毎回フゥに案内してもらっているのだけれど……本当に不思議なものだ。
「……わかった。連れてって、フゥ」
そう答えて私は歩き出す。するとフゥはくるりと一回転してから、私の前を先導するように飛んだ。私はその姿を見失わないように、早足で着いて行く。
駐車場を進んで行き、研究棟の前を通り過ぎる。この先は患者さん用の駐車場だ。夜は車が出払っていて、がらんとしている。
フゥは駐車場を進んで行き、そしてある場所でピタリと止まった。
「ここ……?」
私はそう呟きながら、辺りを見回す。……特に変わった様子は無いけれど、これまでの経験からしてどこかに裂け目があるはず。地面か、壁か……。
注意深く観察していると、フゥが目の前に飛んできた。そしてそのままヒラヒラと空に向かって飛んで行く。
「上……? あ……!」
フゥを目で追いながら、私はあることに気付いた。黒に塗り潰された空。そこに、小さな裂け目が出来ている。……空中に、裂け目が。
「え、どうなってるの……?」
思わずそう
「ここから、行くの?」
そう呟いてから、私はフゥに視線を移す。するとフゥは四枚の羽をパタパタと動かして、“早く行こう”と急かしているようでもあった。
私は改めて裂け目に目を向ける。……これ、どうやって入れば良いのかな。近くに足場は……駄目だ、無い。なら、高くジャンプして飛び移ろうか。……いや、それはちょっと怖いな。
「フゥ……どうしよう?」
そう尋ねてみるけれど、フゥはヒラヒラと裂け目まで飛んで行ってしまう。そして裂け目の少し手前でくるくると回った。私を待ってくれているのだろう。フゥみたいに、飛んでいけたらな……。
「やるしかない、か……」
ここを通らなければ、ガイトさんには会えない。……なら、やるしかない。
私は軽く屈伸をして、フゥのいる裂け目に狙いを定める。そして、勢いよく地面を蹴った。
「よっ……と……!」
両腕を伸ばして、裂け目の
「よし……!」
そう気合いを入れて、私は腕に力を入れる。ぶら下がった状態から、徐々に上半身を裂け目に近付けて……。
「よいしょ!」
掛け声と共に、一気に裂け目に飛び込んだ。次の瞬間、視界に広がったのは暗闇だった。
「えっ……?」
私は思わずそう声を
『ミチル!』
不意にそんな声が聞こえてきて、私はそちらに顔を向けた。するとそこには、ガイトさんの姿があった。どうやらここは、“あちらの世界”と繋がった場所らしい。……良かった。無事に来れたみたいだ。
『待ッてマしタよ~! 来テくれタんでスねェ!』
「はい。ガイトさんこそ、待っててくださってありがとうございます。少し遅れちゃってすみません……」
『いィえいエ! ワァシも今来タとコでス!』
そう言ってガイトさんは、四本の腕を頭の前で振った。そしてパッと表情を明るくする。……正確に言えば、頭の内部の炎を明るくさせた、だけれど。
『ア! フゥも、オ迎えゴ苦労サンでス!』
ガイトさんの言葉に私は振り返ると、フゥがこちらへ飛んでくるのが見えた。無事に、私の後を着いてきてくれたようだ。
「ありがとう、フゥ」
私がそう声をかけると、フゥもどこか嬉しそうにくるりと回った。その仕草に癒されながら、私はガイトさんに視線を移す。
「では……行きましょうか?」
『はイ! ワァシの拠点マで、ゴ~! でス!』
「ふふ、はい」
ガイトさんの言葉に私は笑って
そして手を差し伸べてくれた……と思ったのだけれど、ガイトさんは『ア……』と声を漏らして腕を引っ込めてしまった。
「ガイトさん……?」
『ァ、すンまセン……。ぇト……こッちデす!』
そう言ってガイトさんは、先に立って進み始めた。……どうしたんだろう、今まではそんなこと無かったのに。
ガイトさんの態度が少し引っかかったけれど、私はすぐにその背中を追ったのだった。
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