第六話 めぐり逢い語らう明かり③

『ソ~いヤ、どゥしテ今日は狭間を抜ケらレたんデしょ? 何カ、条件でモあるンデすかネ? ミチル、何カ思い当たルコトありマす?』


 ふと、ガイトさんが思い出したようにそう聞いてきた。


「条件……ですか。う~ん……。あ、そうだ」

『おヤ? なンでス?』

「えっと……今日も、闇夜だったなぁと……」

『“ヤミヨ”……?』

「ええ。今日は月が出ていなかったんですけど、前回も多分同じだったと思うんです。だから、もしかしたらそれが条件なのかも……」


 他にも何か同じ条件があるかもしれないけど、私が思い付くのはこれくらいだ。でも、その答えにガイトさんは納得したようで『ナルほど……』とうなづいた。


『ソの“ツキ”っテのハ、空ニアるやツデしょ?』

「え? ええ、そうですね。空に浮かんでます」

『コッチの世界ニは、月ガネぇんデすよ。狭間カらは見エるンでスケド』


 ガイトさんはそう言うと、二本の腕で丸を作った。……ということは、この世界はずっと新月の日みたいな状態なのだろうか。それなら、外が真っ暗だったのも頷ける。


「月が、無いんですね……。不思議な感じです」

『ソぅでスか。ワァシにハ、いツもノコトでスかラね』

「ふふ、そうですね」


 確かに、ガイトさんにとっては当たり前のことなのだろう。そう考えると、なんだか面白い。

 こちらの世界と私たちの世界、両方が闇夜の時だけ、狭間を通ることが出来るのかな。……そうだ、それなら次の新月の日に試してもらえれば、またふたりに会えるかも。


「ガイトさん、お願いがあるんですけど」

『ナんデすか?』

「また新月──狭間から私たちの世界の月が見えなくなった日に、狭間をくぐってみてもらえませんか? 条件が合っていれば、私のいる世界に来れると思うんです」

『ホぅ。……ソれは良イでスね! 分カりマしタ、次ノ新月の日ニ狭間へ行キマす!』


 ガイトさんはそう言って、四本の内の二本の腕をグッと曲げて見せた。フゥも嬉しそうにクルクルと回っている。


「ありがとうございます!」

『コっちノ方コソでスよ! ソれでミチル、もっト話シましョう。ワァシ、ズッと聞キたカッたンですよ! ミチルのコト!』


 ガイトさんはそう言うと、四本の腕をせわしなく動かし始めた。……前から思っていたけど、ガイトさんは見た目と行動のギャップが凄い。見た目は異形の存在そのものなのに、中身は私たち人間とまるで変わらないのだ。気さくで明るくて……。そんなガイトさんだからこそ、私はまた会いたくなったのだろう。


「ふふ、そうなんですか? じゃあ……何を話しましょうか」

『ン~……そうデスね……』


 ガイトさんはそう言って腕を組んだまま考え込むようなポーズをした。揺れる尻尾にフゥはじゃれついていて、なんだか和む。


『ア! そウデす! ミチル、何してタか聞きタイんでス!』

「何してたか、ですか?」

『ソうでス! コッチに来ル前、何しテたでスか?』


 想像していなかった質問に、私は一瞬キョトンとしてしまった。……何してたっけ? 確か……そうだ、仕事が終わって帰ろうとしてたんだった。


「……えっと、帰宅途中だったんです。仕事から帰る途中で……」

『“シゴト”……聞いタコトありマす。四角イ建物デやるコトでスよネ?』


 四角い建物。おそらくビルのことだろう。狭間から見える景色にはビルがたくさんあったし、ガイトさんはそれを見てそう思ったのかもしれない。


「はい、そうですね。正確には、会社という組織で仕事をするんですけど……」

『“カイシャ”……?』

「あ、えっと……仕事場ですね。そこで書類を作ったり、会議に出たり……あと他にも色々やるんです」

『オ……オォ……』


 私がそう説明すると、ガイトさんは少し身を引いたような体勢になった。……あ、しまった。説明が難しかったかも……。


「ご、ごめんなさい……分かりにくかったですか……?」

『ソ、そンなコトはナイです! ただ、ワァシの想像してたノよりモっト複雑デ、驚いテまシタ……』

「……ふふ、そうですか?」

『ハイ!』


 ガイトさんはそう言って四本の腕を大きく広げた。それから、腕を下ろしながら私にそっと顔を寄せる。


『モシ良けレバ、教えてクだサイ! ミチルの仕事!』

「私の仕事、ですか?」

『はイ! ワァシ、ミチルのコト知りタいデス!』


 ガイトさんはそう言って頭の炎を揺らめかせた。あたたかくて優しい色の炎。見ているとなんだか心が穏やかになる。


「分かりました。……じゃあ、少し長くなりそうですけど……」

『構ワなイでス! ド~んと聞カセてクだサイ!』


 ガイトさんはそう言ってまた腕を広げた。私はそんなガイトさんに微笑んでから、ゆっくりと話し始めることにしたのだった。



 私の仕事は、一言で言えば外科の医師だ。手術という治療方法を用いて、患者の病気や怪我を治療するのが主な仕事内容になる。

 そして私の勤める病院は、地方の総合病院だ。病床数も多くて、入院患者さんや通院してる患者さんもたくさんいる。

 ……こう説明しても良かったけど、ガイトさんはきっと病院を知らないだろうから、もっと簡単に説明することにした。


「私が働いているのは、病院という施設なんです。分かりやすく言うと、病気や怪我を治す場所で、その治療をするのが私なんです」

『ホぅ……ソうなンでスか。“ビョウキ”トか、“ケガ”トかヲ治ス……』


 ガイトさんは頭の下部分──人間で言うところの顎に手を当ててそう言った。

 そういえば、ガイトさんやフゥも病気や怪我をしたり、痛みを感じたりするのだろうか。そもそも身体の造りが人と違うだろうし……。


「あの、ガイトさんやフゥは病気とか怪我ってするんですか?」

『ワァシとフゥですカ?』

「はい」


 私がそう聞くと、ガイトさんは腕を組んで「ン~……」とうなり始めた。……もしかして、難しい質問だっただろうか。


『ソうでスね……すル、といウカ……。具合ガ変になルコトはアりまスね。ソれが病気トカ怪我なノかハ、ワァシには分かラないデすけド……』

「そうなんですね……」


 私は思わずそうつぶやいた。異形の存在にも、病気や怪我といった概念は存在するらしい。でも、その感覚が人とは違うのかもしれない。


『マぁ、そんナに多くネぇデすよ。ワァシ、元気デすシ!身体モどこモ壊レテなイシ、不調も無イでス! だから平気デすよ!』


 ガイトさんはそう言って胸を張るように上体を反らした。尻尾にじゃれていたフゥも、くるりと宙返りしてガイトさんの頭に着地する。“元気!”とでも言うような仕草だ。


「ふふ、それなら良かったです」

『ハイ! ミチルは、元気デすカ? 身体トカ壊レテなイデす?』

「私ですか? はい、元気ですよ。……あ、でも最近ちょっと寝不足気味かもしれないですね」

『“ネブソク”でスか?』

「そうですね。仕事柄、宿直とかもあるので……」


 私がそう答えると、ガイトさんは『“シュクチョク”……?』と呟いた。


『ミチル、シュクチョクってナんでス?』

「えっと……宿直っていうのは、病院に泊まり込みで勤務することですね」

『ホぅ……。そウデすか……。ソれで寝不足なんデすネ……』

「はい」


 私がそう答えると、ガイトさんは頭を右に傾けた。『フムフム……』と頷きながら呟いている様子は、なんだか人間っぽい。

 うまく説明出来たか不安だったけど、ガイトさんの様子を見ていると大丈夫そう……かな。

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