第九話 流るる時を火光とともに②

 裂け目を通り抜けると、そこには相変わらず暗闇が広がっていた。でも今回はフゥもガイトさんも一緒だ。優しく明るい炎は、暗闇を照らす灯りにもなってくれている。


『サぁて、ドコに行きマしょウか? マたワァシの拠点ニ行きマす?』

「そうですね……。あ、でもその前に……」

『どうしマした?』


 頭を傾けて聞いてくるガイトさんに、私は腕時計を見せた。


「時間を確認したいんです」

『“ジカン”?』

「はい。こちらの世界と人間の世界では、時間の流れが一緒なのか違うのか、確認したくて」

『ナるホド……。ソレで、時間が確認出来ルですカ?』


 ガイトさんは興味深そうに、私の時計をのぞき込んできた。そしてしばらくすると『ア!』と声を上げた。


『コレ、見たコトありマす! 狭間カラ見えまシた!』

「え、本当ですか?」

『ハイ! なンかスゴイ形してテ!』


 ガイトさんはそう言うと、二本の腕をビシッと伸ばして時計の針の形を真似てみせた。七時五十分。私はまた吹き出して笑ってしまった。


「ふっ……ふふ……っ」

『違いマした? コウ! いヤ、こウでしタか?』

「ふふっ……ガ、ガイトさん……っ。ふふふ……っ」

『あレ? おカシいなァ、ちガうデす?』


 頭の内部の炎をゆらゆらさせながら、何度も時計を真似るガイトさんの姿が面白くて、私はなかなか笑いが収まらなかった。そんな私の様子にフゥは楽しげにヒラヒラと飛び、ガイトさんは困ったようにワタワタと腕を動かしている。


『ミチル~……』

「ご、ごめんなさい……! ふふっ……。あの、全然間違ってないですよ。その時計で合ってます……!」

『ホ! ソウでスか!』


 私の言葉に、ガイトさんはホッとしたようだった。その様がまた可笑おかしくて、私はまた笑ってしまったのだった。



 ひとしきり笑ってから、私は改めて時計を見る。秒針は規則正しく動いているようだ。……ということは、こちらの世界と人間の世界の時間の流れは同じなのかな。この時計は電波ソーラー式だから、電池が切れていない限りは正確なはずだし。……問題は、時差があるかどうかだ。


『ミチル、どぅデシた? 時間ワかリマしたカ?』

「あ、はい。ただ、時差がどれ位あるのかな、と思って」

『“ジサ”……?』

「えっと……。こちらの世界の今の時間と、人間の世界の今の時間に、どれくらいのズレがあるのかな、と」

『アァ! そウいうコとデシたか』


 私の説明に、ガイトさんは納得がいったというようにうなづいた。そして『それデしタら』と続けた。


『狭間から見テみまシょウ! 時計、見えルでスかラ!』

「狭間から……あぁ、なるほど!その手がありましたね」


 ガイトさんからの提案に、私は手を打った。人間の世界の現状は、狭間から見ることが出来る。ということは、人間の世界の現在時刻は、狭間から見える時計を探せば分かるということだ。


『サっそク行きマしょウ!』

「はい!」


 ガイトさんの言葉に頷いて、私たちは狭間を目指して歩き出した。



 フゥを先頭に、ガイトさん、そして私の順で暗闇を歩いていく。フゥは時折こちらを振り向きながら進んでくれるので、それに着いて行く形だ。

 その道中、私はふと疑問に思ったことをガイトさんに聞いてみることにした。


「そういえば、ガイトさん」

『ン~?』

「私たちがさっき出てきた裂け目って、どうなったんですか? 私、よく見てなくて……」

『“サケメ”……アぁ、“入口”のコトでスか。入口ハ、消えマすヨ』

「えっ、そうなんですか?」

『はイ! 入口は入ル時だケ開くンでス。役目を終エたら消えンですよ』

「へぇ……すごいですね……」

『マぁ、ワァシも知らナくテ。フゥかラ聞イたンでスけどネ』


 そう言ってガイトさんは、前を飛ぶフゥをツンツンとつついた。つつかれたフゥは、くるりと向きを変えてガイトさんの方に飛んでくる。そしてガイトさんの頭の上に止まると、羽をパッと大きく広げた。……なんだかキメポーズをしているみたい。


『“入口”っテのモ、フゥが呼ビ始めたンでス。ミチルが入っテくるトコロだかラ、ッて』

「そうなんですね……。あ、それなら狭間は“出口”になるのかな」

『オォ、そウでスね~! ミチルが出テくトコロでスからネ!』

「ふふ、そうですね」


 ガイトさんの言葉に私も頷く。そうして話しながら歩いていると、だんだんと光るものが見えてきた。


『サ、到着でス! ミチルの出口!』


 ガイトさんはそう言って、四本の腕全てで前方を指し示した。暗闇のカーテン──狭間だ。カーテンの向こうには、綺麗な夜景が広がっている。


「ふふ。出口、とは言っても帰るのはもう少し先なんですけどね」


 私がそう言うと、ガイトさんは慌てたように腕をワタワタと動かした。


『アッ、アっ……違うデす! ワァシ、もっトミチルと話シたイこトあって……!』


 ガイトさんのその言葉に、私は嬉しくなった。私だって同じ気持ちだ。まだ離れたくないし、もっと話していたい。


「私もですよ。……すみません、意地悪な言い方してしまって」

『いエいエ! ワァシが早とちりしちゃっタのが悪イんでスから!』

「ふふ、じゃあおあいこですね」


 私がそう言って笑うと、ガイトさんも『そウですネ!』と明るい声で言ってくれた。


『デは、時計ヲ探しマシょう! ミチル、どこカ心当タりネ~でスか?』

「そうですね……時計があるところ……」


 ガイトさんの言葉に、私はそう呟きながら思考を巡らせる。時計がありそうな場所……思い付くのは、駅や公園、学校……。いろいろあるけれど、見えるだろうか。カーテンの向こうに見える景色はランダムな感じがするし、右から左に動いているから探すのが難しそう……。


『どッかありマす? ワァシ、手伝イまスよ!』

「あ……。はい、ありがとうございます」


『ドんナ感じでスか?』と聞いてくるガイトさんに、私は考えていたことを話した。時計がありそうな場所を、その場所の説明付きでいくつか挙げる。


『ほゥ……時計っテ、スげぇアるンデすネ!』

「はい。……でも、見えるかどうか……」

『フむ……見えレバい~ンでスヨね? ナら大丈夫デす! ワァシ、とッてオキがあリマすヨ!』


 自信満々にそう言って、胸の辺りをドンと叩くガイトさん。“とっておき”って、いったい何だろう……。


『ミチル、時計ヲ見ッけタらワァシに言っテほしィでス!』

「え、あ……はい」

『アぁ! もちロんワァシも探シますヨ! でモ、見ツケレバワァシに言っテほシ~デす!』

「分かりました。そうしますね」

『はイ! よロシくオ願イシまス!』


 ガイトさんは嬉しそうにそう言って、お辞儀をするように頭を傾けた。私もそれに頷いて応える。


「じゃあ、探しましょうか」

『はいデす!』


 そうして、私たちは改めて暗闇のカーテンの向こうに目を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る