アフラウラ編 第19話 『生命のキーラ』
「ヤッパリ、
レイチェルランド王宮、玉座で一級騎士「魔獣レリクス」が運動前のプロテインをジョッキで飲んでいる。
TTは何十年も前に異世界に転生したナチュラルボディビルダー(ステロイドなどを使わないボディビルダー)で異世界にボディビルの基本を教え、プロテインまで作り上げた「異世界筋肉界の神的存在」だ。今は一つの場所には定住していないが「不老」をとっているので永遠の輝ける筋肉信仰を世界に布教している伝説的な存在である。レリクスが「なんならレイチェル・ブラボゥより全然崇拝している」男である。
レリクスは「純戦闘員」でありその戦闘力はレイチェルランド随一であるが、かつてレイチェルがTTを発見してうっかり「なんかキモイマッチョがいるのでとりあえず殺しましょうか! 三級騎士にスキルを奪わせましょう!」と提案し、TTを崇拝してたレリクスに「HEY、レイチェルさんをぶっ殺すぞ? KILLブラボゥ」と「レイチェルランド大内乱(レリクス対それ以外)」が発生し「それ以外」がレリクス一人にボコボコにされ、結局本国から三武将「武神」が派遣され(というか勝手に行って)、内乱は終結。全員シルヴィ・スーにとても怒られる結末を辿っている。なお、TTは結局見逃され、レリクスの部屋にはサインが残った。
目にクマを作ったレイチェルが玉座に入ってくる。
「玉座」というか「元玉座」のそこは「レイチェルランド一級騎士以上」のたまり場であった。
「OH、また夜更かしデスカ、レイチェルさーん」
「ああ、うん……まぁ、うん……」
レイチェルはいつもの覇気がなく答える。
レイチェルはとにかく、研究や開発に夢中になると寝る間を惜しむ。
レイチェルは「超回復力」を持っていたが「他者回復」と違い超回復力で眠気は取れない(※他者回復の睡眠不足解消も「いや、なんかだめじゃないか?」として近いうちにナーフされ新スキル「ショートスリープ・30分程度の短時間で八時間睡眠同程度の効果を得る」が新設される)。
「わたし、これから寝ますねぇ……」
「デモ、キーラがタムギリサーンをKILLした相手の公開処刑放送デース。一緒に見ませんカー?」
タムギリをKILLしたのはキーラなので情報として誤っているが。
「ああ、そっか。うーん……だるいけど少し見ておきますか……」
キーラのスマホを起動し、カメラモードに変える。
スマホは『スマホ持ち込み』でキーラが持ち込んだものだ。
カメラモードに変えると海賊島が映る。
そのスマホにはキーラの視点が転送されていた。
キーラはただ単に暇つぶしに『スマホ持ち込み』を選んだわけではない。
所持スキル「テレパシー」と「スマホ持ち込み」と「物質転移ポータル」、あとはレイチェルの改造による合わせ技により、スマホに視界の転送が可能だった。
(ふわぁ……眠い……キーラさんには悪いけど、五分見たら寝よ……)
そしてスマホに神野ツムギたちが映り……。
レイチェル・ブラボゥは運命に出会う。
◇◆◇
漁師、女性、海賊を守りながらキーラと戦うのは無理である。
ツムギはなんとキーラに土下座した。オセもラファエラもヘイズーもキーラも目を丸くする。
「キーラさん、我々四名以外を攻撃するのはやめてください!」
「は?」
キーラは目を細めてツムギを見る。
キーラは上空で鳥を旋回させ、いつでも漁師たちを襲える準備をしている。
「それで土下座? 馬鹿にしてるのか? 我々がお前の言うことを聞く意味は?」
「私にできることであれば何でもします! どうか! 無駄な殺生はお辞めください!」
キーラは少し考える。そして意地の悪い笑みを浮かべた。
「じゃあこうしないか? 我々とお前でタイマンだ。お前が勝ったら我々は漁師に手を出さない。我々が勝ったらお前の仲間は皆殺し。それならいいぜ?」
「……!」
ツムギの一存では決めにくい判断であった。しかし、それはツムギ的にはかなりいい条件だ。
この場でツムギに加勢できそうなのは、ヘイズーとオセ。その加勢がない分きつくはなるが、漁師たちが殺されないのはずっといい。問題は漁師たちと違い、もしかしてこの場を切り抜けられるかもしれない、オセ、ヘイズー、ラファエラを巻き込むことだ。
まず最初にこたえたのはラファエラだった。
「かまいませんよ。わたくしは今の体力ではお役に立ちませんしね。どうせ、タイマンでない場合、遅かれ爆殺される身。タイマンの方がツムギ氏に勝ち目がある分、都合がいい」
オセもうなずく。
「私はツムギ君の判断に任せるし、私の命なら賭けてもいい。私はツムギ君が勝つと思ってるしね」
ヘイズーも二人に続いて賛同した。
「君に拾われた命だ。君が好きに消費するのは当然だ」
ツムギは三人の言葉に少し感動してキーラと向き合う。
「わかりました。タイマン、しましょう」
「ふふふ、後悔するなよぉ?」
そう言ったキーラだったが内心ではガッツポーズをしていた。
タイマンはむしろキーラそういう風に誘導したのだ。鳥をわざと漁師を外したのも誘導である。
キーラ第三のチートスキル「チートスキル解析」。
内容は「転生者の所持しているチートスキルを解析し、内容を理解する。副次効果として相手が転生者と一目でわかる」というものでこれは「チートスキル封印」という「指定したチートスキルを三つまで封じる。ただし指定したチートスキルを相手が持っていない場合、封じられない」と一緒に運用するものだが、「チートスキル解析」はキーラの主な任務、偵察には有用なもののやはり「封印と同時運用」したく、キーラもいつかは封印を覚える気でいたが(※後述になるがパンデモニウムの騎士は「好きなチートスキルを奪える」)レイチェルの改造に有用なスキル取得を優先し、後回しにしたため結局覚えないまま八枠も埋まってしまった。
とにかくキーラはチートスキル解析でツムギとラファエラのスキルを見て思った。
「あれ? これ、我々普通に負けるんじゃね?」と。
特にラファエラ・シルベストリのスキルがヤバい。ヤバすぎる。
激強だがリスクが大きすぎて「こんなんとる奴いないだろー」とキーラが笑っていたスキルを彼女はとっている。それを使われた際、キーラはおそらく「死なない」と思うが正確には「わからない」。リスクが大きいスキルの上にシルヴィが過去に無茶をし過ぎて「魅了されたものはこのスキルを使えない」とナーフされてるので、検証が不足しているのだ。
そしてラファエラはどう考えてもリスクを顧みずにスキルを使ういかれた女であった。
なので、何としてもツムギとのタイマンに持ち込みたいのはキーラであった。すべてそこに誘導するための行動だったのだ。
しかし、その態度をだすわけにはいかない。
ツムギが覚悟の表情で口を開く。
「オセさん、ラファエラさん、ヘイズーさん、命預かります。必ずやお返ししますので……」
ツムギは考える。ここまでで判断材料は出そろっている。
(たぶんですが、キーラさんは「鳥の集合体」に改造されている。爆発はおそらくチートスキル「自爆」だ。本来「超回復力」との運用を前提に設計されてるはずですが、あの鳥は「キーラさんの体の一部」であり、「死んでも問題ない」ことを悪用した「死ぬような高威力の自爆連射」という無茶ですね)
『自爆』:自分を中心に爆発を起こす。ダメージは自身にもフィードバックする。爆発の威力は調整可能だが、威力が高ければ高いほど自分にもダメージが入る。自分にフィードバックするダメージは『炎熱無効』で無効にできない。超回復力で回復できる。
普通なら死ぬような自爆は行わないがキーラは自身の肉体を切り離し「自身が死ぬような大ダメージの自爆」を繰り返しているのだろう。そのうえ、鳥の射出に韋駄天を使っている。
次の瞬間、キーラの鳥が肉薄していた。ツムギはパラライズでそれを撃墜する。
ツムギが韋駄天でキーラに肉薄する。キーラはそれを察して韋駄天で逃げる。キーラは自爆を使わせた鳥を放つが、ツムギが韋駄天でそれをよけ、キーラにパラライズをうつ。キーラも韋駄天でそれをよける……。
と文字で書いたのでかろうじて追えるが、こんな韋駄天の高速移動戦闘を普通は追えるはずがない。
反射神経の良いオセが見ても、ツムギとキーラの残像が一瞬見えてあっちこっちでパラライズや爆発が起きている風にしか見えない。
(韋駄天使い同士の戦闘が早すぎる!?)とオセ。
(完全にドラゴンボールだこれ!!)とラファエラ。
ヘイズーは唖然とする。
そもそも、タイマン以前に自分に入れる世界ではなかった。これではもとより加勢が難しすぎる
オセは「爆発は『他者回復』で耐えて、相手の韋駄天位置を先読みして、ギリギリ行けるか?」と考えていたのでオセの方が戦士としてはヘイズーより一枚上手であった。
(しかし「韋駄天」使い同士は本人たちは理解できてるというの? すごい)
オセは戦慄するが……実際、本人たちもよくわかってなかった。
(うわぁぁぁぁ早すぎる! 全然わかんない! と、とにかく動け動け!)
ツムギは混乱の中、とにかく韋駄天を繰り返す。
(うぉぉい!? 早すぎんだろ!? 今、何がどうなってるの!?)
キーラもキーラで「一級騎士」とは呼ばれているものの、単なる呼称に過ぎず、本人は騎士の鍛錬を受けたわけではない。キーラの戦いの多くは一方的な殺戮で同程度の相手と戦うのは初めてである。彼女も韋駄天を繰り返してパラライズをよけるしかない。
それでも高速戦闘を続けるしかない。キーラが自爆を使える残り鳥数は三十羽ちょうどで、これを使い切ったらキーラは存在を保てなくなり「本体」が露出するが、そこの情報を露見させないためにも大盤振る舞いで鳥を使うしかない。ツムギは「鳥は無限に出せるのか!?」と錯覚を始めているが残りリソースはカツカツである。
キーラは高速戦闘中にツムギのスキルを吟味する。
(相手も八つ持ちだけど……「異世界減マスター」はともかく、この状況で「裁縫マスター」、「神託」、「ラスト」、「他者回復」が死にスキルだ。つーか、「裁縫マスター」とる奴いんだ……)
「韋駄天」、「パラライズ」、「無敵の盾」三種を警戒すればいい。
なにより、最大の問題点はツムギの手持ちスキルでキーラを倒せるスキルがない点だ。
本来、パラライズがそのスキルなのだが「生命のキーラ」にパラライズは極めて効きにくい。
パンデモニウム一級騎士以上の多くはパラライズと魅了を警戒して「超回復力」と「精神安定」をとるようにしているが、キーラが獲得してないのは、改造された体質上、どちらも効きにくいからだ。
キーラは高速戦闘の中であえてツムギに読みやすいパターンを作っていく。
キーラは右手から左手から鳥を射出する。
射出され鳥も韋駄天で高速だが、あえて動きを単調にしている。パターン化させツムギの守りも一定にするためだ。
ツムギは韋駄天や無敵の盾やパラライズで飛んでくる鳥を迎撃している。
残り三十羽中、六羽までは陽動に使うつもりだった。六羽はリズムを持って射出する。
キーラはここでリズムを変え、鳥を上空にはなった。思わずツムギは目で追う。もちろん、完全に視線はキーラから切っていなかったが……油断した。キーラは下から攻撃してきたのだ。
(はい、おしまーい)
鳥がツムギの足元より出現したとき、ツムギは「え!?」と思う。鳥は小さなワームホールのようなものを通過し、突如出現した。それが何なのか、知識としては知っていたが、見るのは初めてだったので、ツムギは油断していた。
『物質転移ポータル』:直径十五センチの円状のポータルを六つまで設置できる。ポータル間はつながっており、ポータルが世界のどこにあってもポータル間転送が可能。ただしポータルをくぐれないものは通せない。
ツムギは足元に設置されたポータルに気づかなかった。韋駄天乱舞の隙に設置したのだろう。よく見ると、キーラの手元にもポータルがある。
(『物質転移ポータル』!? 確かに、ポータルに生物は転送できない事は記載がなかった! 人の身では十五センチのポータルはくぐれないけど、鳥の体では行けるか……!!)
ツムギはここでずっと考えていた秘策を実行する。
(胸に当たれ!!)
ツムギのマイナス欠点は「胸を三回攻撃された死亡」であるが、逆に「二回までなら何をされても死なない」のだ。あの怪力のオセの攻撃を受けても死亡しなかった。
それでも命が一つ減るのは痛かったが……。
「え?」
「え?」
爆発は起きず、胸にも衝突していない。
何事か見ると、鳥が地面に伏せている。
そして鳥の胸には深々と手裏剣が刺さっていた。
ツムギに当たる瞬間、自爆を発動させるつもりがもっと早く刺されたのだ。
キーラはあたりをきょろきょろ見る。
「え!? 手裏剣!? 忍者!? 忍者いんの!? サプライズ忍者理論にしても、急すぎない!? ずるくね!? タイマン、だよなこれ?」
「し、知りません! 本当です! 本当に、急に手裏剣が飛んできたんです! 今までこんなことありませんでした!」
疑わしいのはオセだが、オセが投擲するのは短剣だし、第一キーラもオセが動いていないのは見ていた。
だがこの点をこれ以上責めて「じゃあ、タイマンじゃないからラファエラとオセにも攻撃しなくちゃな」といったら、キーラにはきつい。ラファエラには勝てないかもしれないのだ。
チートスキル解析でキーラは周囲の転生者を観測できる。例え、転生者が『透明化』や『幻術』を使っていても『チートスキル解析』には無効だ。『チートスキル解析』は本来、ピーキーすぎるスキルなので、この辺の処置は当然である。そして、ツムギの周囲にはほかに転生者は隠れていないはずだ。
(まぁいい。しゃあねぇ)
仕切り直しでキーラは再び、鳥を放ち……鳥はキーラの超至近距離で爆発が起きた。目の前で何か見えない壁にぶつかったのだ。
『ぶつかった瞬間に自爆を発動させる』を完全に体に染み込ませたのが仇となる。
(しま……無敵の盾か!?)
まさか防御能力をこんな至近距離で攻撃目当てで使うと想定してなかった。
キーラの肉体を構成している鳥の数羽は爆発に耐え切れず、剥がれ落ちる。これで残りは十五羽である。十五羽落ちたら、キーラは存在を構成できなくなり、本体が露出する。そうしても本体が『物質転移ポータル』で逃げるだけだがポータルで逃げる前に、パラライズで気絶させられたら詰みだ。
キーラは自分の今後の立ち振る舞いを考えてしまい……そして、それは油断となった。
ツムギは間髪入れず、韋駄天でキーラに肉薄すると至近距離でパラライズを放つ。前述通り、キーラにパラライズは極めて効きにくい。なぜならパラライズを受けてもキーラの体表を構成する鳥が数羽麻痺してはがれるだけだからだ。
しかし、今の状況ではまずい。約十羽の鳥がキーラから剥がれ落ちる。
キーラは慌てて韋駄天で逃げる。
これで残りは五羽。キーラは焦る。逃げるなら今だが、しっぽを巻いて逃げるのはダサすぎる。
(パラライズで剥がれ落ちた十羽は、五分もすれば再生する。ああ、クソ! やっぱ『超回復力』ほしいな! いや、でも、正直『チートスキル封印』があればこんなに苦しむことはなかったんじゃねぇか? つーか、我々ももうすぐ二十五歳だ。『不老』も欲しい……ああ、スキル十枠、全然たりねぇよ!! 二十枠……いや、せめて十五枠ほしいぜ! うっぜなぁツムギ!!)
キーラはそこで暗い方向に思考が行く。
(……使うか?『スクリーム』を?)
その技を使えば現状は打開できる。しかし「タイマン」の約束は破る。というか、おそらくヘイズー以外は皆殺しにしてしまう。そして本体は露出するので、ラファエラのスキルで殺される可能性が高まる。
キーラが逡巡していると、その脳内に神託が入る。
『キーラっち~。レイチェルから伝言~。目の前のツムギっちを殺すのガチ禁ね? キーラっち、ツムギっちに負けを認めて撤退よろ~』
「は?」
キーラは担当悪魔、ジョンソン・ドレイクの言葉に思わず声を上げる。
(うぉぉぉい! ジョンソン、そりゃあんまりだ! 普通、そういう指示って我々が超優勢の時に降りて『ふ、今は見逃してやろう』とか『上がお前を見逃せと言っている。命拾いしたな』とか『お前の成長が見たくなったぞ』とかいうやつじゃん! 今、我々、超押されてるのに降参するのダサすぎだろ!?)
『あっはっだっせー。ああ、そうそう。レイチェルが一つ条件つけろって~。なんだっけ? めんご忘れたからレイチェルに確認するわ』
(メモれジョンソン! お前、激バカなんだからな!)
そしてジョンソン・ドレイクが確認した事項を聞いてキーラはわけもわからず「あ? なんだその指示? その理由は?」という。ジョンソンがその理由を説明し、キーラは「え? マジ?」といった。あまりにも意外だが、あまりにもアホらしすぎる理由。キーラは今から『スクリーム』でツムギを皆殺しにしたかったが、その理由では後が怖い。
キーラはため息をついた。ここまでの話は韋駄天で逃げながら行っている。一羽も鳥を使わないキーラをツムギは「鳥が切れた?」と思い始めている。「いや、それは油断させるフェイクかも」とも思う。
「ふっふっふっふ……待ちたまえツムギ」
キーラは韋駄天から停止し、出来るだけ格好つけてツムギを止める。ツムギは用心深く、戦いを止めた。
「……なんですか?」
「……こ、今回は我々の負けにしてやろう。まぁ色々あれなんだ。うん」
「はい?」
ツムギ視点では、キーラが急に負けを認めた理由がまるで分らない。
「その代わりよぉ。条件をのんでくれねぇか? ほら? 我々、いつでもアフラウラの漁師を皆殺しにできるだろ? それこそ、お前が旅に出た後にでも。でもよぉ、お前が条件をのめば殺さねぇでやるぜ?」
言われてみればそうだ。今、この場で漁師たちを殺さなくてもキーラの能力ならいつでも殺せるのだ。
「じょ、条件とは何ですか?」
「今から半年以内に、レイチェルランドに来いツムギ! ちょっとでも遅れたらアフラウラの漁師は殺す!」
キーラはそう告げるが、ツムギは思わぬ条件にぽかんとする。なぜそんなことを言われたのか全く、わからない。言われなくても、自らの意思でレイチェルランドに行くつもりであった。問題はレイチェルランドが半年で到着できるかツムギは知らないことだが……。
「ああ、そうだラファエラ。お前も来た方がいいぜ?」
ラファエラは名指しを受けて意外そうな顔をする。
「わたくしが? なぜ?」
そもそもラファエラもツムギに帯同する気満々だったので言われるまでもなかった。
キーラは邪悪ににやりと笑う。
「いるぜぇ? レイチェルランドにスティルヴィオ・ロンバート」
「……は?」
その名前を聞いた瞬間、ラファエラの中で何かが切れた。メイスを構え、キーラに飛びかかろうとする。
「スティルヴィ……!!」
ラファエラが叫んだ瞬間、ツムギはラファエラに韋駄天で近寄り、パラライズで昏倒させる。
特に描写されてない部分であるが、ラファエラはツムギの前で初対面でマーズの首を絞めた以降も三回発狂するほどキレており、その全てがスティルヴィオ絡みだったのでツムギもラファエラのスイッチは理解していた。
「じゃあな。ツムギ。また遊ぼうぜ?」
と言いながら、その身を再び鳥に分解しようとするキーラ。それを意外な人物が止めた。
「ま、待てキーラ! 一つ教えてくれ!」
「んだよ、ヘイズー」
ヘイズーがキーラが去るのを止めていた。ヘイズーは「早く帰りてぇ」という顔をするキーラに質問を投げる。
「僕たち、改造から元に戻る方法あるのか!? それを教えてくれ!」
ヘイズーがそう聞くと、キーラは少し考えて意地悪く笑い、答える。
「もどらねぇな。他人に対して永続的に有効に働く結構な数のスキル、例えば『貸与の輪』とか『魅了』とかは基本的に術者が死ねば解ける。だが『改造』は例外だ。肉体に対して不可逆な影響を及ぼし、レイチェルが死んでも決して戻らない。再改造も無理だ。もうお前という原型は損ねてるからな。そういう契約だろ? お前、自分で契約して覚えてないの?」
ヘイズーは「国の母を殺すぞ」と脅されて、無理やり改造の許可を出している。
契約書にも記載があったが、一応聞いてみたのだ。
「はっはっは! お前というカブトムシは一生それだよ、ヘイズー!!」
最後にキーラは笑いながら、その身を無数の鳥に分解し、飛び去って行く。あくまでも「存在を保てなくなる」のが残り五羽で存在を保つ必要がないなら、キーラ自身は残り五十羽近くで構成されていた。
ヘイズーはキーラの言葉に力なく項垂れる。
「僕じゃない……僕の話じゃないんだ……」
ツムギは落ち込むヘイズーを慰めようとし……岩の陰からマーズがこちらを見ているのに気づく。
「マーズさん!? 来てたんですか!?」
「さすがにあれだけの爆発音と逃げまわる漁師や海賊を見て、それを無視して海を見続けてる胆力は小生にありませんな……ツムギ殿。なにがあったのですかな?」
ツムギは起きた顛末をマーズに話す。情報不足の部分もあり、意味不明だった個所はマーズが「おそらくこうでは?」と意見し、保管されていく。
「ふむ? カシムザムとやらの裏切り、突然の手裏剣と『半年以内にレイチェルランドに来い』という話だけはよくわかりませんな」
「裏切りと手裏剣はともかく、マーズさん、半年後にレイチェルランド、難しいですか?」
「いや楽勝ですな。東のアフラウラからほぼ西の大陸の果てにありますが、ミルニカ大陸は縦に長い国土。陸路も特にサイカ等は通らない安全なルートだし、普通に大きな都市で数日滞在しても、大体三か月ではないですかね? 急げば一か月半くらいです。仮に、もしスタート地点のこのアフラウラで限りなくトラブって期限がぎりぎりになっても、ツムギ殿が韋駄天を使って、一人で入国すれば一週間もかからないのでは?」
韋駄天を使った入国は思いつかなかった。確かにそうである。
そんな距離感なのに、なぜ半年なんて余裕を持った期限なのかますます謎だ。
「お、おーい? ツムギさん、終わったん、だよな?」
セトが岩陰から恐る恐る聞いてきて、ツムギはようやく漁師たちや女性たち、そして海賊たちを集めた。
◇◆◇
レイチェルは眠気眼であくびを噛み殺し……スマホに映る神野ツムギの顔を見て固まった。
しばらく固まっていたが、神託を通じて自分の担当悪魔「ジョンソン・ドレイク」に連絡する。
「ジョンソンちゃん! キーラに連絡! 目の前の神野ツムギを絶対に殺さないで! そのまま生かして撤収! いや、半年! 半年でレイチェル・ランドに来るように指示を!」
『はいさー』
のんきなジョンソン・ドレイクの声が聞こえる。
『神託』を使った「担当悪魔が同じ転生者間」の疑似通信。
これはピクシー・スーも考えたが、すぐに「あほらしい」と放棄している。前提条件として「同じ目的を持つ転生者の仲間同士」で「その目的に対して悪魔が協力的」である必要があるのだ。
つけくわえておくと「パンデモニウム」の所属騎士は、全て「ジョンソン・ドレイク担当」である。
「WHAT? どうしマシター? 今の方、シリアイですかー?」
バーベルを鉄アレイのように片腕で上げ下げしてトレーニングしながらスマホを見ていたレリクスがレイチェルに聞く。
レイチェルは顎に手を置き、考える。
「いや? 全然、知らないですね。完璧初対面です」
「OH? ではなぜ、助けたデスか?」
レイチェル・ブラボゥは自分でその理由を考える。そして結論付けた。
「うん。わたし、ひとめぼれしましたね。神野ツムギという子、とっても私好みです!」
そして自分で驚愕して真っ赤になる。
「えー!? わたしが!? 恋!? どうしましょう!? わたし『不老』とってるから肉体的にツムギ君と同い年くらいですが、実年齢は三十七歳ですよ!? こ、こんなおばちゃんが初恋とか、変でしょうかね!?」
レリクスは、見たことない表情で赤面するレイチェルに目を丸くする。
「OH……レイチェルさんが研究・開発・改造イガイに興味持つのレアでーす」
レイチェル・ブラボゥは基本的に人間に興味がないマッドサイエンティストだ。そのレイチェルが乙女のように赤面してるのだ。
「で、でも彼を改造……良いですねぇ……! しゃべることしかできない肉塊にして、永遠にわたしと愛を語り合ったり、ワンちゃんみたいに改造してもかわいいですねぇ! ああ、どうして彼は一人しかいないんですか!? いっそ百人に増やす改造から……!」
いや、やばかった。これまで出てきた女より群を抜いてやばかった。まさかたった一言で「ツムギに惚れてるやばい女レース」でラファエラをぶっちぎると思わなかった。
別にマイナス欠点ではないのだが、神野ツムギの昔からある最大の欠点。
それは「やばい女に惚れられる」という性質である。ピクシー・スー、アリシア、オセ、ラファエラ・シルベストリ、レイチェル・ブラボゥ(※アンチェインは好意は持ってますがLIKEですし、仮にLOVEでも「やばい女に惚れられる理論」に一切の否定材料になりません)。一概に「普通の女」は一人もいない。オセあたりは「はぁ!? 厳重に抗議する!」といいそうだが、相対的にラファエラ・シルベストリやレイチェル・ブラボゥよりマシなだけで、ツムギの障害をすぐに殺して排除しようとする女がやばくないはずがない。
ツムギ自体はのんきな気質なので「皆さん、素敵な方ですよ」と答えるが、中学二年生のこと、ヤンデレとヤンデレとヤンデレとヤンデレに惚れられ、ツムギの友人である久野ハルヤや周囲の人間だけがやきもきして、ツムギはストーカーされてることもなんなら盗撮や盗聴されてることも全く気付かなかったことがあった(盗聴器は母がすべて破壊した。「四台も仕掛けるとは……慎重な賊だ」とうなるものの、四台すべて別人が仕掛けた事実に気づかない)。ちなみにヤンデレ四人は勝手に争いあって、全員対消滅に近いことをした。
「ナンデ、半年も開けたんですか?」
「サプライズですねー! すんごくウケる彼をびっくりさせるアイディアが思いついたので……その納期が半年です!」
ちなみにレイチェル・ブラボゥはこの時、納期に関してすごくシンプルで致命的な見落としに気づていない。
レイチェルはそこでようやく、ツムギ以外に注目する。
「……しかっし、あれですねぇ。仲間の転生者、ラファエラ・シルベストリ。これは何人ですかね?」
レイチェル・ブラボゥは転生後につけた名前で彼女は「麗包(レイホウ)」という名の中国人である。
「Huum、アメリカ人じゃないと思いマース。アメリカではシルベストリ聞いたことないデース」
レリクスの本名は「レオニー・スター」。アメリカ人である。
キーラはラファエラとスティルヴィオに何か因縁があるのを知っていたが、二人は知らない。つまりスティルヴィオの同郷、イタリア人だとわからない。
二人が首をひねっているとその背中に声がかかる。
「……シルベストリはイタリア人だね。そいつは同郷だ」
そう言いながら、血まみれのエプロンをつけたスティルヴィオが入ってきた。一仕事終えた後のようで胸ポケットをまさぐり「異世界にタバコがない」事実を思い出したようだ。転生から二年、毎回やってしまう。
「シルベストリ……ああ、からくりサーカスにそんなキャラいましたね。あれ、イタリア人でしたっけ?」
『ああ、そうだ。ラファエラ・シルベストリってやつ、スティルヴィオにすごく執着してたみたいよ。なにしたん?』
レイチェルの脳内にジョンソンの声が聞こえる。スティルヴィオの担当はクワトロ・ペコリなので、神託はとらせてない。スティルヴィオは偶然遭遇した転生者であり、殺してスキルを奪うつもりだったが、なかなか面白い男だったので食客として招きいれたのだ。
「スティルヴィオさん。ラファエラ・シルベストリという名前の方は貴方にとても執心があるそうですが、何をしたんですか?」
「ラファエラ・シルベストリ?」
スティルヴィオは腕を組んで真剣に考える。そして数秒後に口を開いた。
「さぁ? 知らないね、そんな女。僕の被害者の家族か何かじゃないかな? でもシルベストリって子は殺してないよ、僕は」
◇◆◇
レイチェルランド一級騎士『生命のキーラ』
所持チートスキル
・異世界言語マスター
・韋駄天
・チートスキル解析
・神託
・スマホ持ち込み
・異世界転移ポータル
・テレパシー
・自爆
◇◆◇
●未遂でしたがツムギ君の胸で受けるアイディアは@asami1209さんのコメントから採用しました。というか「これ、なんで私が思いつかなかったんだ」と思いました。本当に素晴らしいアイディアです。「ツムギ君なら思いつくし、する」と思います(たか野む)●
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