アフラウラ編 第22話 オモイカネ・トーキー②


 二時間後。

「いや~ん! 降参降参!」

 ホーネット・エッチマンが倒れる。

 立っていたのはなんとオモイカネ・トーキーであった。逆転に次ぐ逆転。オモイカネバスター、オモイカネバックドロップ、オモイカネバロスペシャル、オモイカネリベンジャー、オモイカネアロガントスパークのすべてがさく裂し、ホーネット・エッチマンを打倒していた。……多椀で下半身蛇にバロスペシャルは無理じゃないか?


 悪魔界司法局七階大会議室 ×ホーネット・エッチマン(オモイカネアロガントスパーク) 〇オモイカネ・トーキー


「つ、つえええええええ!!」

 ロックウェルが目を輝かす。こういうジャイアントキリングは大好きである。


 ロメルトは安堵して息をつく。母の性教育が炸裂せずに済んだ。こっそりオモイカネを援助していた甲斐があったというものだ。


 勝ったオモイカネは骨折だらけ血まみれの満身創痍。むしろホーネットは六本ある腕が一本折れただけにすぎず、ぱっと見の勝者は逆であったが、オモイカネは血まみれの拳を空に突き上げる。

「わかりましたか!! うちがお兄ちゃんの担当です!!」

 本来聞き捨てならない言葉であったが、ロメルトも(援助したとはいえ)まさか一級悪魔を打ち砕く光景に感動していた。

「うむ! 文句なくTの担当はオモイカネ! 任せたぞ!」

 ……マロリンとしては誰にぶん投げてもよかったので、(なっげーですね!)と思いつつ、試合を見ていたがようやく決まって一安心していた。


      ◇◆◇


 吹雪でアフラウラに滞在を余儀なくされ二日目。


『ツムギさーん! お話があります!』

 非常に珍しく、マロリン・タイハクからツムギに話しかけてきた。「珍しいな。というか、最初の挨拶以来初ではないか?」と思いつつ、マロリン自身には嫌な感情を抱いていないツムギはにこやかに応じる。


「どうしました、マロリンさん?」

『いえ、以前にツムギさんとマーズさんにお話ししていた話、一応、悪魔側で動きがありましてですね。その、私が交代という形に相成りました。別の悪魔に引き継ぎます。今日まで短い間でしたが、ありがとうございました!』

 ツムギはその言葉に少し痛みのある悲しそうな表情を浮かべた。

「そうですか……。なんだか申し訳ありません」

『いえいえ、こちらこそ! お役に立てずに本当にすいませんでした』

 ツムギ自身は特に落ち度はなく、今回の交代劇はマロリンとマーズにその原因は集中しているものの、なんとなく自分のせいでこうなってしまったような罪悪感がツムギにはあった。マロリン・タイハク自身の人柄(悪魔柄?)は悪くなかった。ただし仕事ができなかっただけだ。両者の別れはやや後味の悪いものとなった。


 マロリンは言葉をつづける。

『次の担当悪魔、オモイカネ・トーキーさんからは夕方あたりに連絡が来ると思います』

「オモイカネ・トーキーさん……どんな方なんですか?」

 ピクシー・スーといい、マロリン・タイハクといい、オモイカネ・トーキーといい、変な名前が多い。

『冷静で頭がいい人です。転生担当悪魔にはランキングがあるのですが、ピクシーさんより一つ上のランクでしたね』

「ピクシーさんより上ですか……」

『ランキングが高い=神託がうまいではなく、異世界に転生させて殺すのがうまいですからね。ただぶっちゃけますと、今、九人いる転生担当の中で、オモイカネさんが一番神託がうまそうですかね。多分、ピクシーさんより上かもしれません』

 ツムギは少しだけ複雑な思いによりムッとし「これはよくないな……」と頭を振り、自身のネガティブな感情を抑える。ツムギがムッとしたのはツムギの中でピクシー・スーはとてつもなく大きな存在になっており、それより上と言われたことに少し腹が立ったのだ。


『ではではまた夕方に』

「ああ、神託シェア機能で仲間にもオモイカネさんとあいさつさせたいので、繋げる少し前に連携できます?」

『いいですよ』

 今、アフラウラは雪により、天候が悪く、ツムギたちは足止めを食らっている。マーズは何やら帳簿をつけたり村人から話を聞いたり何かを書き記したり忙しそうで、オセは鍛錬をしながらついでに傭兵ギルドと契約の更新をしようとしている。ラファエラはほぼ宿屋の自室から出ないが、どうも聖書を作っているらしい。ツムギは村の仕事を手伝ったり、仲間たちと話をしたりだ。

 神託の通話が終わった後、ツムギは「ふー」と息を吐く。


 そんなつもりは全くなかったのに、目じりに涙がたまっていることに気づき、驚く。

「ピクシーさん……会いたいなぁ……」

 マロリンが自分を見ていないことを確認すると、そう呟き、ツムギの個室、ドアの外で護衛のために待機していたオセは、複雑な表情を兜の下で浮かべ、うつむくのであった。


      ◇◆◇


 オモイカネ・トーキーが十分後に挨拶をすることがマロリンから告げられたので、ツムギは仲間を呼び寄せる。いよいよオモイカネが声をかけたが、しかし、その第一声は「冷静で頭のいい」から想像した声とまるで違った。


『は、は、は、はじめ、ま、まして、えっと、お兄ちゃ……じゃなくてツムギさん!! うちはマロリン・タイハクに変わって、担当になりましたオモイカネ・トーキー、です!!』

 オモイカネ・トーキーは滅茶苦茶緊張していた。少し裏返った声で挨拶する。

 仲間たちは『神託』の共有機能のために、全員テーブルに置かれたツムギの手を握ってオモイカネの声を聞いている。


 さすがにツムギは仲間たちと顔を見合わせる。

「冷静で頭のいい悪魔? これが? 大丈夫なんですか、これ?」

 ラファエラは正直に漏らした。当然オモイカネにも聞こえる。

『大丈夫ですが!?』

 やはり緊張をはらんだ声でオモイカネが答える。


 マーズも心配そうな顔をしている。

「……では、こちらのヤマメはツムギさんの世界と同種でしょうか?」

 マーズは試すようにマロリンが答えられなかった質問をする。オモイカネは即座に口を開く。

『別種ですね。ですがそれは魚類学者が定義するレベルで、ツムギさんは味、見た目、性質、ほぼヤマメと同種と定義して問題ありません。味はちょっと違うので、ヤマメマニアなら味の違いに気づくかもしれませんが、異世界のヤマメの方がむしろ美味いと思いますよ』

 即答だった。答える声にさきほどまでの緊張はなく、淡々と答える。ツムギたちは思わず目を開く。マーズは「事前にマロリンさんから質問を聞いて準備していたのでは?」と考え、マロリンが知らないはずの質問をする。


「チートスキル・パラライズに対する具体的な対策方法を教えてください」

『転生者であれば超回復力が簡易でしょう。パラライズは相当な強スキルで、超回復力も強スキルですが、パラライズメタを目的に超回復力を獲得する転生者も多いです。超回復力はパラライズメタとして機能しなくても、異世界での生存に最も直結すると思いますので、取って損はないでしょう。それ以外であれば体表に触れないように全身鎧で身体を包むも有効ですが、あとは見た目を気にしないならゲルや泥で体を覆うのも有効ですね。意外な弱点として水中ではエフェクトが分散して近距離でないと使えません。強風にはそこまでではありませんが、影響はあるので気をつけてください。同じように大雨の中でも風や雨でエフェクトが分散がちになります。うちがパラライズ持ちと対峙し、全身鎧やゲルの用意が困難なら大雨の日を狙いますね』

 ツムギが知らない情報も多分に含まれた良い情報であった。ちなみにピクシーも同じくらいのレベルでパラライズを理解していたが「パラライズについては聞かれなかったからねぇ」とのことだ。


 マーズも満足そうに感心している。最初はどうかと思ったがどうも「冷静で頭のいい悪魔」という評価は正しいらしい。

「では最後に軍艦にラストは効きますか?」とまたマーズが質問する。

『微妙な問題ですね。ツムギさん自身の定義次第なところもあります。チートスキルの中には「使用者がそのスキルをどうとらえてるか」が肝心なものもあります。ラストは能力者自身の定義を深めれば他の能力者で溶かせないものも溶かせる能力です。要するにツムギさんが軍艦を船と思ってるか、兵器と思ってるか次第ですよ。軍艦に付属してる大砲は確実に溶かせますが軍艦そのものはどうでしょうかね? 軍艦が突撃兵器である衝角艦であればまず溶かせますが』

 すべての回答が即答で答えが合ってるかはわからないまでも、聞いていて矛盾やソツがない。


「あ、もう一つ私から。そのリザードマンって卵生ですか?」

 ツムギの質問にオセが抗議の目(※兜)を向ける。

『……すいません。わかりません。明日までには調べますのでよろしいですか?』

 オモイカネの回答は逆にツムギたちを安堵させるものであった。少なくともこれまでの発言は「適当な事を言った可能性」は少ない。しかし、オモイカネの代わりにオセが答える。

「……リザードマンは卵生。総排泄膣内に精子を出して卵を産む。でもハーフの私は多分、普通にその、せ、せいきも人間のそういうのだと思うから、多分、哺乳類的な出産だと……思う。た、多分。その、乳首、あるし、せいり、てきなものも、私、あるし……」

 オセは兜のまま恥ずかしそうにうつむいた。


「……ツムギ君のエッチ」

 うつむいたままそう呟く。

「ツムギ氏。今のは氏にしては珍しく、デリカシーに欠けますね」

 ラファエラは咎めるように言い、マーズは「確かに珍しく良くなかったですね」と口にする。

 オセから勝手にぐいぐい来た感は否めないが、ツムギはそれを思う少年ではない。確かに知的好奇心に負けて、少々デリカシーのない発言だったかもしれない。ツムギは反省し「ごめんなさい」と口にする。


 しかし、皆に反論したのはオモイカネだった。

『は? お兄ちゃんはエッチじゃありませんが? むしろエロスはオセさんでは?』

「はー? 私エッチじゃないんですけど!?」

 何か喧嘩を始める二人をよそに、マーズはツムギに話しかけた。

「……さっき、オモイカネ殿『お兄ちゃん』と言いましたな。最初も聞き違いじゃなければ言いかけてましたね」

 喧嘩中のオモイカネには聞かれているので多少言葉は選んでいる風だ。

「言いましたね……。私も気になってました」

「ちなみにツムギ殿はご兄弟は?」

「僕、一人っ子です。そもそも悪魔が妹ってどういう状況ですか?」

(今ツムギ殿『僕』と言いいましたね……)

 ちなみにツムギは時々、自分のことを「私」ではなく「僕」と言ってしまう。マーズには元の世界の話をしているときに多い気がするので、学友等や家族に向けた一人称は僕だったのかもしれない。


 ツムギは「悪魔が妹ってどういう状況」と言ったが「悪魔がどういう風に生まれるのか?」を全く知らない。

 そこでツムギはハッとなる。もし、悪魔も転生者のように「人が死んで悪魔になる」ならと気づいてしまったのだ。ツムギを兄のように慕う子は確かにいた。いたが……もし「人が死んで悪魔になる」のであれば、あの子が死んでいることになる。ツムギが異世界転生した当時、まだ存命だったはずだ。あんな幼い子が亡くなっていいはずない。

(あのオモイカネさんはいくつですか?)

 オセと喧嘩中のオモイカネに聞く。オモイカネはオセとの不毛な喧嘩を中断して答えた。

『うちは三十四歳ですが?』

 ツムギの仮説が正しいならあの子は三十四年前に死んだことになる。あり得ない。ツムギは安堵する。オモイカネはツムギの沈黙を別のものととらえ、一人で焦りだす。

『違いますよ!? これは悪魔的には相当な若年ですからね!? ピクシーなんて百歳近いはずですよ!? うちはツムギさんより人間年齢的に下ですからね!?』

 焦って言い訳をするオモイカネだが、ツムギたちの創意は「ちょっと変な子だけど、優秀そうだな」であった。


 しかし、マロリンとは別で物凄く大きな問題に直面する。

 前述通り、ツムギは天候の不順からアフラウラに約一週間滞在することになる。その間、その問題は表面化した。

 一週間の間、オモイカネがツムギを見ているのだ。ほぼ二十四時間。


 ツムギはイルメニア時代に神託で見られていることが感覚的に分かるようになっている。画面を見てなくてもミュートにしたテレビがついているのがなんとなくわかる感覚というか、そういうものだ。

 はじめは気のせいだと思ったが、オモイカネは間違いなく、常にツムギを見ていた。ある時、深夜三時ごろにふと目が覚めた時も見られていたのは、さすがのツムギも少しゾッとした。


「あ、あのオモイカネさん」

 さすがに意を決したツムギは声をかける。

『はい。なんでしょうツムギさん』

「あの、気のせいじゃなければこの一週間、オモイカネさん、ずーっと私の事みてますよね!?」

 確かにピクシーは呼べばすぐに応じてくれたが、呼んでないのにツムギを見てる時間は長くても数時間だ。マロリンに至っては自主的に「あ、見られてるな」と感じるのは三日に一度、数分程である。しかし、オモイカネは呼んでないのに二十四時間ほぼ監視している。

『見られて不都合でも? ああ、わかりました。性欲の発露。そういう行為がしたいのですか? でしたら神託を切りますので遠慮なく。お兄ちゃ……ツムギさんも男の子ですね。では神託を切ります。三十分後につなげます』

 そう言って無言になるオモイカネ。前述通り、ツムギには「神託が繋がっている」が感覚的にわかる。


(切りますって言ってめっちゃ見てる……)

 色々疎いツムギは「男のそういう行為が見たいか?」と疑問に思うが、オモイカネは「めっちゃ見たい」。

「い、いや、あのですね、そう言う話ではなくて!」

 やはり、神託を切っていなかったオモイカネは即答した。

『なんです? ……は!? おかずが必要なんですか!? も、もしかしてうちにそういうサポートをしてほしいのですか!? 声だけなので自信はありませんが精一杯頑張ります! ほら、頑張れ頑張れ♪ 出しちゃえだしちゃえ♪ 3、2……』

 話がとんでもない方向に行きかけているが「ツムギは性的な事への忌避」が強いので、その手のネタは全く知らない。

「なんですかそれ? ええっと、オモイカネさんも異世界転生の担当悪魔なんですよね?」

『そうですが?』

「でしたらあの。私の事ずっと見ていて大丈夫ですか?」

『何がです?』

 オモイカネは察しが悪いわけではないが、ツムギが絡むと急激にポンコツになる。本当に気づかなかったようで首を傾げた。

「いや、だって他の転生者候補を探したり異世界に落としたり、その私から非常に言いづらいですが魂を回収したりしないと成績がやばいのでは?」

『あ……』 

 オモイカネはようやく思い至り、元々紫色の顔を青白くした。


      ◆◇◆


 転生担当悪魔は一週間の成績が貼り出される。

「やった! やりましたよ! 私、今週初めて転生者を異世界に落として殺しました!」

 マロリン・タイハクが大はしゃぎする。ツムギの担当から外れることは彼女にはプラスに働いていた。

「おーよくやったな! マロリン!」

 ロックウェルがマロリンの頭をくしゃくしゃと撫でる。


 成績は具体的な数字はうつされない週間のランキングが貼り出されるだけだ。具体的な数字を映すと何人くらい担当がいるのか推理されてしまうためだ。マロリンは今週はクワトロ・ペコリともう一人を抜き、六位であった。五位のロックウェルも今週は一人しか殺していないが、ランキングは「勤務時間」が反映されるので、勤務時間で割とギリギリで先輩の面目を保っていた。


「……に、しても」

 ロックウェルは最下位の名前を見る。

「オモイカネ先輩が最下位とかマジで珍しい」

 オモイカネ・トーキーは軽井沢明美、ジョンソン・ドレイク、QRには滅多に敵わないもののほぼ四位固定で順位が低い時でもせいぜい六位であった。それが九位である。

 これには皆、驚いていた。

 ランキングに関心がないホーネット・エッチマンですら一瞥して通り過ぎようとし「……え!?」と言って二度見した。


      ◆◇◆


「オーモーイカーネェェェ!」

 司法局の局長室に呼び出されたオモイカネ・トーキーにはロメルト・エッチマンから雷が落ちていた。

「なぜうちが怒られているのでしょうか? 理路整然とした理由を求めます」

 オモイカネ・トーキーは変わらぬ仏頂面であった。ツムギを前にした甘々な態度とは違う。元来はこういう性格であるが激怒してる上司にもこの態度はすごい。

「貴様、なんだこの成績は!? 他の悪魔には『お前が最下位』としかわからんが、私は見えてるんだぞ!? お前、今週は『異世界に落とした人間 ゼロ人』、『魂を回収した人間 ゼロ人』、それはともかく『勤務時間ゼロ時間』はシャレにならないだろう! 精力的に人を殺すお前が一体どうした!? 八位のクワトロ・ペコリは『異世界に落とした人間 ゼロ人』、『魂を回収した人間 ゼロ人』、『勤務時間八時間』だから『え、オモイカネさんこれより悪いの!?』って勘づいてるぞ! 反省しろ反省! いや、ていうか、冷静に考えたら一週間で八時間勤務のクワトロもなんだこいつ!? あとで呼び出してやる!」

 ちなみにロックウェル達も一日四〜五時間勤務レベルだ。悪魔は基本かなり怠惰なので「転生担当」の彼女たちはこれでもかなりまじめな方であり、毎日きっちり7.5時間働いてたピクシーや(少し前の)オモイカネ、QRや軽井沢明美は悪魔の間でも「頭おかしい」と言われるレベルである。

「わかりました。反省します。しました。帰っていいでしょうか?」

 一刻も早くツムギの監視に戻りたかったオモイカネは踵を返そうとする。ロメルトはため息をついた。


「一体何をしてるんだ、最近」

「お兄ちゃんをずっと見てます」とは言えないオモイカネは「そう言うときもあると思いますが?」というあまりうまくはない言い訳を言った。


 ロメルトは再びため息をつく。

「……正直に言うぞ。この成績が続くようではお前の進退に関わると思え。いや、ランキングはともかく、総合的にはクワトロの方がひどいんだが奴は負債が多すぎてもう他悪魔に変えられん……全く、運のいいカスめ……」

 クワトロ・ペコリは進退に関わる話が上がるたびに、別悪魔がもっと大きな問題を起こし、首を回避する間に負債(抱える生存転生者)が増えて、クビにできなくなってしまった。

 踵を返そうとしたオモイカネが「進退」と言われ止まる。

「なんですと?」


      ◆◇◆


 久しぶりにオモイカネが不在のタイミングでツムギはやすりを使った何かを迅速に済ませる。

 一時間後、やたらしょぼくれた声のオモイカネが神託でツムギに伝える。

『……すいません、ツムギさん。うちは一日中ツムギさんのサポートをする所存でしたが、一日にしばらくは仕事をします……』

「は、はぁ。やはりだめでしたか」

 ツムギとしては二十四時間監視は結構迷惑だったので、本当は非常に助かる打診であったがそれをオモイカネの前で「よっしゃあ!」とか喜ぶ少年ではない。


『ただ呼んでくだされば! 仕事を放棄してすぐに行きますので、ピンチの時は呼んでください!』

「は、はい」

『これから監視時間は一日八時間くらいになりますが、よろしくお願いします』

「……え?」

 結構長かった。しかし、ツムギはそれを表情に出す少年ではない。


『最後になりますが……できればいいのですか、うちがとても頑張ってることを褒めてくれませんか? ツムギさんが褒めてくれればうち、本気で頑張りますので……』

 オモイカネが本気で頑張るのは、転生者を殺しまくることを意味するのでツムギ的に微妙であったが「ま、まぁでも、そもそも、死んでる運命の人々だし、悪魔はそういう仕事だし、いいのか? いや、本当に?」と無理やり自分を納得させる。ツムギは咳払いしてオモイカネを褒める準備をする。

「えっと、オモイカネさんはとっても頑張ってて偉いと思いま……」

『もっと優しいお兄ちゃんみたいな感じでお願いします』

 まさかの注文であった。ツムギに妹はいない。

 ツムギは再度咳払いする。

「いい子だね、オモイカネ。とっても頑張ったよ。他の人が見てなくてもお兄ちゃん、オモイカネの事、ちゃんと見てるからね? よしよし、偉い偉い」

『……』

 ツムギとしては説法のつもりで渾身の演技であったがオモイカネは無言であった。

(あれ、外した?)

 ツムギは急に恥ずかしくなったが、オモイカネは鼻血を吹き出し、白目をむいて気絶していた。しばらくして目を覚ますとエネルギーみなぎる声で応じる。

『お兄ちゃん、うち頑張るよ!! めちゃくちゃ転生者殺すね!』

「いや、それは……できればほどほどでお願いします」

 ツムギのその言葉は爆速で自室から飛び出したオモイカネには聞こえなかった。


 同日、オモイカネ・トーキーよりおかしな要求がロメルト・エッチマンに飛んでくる。

「神託に録音機能を!!」という要求である(悪魔側の音声録音はともかく、悪魔にしか聞こえない転生者の音声録音は技術的に難しいので却下)。


      ◆◇◆


「おめでとうございます。あなたは異世界転生に選ばれました。さぁさぁスキルを十個選びましょう」

「え、なんかこの子、冷静な顔ですっごいぐいぐい来る……」


「ほうほう。スキル六つとか奥ゆかしい。しかしあと二つくらいは取ってみてはいかがですか? 出来ればあと四つ」

「いやなんか、これ、七個以上選ぶの危険な気がして……」

「質問をしてないのに正解を当てる直感型か……! たまにいるんですよね! クソ外れめ! 死ね!」

「ひどい!」


「おめでとうございます。あなたは異世界転生に選ばれ死ね」

「あなたは異世界転生に選ばれ死ね!?」


      ◆◇◆


『今月のランキング』

九位:クワトロ・ペコリ

八位:ロックウェル

七位:ジョンソン・ドレイク

六位:クリム・ケルト

五位:マロリン・タイハク

四位:ホーネット・エッチマン

三位:QR

二位:軽井沢明美

一位:オモイカネ・トーキー


「うわ、今月は少し変なランキングじゃの……珍しい。軽井沢が陥落してる。げほげほ」

 常に死にかけのクリム・ケルトがランキング前で咳をする。

 五位のマロリン・タイハクも「あわわわわ……」と予想もしなかった高評価に焦っている。彼女はツムギ担当から解放され、完全にコツをつかみかけていた。しかし、彼女より上位である三名とのスコア差を知れば絶望するだろうが。


「というか、ジョンドレ最近調子悪いのう。大丈夫か?」

「ジョンドレ言うなし、クリケム。いやあー。あーし、ちょっと体調悪い、つーか?」

 ジョンソン・ドレイクは年間成績は二位であるが、最近は調子が悪い。

 クリム・ケルトに聞かれ、肌の色が紫というか、小麦色寄りなので黒ギャルにしか見えないジョンソン・ドレイクがへらへらして答えるも、内心では舌打ちする。

(しょうがねぇだろー!? あーしだってバンバン殺したいけど、シルヴィさんに『最近、あたしたちを探る動きがある。多分、ロメルトの子飼い転生者だ。動きが怪しまれてる。少しシステムを悪用して殺すのは控えろ』って言われてんだから!)

 ジョンソン・ドレイクの好成績には誰にも言えない秘密があった。言えば最悪彼女は死刑だろう。


 ……本来であればクリム・ケルトはこの秘密を共有してよい仲間だということを、彼女は知らない。

「ふー……」

 オモイカネ・トーキーは安堵する。本来オモイカネは一日七時間半の勤務を厳守しているが、最近は「ツムギの観測八時間」、「勤務時間十二時間」、「風呂・食事・睡眠・その他四時間(※悪魔の睡眠時間は十五分程)」というめちゃくちゃなスケジュールであった。さすがに「他悪魔と違い、勤務時間きっちり働きながらなおかつ死にかけの人間を探すのが異様にうまい悪魔バンバ・キッドと交渉でスキル十個つけて殺すのが異様にうまい人間『皆殺しの軽井沢』」のコンビと言えども、勤務時間には忠実(むしろバンバはたまにサボる)なので長時間残業してる人物には勝てない。

 そしてオモイカネ・トーキーには思わぬ発見があった。八時間ツムギ監視の方が、ツムギの監視に張りが出るのだ。何事も短い時間の中でやりくりしている方がよく動くことは多い。例えばサラリーマンをしながら、終業後、趣味でイラストを描いていた人間が短い時間では描けたのに、サラリーマンを辞めて時間が有り余ると描けなくなることはままある。


 ……ただこの生活に無理がないわけでは決してない。それが爆発するまでまだまだしばらくかかる。




●あとがき●

 明日更新の最終話はほぼアフラウラに触れないので、今回で「アフラウラ編」の統括的な感想を述べます。

 まず海戦をビックリするくらいしてない件はすいません!

 いや、私一応、考え方として「ファンタジーにおける戦争のダイナミズムは骨子のリアリティラインがしっかりしてこそ!」という考えなので「滅茶苦茶」とは言わずともそれなり(三冊くらいですが)に戦争資料を図書館で借りて調べるのですが、調べれば調べるほど「一隻の船で!? 乗組員は漁師で!? 五隻の船を!? できねー!」となってしまったので……調べすぎた弊害ですね……当時の木造戦艦の戦争を読みすぎました。

 マーズの「戦争のスケールが小さい!」は私向けの説教ですね。


 それで統括ですが、一言で「行き当たりばったり」でしたね……。もし、そう感じなかったとしたら幸いですが、「行き当たりばったり」感が漏れてたら申し訳ないです。ほぼ毎日、先の展開を考えてました……。

 それもこれも、初期構想から変えすぎたせいです。「アフラウラつまんないな」は最初の方で言いましたが、私の中で「じゃあ面白くすればいいじゃん?」みたいな思考が生まれたからです。ですが「野球で全然活躍できないんです」「じゃあうまくなればいいじゃん?」は馬鹿の回答ですね。

 だって初期構想では「セト、イディア、ラファエラ、ヘイズー、サカタ(こいつはいいか)、ウールズ、カシムザム、レイチェル、キーラ、レリクス」いなかったんですよ。そりゃ全然ちげーよ。

 初期では「クリス・シルバーウルフ、タムギリ、パトリック・半蔵、商人のリヒター、あと今回登場が後回しにされたキャラ二名(海賊団も普通の海賊団でした)」です。そりゃつまんねーって感じるわ。

アフラウラが面白かったかは皆様に委ねますが、間違いなく「最初より面白くなった」ですね。


 新キャラで気に入ってるのはヘイズーとラファエラとオモイカネです。ラファエラは本当にこいつ、最初はどうなってんだと思いましたが、まぁ好きなキャラです。

 申し訳なかったのはセトとイディアですね……。いや「ツムギに友好的な漁師」、「一般人」、「明確な救出目標」は必要だったのですが、行き当たりばったりで配置しすぎて、もうちょっとなんとかできましたね。

 既存キャラではマーズがよかったです。ただ行き当たりばったりに書きすぎてるので「船酔いしたマーズは役立たなかった」という後に「あれ、結構、活躍してんな……」と思った点は悪かったですね。


 最後に異形海賊団の戦績を張っておきます。


灼焼のサカタ  :瞬殺

巨獣ヘイズー  :裏切り

雷竜ウールズ  :辛勝。パーティの誰が欠けても負けてた。

         戦ったオセ、沈没を付与したラファエラ、策を立てたツムギ、

         十秒稼いだヘイズー、なによりオセを説得してビキニアーマーを

         着せたマーズがいなければ戦闘が成立しなかった。

剛切のカシムザム:裏切り

自在のタムギリ :瞬殺


 よしタムギリ、お前船降りろ。ウールズ、「ウールズ海賊団」としてよろしくな?

 ……し、死んでる!?

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