第十話 流るる時を火光とともに③

『ア! 見ツけタ!』


 ガイトさんがそう声を上げたのは、時計を探し始めてからすぐのことだった。ガイトさんの指差す方に視線を向けると、そこには小さな光がひとつ。よく見てみると、それは公園の時計塔のようだった。景色が動いているからか、詳しい時間まではよく見えないけれど……。


「あっ、本当ですね」

『良かっタァ~! 見ッケれバ、コッチのもンでスね』

「ふふ、そうですね」


 ガイトさんは二本の腕でガッツポーズをするように拳を握ると、そのまま腕を大きく広げた。喜びを全身で表現しているようで、なんだか微笑ましい。


『フフん! でハ、とッてオキ、行きマすよォ!』


 そう言ってガイトさんは、暗闇のカーテンから見える景色の正面に移動した。私はその斜め後ろに立ち、ガイトさんの動きを見守る。……これから、何が始まるのだろうか。


『ンん……!』


 ガイトさんはうなるような声を上げると、四本の腕をそれぞれ左右に伸ばした。私より少し長いくらいだった腕は、一気に数倍の長さになる。そしてその腕は、はためく暗闇のカーテンを鷲掴わしづかみにした。そしてそのまま、カーテンが破れないようにゆっくりと左右に引いていく。


「わぁ……!」

『ン~……』


 カーテンは、ガイトさんの手によってゆっくりと開いていった。するとどういう仕組みなのか、カーテンの向こうに見える景色、その流れが止まっていく。まるでビデオのスロー再生のようだ。


『ミチル! 時間、確認しテクだサい! コレなラ良く見えルデしョ~?』

「あ、はい……!」


 私はガイトさんに促されて、見やすくなった時計塔の針を確認した。長針は四の辺り、短針は八を少し過ぎた辺りを指している。


「えっと……今は八時二十分くらいですね」

『オぉ! 時間、同じデスか?』

「……はい。同じですね」


 腕時計の針と、時計塔の針。どちらも同じ時刻を示している。つまりこちらの世界の時間の流れは、人間の世界と同じということだ。


『同ジでスか! ワァ!』


 私の答えにガイトさんはそう叫ぶと、カーテンを手離して勢いよく腕を振り上げた。すると長かった腕は縮んでいき、元の長さに戻る。そして自由になったカーテンは定位置に戻り、見える景色の流れも元の早さに戻った。

 ……あれ? これって、時計の進む早さまでゆっくりになってたりしないかな……。


「あの……ガイトさん。カーテンを掴んでいる間、ここから見える時計まで遅くなってたりは……?」

『ン~? あァ、そウいうコトはナいデすヨ。影響ハねェでス。コッチを固定すルダけデす!』

「なるほど……」


 そうか。これは、例えるならライブカメラを定点観察モードに切り替えるようなもの……と言えば良いのだろうか。カメラが固定されても、時間の流れにはなんら変化は無い、という感じ。


『ミチル、時間ガ同じダと何カ良いンでス?』

「あ、はい。そうですね……同じ時間の流れなら、時間を指定した約束も出来るなと思って。ほら、待ち合わせをしたとしても、時間がずれていたら会えないじゃないですか」

『なるホど! ソういうコトデシたカ!』


 私の言葉に、ガイトさんはポンと手を打った。そして『ソれなラ』と続ける。


『会ウ時間、決メちゃエば良いンデす! ミチル、何ノ時間ガ良いでスカ?』

「ふふ、そうですね。……では、七時半くらいでどうでしょう。学会などの予定にもよりますが、大体それくらいの時間には上がれると思いますし」

『分カりマした! ワァシも何カ用事がアっタら、ソれを済マせてソッチに行きまス!』

「ありがとうございます」


 ガイトさんは『オ任セヲ!』と胸を叩くような仕草をした。ヒラヒラ自由に飛んでいたフゥも、話を聞いてかガイトさんの近くに来てくるりと回る。するとガイトさんはハッと何かを思い出したように声を上げた。


『ア、ソウでシた! 迎え、ワァシ行けネ~んデしタ!』

「え、どうしてですか?」


 ガイトさんの言葉に、私は首を傾げる。するとガイトさんは困ったように肩を落とした。


『ン~……。ワァシ、人間トは違ウデシょ? 今日、行っテみテ……目立つナァっテ……』

「あ……なるほど。そうですね……」


 それは確かにそうだ。この世界では、ガイトさんのような存在は異質ではない。むしろ、私のような人間の方が異端だ。けれど人間の世界では、ガイトさんのような存在が異質になる。……つまり、目立ってしまうのだ。


『ダカら……ワァシ、迎えに行けマセん……スンマせン……』

「いえ! そんな、謝らないでください。ガイトさんは悪くありませんから。私こそ、そこまで気が回らなくてすみません……」


 大きな体を小さくして謝るガイトさんに、私も頭を下げる。すると私の視界にフゥが割り込んできた。……そうだ、フゥなら。


「……ガイトさん、フゥならどうですか?」


 そう尋ねると、ガイトさんは『フゥ?』と首を傾げた。


「フゥなら、体が小さいので目立ちにくいと思うんです。……もちろん、フゥみたいな炎の蝶は人間の世界にはいないでしょうから、少し人目を引くかもしれませんが……。でも、もしフゥが迎えに来てくれたら、私すぐに分かります。現に、私はフゥが迎えにきてくれてすぐに気付きましたから」

『……ホントぅ、デすカ?』

「はい。保証します」


 私の言葉に、ガイトさんは考え込むように腕を組んだ。そしてしばらく経ってから、コクンとうなづいた。


『……分カりマした! ソれナら、迎エはフゥに頼ミまス! フゥ、任せタゾォ!』


 ガイトさんの言葉に、フゥはくるくる飛び回った後、大きく宙返りをした。“任せて! ”と言っているようだ。……なんだかちょっと偉そうだけど、そこがまた可愛らしい。


「ありがとう、フゥ」

『フフ~ん! 解決デすネ! ソレでミチル、今日は何スルでス?』

「あ、そうですね……」

『せっカくナンで、狭間かラ見て楽しミまスか? 面白いデすヨ~?』


 ガイトさんは四本の腕を大きく広げて、そう提案してくれた。……確かに、いいかもしれない。今日は時間の流れが同じことも分かったし、他に何か聞きたいことがある訳でもない。それなら、ガイトさんの案に乗ってみるのも良いだろう。


「そうですね……では、お言葉に甘えます」

『ハイ! ワァシにオ任セヲ!』

「ふふ、はい。お願いしますね」


 私はそう言って微笑むと、ガイトさんとフゥに向き直った。ガイトさんは私の手を引いて、暗闇のカーテンの正面へと連れて行ってくれる。フゥもガイトさんの肩に止まり、一緒に景色を眺め始めた。……さて、何から見ようか。

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