第五話 めぐり逢い語らう明かり②

 裂け目にもぐった先は、やはりあの世界だった。辺りは一面の暗闇。でも、以前来た時のように何も見えないということはない。

 それはフゥがいてくれるからだろう。暗闇の中に、橙色の炎が輝いている。


「フゥ、ありがとう」


 私がそう言うと、フゥはクルクルと回ったあと、先導するように飛んで行った。私もその後を追う。



 しばらく進んだところで、私は足を止めた。フゥが飛んで行った先、そこに見覚えのある姿があった。

 ガス灯のような頭に、四本の腕。そして蛇のような下半身。異形の存在──ガイトさんだ。


『フゥ? 何しテたンデす? マァた遠くへ行ッてタんデ……。……ア?』


 ガイトさんは近くに飛んで来たフゥにそう声をかけたあと、こちらに気付いたように言葉を止めた。そして、動揺したように腕をワタワタとさせる。


『ア、アンタ! また来たンでスカ!?』


 ガイトさんは驚いたような口調でそう言った。私は思わず笑ってしまう。


「ふふ、はい。来ちゃいました」

『なンデ笑ってルんでス!? ちョっト……ド~やッて来タんでスか!?』

「どうやって、って……フゥが連れて来てくれたんですよ」


 私の言葉に、ガイトさんは頭上を飛ぶフゥを緩慢かんまんな動きで見上げた。フゥはなんだか得意げな様子でクルクルと回っている。


『フゥ、ナァにシてンでスか……』


 ガイトさんはそう言って脱力した。……この様子だと、どうやらフゥはガイトさんの許可なしに、私をこちらの世界へ連れて来たらしい。


『狭間ノ向コうニは行くナッて言ッたデショ……。マッたク……ミチルだッたかラ良かっタけド、他ノ人間ニ見つカっタらどうスんデすか……』


 ガイトさんの言葉に、フゥは抗議するように羽をパタパタさせたあと、私の肩の辺りに来てクルリとターンした。……なんだか“自分は悪くない”と主張しているみたいだ。

 でも、確かに他の人間にフゥの姿が見られたら、問題になっていただろう。悪い人間に見つかれば、捕まえられて研究されていたかもしれない。……私も、元はその“悪い人間”だったけれど。

 それに、私以外の人間がこちらの世界に迷い込んでしまったら大変だ。ガイトさんはきっとなんとかしてくれるだろうけど……私の時みたいにすんなりとはいかないかもしれない。


「フゥ、ありがとうね。……でも、もう少し気を付けた方が良いかも。ガイトさん、すごく心配してるから」


 私がそう言うと、フゥは羽をパタパタさせたあと、ガイトさんの頭まで飛んで行った。そしてまたクルクルと回る。たぶん“ごめんなさい”とか“許して”的な意味なのだろう。

 その様子に、ガイトさんはまるでため息をつくかのように、四本の内の左の二本の腕を頭の笠部分──人間に例えるなら額の位置に当ててうつむいた。


『ハァ……。分かリマしたヨ。次からハ気ヲ付ケてクダさイ』


 ガイトさんはそう言ってフゥに念押ししたあと、私の方に向き直った。


『すンまセんネェ……フゥが勝手ニ……』

「いえ、良いんですよ。私が頼んだことでもあるんですから。……それに、また会えて嬉しいです」


 私はそう言って微笑んだ。本当に嬉しいのだ。ガイトさんとは、もっとたくさん話したいし、一緒に過ごしたいと思っていたから。


『嬉しイ……ワァシも、嬉しイでス。マた、ミチルに会エて……』


 ガイトさんも頭の炎を心なしか明るくして、そう言ってくれた。……そっか。ガイトさんも、私と同じように思ってくれていたのか。なんだか嬉しいな……。


『ソうダ、マたワァシの拠点ニ来まスカ? ミチル、明ルいトコのホぅガ良イでショ』

「あ、そうですね。すみません、ありがとうございます」

『イえ、構ワなイでスよ。ワァシ、たクさン聞きタいコトがあルんでス』


 ガイトさんの言葉に、私も笑顔で「はい」と返す。それからフゥがまた先導するように飛んで行って、私とガイトさんはその後ろに続いたのだった。



 拠点にお邪魔した私は、ガイトさんに勧められるまま平たい石に座った。前に来た時以来、テーブルの側にずっと置かれていたらしい。

 ……私がいつ来ても良いように、そのままにしてくれていたのだろうか。そうだったら嬉しいな。


『ミチル~! 聞いテ良いでス? ワァシ、知りタいコトがいッパイなんでスよ!』


 私が座るなり、ガイトさんは興奮したようにそう言った。四本の腕はそれぞれせわしなく動いていて、蛇のような尻尾もバシバシと地面を叩いている。笑っちゃ失礼だと思うけど……なんだか可愛い。


「ふふ、はい。なんでも聞いて下さい」

『アりがトウござイマス! ……でワ、マぁずハ……』


 ガイトさんはそう言ってから、四本の腕を組んで考え込んだ。そして、しばらくして『ア!』と声を上げる。


『ソ~だ! フゥ! オマエ、ド~しテ狭間を抜ケられタんでス? 教えルですヨ!』


 ガイトさんはそう言って、フゥに向かって手を伸ばした。すると、フゥは慌てたように羽をパタパタさせて、ガイトさんから距離を取る。


『ア! 何デ逃げルでスか!? イマなら許シてあゲますカラ……!』


 ガイトさんはそう言って、フゥを捕まえようと腕を伸ばす。するとフゥはヒラリと飛んで逃げる。そんな様子に、私は思わず笑ってしまった。


『ミチル! 笑っテね~で捕マえてクださいヨ!』

「あはは、ごめんなさい。……フゥ、教えてもらえるかな? 大丈夫、怒ってないよ」


 私はフゥにそう声をかけた。すると、フゥはおずおずと戻って来て私の背の側に回る。そして、私の肩辺りからガイトさんをのぞいた。


『ナぁ~ンでミチルの味方なんデスか……。ワァシの方ガずッと一緒ニいたノに……』


 ガイトさんは、まるでねた子供のようにそう言って肩を落とした。フゥはそんなガイトさんを見て、なんだか勝ち誇ったように羽をパタパタさせた。……フゥ、これはガイトさんで遊んでるな?


「まぁまぁ……。それで、フゥはどうして狭間を通れたの?」

『あァ、ソうデシた! ソレを聞キタかっタンでスよ!』


 気を取り直して私がフゥにそう聞くと、ガイトさんもハッと顔を上げた。すると、フゥは私の耳元へ飛んで来て、こっそり何かを言うように羽を動かした。


『……エ! フゥ、毎日狭間に向カってタンですカ!?』


 私にはフゥが何を言っているか分からなかったけど、ガイトさんには分かったようだ。ズイッとこちらに身を乗り出して、驚いたようにそう言った。


「えっと……毎日、狭間に?」

『ソうでスよ!』


 私が聞き返すと、ガイトさんはまたも身を乗り出してそう答えた。フゥはガイトさんから隠れるように私の後ろに回り、また羽をパタパタさせた。


『ずっト行けナかっタけど、今日は行ケたっテ……? ど~シてマたソンな……。……帰りガ遅イと思っタら……ソんナコトしてタンですネ……。マッたく……』


 私を挟んで行われる、ガイトさんとフゥの会話。私にはガイトさんが話していることしか分からないけど、どうやらフゥが毎日狭間に通っていたのは事実らしい。

 ……でも、どうしてだろう。フゥが狭間に通い始めた理由って……?


「あの……すみません。ちょっと良いですか?」

『ア、すンマせん! ミチルを置いテしマッて……。で、ド~しまシた?』


 私が声をかけると、ガイトさんは慌てたように私に向き直った。


「えっと……フゥはどうして毎日狭間に通ってたのかな、って……」

『ア~……ソれが、でスネ……。フゥ、マたミチルに会いタくて通ッてたンでスよ……』

「……私に会うために?」

『はイ。マぁた会エないカと、毎日通ッてたミたイでス』

「フゥが……」


 ガイトさんの答えに、私は嬉しくなった。だって、私がまたガイトさんとフゥに会えるのを楽しみにしていたように、フゥも私と会うのを楽しみにしてくれていたのだ。……なんだか、胸がポカポカする。


「そっか……ありがとうね、フゥ」


 私がそう声をかけると、フゥは嬉しそうにクルクルと飛び回った。

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