第三話 わくらばに重なりし灯③
ガイトさんは私を先導する。洞窟の出口に向かいながら、私はふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「あの……ガイトさんは、ひとりで暮らしてるんですか? その……お仲間? とかは……?」
『ナカマ? アァ、ソうですネ。……少シ違イマスが、ワァシにも仲良クさセテくれるヤツは居ますヨ』
「そうなんですか」
私は少し安心した。ひとりで暮らしているなら寂しいだろうと思ったから。……あ、でも蝶──フゥがいるからひとりではないか。
そんなことを考えているうちに、私たちは洞窟の外まで来ていた。ひんやりとした外気が肌を撫でる。辺りは真っ暗で何も見えないが、不思議と恐怖は無かった。多分、隣にガイトさんがいるからだろう。街灯に似た頭の炎が、暗闇を優しく照らしていたから。
『サァさ、コッチデす』
ガイトさんはそう言って私の前を進んで行く。蛇みたいな胴体が進むさまは“歩く”というより“這う”と表現した方が正しいだろう。つくづく不思議な存在だ。
『ン? ド~しマシた?行キ
「あ、いえ……。大丈夫です。むしろ歩きやすいくらいですよ」
『ソゥでスか? ソレなラ良いンでスけド……』
ガイトさんは不思議そうな声色でそう言った。でも、私には本当に歩きやすいのだ。ガイトさんが通った跡は、地面が平らになっているから。
この世界に来たばかりで、私だけで走った時のことを思い出す。地面はでこぼこしていたり、ツルツルしていたりして走りにくかった。
だけど今は違う。ガイトさんが歩きやすい道を選んでくれているのか、地面を
◇
私はガイトさんに着いて行く。そうして洞窟の出口からしばらく歩いたところで、ガイトさんが進みを止めた。
『サテ、着キましタよ』
「うわぁ……」
そこは、まさに“
暗闇が、まるでカーテンのように左右に分かれている。そしてその向こうには、ビルや車などの明かりが瞬く、私の知っている世界が見えた。
まるでライブカメラの映像のように、見える景色は右から左へと流れていく。しばらく見ていると、別の場所が映され、同じように流れていく。
「すごい……」
『デショ? ワァシ、ココかラ人間ノ世界ヲ見るノガ好キなんデすヨネェ。人間ハ見てテ面白イでスから』
ガイトさんはそう言った。頭の内部の炎が少し明るくなっている。……もしかすると、これは“目を輝かせる”みたいな動きなのかも。
そうか。ガイトさんは、自分の知らないことを人間がしているのを見て、“面白そう”とか“楽しそう”と思っているのかもしれない。
「ふふ……」
『ア、何かオカしイデしタカ?』
「いえ……。ただ、ガイトさんって本当に人間が好きなんだなって思って」
『ソ~ですカ? マぁ、人間ガ好キジャなけレバココまデ来テ無イでショうネ』
ガイトさんはそう答えて、四本の腕全てを腰に当てた。……ふふん、みたいなポーズだ。これは人間の真似だろうか。
『サァテ、イつもハ向コうにナンて行けナイはズなんデスけど……。チョット見てミまショうネ』
ガイトさんはそう言って、二つの暗闇のカーテンの間に手を伸ばした。すると、見えている景色が流れを止め、まるで水面のように波打った。そしてガイトさんの腕は、水面に沈むように向こう側へ入って行く。
『オォオ!? コレ、ヤべェでスね!! おワぁ~!!』
ガイトさんはこちら側の三本の腕をバタバタさせながら、興奮したようにそう言った。初めて水の中に入った子供みたいで、なんだか可愛い。
……って、そんなことを考えている場合じゃない。
「ガイトさん、大丈夫ですか!?」
『アぁ~……ハイ、大丈夫デすヨォ。チョット驚いたダケでス』
そう言ってガイトさんは腕を引き抜いた。消えている、なんてことは無くてホッとする。
『ウゥむ……ド~シテこんナコトに……? アンタ、何かしマシたか?』
「え? いや……特に何も……」
『そ~ですカ? マぁ、良シとシマしょ。コレならアンタも人間ノ世界ニ帰れソウですシ』
「え、本当ですか?」
『はァい。行っテみて下さイ』
「は、はい」
私はガイトさんに促されるまま、まずは右腕をカーテンの向こう側に突っ込んだ。薄い
「あ……行けた」
『オ~! 良カッタでス! あトは大丈夫でスか?』
「はい、大丈夫です」
一度右腕を引き抜いてから、今度は左腕を突っ込んでみる。これも大丈夫だった。
「本当にいろいろとありがとうございました。何かお礼をしたいのですが……」
『い~エいエ。ワァシのセイでコンなコトになッちマいマシたシ……』
「でも……」
ガイトさんは気にするなと言うが、さすがにこのままというわけにはいかない。なにかお礼になるものがあれば良いのだが……。
『ソ~ですネェ……。ア! そウダ!』
「え?」
私が悩んでいると、突然ガイトさんが大きな声を出した。私は驚いて顔を上げる。するとガイトさんは、私の顔を覗き込むように頭をグイッと近付けた。
『アの! アンタの名前を教えテ下サイ!』
「え? あ……名前ですか?」
『はイ! ワァシに“ガイト”をくレたデしょ? ダかラ、アンタの名前も教えテ下さイよ!』
ガイトさんは、興奮したようにそう言った。名前を聞いてもらえるのは嬉しい、けど……ガイトさん、近い。ちょっと、いやかなり熱い。
「あの……ガイト、さん。ちょっと近い……です……」
『ア! スんマセン!』
私がそう言うと、ガイトさんは慌てたように頭を後ろに下げた。なんだか動きがコミカルで面白い。でも、本当に熱いから気を付けて欲しい……。
「えっと……私の名前は“
『“ミチル”……デすカ。覚エまシた! ミチル、ありガとうごザイマす!』
「こちらこそ、ありがとうございます。ガイトさん」
私はそう言って頭を下げた。なんだか不思議な気分だ。異形の……ガイトさんに名前を教える日が来るなんて、夢にも思わなかったから。
『ソレじゃ……ミチル、サヨなラでス!』
ガイトさんはそう言って、四本の手全てを振ってくれた。私も手を振って応える。
「はい! さようなら!」
そうして私は、カーテンの向こうへ足を踏み入れた。
◇
「……ん」
目が覚めて、身体を起こす。辺りを見回すと、植え込みの側に私のカバンが落ちているのを見つけた。……どうやら無事に帰ってこれたらしい。まだ星が見えているから、そこまで時間は経っていないようだ。
「夢……じゃないよね」
私は自分の頬をつねってみた。普通に痛いし、なにより夢じゃないと分かる証拠がもう一つ。私の服には、煙のような香りが残っていた。タバコとかじゃなくて、焚き火をした時に感じるような、落ち着く匂い。ガイトさんの香りだ。
「……ふふ」
私はなんだかおかしくなって、笑みを
「さてと……そろそろ帰ろ」
私は立ち上がってカバンを拾った。服に染み付いた香りを感じながら、車まで向かう。……なんだか今夜はぐっすり眠れそうな気がする。
またいつか、ガイトさんに会えるだろうか。もし会えたら、今度はガイトさんのことをもっと聞かせてもらおう。そして、もし良かったら私の話も聞いてもらいたいな……。
そんなことを考えながら、私は車に乗り込んでエンジンをかけたのだった。
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