第三話 わくらばに重なりし灯③

 ガイトさんは私を先導する。洞窟の出口に向かいながら、私はふと疑問に思ったことを聞いてみた。


「あの……ガイトさんは、ひとりで暮らしてるんですか? その……お仲間? とかは……?」

『ナカマ? アァ、ソうですネ。……少シ違イマスが、ワァシにも仲良クさセテくれるヤツは居ますヨ』

「そうなんですか」


 私は少し安心した。ひとりで暮らしているなら寂しいだろうと思ったから。……あ、でも蝶──フゥがいるからひとりではないか。


 そんなことを考えているうちに、私たちは洞窟の外まで来ていた。ひんやりとした外気が肌を撫でる。辺りは真っ暗で何も見えないが、不思議と恐怖は無かった。多分、隣にガイトさんがいるからだろう。彼の頭の炎が、暗闇を優しく照らしていたから。


『サァさ、コッチデす』


 ガイトさんはそう言って私の前を進んで行く。蛇みたいな胴体が進むさまは“歩く”というより“這う”と表現した方が正しいだろう。つくづく不思議な存在だ。


『ン? ド~しマシた?行キヅライデすか?』

「あ、いえ……。大丈夫です。むしろ歩きやすいくらいですよ」

『ソゥでスか? ソレなラ良いンでスけド……』


 ガイトさんは不思議そうな声色でそう言った。でも、私には本当に歩きやすいのだ。ガイトさんが通った跡は、地面が平らになっているから。

 この世界に来たばかりで、私だけで走った時のことを思い出す。地面はでこぼこしていたり、ツルツルしていたりして走りにくかった。

 だけど今は違う。ガイトさんが歩きやすい道を選んでくれているのか、地面をならしてくれているのかは分からないが、とにかく歩きやすい。人間とは異なる身体を持つことの、少し不思議な、素敵な部分だと思った。



 私はガイトさんに着いて行く。そうして洞窟の出口からしばらく歩いたところで、ガイトさんが進みを止めた。


『サテ、着キましタよ』

「うわぁ……」


 そこは、まさに“狭間はざま”だった。

 暗闇が、まるでカーテンのように左右に分かれている。そしてその向こうには、ビルや車などの明かりが瞬く、私の知っている世界が見えた。

まるでライブカメラの映像のように、見える景色は右から左へと流れていく。しばらく見ていると、別の場所が映され、同じように流れていく。


「すごい……」

『デショ? ワァシ、ココかラ人間ノ世界ヲ見るノガ好キなんデすヨネェ。人間ハ見てテ面白イでスから』


 ガイトさんはそう言った。頭の内部の炎が少し明るくなっている。……もしかすると、これは“目を輝かせる”みたいな動きなのかも。

 そうか。ガイトさんは、自分の知らないことを人間がしているのを見て、“面白そう”とか“楽しそう”と思っているのかもしれない。


「ふふ……」

『ア、何かオカしイデしタカ?』

「いえ……。ただ、ガイトさんって本当に人間が好きなんだなって思って」

『ソ~ですカ? マぁ、人間ガ好キジャなけレバココまデ来テ無イでショうネ』


 ガイトさんはそう答えて、四本の腕全てを腰に当てた。……ふふん、みたいなポーズだ。これは人間の真似だろうか。


『サァテ、イつもハ向コうにナンて行けナイはズなんデスけど……。チョット見てミまショうネ』


 ガイトさんはそう言って、二つの暗闇のカーテンの間に手を伸ばした。すると、見えている景色が流れを止め、まるで水面のように波打った。そしてガイトさんの腕は、水面に沈むように向こう側へ入って行く。


『オォオ!? コレ、ヤべェでスね!! おワぁ~!!』


 ガイトさんはこちら側の三本の腕をバタバタさせながら、興奮したようにそう言った。初めて水の中に入った子供みたいで、なんだか可愛い。

 ……って、そんなことを考えている場合じゃない。


「ガイトさん、大丈夫ですか!?」

『アぁ~……ハイ、大丈夫デすヨォ。チョット驚いたダケでス』


 そう言ってガイトさんは腕を引き抜いた。消えている、なんてことは無くてホッとする。


『ウゥむ……ド~シテこんナコトに……? アンタ、何かしマシたか?』

「え? いや……特に何も……」

『そ~ですカ? マぁ、良シとシマしょ。コレならアンタも人間ノ世界ニ帰れソウですシ』

「え、本当ですか?」

『はァい。行っテみて下さイ』

「は、はい」


 私はガイトさんに促されるまま、まずは右腕をカーテンの向こう側に突っ込んだ。薄いまくを突き破るような感覚があって、なんだか不思議な気分になる。


「あ……行けた」

『オ~! 良カッタでス! あトは大丈夫でスか?』

「はい、大丈夫です」


 一度右腕を引き抜いてから、今度は左腕を突っ込んでみる。これも大丈夫だった。


「本当にいろいろとありがとうございました。何かお礼をしたいのですが……」

『い~エいエ。ワァシのセイでコンなコトになッちマいマシたシ……』

「でも……」


 ガイトさんは気にするなと言うが、さすがにこのままというわけにはいかない。なにかお礼になるものがあれば良いのだが……。


『ソ~ですネェ……。ア! そウダ!』

「え?」


 私が悩んでいると、突然ガイトさんが大きな声を出した。私は驚いて顔を上げる。するとガイトさんは、私の顔を覗き込むように頭をグイッと近付けた。


『アの! アンタの名前を教えテ下サイ!』

「え? あ……名前ですか?」

『はイ! ワァシに“ガイト”をくレたデしょ? ダかラ、アンタの名前も教えテ下さイよ!』


 ガイトさんは、興奮したようにそう言った。名前を聞いてもらえるのは嬉しい、けど……ガイトさん、近い。ちょっと、いやかなり熱い。


「あの……ガイト、さん。ちょっと近い……です……」

『ア! スんマセン!』


 私がそう言うと、ガイトさんは慌てたように頭を後ろに下げた。なんだか動きがコミカルで面白い。でも、本当に熱いから気を付けて欲しい……。


「えっと……私の名前は“美智瑠みちる”といいます。たまき 美智瑠です」

『“ミチル”……デすカ。覚エまシた! ミチル、ありガとうごザイマす!』

「こちらこそ、ありがとうございます。ガイトさん」


 私はそう言って頭を下げた。なんだか不思議な気分だ。異形の……ガイトさんに名前を教える日が来るなんて、夢にも思わなかったから。


『ソレじゃ……ミチル、サヨなラでス!』


 ガイトさんはそう言って、四本の手全てを振ってくれた。私も手を振って応える。


「はい! さようなら!」


 そうして私は、カーテンの向こうへ足を踏み入れた。



「……ん」


 目が覚めて、身体を起こす。辺りを見回すと、植え込みの側に私のカバンが落ちているのを見つけた。……どうやら無事に帰ってこれたらしい。まだ星が見えているから、そこまで時間は経っていないようだ。


「夢……じゃないよね」


 私は自分の頬をつねってみた。普通に痛いし、なにより夢じゃないと分かる証拠がもう一つ。私の服には、煙のような香りが残っていた。タバコとかじゃなくて、焚き火をした時に感じるような、落ち着く匂い。ガイトさんの香りだ。


「……ふふ」


 私はなんだかおかしくなって、笑みをこぼした。異形の存在と触れ合ったなんて、誰かに言っても信じてくれないだろうな……。でも、私は確かにガイトさんと会ったし、話をした。その事実は何があっても変わらないのだ。


「さてと……そろそろ帰ろ」


 私は立ち上がってカバンを拾った。服に染み付いた香りを感じながら、車まで向かう。……なんだか今夜はぐっすり眠れそうな気がする。

 またいつか、ガイトさんに会えるだろうか。もし会えたら、今度はガイトさんのことをもっと聞かせてもらおう。そして、もし良かったら私の話も聞いてもらいたいな……。

 そんなことを考えながら、私は車に乗り込んでエンジンをかけたのだった。

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