第二朔月

第四話 めぐり逢い語らう明かり①

 異形の存在──ガイトさんと出会った夜から、私は“灯り”に意識が向くようになった。

 普段、街の灯りに注目することなんて無かった。それは恐らく、灯りが当たり前に存在するもので、そこに特別な感情を向ける必要が無かったからだろう。

 でも、ガイトさんとの出会いが私に“当たり前の灯り”への意識改革を促した。……こう言うと、なんだか大袈裟に聞こえるけど。それだけ私の中でガイトさんの存在は大きかったのだ。


 夜道を運転していると、つい灯りに視線が行く。信号待ちで停まっている時なんかは、特に。すると面白いもので、街灯にもいろいろな形のものがあるのだと気付く。

 公園にあったのは、一本の柱の先に球型のランプが付いているタイプ。

 広い橋の上にあったのは、一本の柱から水平に伸びたアームの先に、半球状のランプが取り付けられているタイプ。

 駅周辺の細い路地には、一本の柱の先に、クラシックなデザインのランプが複数付いているタイプがあった。

 そのどれもが電球を光源としたもので、ガイトさんの頭のように炎を光源としたものは無かった。そもそも、現代社会においてガス灯なんてものは使われなくなってしまったのだから、当然と言えば当然か。

 でも、私はやっぱり炎を光源とした灯りの方が好きかもしれない。ガイトさんの炎を思い出すと、なんだか心がポカポカするから。

 ……ガイトさん、今頃どうしているかな。元気にやっていると良いのだけど。



 そんなある夜のこと。私はいつも通り仕事を終えて、帰るところだった。病院の裏手から駐車場に出て、自分の車に向かう。空は雲ひとつ無く晴れていたけど、月は見当たらなかった。

 こんな闇夜でも迷わず歩けるのは、駐車場にも街灯があるからだろう。等間隔に並ぶ、球型タイプの街灯。その灯りに照らされながら、私は歩く。


 そして自分の車の前まで来たところで、ふと違和感を覚えた。視界の端で“灯り”が動いた気がしたからだ。

 なんだろう、とそちらに視線をやる。すると、そこには見覚えのある“灯り”があった。……そう、私がよく知るもの──橙色の炎で出来た蝶だ。


「フゥ……?」


 私が声をかけると、その蝶はゆっくりとこちらに飛んできた。そして、まるで挨拶をするように私の目の前でヒラヒラと舞う。


「わぁ、久しぶりだね」


 私がそう言って手を伸ばすと、蝶──フゥはその周りをクルクル回り始めた。相変わらず可愛い……。

 私はしばらくその姿に癒やされていたが、ふと我に返る。……フゥは、どうしてまた“こちらの世界”に来たのだろうか。もしかして、また“狭間”の調子がおかしくなったとか?


「フゥ……どうしてまた来たの?」


 そう聞くと、フゥはまたも私の周りを回り始めた。炎の鱗粉りんぷんが舞って綺麗だけど……ちょっと熱い。触れたら火傷しそうだ。


「えっと……フゥ、止まって。熱いよ」


 私がそう言うと、フゥはやっとその動きを止めてくれた。そして今度は私の前を行ったり来たりと飛び始めた。これは……。


「……付いて来いって?」


 私がそう聞くと、フゥは肯定するようにクルッと回ってみせた。……どうやらそのようだ。


「分かった。……あ、ちょっと待ってね。カバン置いてくるから」


 私はフゥにそう断って、車の鍵を開けた。そしてカバンを助手席に置いて鍵を閉めて、改めてフゥに向き直る。


「お待たせ。……じゃあ、案内してくれる?」


 私がそう言うと、フゥはまたクルリと回ってから、先導するように飛び始めた。私はその後ろを付いて歩く。

 フゥは火の粉を散らしながら、空中を泳ぐように進む。その軌跡きせきがオレンジ色の線となって、まるで道標みちしるべのように夜の闇を照らしていた。


 私はフゥに導かれるまま駐車場を歩き、病院の裏手を進んで行った。そして、少し歩いたところでフゥは止まってクルリとターンした。


「ここ……?」


 そこは病院のゴミ置き小屋と、街路樹の並びの間だった。街灯の灯りも届いておらず、辺りは真っ暗だ。


「ここに何かあるの……?」


 そう問いかけると、フゥはその場で飛ぶ高度を下げ始めた。私はそれに合わせて視線を下げる。すると、地面になにやら“け目”のようなものがあることに気付いた。


「えっ……なに、これ……?」


 私はしゃがんで、それに向かって手を伸ばす。すると私の意思に従うかのように、裂け目は開いていった。……これは、もしや。


「“狭間”……?」


 裂け目の向こうに見えるのは、見覚えのある暗闇。こちらの世界とあちらの世界の境界だ。

 私の呟きに応えるように、フゥはクルクルと飛び回ってみせる。なんだか嬉しそうだ。


「もしかして、また連れて行ってくれるの?」


 そう聞くと、フゥはまたもクルリとターンしてみせた。それは肯定の意だろうか。……またガイトさんに会えるかもしれない。そう思うと、なんだか心がおどった。


「じゃあ、お願いします」


 私がそう言うと、フゥは裂け目にもぐって行った。そして一度こちらを振り返るような仕草をしてから、裂け目の向こうに消えて行った。


「……よし!」


 私も気合いを入れて立ち上がる。そして、裂け目に足を踏み入れた。

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