アフラウラ編 第21話 オモイカネ・トーキー①
「マロリンさん、います?」
やはり少しレスポンスが遅れてマロリンが反応した。それでも今回は早い方だ。
『はい、なんでしょうか、ツムギさん!』
ツムギはマロリンに「マーズさんが話があるから私を通して通訳したい」という話をする。
マロリンの返答は彼女にしては良い答えだった。
『えっと、わざわざそんなことしなくても神託をシェアすればいいのでは?』
「神託をシェア?」
『え!? ツムギさん知らなかったのですか!? チートスキル「神託」は保持者が許可すれば体が触れてる人同士でシェアできますよ!? マーズさんに触って許可すればわたしとマーズさんも会話可能です! 何なら私抜きでも、ツムギさんとマーズさんだけで思念会話可能です!「触れ合ってる必要がある」ので「テレパシー」ほど便利じゃないですが』
「えぇ!? 知りませんでした! すっごい便利じゃないですか!?」
『てっきり知ってるかと……』
(そんな機能あるなら、色々な局面で役に立ったな……例えば和平会談でもアリシアさんと秘密裏に話せたし、ラファエラさんと初対面の時にわざわざ遠ざけなくても、マーズさんと思念会話したり)とツムギは思う。それはいきなりツムギとマーズが触れ合うので、ラファエラ的に「は?」と思われることは置いといて。
ツムギに幻聴で「聞かれなかったからねぇ」というピクシーの声が聞こえた。ついでに「そもそも僕はオセやアリシアと話したくなかったし」という幻聴も聞こえた。
マーズにそのことを説明する。
「それはマロリン殿の情報で初めて有益な話ですな」
マーズの声は聞こえているので、明らかな皮肉にマロリンは照れ笑いを浮かべる。
『えへへ』
実はピクシーの引継ぎメモに書いてあった情報である。マーズがツムギに手を差し出したため、それを握り返す。
「じゃあ、失礼して……うわ、マーズさん、手、冷たっ! え、エルフは体温が低いのですか?」
「いえいえ、エルフの体温はほぼ人間と変わらないはずですよ。これは小生の特徴です。小生どうも、キレる直前に体温が下がってしまうのですよ」
(キ、キレる直前なんだ……)
ツムギは青くなるが、マロリンは今の情報から「マーズが切れる直前」というのを読み解けなかったらしい。のんきにマーズへ声をかける。
『あー、あー、マーズさん、わたしの声が聞こえますか?』
「ええ、聞こえますよ。なるほど。こういう声でしたか。声はかわいらしいですな。声は」
『えへへ』
こうして後々に「地獄の三者面談」とマロリンが表現する、マーズ、ツムギ、マロリンの対談が始まった。
『その、お話って何ですか?』
「マロリン殿にいくつか質問がありましてね。以前、小生が釣り上げた魚はツムギ殿の世界のヤマメでしたか? それとも異世界で似た魚にヤマメと名前がついているだけですか?」
それは以前マーズに「マロリン殿が解答できなかったリスト作成」を依頼され、ツムギは教えていた質問だ。
マロリンとツムギにはそれは意外な質問であった。マーズはもう少し具体的な方向性や方針の話をすると思ったのだ。
『え、え、わかりません!』
マロリンの言葉を聞くとマーズはにこやかにうなずいた。
「ふむ。では、次の質問。リザードマンは魚が好きですか?」
『えっと、ごめんなさい、調べてないです』
マロリンが答えるとマーズはやはりにこやかにうなずいた。ツムギだけ内心でハラハラする。「神託」をシェアするために握っているマーズの手がどんどん冷たくなっていくのだ。「小生、キレるほど体温が下がります」という言葉がリフレインする。
マーズは表向きは笑顔で言葉を続ける。
「ふむふむ。では、次にツムギ殿のスキル、ラストで軍艦は溶かせますか?」
『あ、えっと、それもまだわからないです』
突然マーズがキレた。
「なぜ何一つ調べないのですか!! 時間はたくさんあったでしょ!!」
とんでもない声量と苛烈さであった。ツムギもマロリンもビビる。マーズは「あの」アリシアの弟であるとツムギは初めて思い知る。
『ひゃああああ!』
「ひぇぇ!」
「あ。ツムギ殿に言ってないのでご安心を。小生、マロリン殿に言ってます」と非常に穏やかな笑顔でツムギに言うマーズ。
「え、あ、はい」とツムギは目を白黒させて答えた。
しかし、ツムギがしどろもどろに返した瞬間、また真顔でキレ始めた。
「マロリン殿! 無能でもよい! 無知でもよい! しかし、そこに甘んじて努力を怠る者を小生はクズと呼びます! なぜ、努力をしなかった!? お答えください!」
『い、いや、あの、この業務には労働時間が決まってまして、労働時間中は転生者候補を探してますし、労働時間外に調べものをするのは、ちょっと……』
「それは労働時間で標準的な成績をあげているものの言い分でしょう! 現にユーザーであるツムギ殿はあなたのやり方に不満をあげています! ユーザーにたいして満足な業績を上げていないなら、業務改善の努力をするのは当然なのに、あなたはそれを怠った!」
『で、でも、そうなると調べものの時間がプライベートの時間になってしまいます……』
「ふん! あなたがうだつの上がらない底辺転生担当者でいいのなら、まぁ、プライベートと仕事をきっちり分けて大事にすればいいのではないですか? その言い分、無能の言い訳としては上等でこちらもつけ入る隙はありませんからね。ただその言い訳をする方々はまるで『プライベートの時間を十割使い仕事の勉強に当てろ』と言われているように解釈しますが、小生もそのようなことは言っておらず、例えば一日三十分だけでもツムギ殿の質問事項を調べてやろうとしましたか? 一日三十分であるなら、プライベートタイムをそこまで阻害していませんし、仕事の質も上がりますよね? たったそれだけでも努力をしたのですか?」
『してません……や、休みの日は"オフ"として仕事のことはせずに心身を休めたほうが……』
マロリンの姿は見えないが涙を流してるのがツムギにもわかった。マーズは容赦しない。
「いや、もう、言い訳は結構です。小生が何と言おうと、貴方が休むために言い訳を弄する人物であることはよくわかりました。しかし、それはあくまでもあなた目線の話だ! 我々の事情は異なる! 怠惰で無能なあなたが担当では、文字通りの死活問題です! あなたが『今のまま』だというのなら、はっきり言って、『担当変更』か『チートスキルの変更』を求めます!」
『え!? その、それはどちらも難しいというか……』
「難しい!? 何を言ってるのですか! ツムギ殿はピクシー殿の有能さに惹かれて『神託』を選んだ! それにも関わらず、そちら側の都合で一方的に担当を変更しておいて、ピクシー殿の足元にも及ばないあなたに勝手に変更されて、それの改善を求めたら『難しい』? では何ならできるのですか? 言ってみてくださいよ!」
マーズの言っていることは全て正論である。しかし、ツムギ本人の持論として「正論なら何を言っていいわけではない」のだ。それは苛烈で人を傷つける正論であった。ツムギは「マーズがイルメニアでは嫌われていた」という噂を思い出した。それは嫌われるわけだ。マーズは「努力をしない無能にはとにかく冷たい」のだ。オセもツムギも頭の回転が早く、一芸にも二芸にも秀でている優秀な人物である。イルメニアで上司だったアンチェインは性格こそ苛烈だが超優秀であったし、友人だったヨハンも「自分が馬鹿」だと自称していた努力家だった(そもそもマーズはヨハンを優秀と見て馬鹿とは思っていない)。
ツムギは走馬灯のように思い出す。
食事中、転んだウェイトレスに水をぶっかけられても「いいんですよ。あなたに怪我がなくてよかった」と笑って許したマーズ。
忙しいだろうに「政治のことを知りたいんです」と言ったツムギに懇切丁寧に説明してくれたマーズ。
オセが川での洗濯中、マーズの上着を流してしまっても、「上着はまた買えばいいでしょう」と笑って許したマーズ。
そして今の激キレしているマーズ。
ツムギの感想は一つであった。
(普段怒らない人が怒ったらすごい怖い……)
『うっぐ……ひっぐ……』
マロリン・タイハクは泣いていた。内心、彼女は「悪魔である自分」を上に置いて、ツムギたちを見下していたが、今、マーズに激烈に叱られて、「己の無能さ」を恥じて思い知ってしまったのだ。
「あの、マーズさん。マロリンさん、泣いてしまっているのでこの辺に……」
「泣けば許されると思ってるのではないでしょうね!? 涙を話の終わりと思ってる女性が多いですが、涙って別に生理現象の一つで話の終着点ではないですからね!」
『はい……この度は申し訳ありませんでした……』
(いたたまれない……)
ツムギはマロリンがかわいそうに思えてしょうがない。だが、今、マロリンを擁護すればマーズの矛先は自分に向いてしまう。
「とりあえず『担当変更』か『チートスキルの変更』。またはそれ以外のこちらが納得いく結論は三日以内で出してください。結論を出せない場合、貴方の上司を直接『神託』の場に出してください。貴方では話にならない」
『じょ、上司を!? つまり、ロメルトさんを!? 無理無理無理! できません!』
「なぜ? それは本当にできないのですか?」
『いやだって無理でしょ!?』
「ではそれがなぜそれができないか説明を願います」
『絶対ルールに明記されていますよ! 今確認しますね』
しばらく紙をめくる音が聞こえる。次に聞こえたマロリンの声のテンションは露骨に下がっていた。
『……。うわ……できる……むしろできることが明記されている……』
「ふむ。では三日以内の回答をお待ちしています。満足いく回答がない場合、そのロメルト殿とやらに直訴しますから」
『は、はいぃ! 考えておきます!!』
マロリンが神託を終え去っていった。マーズは微笑む。
「結論はどうあれこれで状況は改善しそうですな」
「お、お疲れ様です? マ、マーズさん?」
「おや、小生の激怒を警戒してますな?ツムギ殿は好きなのでキレませんよ。ご安心を。オセ殿もラファエラ殿も好きですよ。有能な方々は良いものです。アンチェインさんもヨハンさんもよかった。それに小生、仕事には嫌われることも含まれていると言っておきましょうか。ツムギ殿は博愛の方。茨役やムチ役は小生の出番でしょう」
「むしろギロチン役でしたけど。え。ということは、あれはわざと厳しく……」
「いえ、アレは十割本音です。マロリン殿はいわば馬鹿ですな。それは結構ですが、小生は努力しない馬鹿が本気で嫌いです」
そう吐き捨てるように言うマーズにツムギは「マーズさんの前では二度と無能な面を見せないようにしよう……」と今更ながら、先日の戦いで「船の舵を折り忘れたこと」を猛省した。
◇◆◇
翌日早朝。漁師たちに見つかる前にツムギたちは村を出ることにする。
旅に出ることを告げるとまた大げさに送迎されそうで時間がとられそうだからだ。
が、宿を出てすぐに早朝から働くセトに見つかった。
というか漁師たちの朝が早いことを考慮に入れてなかった。
「アレ!? お、おい、ツムギさん!? まさか今日出立するのか!?」
セトは慌てたようにツムギに言う。
「え、ええ。内緒で出て行こうとして申し訳ありませんでした」
「今日はやめとけ!」
「なぜですか?」
「……しばらく吹雪が来る。今日出たら、最悪、野垂れ死ぬぞ」
ツムギ一同は空を見る。確かに少し曇っているが、雪が降るとは思えない。
「まさか。大丈夫ですよ」
「でも、絶対に今日はやめとけ。じゃあ、明日まで滞在して奇跡的に何も降らなければ出立しろ」
セトにそこまで念押しされるとツムギは仕方なくもう一日滞在を決める。
しかし見事に午後から猛吹雪となった。
次の日も猛吹雪となり、ツムギたちはしばらくアフラウラへの滞在を余儀なくされる。セトによると「多分後一週間だ」とのことなので、半年の期限にはまだ余裕があるが、思いのほかの長期滞在となった。
ただセト達は「アフラウラの漁師をなめるな!」と大雪の中、バンバン船を出し魚をとらえてオセを非常に喜ばせた。
◇◆◇
悪魔に食事は必要ない。人間でいう「必要な栄養素」は全て「人間の魂」から賄っているからだ。
しかし、不思議なもので「食べないと飢餓感がある」のだ。あるのは飢餓感だけで、飢え死にはしないのだが、それでも飢餓感を避けるために多くの悪魔は食事をとる。食事をとれば排泄が発生するのでそれ嫌う悪魔もいるが、食事をしない悪魔は少数派だ。
「異世界転生担当」は従来は「管理局」の管轄であったが、「シルヴィダーク」以来「司法局」の管轄である。
異世界転生を担当する八人の悪魔と一人の人間は全員「司法局食堂」で食事をとる。食材の調達法については今は割愛するが、全て正規の食材によるちゃんとした食事である。
「はぁ……」
その食堂でマロリン・タイハクは悩んでいた。目の前の月見そばもほとんど手がついていない。
今の異世界転生担当が自分には荷が重すぎる仕事なのだ。
最初は花形である「転生者担当」への抜擢を喜んだ。ピクシー・スーの降格は悲しかったものの、「頑張ろう」と思っていた。
しかし、まだ誰一人異世界に落とせてないうえに、神野ツムギの要求知識がマロリンにはでかすぎるのだ。ピクシーは全てに即答していたというが、一体全体どうやってその知識を得たのだろうか? どうすれば「チートスキル『ラスト』で船は溶かせるか」なんて知ることができるのか?
マーズに滅茶苦茶怒られたことが効きまくっていた。一言で言えばへこんでいた。
「前、失礼します」
悩むマロリンの正面に一人の悪魔が座った。
(オ、オモイカネさん!)
「転生担当ランキング第四位:オモイカネ・トーキー」である。
見た目は十歳程度でとても幼いが、「元二級悪魔」であり、降格人事で三級に下りているので、必死に三級に上がったマロリンとは比較にならない力の持ち主だ。見た目が幼いことのほかに帽子が異様に縦長でとてつもなく大きく、「全体のシルエットの三分の一が帽子」と揶揄されている。
「おはようございます!」
マロリンは頭を下げるが、オモイカネは真顔で時計を見て、「十二時半は早くないでしょう」と冷たく返した。
これである。オモイカネ・トーキーはとにかく真面目で規律一辺倒で、正論でしか返さないのだ。夏の時候のあいさつですら「夏が熱いのは当たり前でしょう」と返すらしい。
「う、オモイカネさん、ハヤシライスですか? 美味しそうですね!」
「その感想の意図は? うちがまずいものを選ぶはずないでしょう」
「う……」
声は幼くて見た目相応にかわいいのにばっさりである。
「ト、トッピングにはチーズやオムレツ風にした卵もおいしいですよね」
「……」
マロリンがそう言うとオモイカネは黙ってハヤシライスを持ったまま、立ち上がってしまった。そのまま無言で去っていく。
(お、怒らしちゃったか!?)
マロリンが戦々恐々としているとオモイカネはすぐに帰ってきた。
そして持って帰った来たハヤシライスの上にはオムレツ風の卵がかかっており、いわゆるオムハヤシになっていた。オムハヤシを一口食べる。
「確かに美味しくなった。ハヤシライスのくどさが卵によって口当たりがちょうどよくなっている。有益な情報です。ありがとう」
この言葉を全くの無表情で不愛想なままいうのだから、「本当に喜んでるの?」とマロリンは疑問だったが、オモイカネは「絶対に嘘だけはつかない」ので、本当に美味しかったのだろう。
(……よし!)
マロリンは意を決してオモイカネに話しかける。
「あの、オモイカネさん。わたし、悩みがありまして、相談いいですか?」
オモイカネはピクシーのランキングを一つ越える第四位である。オモイカネならマロリンの悩みがわかるかもしれない。
しかし、オモイカネは真顔でマロリンを見据えて短く返した。
「五分」
「え」
「次の業務開始まで三十分です。返答を考慮する時間、うちの飲食にかかる時間、移動時間を配慮したらマロリンさんがうちに相談する時間は五分しかありません。急いでください」
「え、でも始業時間や休憩時間は皆さん、守ってないですよね? ちょっとオーバーしてもいいのでは?」
「それは誰の意見ですか? なぜ破っていいと思ったのですが? うちは少なくとも規則を守っていますし、勤務態度が悪い者にいい感情は抱けません。残り四分四十秒です。悩みを早く言いなさい」
オモイカネの厳しい口調からマーズに説教を受けてた時の思い出がフラッシュバックし、思わず涙目になるが、マロリンはしどろもどろになりながらも何とか説明を終える。基本的に「他悪魔に転生者の個人情報を伝えるのは禁止」なので表現はかなり遠回りになる。
五分はとうに過ぎていたが、オモイカネは席を立たずにすべて聞いてくれた。
「八分二十三秒。話が散らかりすぎです。人に相談をする立場であるならもう少し理路整然としなさい」
ため息をつきオモイカネは告げる。
「す、すいません……」
そして次にオモイカネから口に出た言葉はマロリンには信じられないものだった。
「……うちが引き受けましょうか? そのツムギという転生者を」
マロリンは目を見開き、心は「オモイカネに任せたい!」と一瞬で考えてしまう。明らかに面倒な転生者を引き受ける意図は理解していない。
「え!? そんなことできるのですか!?」
「可能です。転生者のやり取りは規則の範疇です。本来は『担当転生者交換』が一般的で、一方的な引き受けの前例はありませんが、特別に引き受けてあげましょう」
「で、でも、その人はピクシーさんから預かった私の転生者ですし……『神託』持ちでとても面倒ですよ?」
「うちは『神託』持ちでも構いません」
「でも、でも……」
悩むマロリンにオモイカネはさらに何か声をかけようとしたが、時計を見てため息をついた。
「……即答は求めません。しかし、解決策の一つであると考慮してよいです。本当に困ったのならばうちが引き受けましょう」
どうやら時間らしい。
「オムハヤシ美味しかったです」
そう言って、オモイカネは立ち上がったが、別の悪魔にぶつかりかける。
「……失礼」
「いや、こっちこそすんません先輩!」
そういって腰を九十度に曲げてしっかり謝る悪魔は「第七位:ロックウェル」である。一見して小柄なベリーショートで眉毛はなく、顔に複数のピアス、見えている位置に複数のタトゥーをした過激なバンギャかギャングの情婦にしか見えない悪魔だ。
「……あなた、休憩時間の終わりかけに食事を……まぁいいでしょう」
オモイカネは眉根を寄せながらも業務に戻る。ちなみに「基本的に悪魔は怠惰」なので、勤務時間をきっちり守っているのはオモイカネ・トーキーと軽井沢明美、あと今は担当ではないがピクシー・スーだけであった。
ロックウェルはマロリンを見て、入れ替わりでオモイカネが座っていた席に座る。
「ロックウェル先輩」
「おう、マロリン! 元気……じゃなさそうだな! 大丈夫か?」
ロックウェルは後輩の面倒見がいい。時々、「何か面白い話しろよ」などの無茶ぶりはしてくるが。
ロックウェルの皿を見る。大盛りのカツカレーにソーセージとハンバーグと目玉焼きを乗せている。
「いっぱい食べるんですね」
「いや、トッピングあったらとりあえず乗っけなきゃもったいなくね? ここ、金がかかるわけじゃねーし」
(発想がヤンキーだ……)
ロックウェルは口にカレーを運ぼうとし、何かを思い出したように止まる。
「そういや、マロリン、今オモイカネ先輩と何を話してたんだ?」
「悩みごとの相談ですよ? ロックウェル先輩もあとで聞いてもらえますか?」
しかし、そう言われたロックウェルは意外そうにポカンとした。
「悩みごとの相談? マジで?」
「え、なんでそんなこと言うのですか?」
その後、ロックウェルから続いた言葉はマロリンが全く想定していない言葉であった。
「いや、だって、オモイカネ先輩、見たことない顔してたぜ? すげー嬉しそうににやにや笑ってた」
「え、相談をされるのが好きなんですかね?」
「あのオモイカネ先輩だぞ? んなわけねーだろ。何かいいことがあったんだよ」
「いいこと……いいこと……あ」
そしてマロリンは思い出す。オモイカネから「神野ツムギの引き受け」を打診されたのを。思えば、アレはおかしい。ルールや規律に固執するオモイカネ・トーキーから「前例のない引き受け」の打診がくるだろうか?
(……もしかして、ツムギさんとオモイカネさんは何か縁がある?)
しかし、担当でもない転生者と悪魔の縁なんて彼女には何も思いつかなかった。
そして、とんでもない事実に気付く。
(あれ!? そもそも私『ツムギ』って名前口にしてない!?)
しかしオモイカネは「私が引き受けましょうか? そのツムギという転生者を」と言っている。名前は完全に個人情報だ。悪魔間では担当転生者の情報は絶対秘匿されているし、マロリンも相当気を使って話したので、名は語っていないはずである。
ひどく不気味な物を見るようにオモイカネが去った後のドアをマロリンは見た。
◇◆◇
その日の業務を終え、オモイカネは自室に戻る。
「ふぅ……」
そして、三回はドアを閉まってることを確かめるといきなりオモイカネはガッツポーズをとった。
「うぉぉぉ! マジですか! やったぞ! こんなことあるんですか!? あり得るんですか!? ラッキーすぎる!! お兄ちゃん! ツムギお兄ちゃん!」
棚からツムギの写真を取り出す。
オモイカネは写真を抱きしめ、ベッドの上をゴロゴロ回る。彼女としては今日、奇跡が起きたのだ。上司であるロメルト・エッチマンに神野ツムギ担当を強く強く強く打診していたが、ちょうどその時ロメルトは「本来、降格が順当なピクシー・スーを転生させる不正(不正かは微妙)」に悩んでいる時期だったので「いや、部下からのよくわからん打診二件で悩みたくない」という気持ちから、オモイカネの打診は拒絶している。
余計な遠回りをしてしまったが、あれほど望んだツムギ担当が飛び込んできそうなのだ。平静を装っていたが、マロリンからツムギの話を聞くうちに、脳内はカーニバルが走り出しており、マロリンの前で「ひゃっほう!」と踊りだしそうなのを抑えるのに必死だった。
「やった! 本当にやった!! やっと……やっと会えるよ、ツムギお兄ちゃん。うちが絶対お兄ちゃんを助けてあげるからね。オモイカネの方が、ピクシーなんかよりもずーっと、ずーっとうまくやってあげるからね」
そう微笑むオモイカネの姿は純愛を通り越したヤンデレ的なものを感じさせた。
『御屋形様』
そのオモイカネの脳内に神託が入る、
オモイカネはすっと真顔になる。
「なんでしょう、パトリック」
『定期報告です』
オモイカネが異世界で作った組織『戸隠』は全員神託持ちの転生者四名、現地の異世界人二十名からなる諜報機関だ。これはツムギとは無関係で異世界で何か怪しい動きがあるので、オモイカネの独断で秘密裏に作られたものだ。オモイカネ・トーキーは決して「ルールに厳格なまじめな女」ではない。それはフリであり、このような大胆なルール違反を悟らせないために、普段は厳格さを徹底しているのだ。ツムギとの縁もルール違反により生まれている。
戸隠のエース、パトリック・半蔵は名前の厳つさと異なる愛らしい十代のアメリカ人女性である。不老をとっているので実年齢ははるかに高いが。非常に優秀な諜報員でスパイ活動、尾行、暗殺何をさせても超一流だ。スキルは六つ取得しているため「二十四時間の間に一度睡眠せねばならず、睡眠時間は九時間ちょうどで何をされても起きない」という欠点を持つが、その欠点以上の欠点はほぼなく、しいて言えば「熱烈な忍者マニア」であることくらいか。
今、パトリック・半蔵には「神野ツムギの護衛」をさせている。非常に高度な「質量をもった幻」をだせるが扱いが難しすぎるチートスキル「幻術」、「厳しい条件付きで影の中に入れる」チートスキル「シャドウ」を駆使して姿を消し、実はイルメニア内乱が終わってマロリンが出現したあたりから、ずーっとツムギの影に入り帯同していたのだ。もちろん、アフラウラ海戦でピンチのツムギを手裏剣で救ったのも彼女だ。キーラはシャドウ内の転生者がチートスキル解析不能であることを知らなかった。
パトリックは定期報告を終えると珍しく、一言付け加える。
『御屋形様。いい加減教えてほしいのでござるが、あの神野ツムギとは何者でござるが? 御屋形様が命に代えても守れというにはよほどの要人でござるよな?』
オモイカネは戸隠を私的に利用したことはない。いや、結成自体が私的ではあるが、あくまで異世界調査に利用してただけだ。それを今は思いっきり私的に利用している。
オモイカネは答えた。
「剣が意思を持ち、主に質問をすると思いますか?」
『……っは! も、申し訳ありません!』
そう謝るパトリックだが、そういう受け答えは「大変忍者らしい」ので、実際めちゃくちゃ興奮していた。
◇◆◇
次の日、ロメルトにより悪魔緊急会議が開かれる。
議題は『マロリン・タイハクが手に負えない異世界人がいるので誰かに譲渡するか?』というものだ。
オモイカネはマロリンをすごい目でにらみつけている。「この女はうちに任せればいいのに、怖くなってロメルトに言いやがったな」と目が雄弁に語っている。マロリンは冷や汗を流しながら、オモイカネを視界に入れない努力をしている。
ロメルトが「あー。欠席はクワトロ・ペコリ、ジョンソン・ドレイク、QRか」と言い「出席率がいいな。珍しく母上まで来てる」と付け加えた。悪魔は基本怠惰だ。この手の話し合いをしても、出席率は低く、蓋を開けばロメルトとピクシー・スーとオモイカネ・トーキー、軽井沢明美の四名しかいないことが多々あった。
「私ちゃんは完全な気まぐれよ~ん。きにしないで、ロメルトちゃん」
ホーネット・エッチマンがお気楽な声を発するが、元一級が参加していると圧が半端じゃなく横に身長三メートルの多椀、複乳、下半身蛇の悪魔がいるだけで怖すぎる。「サイコパスかつついでに人間である軽井沢明美」と娘のロメルト以外は皆、冷や汗を流している。
「議題は事前通知した通りマロリンが現在担当している異世界人Tが神託で難しい質問をしてくるので、手に負えず誰か可能なら交換したいというものだ」
「はいはいはい!! うちうちうち! うちが引き受けます!」
オモイカネがロメルトの言葉に食い気味に挙手する。必死すぎて早くもキャラが崩壊している。が、続いてホーネット・エッチマンが挙手する。
「マロリンちゃん、その子、かっこいいかしら? 〇〇〇は大きい?」
ホーネットは「マジでエッチな方」の名の通り、いきなり物すごい下ネタをぶっこんできた。マロリンが少し考えて答える
「うーん、かわいい系ともかっこいい系とも取れますが、少なくとも、不細工の類では絶対ないです。美少年ですね。すいません、アレの大きさは……把握してません……」
「私ちゃんが引き受けるわ!」
ホーネット・エッチマンが即答する。ロメルトは即答した母親に困惑して口を開く。
「いや、母上。わかっていると思うが、異世界には我々はいけない。抱けないぞ?」
これはもちろんピクシーの例のように正確には「行ける」が異世界では悪魔は本来の力は使えず「追放」が正しい。
「目の保養よ~ん。やっぱりね、たまにイケメン&美女ズを観察するといろいろ捗るのよ」
ホーネット・エッチマンも他の悪魔と同じく両性具有。真の意味で性差別なく、バイセクシャルである。男子にも女子にも両方に加害者となる最悪の女とも言えた。
「はー!? ちょっと、ホーネットさん! それ困ります! うちが! うちが引き受けます!!」
オモイカネが焦って告げる。ライバルの出現は完全に計算外だった。
クリム・ケルトも挙手した。皆が紫色の肌をしている中、この場で唯一白人的な肌をした、天使を思わせる見た目の悪魔だ。病気で常に死にそうである。
「……のうマロリン。そやつ、強いか?」
マロリンはまた考える。
「うーん、転生者平均がわかりませんが、軍事の才能がありますね」
「ほうほうほう。それはそれは……ならばわしが引き受けてもいいぞ?」
オモイカネは口をパクパクする。思わぬライバルが複数登場したことに驚愕していた。
そのうえ今度はロックウェルが挙手する。
「まさかあなたも余計なことを言う気では?」とオモイカネはにらみつけるがロックウェルはツムギの引き受けに関係ない意見を言う。
「つーか、前から考えてたんすけど、なんで『神託』って名前なんすか? 自分ら神でもないっすよね? この機に『悪魔相互通信』とかに変えません?」
ロックウェルの意見に周囲は「そういえばそうだ」と口々に言い、ロメルトですら「確かに」とうなずくが、クリム・ケルトはため息をつく。
「時間は残酷すぎるの。そんな根本的な原理も忘れてしまうか……『神託』は『神託』じゃ。これを変えるの決してまかりならん」
……話が変わるように見えるかもしれないが、悪魔の増殖方法は主に四つある。一つは「力を失ってきた悪魔が新しい自分を作り世代交代する」。階級が高い悪魔はほとんどこの方法で世代交代しており、ほとんどの悪魔、マロリン・タイハクやクワトロ・ペコリも母から力を受け継ぎ世代を変えている。ピクシー・スーはやや例外で、世代交代は姉のシルヴィ・スーに引き継がれたが、少し力が余ったので余剰エネルギーで作られた存在である。それゆえに、ほかの悪魔より脆弱だ。もう一つは「蓄積された魂で新しい悪魔を作る」である。これは「コンセプトデーモン」と呼ばれ、一定のコンセプトをもとに作られる上級が約束された強力な悪魔だ。オモイカネ・トーキーがこの「コンセプトデーモン」にあたる。三つめが「人間の子を妊娠・出産する」である。これは世代交代による力の喪失もなく、強力な悪魔を作れるが妊娠は非常にまれなケースである。ロメルト・エッチマンがこのケースに該当する。四つ目は「自然発生」だ。最低階級の八級悪魔はポコポコ自然発生するが、ポコポコ死ぬ。珍しく生き残ってのし上がった四級悪魔がロックウェルである。
さて、なんでこんな話をしたかというと、悪魔はふつう、世代交代をせねば加齢で衰弱して死ぬのだ。ところが、クリム・ケルトは一度も世代交代をしていないという噂だ。本来はいつ死んでもおかしくないが、なぜか死んでいない。
悪魔界の最長老が「神託は神託」というなら、その通りなのだろう。
さて、この場、唯一の人間、軽井沢明美も挙手する。
「私も少し、そのTさんに興味がありますねぇ、私ならその人、神託で誘導してすぐに殺してやりますよぉ?」
究極のサイコパス女「皆殺しの軽井沢」は壮絶な笑みを浮かべて言う。
もはやオモイカネは我慢の限界だった。
「ロメルトさん!『悪魔ステゴロ決闘法』の適用をお願いします! 勝った人がツム……Tさんの担当で!」
悪魔ステゴロ決闘法とはかなり前にステゴロ最強の一級悪魔が「つえー奴が正しい」という制定をした馬鹿によるとんでもない法律であり、ようするに「魔力なしの殴り合いで勝ったものの意見が通る」という法律なのに無法すぎる話である。ロメルトはその法律をなくそうと四苦八苦しているが、バカの法律の割には対策が強固でなかなか消せない。
「おります! 死にます!」
「降りる! 死ぬわ!」
軽井沢明美とクリム・ケルトが即座に降りた。
ロメルトは絶句する。
「け、決闘法はいいが、オモイカネ、わかってるのか? 相手は母上だぞ?」
オモイカネ・トーキーも強力なコンセプトデーモンで元二級だが、ホーネット・エッチマンは元一級。悪魔の級位は基本的には「魔力の強さ=スペックの強さ」で決まる。ピクシー・スー、ロックウェルなどの級位に見合わない例外はいるにはいるが、非常に少ない。そもそもピクシーやロックウェルは「級位にしては魔力が少ない」である。一級悪魔なんて両手で数えられるほどの数しかいない「悪魔の王」であり、勝ち目なんてあるはずがない。
ホーネットが舌なめずりする。
「いいのかしら、オモイカネちゃーん? あたしはロりだろうが平気でぶち犯すわよーん?」
最悪であった。悪魔と悪魔は普通に性行為は可能である。妊娠しないだけで。大体「悪魔ステゴロ決闘法」に敗者を犯す一文はない。
その舌なめずりした顔に、オモイカネのナックルパンチが炸裂した。オモイカネがキャラに合わない温度で吠える。
「上等です! 一級だか何だか知らないけど、娘ともどもブチ犯してみなさい!」
「……え?」
突然巻き込まれたロメルトがオモイカネと母の顔を交互に見る。
右の鼻を指で押さえ、左の鼻から「ブ」と鼻血を噴出したホーネットが久々に全力で暴れられることにまがまがしい笑みを浮かべる。
「上等よー! ロメルトちゃんにファックされながら、オモイカネちゃんをファックしてやるわぁー! 性教育は母の仕事よー!」
「いや、普通に初めてが母親とかすごい嫌なんだが?」
ロメルトが本心からいやそうに言う。
オモイカネとホーネットががっつりと組み合った。
クリム・ケルトがハッとする。
「い、いかん、ロック! ゴングじゃ!」
クリム・ケルトがロックウェルに慌てて言う。『悪魔ステゴロ決闘法』は戦いのゴングが必要である。
「は、はい!」
悪魔であるがゆえに、空間を歪曲させ手元にゴングを出現させるなどたやすいロックウェルが手元にゴングを出現させて「カーン!」と鳴らす。
悪魔界司法局七階大会議室 ホーネット・エッチマン vs オモイカネ・トーキー
激闘が始まった。
◇◆◇
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