第七話 めぐり逢い語らう明かり④
ガイトさんに私の仕事のことを説明していたけど、いつの間にか話題は“人間のこと”に移っていたようだ。
私が寝不足、という話をしたからかもしれない。……そういえば、ガイトさんは眠ったりするのだろうか。そもそも異形の存在に“寝る”という概念はあるのかな。
ふと、そんな疑問が頭をよぎり、私は質問してみようとガイトさんを見る。ガイトさんは頭を右に左に大きく
『ミチル、人間は“ヨル”ニ寝ルんデすよネ? ワァシ、眠クなッたコトなンて無イですけド……』
「あ……。そうですね。人間は身体を休めるために夜に寝て、朝に起きるのが一般的です」
『ソでスよネ。デも、夜に仕事すル……?』
ガイトさんはそう言って、今度は頭を左に傾けた。……なんか可愛いな、この動き。でもそうか。ガイトさんには“夜”という概念はあっても、“眠る”という感覚はないのか。
「ええ、そうですね。夜でも患者さんに何かがあった時のために、病院には人がいるんです」
『ナルホド……。ソうでスか……』
ガイトさんはそう言って腕を組んだ。頭を傾ける角度がさっきより深くなっている。
『人間ッて、イツ見てモ動イてルでスよネ。狭間かラ見てマすガ、ワァシはアレ、不思議デす……』
「不思議、ですか……?」
『ハイ。人間ッて、
“人間は脆い”。不意に出たその言葉に、私は思わずドキリとした。……そうか、ガイトさんは異形の存在だから。
「……そう、ですね」
『デしょ? ミチルもソぅ思イまスよね。脆イのニ、いつモ動く……ド~しテでシょう……?』
ガイトさんの言葉には、純粋な興味と疑問が滲んでいるようだった。私は少し考えてから、静かに口を開く。
「……確かに、人間は脆いかもしれません。でも、だからこそ支え合って生きているんですよ」
『“ササエアイ”……。ソれって、どンナ感じでスか?』
「そうですね……。例えば、家族や友人がいたり、仲間がいたりして……。誰かが誰かを支えて、その支えがまた別の人を支える……。そうやって、人間は生きているんです」
『ほォ……フぅン……』
ガイトさんはそう言うと、四本の腕をそれぞれ組んで考え込んでしまった。……ちょっと難しかっただろうか。でも、これは私の本心だ。私は、そういう繋がりに救われている。
新人の頃にお世話になった先輩や、今まで一緒に働いてきた同僚たち。……そして、家族にも。
私はたくさんの人に支えられて生きているのだ。辛いことや、苦しいこと、悲しいこと。それらに押し
「あ……すみません、なんか偉そうなこと言ってしまって……」
“支え合い”なんて言葉を使ってしまったけど、なんだか押し付けがましいような気がして私は慌ててそう付け足した。でもガイトさんは、一本の腕を身体の前で左右に振って『ソんなコトね~でスよ!』と否定してくれた。
『難しィデすけド……なンか良イですネ。人間ハ、ミチルは、そウやって生キてルんデすネ!』
ガイトさんはそう言って“笑った”。ガス灯の頭に表情は無いはずなのに、こういう時はなんだか笑っているように見えるのだ。
『ワァシも、ミチルと支エ合いしタいデす! モっと、人間ノコト知りタいデす!』
「ふふ、私もですよ。私も、ガイトさんやフゥのことをもっと知りたいです」
『ソうでスか! ワぁ! 嬉し~デす!』
ガイトさんはそう言うと、四本の腕でバンザイをするような仕草をした。そんなに喜んでもらえて、私も嬉しい。……長い腕が急に振り上がったのには、ちょっとびっくりしてしまったけど。
『ア! でもミチル、寝不足でスよネ? 次のほゥが良いデすカ?』
「あ、そうですね……。じゃあ、また今度でもいいですか?」
『モチロンでス! 次まデにワぁシ、色々考えテみまス!』
ガイトさんはそう言うと、まるで敬礼するみたいに右側の二本の腕を折り曲げた。尻尾も真っ直ぐにピンと立っている。
「ふふ、楽しみにしてます」
『ハイ! でハ、狭間まデ送りマぁす! フゥ、行きまスよ~!』
ガイトさんはそう言うと、フゥに一声掛けてから進み出した。私もその後に続く。するとフゥも私の後をヒラヒラと追い掛けてきた。
◇
ガイトさんとフゥに挟まれて、狭間まで歩く。行きは早かった道のりも、帰りは少しゆっくりだ。
ガイトさんの尻尾がゆらゆら揺れるのを見ながら、私は口を開いた。
「ガイトさん」
『ハイ?』
「私、これからもお仕事頑張りますね」
『そウでスか! 頑張っテくだサ~い! ……ア、デも壊レるマデやッたらダメでスよ! まタ会うンですカら!』
私の言葉に、ガイトさんは振り返ってそう言った。私はそれを聞いて思わず笑ってしまった。
「ふふ、はい。気を付けます」
『オ願イデすヨ~!』
私の返事に、ガイトさんは安心したようにそう言った。そしてまた前を向くと、機嫌が良さそうに尻尾を揺らして進み続ける。
そうして歩いていると、目の前に暗闇のカーテンが現れた。ガイトさんは進みを止めて私の方を振り返る。
『ソろそろ狭間デすネ』
「あ……もうですか」
もう少し話していたかったけど、仕方ない。私が休むためなのだから、ガイトさんに心配させてはいけない。
そんな思いが顔にも出てしまったのだろうか。ガイトさんは私の顔を
『ミチルぅ……そンな顔シなイでくだサ~イ。ワァシとフゥは、ずっトココにイるデす。次に会う時は、もっト色々話しマしょウ!』
「ふふ、はい」
四本の腕を大きく広げてそう言うガイトさんに、私は笑顔で
「ではガイトさん、また今度」
『ハイ! マた会いマしょウね!』
「ええ。私も楽しみにしてます」
私がそう言うと、ガイトさんは嬉しそうに頭の炎を揺らめかせた。
「フゥも、またね」
そう手を振ると、フゥはヒラリと宙返りしてガイトさんの頭に止まった。
「ガイトさん、フゥ。また」
『ハイ! お休ミなさイでス!』
私はふたりに手を振ってから、暗闇のカーテンを
◇
気がつけば、私はどこかに横になっていた。
起き上がって辺りを見回せば、後ろに壁がある。病院のゴミ置き小屋だ。今回も無事に戻ってこられたようだ。
「そうだ、裂け目は……」
少しぼんやりした頭で、裂け目があった場所に目を向ける。でも、そこには何も無かった。アスファルトの地面には、ひび割れひとつ無い。
「……夢、じゃないんだよね……」
あちらの世界へ行って、戻ってくる。二回目でも、まだなんだか夢のように思えてしまう。でも、確かにあちらの世界は存在するのだ。こうして私の中に、その記憶は残ったのだから。
私は空を仰いでから、ゆっくりと目を閉じた。“また会いましょう”と言ってくれたガイトさんの言葉が、頭の中に
「ふふ……。また、か……」
次がある。次の約束がある。それだけで、なんだか無性に嬉しくなってしまうのだ。
「よし、明日も仕事頑張ろ……」
私はそう呟いて、立ち上がった。そしてその場を後にすると、またいつもの日常へと戻っていくのだった。
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