第二話 わくらばに重なりし灯②

 異形に連れられてしばらく歩くと、目の前に洞窟らしき場所の入り口が現れた。


『ささ、コチラへどウぞ』

「は、はぁ……お邪魔します」


 異形に促されるまま中に入ると、中は意外と明るかった。岩肌に取り付けられた燭台のようなものが、ユラユラと炎を揺らしている。洞窟を奥へと進むと、やがて広間のような場所に出た。そこには篝火かがりびかれており、パチパチと火の粉を飛ばしながら辺りを照らしている。


『ドうぞ、コチラへ』


 広間の中央には石のテーブルが置いてあり、その上座側に異形は陣取った。私は向かいに座ろうとして……椅子が無いことに気づいた。


「あの……すみませんが、椅子をお借りできませんか?」

『イス? あア、そうデシた。人間にハ“スワル”がアるンでシタねェ……。チョいとオ待ちヲ』


 異形はそう言うと、近くの岩肌に二本の腕を突っ込んだ。そして何かを引っ張り出す。どうやら岩肌には深い穴が空いていたらしく、異形はそこから平べったい大きな石のような物を引っ張り出した。


『どウゾお使い下サイ』

「あ、ありがとうございます……」


 私はその石に腰掛ける。石は意外にも座り心地が良かった。


『すンませンねェ……。ワァシ、人間ト会うノハ初めテなンデすヨ』

「え、そうなんですか?」


 私は驚いた。異形は“人間”を知っているようだったから、てっきり何度か会ったことがあるのかと思ったのだが……。


『エェ。人間ノ世界ハ、コッチかラ見えルんでスケどネ。人間ガコッチに来ルナンてコトは、今まデに一度モ無かッタんデ』

「へぇ……」


 なるほど、何かの手段で見聞きすることは出来るが、実際に会ったことはないということか。


 こうして人間の言葉を理解し話すことが出来るのは、やはり知能が高いからなのか。でも、会うこともないのに、どうして言葉を覚えたのだろう……。

 まぁ、良いか。少なくとも人間に対して敵意があるわけではなさそうだし。あまり詮索するのも失礼だろう。


「……ところで、お名前を聞いても良いですか?」

『……へ? オナマエ?』

「はい。名前です」

『ア、“名前”! ソ~ネェ……ワァシにハ名前ッテモノが無いンでスヨ』


 異形は頭を傾けて、困ったようにそう言った。


「そうなんですか? でも、それじゃなんとお呼びしたら良いものか……」

『ソ~デスね……。デモ、好きナヨウに呼んデ構いマセンヨ? 呼ばレるナンテ初めテのコトデすけドね』


 異形はそう言うと、四本の腕をそれぞれ頭の後ろと身体の前で組んだ。器用なものだ。

 それにしても名前か……。どうしたものか。あまり失礼のないように、それでいて親しみやすい名前……。ガス灯……街灯……。炎……? うーん、難しいな……。


『ガッソ? ガイト? ソレが名前デすカ?』

「あ、いや……」


 私が悩んでいると、異形が話しかけてきた。どうやら口に出ていたらしい。


「すみません。今のは……」

『“ガイト”、面白イでスね。ソれにしマしょウ!』

「え?」

『ワァシのコト、“ガイト”と呼ンデ下さイ!』


 そう言って異形……いや、ガイトさんはは笑った。正しくは頭の内部の炎をパチパチと弾けさせた、というべきだろうか。

 私は少し考えて、その提案を受け入れた。


「分かりました。それではガイトさん、改めてよろしくお願いします」


 私が腕を差し出すと、ガイトさんは少し腕を迷わせてから、一本の腕をそっと私の手に乗せた。


『ハイ! コチラこそヨロシクお願イシマすネ!』


 そうして私は、ガイトさんと握手をした。人間とは全く違う、いびつな手。だけど、温かくて優しい手だった。



「ところでガイトさん」

『ハイ? ナんデショ?』

「さっきおっしゃってた“散歩”というのは……?」


 握手をしたところで、私は気になっていたことをガイトさんに聞いてみた。すると、ガイトさんは蛇のような胴体をくねりと曲げて、どこか申し訳なさそうに言った。


『あ~ソレがデスね……。エト……散歩ッツーか、勝手ニさセタっツーか……。コイツでス』


 そう言って、ガイトさんは飛んでいる蝶を指した。

 指された蝶はガイトさんの指の周りをくるりと回ると、またヒラヒラと飛び始めた。


『ワァシ、コイツとイつモ散歩シテるンデすヨ。デモ、さッきハど~シテか逃げテしまッて……。マァ、戻ッて来ルから良イカと思ッテたラ、アンタを呼んデしまっテて……。エ~ト……』


 ガイトさんは四本の腕で頭を抱えてしまった。


「あの……もしかして、この蝶はガイトさんのペットか何かなんですか?」

『エ?』

「えっと……家族とか友達みたいな……」

『カゾク! トモダチ!』


 ガイトさんは、私の言葉を聞くとなんだか嬉しそうに腕を踊らせた。……腕が踊る、というのは少しおかしな表現かもしれないが、そうとしか言えない動きだったのだ。


『ワァ! ソレ、聞イたコトありマす! 人間ノ世界デはソ~言うンデシょウ!? ソウカァ……。コイツ、ワァシの家族ナンでスか!』

「えっと……そうだと思いますよ。少なくとも、ガイトさんがそう思ってるのなら」

『ソ~ナンでスか! フゥん……! なルホドなるホド……』


 ガイトさんは何か感心したようにそう言うと、今度は四本の腕を胸の前で組んでウンウンと頷いた。頭が外れたりしそうでちょっと怖い。……けど、なんだか楽しそうだし、水を差すのも悪いか。


『ア、そうダ!』

「え?」


 突然、ガイトさんは何かを思い付いたかのように声を上げた。


『ワァシの家族なら、名前が欲シいデすよネ? ソ~いうノはどウすれば良いンデショ?』

「え……と」

『なニか良イ案ありマセンカ?』


 う~ん、名前かぁ。確かに家族なら名前くらいあっても良いだろう。でも、こういうのはガイトさんが考えた方が良いんじゃないかな……。


「そう、ですね……。ガイトさんが気に入った名前を付けてあげてはどうでしょうか?」

『ア、ソ~ですネ。ワァシが気ニ入っタ名前……ン~……』


 ガイトさんはまたも頭を抱えてウンウンとうなり始めた。今度は胴体までひねって考え込んでいるようだ。……なんだか面白い。


『デ、でキマした!』

「あ、はい」

『コイツにツケる名前! “フゥ”! どウでしょウ?』

「フゥ、ですか。良い名前だと思いますよ」

『ホントですカ!? いやァ~良かっタ! フゥ! 今日からオマエは“フゥ”デすヨ!』


 ガイトさんはそう言って、自分の頭のすぐ側を飛んでいる蝶に呼びかけた。すると蝶は、返事をするようにクルリと回ってから洞窟の中を飛び回った。どうやら新しい名前が気に入ったみたいだ。

 とても微笑ましいけれど……そろそろ本題に入らないと。


「……あの、ガイトさん。私はどうしたら……?」

『あア、ソウデシた! アンタを人間の世界ニ帰サネェとでスね』


 ガイトさんはそう言って、四本の腕をワタワタさせた。そして後ろを振り返り、尻尾の先に止まった蝶をヒョイと捕まえる。


、ド~ヤッて人間ノ世界ニ行っタんデす? コんなコト初メてジャねェでスか』


 ガイトさんがそう尋ねると、蝶は何かを訴えるように羽をパタパタとさせた。


『……エ? 何? 狭間ハザマノ向コうニ行ッタンでスか!? ……ソレで、人間に見ツかっタから逃げテ来たっテ? ……モ~、ナニやっテんデすカ!』


 ガイトさんは蝶を叱るようにそう言った。蝶はその言葉に抗議するように羽をパタパタさせている。……なんだか、本当にペットと飼い主の会話みたいだ。私には蝶の言葉は分からないけど、少なくともガイトさんには通じているらしい。


「あの……なんて言ってるんですか?」

『ア~、イヤ……。コイツ、狭間ノ向コうマで飛ンデ、人間ニ見ツカッたッテ言ウんデすヨ』

「……狭間?」

『エ? あア、コッチとソッチの世界の“サカイ”みたいなモンでス。人間ノ世界カラは見えネぇハズなんデスけド……。おカしくナッたんデスかネ? マッたク……』


 ガイトさんはそう言って、蝶をツンツンとつついた。すると蝶はスルリと手から逃れて、またも洞窟の中を飛び回り始めた。


『……マァ、イイヤ。人間っツゥノはアンタのコトでショ。アンタが狭間カラ来タんナラ、狭間ニ行けバ戻レっカモでスね。……ッテ訳デ、一緒ニ来テクレまス?』

「あ、はい」

『アりがトウございまス。……サテ、行きマしょウ』

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