アフラウラ編 第20話 全てが終わって

 ようやく全ての騒動が終わった。

 キーラの襲撃に生き延びた海賊は三十三名。もう少し多かった気もするので襲撃のどさくさで逃げた者もいるのだろう。

 その前に降伏した海賊と併せれば、五十名弱が生存したことになる。

 救出した女性と足すと百名を超えるので、乗ってきたキャラック船ではキャパシティが足りず、タムギリのガレオン船に乗り換えることになった。これはカシムザムの裏切りで破損しているので、修理に数日を要するようだ。

 ツムギたちは数日間海賊島へ残ることになる。半年の期限には相当余裕があるので、問題はない。


 問題は翌日に起きた。

「ツムギ君。ラファエラさん。頼みがある」

 ヘイズーに沈痛な顔で案内される。ラファエラの顔色は昨日よりかはマシになっている。乱発や無茶な能力使用はできないが、通常の範囲内なら問題ないと本人も判断した。


 その光景を見てツムギは絶句する。聞いてはいた。認知もしていた。

 しかし、実物を見ると想像を絶する。

 そこは失敗作を収納した牢屋。昨日の騒動から、汚物も掃除されておらずひどい悪臭がした。

 本当に「肉塊」としか言えない、大量の肉片たちがもぞもぞとうごき、うめいている。

「うぅ」、「痛いよぉ」、「殺してくれぇ」と地獄の再現のような苦悶の声がする。

 ツムギはあまりに凄惨な光景に思わず、吐き出してしまった。そしてその目には涙が溜まっていた。

「ひどい。ひどすぎる。こんなの人間がしていい所業ではない!」

 人間の善意に限界はあるが、悪意に底はない。ツムギは「本物の悪意」に遭遇した。


 ヘイズーは静かな声で言った。

「頼みというのは、彼らを殺してやってくれないか?」

 ツムギは唖然としてヘイズーを見る。ヘイズーは言葉を続ける。

「元に戻せるなら僕も彼らは生きているべきかもしれないと思う。だけど、昨日キーラは『改造は不可逆で元に戻らない』と言った。それならば、彼らは殺してやるべきだ。生きているだけで苦痛しかないなら本当に可哀そうだ。本当に本当

、可哀そうだよ」

 しかし、ツムギは青い顔で否定する。

「できません! 私にはできません! どんな形でも命です! 私にはにはできない!」

「ツムギ君! 君は彼らを哀れだと思わないのか!? 君が同じ目にあったときに『殺してほしい』と懇願したら、君と同じことを言われたらどう思う!? それはもはや慈悲ではない! 君のエゴだよ!!」

「で、でも……!」

 ツムギは年相応の子どものように泣きじゃくっていた。

 その肩に手がかかる。

「……わたくしがやりましょう。どのみち、ツムギ氏には殺傷スキルがない」

 ラファエラだった。ラファエラ・シルベストリが目を細め、肉塊を見て「本当に酷いことをする」と言っていた。

「お願いできるかな」

「ツムギ氏。良いですね?」

 ラファエラは泣きじゃくるツムギに確認するとツムギは迷った後にごくわずかに首を縦に振る。


「では、ヘイズー氏。ツムギ氏を連れて行ってください。さすがにこの光景もお見せするのは可愛そうですし、普通に巻き込まれますしね」

 ヘイズーはうなずくと、優しくツムギの肩に手を置き、慰めるようにツムギを連れていく。


 ツムギは涙で目を腫らしながら、決意を新たにする。

(レイチェル・ブラボゥ。人の命を弄ぶあなたを、私は生まれて初めて許せないかもしれない!)


 ツムギがいなくなったのを確認するとラファエラは両手に刻印を刻む。

「……出来るだけ手早く済ませます」

 ラファエラのチートスキル内容は分からないまでも、肉塊の一つが涙を流して声をあげる。

「あ、あ、あ、ああありがとう女神様」

 ラファエラはその言葉にキョトンとしてそして苦笑した。

「やだなぁ。わたくしは女神じゃないですよ。神に至る方なら、今帰ったじゃないですか?」


      ◇◆◇


 遠くで聞こえる数回の爆発音を聞きながらヘイズーは目を閉じる。

 これでようやく終わったんだ。

『改造は不可逆で元に戻らない』というキーラの言葉を思い出し、沈痛な気持ちが蘇る。

 一生この姿と判明し、ヘイズーも悲しくないわけがない。それでも、今、泣いているこの子の前では大人として気丈にふるまわねばいけない。大人と言ってもヘイズーも二十三歳だが。


(この姿だと一生童貞かぁ)

 かなり場違いなことをヘイズーは考えてしまい、苦笑した。


      ◇◆◇



 キーラとツムギのタイマンから数日後。


 レイチェルランドに置いてある「物質転移ポータル」からキーラの鳥が出てくる。

 何羽も何羽もポータルから鳥が出てきて、重なり合い、キーラを形成する。


「あら。おかえりー」

 スクワットをしていたレリクスが言う。

「おう、たろいもー」とキーラは雑に返答した。

 キーラの鳥は全世界に飛ばせるわけではない。

 彼女のチートスキル「テレパシー」の範囲内なので「本体」から三十から五十キロメートルの範囲だ。なので、今、ツムギたちの監視はできていなかった。ポータルを通じたテレパシーで鳥の操作は出来そうだが、練習中である。アフラウラにポータルは置いてあるが、今後はおそらく使わないので回収したほうがいいかもしれない。ツムギが半年以内にレイチェルランドに来なければ別だが、キーラも紬がこの約束を破ると思ってない。


 そのキーラの元へ豚が近づいてくる。比喩ではなく生物の豚である。

「おーおー、豚ちゃん、さみしかったか?」

 一頭だけではない。複数の豚はキーラに群がりキーラに吸収されていく。

 痩せていたキーラの身体が肥温体になっていく。大きな豚はポータルをくぐれないので、鳥だけで行ったのでキーラは海賊島では痩せていたが、本来のキーラは肥満体である。

「ピッグちゃん、吸収しない方がいいのデハないですかー?」

 太ったキーラを見ながらレリクスが呆れて言う。

「馬鹿言うな、この状態じゃねぇと、我々の体の中に『炉』が出来てねぇんだぞ?『炉』で鳥を作るから消費するだけじゃねぇか!」


 そう言いながら、キーラは三級騎士に「ドーナッツ!」と乱暴に命令する。「鳥の再形成」は大体二日か三日に一羽なので、本当は海賊島での戦いのように乱雑に消費してよい物ではないのだが、そもそもキーラは本来「偵察や監視」が主目的で戦闘員ではないので、戦闘は久しぶりで張り切ってしまった。あとは乱雑に消費して敵対者に「制限がないのでは?」と思わせる意図もある。


 ドアから忙しそうなレイチェルがやってきた。

「おや、キーラさんおかえりなさい! これから忙しくなりますよー!」

「おう。たろい……」

 キーラは挨拶をしようとしてさすがに固まる。

 レイチェルに従っている三級騎士は「ウェディングドレス」を着ているマネキンが乗った台車を押していた。


 レイチェルはキーラの目線に少し場違いな回答をした。

「ああ、これはサンプルですよ? どんなものかと見ておこうと思いましてねぇ!」

「え、誰か結婚すんの?」

 キーラはさすがに全くついていけない。レイチェルはキョトンとする。

「わたしですが?」

「え、おめでとう? ……結婚!? マジで!? 相手誰!!? まさかスティルヴィオ!? あいつはやめとけって!」

「何言ってるんですか? 神野ツムギ君とですよ」

「は?」


 キーラはレリクスを見る。レリクスは笑いをこらえていた。

(うぉぉぉぉい!! やべーだろう! 三十七歳、恋愛経験皆無喪女、超暴走してんじゃん! おめーがこの馬鹿が暴走したら止めなくてどうすんだ!? 第一、初手来婚って段階ってものがわかんない人かな!? 神野ツムギと結婚なんて無理に決まってんだろ!? オセでもたぶん求婚したらフラれるのに、面識がねぇこのイカレ女ができるわきゃねぇだろうが! つーか、求婚前にウェディグドレス準備ってどんだけ図々しいの!?『宝くじ当たるから家買おう♪』じゃねーんだよ! ねぇ馬鹿なの!? おめーもこいつも!)

 キーラはチートスキル「テレパシー」でレリクスに直接思念を送る。

(だってめちゃくちゃ面白いじゃん。それこそ「ウケる」だよ)とレリクスは思念を返す。

 本来のレリクスは片言じゃないというか「異世界言語マスター」持ちが片言のはずがない。

 レリクスには日本の在住経験があり、日本在住時に「片言の自分」に妙に日本人は優しくしてくれた。「相手の言葉が片言だと精神年齢が低く見られる」というデータがある。レリクスはこれを利用し、自分を擬態していた。


 キーラはしばらく考え、何かを言おうとしたが、うっとりとウェディングドレスを見てるレイチェルをみて「まぁ、確かにウケるかもな」と考え直した。


 うっとりしてるレイチェルは知らない。

 神野ツムギから世界で唯一の「絶対に許さない」認定を受けてることを。


 ウェディングドレスの胸元を触り、レイチェルは首を捻る。

「うーん? やはり、胸をバックり開けたデザインのドレスは難しいですかね? しかし、彼の胸元の赤い宝玉を前提としたデザインでないと……」

「それ、ツムギが着るやつなの!?」


      ◇◆◇


 その後、ガレオンの修理、アフラウラへの帰還は滞りなく終わり、ツムギたちはようやくアフラウラに帰ってきた。女性を全員救出したことから、ツムギたちは英雄扱いされ、宿の一番良い部屋に無償で泊れて食事も無償提供されることことになる。

 村長は最初自分の息子が死んでることを知り「そうですか。ろくでもなしいバカ息子でしたが。いや、私が甘やかし過ぎたのがいけないのでしょうね」と呟く。その顔は沈痛そうであり「どんなクズも誰かの大切な人」であることをラファエラはほんのちょっとだけ反省した。

 しかし、村長にしんみりしている暇はない。マーズが「さて報酬の話ですが」と声をかけたのだ。

 ツムギに「あ、あまりふんだくらないでくださいね?」と念を押されているが「相手の感謝の落としどころ」、「アフラエラの財産」、「こちらの利益」の三つのバランスを取り、双方納得できるラインを探す「マーズ的にとても楽しい」仕事であった。何ならマーズは今日までのアフラウラ滞在中のほとんどを船酔いで過ごしているので、久しぶりの仕事に張り切っていた。


 村長とマーズの商談中、ヘイズーはツムギに語った。

「僕はこの村に残るよ。アフラウラに話は通してあるし、みなさん、僕を認めてくれた」

 ツムギは少し寂しそうだ。

「ヘイズーさん。ついてきてはくれないのですか?」

「無理だよ。この姿で旅に同行は無理すぎる」

 それはそうである。胸が赤いツムギの段階でこれだけ旅で揉めてるのだから、ヘイズーが来れば旅が死ぬ程停滞するだろう。


「これからは漁師として生きるよ。それに、まだ海賊事件が解決したばかりで、どんなトラブルがこの村にあるかわからないしね。護衡は必要だと思う。本当は、僕の海賊行為を正式にオービュロンの司法で裁いてもらうべきなんだろうけど、僕が行けばすごく話が厄介になるからね。何をどう考えても『カブトムシの化け物が来た!』と思われて、話は聞かれず攻撃されそうだ」

「それは、すごい失礼ながらそうですね。他の海賊たちはどうするのですか?」

「それは考えた。他の海賊はオービュロンに突き出し、僕だけ助かるのも図々しい話だ。他の海賊は、僕が監視して、村で働き『もし狼籍が発覚すれば即オービュロンに引き渡し、長い期間問題がないと判断した海賊は解放して好きに生きさせる』が落としどころだけど、どうかな? 甘いかな?」

「いや、いいと思いますよ」

 ツムギはヘイズーの「自分だけ助かる道を選ばない平等さとやさしさ」に微笑んだ。


      ◇◆◇


 イディアとセトの二人は絶妙な距離感で座っている。

 ちょっと気まずかった。二人の間の障害はなくなっていたが、前述通り、村長の息子が死んだからと言って喜んで即再婚するほど、二人は人間が終わっていない。


 セトがおずおずと口を開く。「男はオオカミ」を全身で体現してるくせに物凄く奥手であった。

「イディア……その、さ、変な事聞くけど、海賊から変な事、されてない、よな?」

「う、うん。私はされてない……捕まった女の子の三人くらいは乱暴されたけど、向こうの船長が厳格な人で、その海賊は全員、処刑されたし」

「そ、っか」

 被害者がいるのであればセトは素直に喜べない。また沈黙が訪れる。


 しばらく沈黙していたが、セトが口を開く。

「さすがに、さ。旦那が死んですぐ、あの、付き合うとか、再婚とかダメじゃん?」

「……うん」

「……でもさ俺さ。ワーアニマルだからさ。寿命短くて、あんまりこの先、時間ないんだ」

「……うん」

「だからさ……その……アフラウラは好きだけど、イディアさえよければ……二人で逃げちゃわないか?」

 イディアはその提案に驚いてセトを見る。そしてしばらく悩んだ後、赤面して「……うん!」と言った。


 セトはイディアを抱きしめようと迷っていたが、そんな二人に声がかかかる。

「何言ってるんですか? 別に結婚とか、付き合うだけが道じゃないでしょ? それができないから駆け落ち? アホなんですか?」

「ラファエラさん!?」

 ラファエラ・シルベストリがいつの間にかイディアの横にいた。

「じゃあほかにどんな道があるんだよ」

 二人きりを邪魔されたいら立ちもあり、セトが声をあげる。

「あなた方は究極的には『二人で即再婚して、他の村人から白い目で見られる』のが嫌なんでしょ? 別に喪に服しながら、内緒で二人で会ってイチャイチャしてればいいじゃないですか。表向きは沈痛な顔をして。で、村人が忘れたころに再婚すりゃいいでしょ」

 すごいことをカトリック系の修道女から言われた。はっきり言って『悪の道』である。もしこんなことを言っているのが上にバレたら怒られるというレベルではない。

「そ、それは……いいのかなぁ!? それ、大丈夫なの!?」

 さすがにセトもイディアも「それ、いいね!」と即肯定できない。

「バレなきゃいいんですよ。人が幸せになってはいけないルールなんで破ってしかるべきです。風評や体裁なんてクソみいなものです。それに縛られて不幸になるならいっそ獣になるべきだ。獣になれないなら、抜け道を探せばいいんです。二人ともこの村が好きなんですよね? お互いも好きなんですよね? でも死んだ村長の息子に悪い? なら駆け落ちより、わたくしの言う通りにするしかないでしょ! 秘密裏イチャイチャ! これしかない!」

 ラファエラの助言は「倫理的にはNG」と二人ともわかっていたが、甘美な誘惑であり「アフラウラが好きで出ていきたくはない二人」には最高の提案であった。


「じゃあ、その……そうする、イ、イディア?」

「そ、そうね」


 イディアもセトも「本当にいいいのかな?」と思いつつも肯定する。

 ラファエラはガッツポーズをした。これで彼女なりに「村長の息子殺害」に対する諸問題は全て解決した。

 ラファエラ的には「いや、どう考えても向こうが悪いし、殺されて当然ですよ」とは思っていたが、ちょっとは責任を感じていた。ラファエラは咳払いする。

「お二人ともしかしながら、最初から聞いてましたが、まだ言ってないことありますよね?」

(こいつ、最初から聞いてたのか……)とセトはラファエラを見る。

「い、言ってないことってなに?」とイディア。

「愛の告白ですよ! あなた方まだでしょ!?」

 セトがラファエラの言葉に声をあげる。

「まだだけど、その現場に普通に入ってくるの、俺はどうかと思うなぁ!?」

 しかしラファエラはセトに被せるように声をあげる。

「大事な部分をちぐはぐちぐはぐ誤魔化して! いい加減にしなさい!」

「そ、そりゃまぁ、そうなんだが……そうなんだが! そうなるとあんた最高に邪魔なんだけど……」

 というか、この人本当にいつまでいるんだろう?とセトは思う。

 しかし、ラファエラは全然去ろうとしない。

「ああ、わたくしのことはお気になさらず。わたくしのいた世界のキリスト教では愛の誓約の際に、神に誓いを立てた者の前で告白するのが通例でした(※極わずかな真実を含む物凄い嘘)」

セトもイディアも「ラファエラやツムギがこの世界の住人ではない」という話はやんわり聞いている。あまりにラファエラが堂々としているものだから「そんなものか?」とも錯覚してる。


 二人は緊張の面持ちで愛を告白する。

「イディア……本当に遅くなったけど……好きだ! もっと早く首輪がとれてればなぁ! あー、くそ!」

「大丈夫だよ、セト。私も好きだよ。今からでも遅くないよ」

 そういうイディアだが何かを思い出し、顔をそむける。

「でも、私、あの人に汚されちゃったんだよ? 初めてはセトじゃなくて、本当にいいの?」

「俺だって元々は人の奴隷だった。大丈夫だ。大丈夫だよ、イディア。俺は気にしないよ」


「セト」

「イディア」

 二人は口づけをしようとし何かに気づき止まる。

 ニコニコ微笑んでいるラファエラ・シルベストリがまだイディアの横に座っていた。

「あの、ラファエラさん? 普通はこういう状況では、いなくなったりしませんか?」

 セトがさすがに咎めるように言う。

「はい? そういうものなんですか? 後学のために、ワーアニマルと人間のキスを見たかったのですが。わたくしは気にしないので。そーれ、キッスキッス!」

「帰って!  いや、帰れ!」

 セトに怒鳴られ、ラファエラはようやく渋々引き下がった。


      ◇◆◇


「それはラファエラさんが悪いですね……」

 ラファエラより、セトとイディアの順末を聞いたツムギはあきれて答える。

「はぁ。わたくしが悪かったのですが。なるほど。通りで……」

「どおりで?」

「いえね、リチュア……高校で、教師の男性とわたくしの同級生が淫行をしてましてね。二人ともわたくしが見てると気づいて固まってましたが、興味深かったので椅子に座って見学しながら『続けて』と言ったら『できるかー!』と逃げ出したのは、わたくしが悪かったのですね」

「ラファエラさんってちょっと天然なんですか?」

 ラファエラは何かに気づいて立ち上がった。

「ということは、セト氏とイディア氏、あの二人は今頃淫行を!? わたくし、そこまでやれとは言ってません! 見学してやる!」

「ラファエラさんってちょっと天然なんですか?」

「しかし、ワーアニマルと人間の交尾はかなり興味がありません?」

「普通に全くないですよ。というか、よく知り合い同士でそういうの考えられますね。というか、交尾ってあなた……」

 ツムギは性的な事への忌避感が大きい。普通にドン引きしていた。マックス許容範囲で「週刊漫画雑誌のセクシー水着グラビア」である。オセのビキニアーマーも極限状態だから照れはなかったが、冷静になってみると赤面するほどだ。

 ラファエラは異性と付き合ったことはなく、本来厳格であるべきカトリックだが、相当な耳年増だ。


 ラファエラは咳払いした。

「そうそう、ツムギ氏。わたくしも氏の旅に同行してよいですか?」

 ラファエラは会話の中で自然と言ったつもりであったが、声は緊張から上ずっており、その顔は少し不安そうだ。

 ツムギは目閉じてそのことを考える。キーラが「スティルヴィオはレイチェルランドにいる」という発言から想定していた話だ。

「正直に話していいですか? 私としてはあなたはとても心強い。ついてきてくれなら、とてもうれしいです。ですが、私はあなたを信用しきれない。あの、ラファエラさん。隠し事があれば、私に話してくれませんか? 今のままであれば私はあなたの同行はお断りします」

 言われたらラファエラは逡巡するが、覚悟を決めて真面目な顔になる。

「……よろしい。ではツムギ氏には嘘をついていたわたくしのスキルを全て教えます。マイナス欠点も実は『右目失明』ではないので、それも教えます。わたくしの旅の目的、スティルヴィオ・ロンバードとの関係も」


ラファエラ・シルベストリ 取得スキル(真)


・『異世界言語マスター』

・『水上歩行』

・『爆発の刻印』

・『食物生成』

・『精神安定』

・『魔眼』

・『身体能力強化』



「やはり。強運が嘘で魔眼でしたが。もしかしてとは思っていました」

 ツムギは『魔眼』については「もしかしてそうかもな」とは思っていた。ラファエラの右目の眼帯を見てから疑いは持っていたのだ。


『魔眼』:目が合った相手を無条件で殺害できる。ただし、使用にはリスクがあり、一度目の使用で右目か左目が失明、二度目の使用で使用者も死亡する。失明は超回復力や他者回復で回復できない。


 キーラが使用されるのを恐れていたのは「魔眼」である。魅了やバラライズが本体に届かないのを検証済みなので、魔眼も問題なさそうだが検証が不足しすぎている。

「ええ。右目が失明してるのは魔眼を一度行使したからです。二度目はスティルヴィオに。必ずやこの命に代えても仕留めます」

「でも、精神安定も本当ですか? その、精神安定を取ってる割には……」

 どう考えても『精神不安定』と言いたかった。

「わたくしの本当のマイナス久点は『狂乱』です。マイナス感情の撮れ幅が異様に大きくなり、一言で言えば『異様に落ち込みやすい、ブチ切れやすい、泣きやすい』。奇跡的に精神安定と相性のいいマイナス点でしたので、普段は抑え込めてますが時折、精神安定を貫通しますね。これでも元の世界では今ほどキレやすくなかったのですよ? ただ精神安安定がなければわたくしはもっとバーサーカーでした」

 ツムギはゾッとした。「精神安定」をとっているが、ラファエラの精神は十分不安定に見えたからだ。

「あの、これってまるでマイナス欠点『狂乱』の取得を見越した選択ですよね?」

「ああ、本当に偶然です。『精神安定』は魅了対策ですね。スティルヴィオは魅了かパラライズ、あるいは両方を取っている可能性がある。そのために『精神安定』の取得は必須でした」

「パラライズ対策で『超回復力』を欲しがったのですね。ん? でも、なら最初から『超回復力』を取った方が良くないですか? たまたま『狂乱』が精神安定に向いてるマイナス欠点でしたが知らなければ『超回復力』の方が便利に見えません?」

 ツムギの疑問にラファエラは笑う。それは少し悪辣な笑みであった。

「ツムギ氏。あまり悪意がないのですねぇ。当然じゃないですか?『取得』ではなく『奪う』前提ですから。『精神安定』に比べると『超回復力』はかなりの強スキル。なら取得者は多いので、奪うのは容易でしょう。『精神安定』は逆に取得者は少なそうだ。どう考えてもこっちを持っておくべきです」

 それはツムギには思いもしなかった点だ。「『超回復力』持ちの殺害は困難」という点はあるが、確かに『超回復力』の取得者は多いだろう。逆に『精神安定』は少なそうだ。


「それで、あの、ラファエラさんの過去……その、スティルヴィオという方とは何があったのかをお聞きしてもいいですよね?」

 ラファエラはその質問に回答するのを迷う。

「わたくし、この話をすると多分ですが『狂乱』が『精神安定』を貫通して、発狂します。ツムギ氏に暴行を加えるかもしれない。そうしたら毎回パラライズで麻痺させてください」

「わかりました。あと、最近気づいたんですが、パラライズで麻痺させたら、他者回復で回復できそうですので試してみていいです?」

 あの時こうすればよかったのにという話は客類的に、情報が出そろってるからできる話であり、当人は急に思いつかない。そもそも「パラライズが他者回復で回復可能」と事前に知ってて、助かった局面は「イルメニアのウッドロックやアフラウラでマーズの首を絞めて昏倒させたラファエラをスピード蘇生できた」くらいである。

「なるほど。アンガーマネージメントもありますので、六秒は待機してもらっていいですか?」

 ラファエラの言葉はやや言葉不足ではあったがツムギに通じる。

 アンガーマネジメントは端的に「怒りのコントロール法」を指すが、その方法の中で「怒りは六秒しか持続しないから六秒耐える六秒ルール」が最も有名なのでラファエラの表現も誤りではない。


      ◇◆◇


 ツムギの部屋のドアの前で、護衛のために待機したオセが部屋の様子に聞き耳を立てている。

 ビキニアーマーを着る必要はないのでいつもの鎧姿だ。ただ意外と悪くはなかったのでビキニアーマーは譲り受けている。なんでもかつてアフラウラを来訪した(おそらく)転生者の忘れ物らしい。

 聞き耳を立てているが、何を話している内容は会話内容は分からない

 しかし、中から突然、ラファエラの発狂したような声が響く

「スティルヴィオ……! スティルヴィオ……! スティルヴ……ツムギ氏♡ あぁん♡」

 ……今、絶対喘ぎ声が入ったよな?


 オセが慌てて中へ入る。

 中へ入ると、シャツが少しはだけたツムギとベッドの上で昏倒しているラファエラがいた。

 ツムギは入ってきたオセに慌てて声をかける。

「だ、大丈夫です! 大丈夫ですから! 入ってこなくて大丈夫です! 本当に!」

「いやどう見てもダメだけど!? 何してんの!? どう見てもエッチな奴だよね!?」

「エッチな奴ではありません! とにかく大丈夫です!」

「そ、そう? でも危なくなったら言ってね?」

 納得しないまでもオセは部屋から出ていく。


 まさか同じようなことがあと四回もあるとは思っていなかった。


      ◇◆◇


 五回ほどの発狂を得てようやくラファエラは話し終えた。

「以上ですね。ようやく話が終わりました」

「ま、まさか暴行が性的な方向なのと、途中からラファエラさんがパラライズをよけ始めたので、かなり驚きましたが。『食物生成』でシールドまで作ってよけだしたのほかなりガチでしたよね!?」

 ちなみに「性的暴行未遂」であるが、三回は押し倒されてツムギの上半身の服はラファエラによってビリビリに破かていた。ツムギは裁縫マスターを駆使して「胸元が空いてる服」を何着か作ってるので問題なかったが。

 ツムギはいそいそと新しい服を羽織る。


(しかし、ひどいですね……スティルヴィオ・ロンバート……聞き覚えがあったわけです)

 それはニュースで聞いた名前だった。イタリアを震撼させた連続殺人鬼「芸術家」スティルヴィオ・ロンバート。

 あまりにもひどすぎるその事件はツムギですら、怒りで震えた。ラファエラが発狂するのもやむなしだ。

 特に今はラファエラが過敏な状態でツムギが「スティルヴィオ」と口にしただけで「今、スティルヴィオって言いました?」と発狂するのでツムギは思うだけにとどめる。ラファエラはこんな状態でスティルヴィオに勝てるのだろうか?  今のままでは姿を見ただけで狂乱状態になるだろう。

 しかし、衝動的に村長の息子さんや海賊を殺してしまったのも「狂乱」のせいかと同情する(※真実は微妙。以前、一度狂乱でタガが外れた殺人をして以降、一線を越えることにラファエラが慣れてしまった。村長の息子の時も海賊の時も冷静だった)。殺人は決して許されることではないが、それは仕方ないかもしれない。


 ツムギは内心でラファエラの同行を認めた。

「……ラファエラさん。私の隠していたスキルも教えます」

 ツムギがラファエラに自分のスキルも全容を教える。

「なるほど。『裁縫マスター』でしたか……え『裁縫マスター』!? なぜ!?」

「わ、わたし、その裁縫だけは本っ当に、昔から下手でして……家庭科でエプロンを作るはずが結果的にビキニができたこともあります。もう、スキルリストでこれを見た瞬間『これしかない!」と思いまして……」

「あら可愛い」

 裁縫マスターは戦闘面ではゴミだが、旅の面では意外と重宝している。ツムギがいなければガレオン船の破けたマストの修理はもっと大変だっただろう。


 ツムギはラファエラに頭を下げた。

「ラファエラさん……逆に私からお願いです。私の旅に同行してください」

 ラファエラはその言葉に少しきょとんとして、やがて笑みを浮かべて赤い顔をしてうなずく。

「……はい!」


      ◇◆◇


 オセはラファエラ同行の話を聞き、ブイッとそっぽを向く。

「私は反対だよ。あの女はやばいよ。ツムギ君には従うけど、いざってときに『オセが反対してた』ことは思い出してね」

「小生は賛成ですな。正直、弱小スキルばかりと思いましたが、かなり強く非常に心強い。このお三方で三個大隊なら軽々制圧できますね」

 マーズが賛同したので、オセは意外な顔をする。

「マーズ、マジで言ってるの!? あなた、首絞められたんだよ!?」

「はぁ。ですが、それと心強いことに何の因果関係が? 首は今も締められ続けてるなら反対ですけど」

 さすがは「利益の鬼」である。今の最大利益の為ならどんな過去も一瞬で水に流す。

「ああ、そうそうツムギ殿。ぼちぼちマロリン殿に声かけてもらえます? そろそろ『お話』をしましょうか」

 ツムギはマーズの言葉に何気なくうなづく。


 神野ツムギ恐怖の時間の幕開けであった。



●あとがき●

「ちょっと待て!? ラファエラ、ついてきてるぞ!? アリシア枠って寅さんのマドンナ的な枠じゃないの!? むしろ、これだとアリシア枠はヘイズーだろ!?」


 アリシアさん、小説のキャラが作者に話しかけるの、マジで寒いと思ってるのでやめてもらえます?それをしていいのデッドプールだけでしょ。講限社の担当編集からも「いいですが、たか野む先生。あとがきは真面目に書いてください。間違ってもキャラクターが先生に話しかけるのは避けてください」と言われてるので、講談社から出てる拙作は異例の真面目さで書きましたし。


「問題はそこじゃない!だったらツムギ殿に私も付いてきたかったぞ!」


 いや、あなたがくるとマーズが可哀想だし、パーティの一人称が「私」、「私」、「私」、「小生」でパランスが悪いんですよ。


「『私』、『私』、『わたくし』、『小生』もバランス悪いだろ!? それにそのバランスはどう考えてもお前が悪くない!? なぜツムギ殿を『僕』にしなかった!? 大体ラファエラも『インテリヤクザ』でやっぱり馬鹿不在じゃん! 私で良かったのに!」


 わかってねぇな。ツムギ君は「私」だからいいんだろ! 前編ツムギパーティはこれで確定です。「ツムギ」、「オセ」、「マーズ」、「ラファエラ」と「新規悪魔」の五名で前編残り(アフラウラはあと三話もありますが)を走り抜けますね。中編以降のパーティIN、OUTはもちろんいますが前編はこれで。ピンポイントで仲間もいますが、それこそアリシア枠(もう「ヘイズー枠」でいいか?)ですね。


「ちょっと待て。僕は? メインヒロインじゃないの?」


ピクシーさん、米当、いつ帰ってくるんでしょうね(たか野む)

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