アフラウラ編 第18話 アフラウラ海戦⑤ 自在のタムギリ

「……なんですかね? 海賊に動きがありませんね。私たちはいつまで待機してればいいのですかね?」

 ツムギたちが姿を現して十数分、ガレオン船から何の反応もない。

 まさかツムギたちを射殺する準備をしているとは気づかない。

 もし散弾の雨が降り注いだ場合、ツムギたちに助かる術はほぼない。女性たちはまず全員死ぬだろう。運良く助かっても重症だ。ツムギのみであれば着弾前に韋駄天で逃げれるかもしれないが、そんな「自分だけ助かる」ことをよしとするはずがない。「無敵の盾」は散弾に対して面積が小さすぎる。ラファエラにも一応、怪我はおうものの、助かる手段はあるが今は全体的に消耗状態なので即座にその判断ができるか難しい。オセもかなり頑丈なので生き延びるかもしれないが、ツムギが生存して他者回復をかけねば継続した戦闘は不能だろう。この中で散弾を浴びて無事なのはヘイズーくらいである。

 差し迫った危機に気づかず、ツムギたちはいささかのんきなほど、相手の出方を待ってしまっていた。


      ◇◆◇


「全砲門。発射準備、整いました!」

 タムギリはその伝達を聞くとうなづく。

「……よし、では砲兵どもに発射をさせろ」

「は!」

 タムギリはツムギたちがひどい災厄になると確信している、これでよかったのだと心底安堵する。

 あとは砲弾が発射され、入り江に鮮血で染まる。これで、大丈夫。これで安心だ。


 しかし次の瞬間、タムギリもツムギたちも誰もが予測していなかったことが起きた。

「は?」

 おもわずタムギリは言う。入り江の前に突然、遮蔽物が出現したからだ。

 カシムザムのキャラック船がガレオン船と入り江の間に割り込んできたのだ。

「おいおい、カシムザムのやつ、何のつもりだ!? どういう考えだ!?」

 この時点でタムギリですら「カシムザムが自分から裏切った」とは考えない。何なら「ほかに伏兵がいて、船が乗っ取られた?」とまで考えてしまう。


「……乗っ取られたのか?」とタムギリがささやくと部下が声を発する。

「カシムザムさん、船に乗ってますよ!」

 確かにカシムザムの巨体が甲板に見えた。

 ……ということはこれはカシムザムの作戦か? まだタムギリはカシムザムの裏切りを考えない。あの忠義に厚い男が裏切ると考えられない。

 次の瞬間、カシムザムのキャラック船がガレオンに向かって、何門か大砲を発射してきた。

 至近距離だったので、大砲は着弾する。通常の質量弾だ。何発かもらってもすぐには沈没しないがもしマストが折れたりしたら致命的なのは間違いない。


「……カシムザムさんの裏切りだー!!」

 部下が声を発するがタムギリはそれでも「何かの間違いでは?」と考えてしまい己の考えを否定するように首を振る。

「反撃しろ! キャラック船を沈めるんだ!」

 タムギリは女の皆殺しを決めた以上の苦痛の顔でそう部下に告げた。


      ◇◆◇


 キャラック船に乗っているカシムザムの部下たちは散弾が降り注ぐ甲板で恐慌を起こす。カシムザムは盾で散弾を防いでいる。

「ガレオン、反撃してきました! カシムザムさん、これ本当に作戦なんですか!? これ大丈夫なんですよね!?」

 カシムザムは大げさにうなずいた。

「大丈夫、俺の作戦通りだ。俺がタムギリ船長を裏切ると思うか?」

「ですが、これは、その明らかに……」

「いうことを聞け。次の反撃準備しろ」


 しかし、部下の一人はカシムザムの指示に首を振る。

「き、聞けない! どう考えてもこれはタムギリ船長への裏切りだ! 聞けるはずがない! 俺たちはまだ死にたくない!」

「ああ?」


 カシムザムはそう声をあげると、無言でその部下に近づき……刃になっている右手をふるうと、その部下を両断してしまった。

「後で死ぬか、今死ぬかだ。わかったらすぐに反撃を準備しろ」

 青い顔をした部下たちは慌てて反撃準備をする。

 士気は最悪、側面に40門の砲弾があるガレオンと10門のキャラックでは話にならないだろう。

 俺はここで死ぬ。だがそれでいいんだ。


 ツムギたちの方を見る。時を稼げば少しは逃げてくれると思ったが、見ると「期待以上」に時を稼いだ意味があった。


 カシムザムは改造体の中で大成功例の一つではあるが、その姿は他の大成功例よりパッとしない。

 ただ、右手が大きな甲殻類じみた刃物であるだけ。言ってしまえばカシムザムの異形はそれだけであるが、その攻撃力は尋常ではなく「巨獣ヘイズーも両断できるのでは?」と噂されている。


 カシムザムの異名は「剛切のカシムザム」。もちろん今の姿から付けられたものであるが、それはただ彼の姿に基づいたものではなく、元の異名からもとられているダブルミーニングだ。

「忠節のカシムザム」。

 それがカシムザムの元の異名である。もちろん『異世界言語マスター』で翻訳された和名であるが、元の言語も剛切と忠節のダブルミーイングに近い響きであり、それ込みでの翻訳だ。


 彼は忠義者だった。ひたすら上に尽くして、それが第十三船団元団長から、タムギリに変わろうが彼はただただ忠義を全うした。

 そんな彼はサイカの歴史書に名を遺すレベルの将軍ではないが、主に海戦史を取り扱った書籍では短くこう書かれる。

「最後に主人を裏切り、晩節を汚した」と。


 いや、カシムザムは忠義者だった。最後まで忠義を果たそうとしていた。


(いま、多くのインテリジェンス・オーガが手のひらを返し、貴方を悪いように言うがこのカシムザム、あなたへの忠義は変わりません。あの方をお守りして死ねる。これに勝る喜びはない)


 いや、いくら何でも「あの方本人でない」ことはカシムザムにもわかっている。

 しかし、間違いなく縁者だ。見間違えるはずがない。ならば俺が救わなくてどうするか。


「テムズサーク様! 地獄は広うございます! このカシムザム、先に行って見ておきますぞ! 案内は任されよ!」

 テムズサーク様の今の行い、自分のこれまでの行いを見れば二人とも地獄行きは間違いはない。

 巻き込まれる多くの海賊はたまったものではないが、カシムザムは笑いながらキャラック船と運命を共にした。


      ◇◆◇


「キャ、キャラック船、完全に沈みました」

 タムギリの部下が告げる。ガレオンにもダメージはあるがまだ「損傷軽微」の範囲内だ。

 タムギリは本当にカシムザムが裏切った理由がわからなかったが「バカしかいない部下の中では唯一、使える男」だったので、その胸は不快感におおわれていた。


「あれ!? タムギリ船長!? 入り江を見てください!?」

 そう言われてタムギリは入り江を見る。望遠鏡を使うまでもなく、その異変はわかった。

 入り江には誰もいないのだ。

「だ、誰もいません!」

「いねぇってどういうことだ!?」

 それはキャラック船との撃ち合いは時間はかかったが、その間に逃げれると思えない。そもそもあの入り江は女が入った後、秘密裏に封鎖しているのだ。逃げ道があるはずがなかった。

 誰もいない無人の入り江をタムギリは不気味なものを見るように見ていた。


      ◇◆◇


 キャラック船の乱入、入り江の封鎖を見ると、ラファエラの動きは迅速だった。

「ツムギ氏! 女性を逃がすのはわたくしに任せてください! ツムギ氏は船に乗り込んで!」

「は、はい!」

 ツムギにはキャラック船が乱入した理由は皆目わからないが、ガレオン船が撃っているのは散弾だと気づく。アレを自分たちに撃つつもりだったのだ。ツムギにも「キャラック船に救われた」ことはわかる。


 ラファエラのしたことは非常にシンプルである。

 五十人前後の女性全員に「水上歩行」をシェアしたのだ。そして海からそのまま、海賊島の裏手まで逃げようとしていた。

 もちろん消耗したラファエラがそんなことをしたので、もうほとんど精神力は枯渇している。

 それでもガレオン船に「沈没」を付与した日は気絶したので、それよりかはマシではあるが、真っ青な顔をしてイディアに肩を借り、海の上を歩いている。


(任せましたよ、ツムギ氏、オセ氏……!)

 ラファエラは気絶寸前であったが、なんとか「女性たちを海賊島の裏までは逃がさねば」という思いで気合を入れて立ち上がっていた。


      ◇◆◇


「なんだあれ?」

 その影を最初に見つけた海賊が疑問の声を発する。

 それは鳥にしてはあまり大きすぎるし、第一、飛び方がおかしい。そもそも、羽根が見えないし、だんだんとこちらに近づいてきてるような。だいいち、何か胸が赤くないか?

 ストン、と静かにその巨大な何かはタムギリの乗る船の甲板に降りてきた。無敵の盾で勢いを殺したのだ。

 よく見ると何かを抱きかかえている。


 もちろん神野ツムギだった。「韋駄天」でタムギリの船に降りたのだ。オセも一緒である。オセは高身長すぎるのでおんぶの体制は足が地面につき、ツムギに足を絡ませるのは恥ずかしいのでいわゆる「お姫様抱っこ」の体制である。

 戦場でその体制を喜んだり、恥ずかしがったりするほどオセは甘くない。

 オセはお姫様抱っこの姿勢から降りるとツムギの背をカバーするように立つ。


 ツムギは「先ほどのキャラック船との戦闘音がイディアたちへの発砲」と考えて、泣いているイディアの幼馴染を見る。


「おいおいおいおいおい、マジかこいつら、二人で乗り込んできやがったぜ!」

 海賊の一人が指さして笑った瞬間……タムギリがその海賊の顔を殴った。

 問題は距離だ。タムギリから海賊までの距離は4メートルあり、ツムギの目線ではどう見ても腕が伸びたようにしか見えない。

 腕が伸びる。海賊。

 ツムギはどうしても頭の中に浮かぶイメージを振り払う。第一、有名なので情報くらいは知ってるがツムギはその漫画は読んでない。


「……忘れたのか? レイチェルの部下どもはわずかな数で船を沈めたぞ? 何ならあのブラントンとかいう女に何人殺されたと思う?」

 タムギリがそう告げると、海賊たちは思い出し、その顔から油断が消える。


 背中合わせのオセが告げる。

「……ツムギ君、一応言うけど状況が状況だから、私、普通に殺すよ」

「仕方なしですね。私は殺しませんのでそれで帳尻合わせとしましょう」

 

 タムギリは切れた顔で眼鏡を捨てる。多少の近眼であるが、戦闘中はあった方が邪魔であった。そのままツムギに告げる。

「てめぇら……余計なことをたくさん、たくさん、してくれたなぁ? おかげさまで俺の平穏が台無しだ」

「人の不幸の上で成り立つ平穏などあってはならない! 素直にお縄につきなさい!」

 説教臭い、ツムギの甘い言葉が気に入らない。

 タムギリは「殺せ!」と部下に命じ、部下はいっせいに襲い掛かった。


 ツムギを襲ってきた海賊をパラライズで昏倒させる。

 さて、神野ツムギの所持スキルにおいて、このような状況において、強スキルは何か?

 当然「パラライズ」であるが、誰かとの共闘に限れば「他者回復」も尋常じゃなく強い。

 オセは腕で急所を守りながら突撃する。

 銃弾が飛んでくるが腕で防ぐ。継続戦闘を困難にする怪我だが、オセは痛みで顔を歪めながらも、傷口をほじり腕に刺さった銃弾を抜く。次の瞬間、オセの腕が治った。「超回復力」もそうであるが「他者回復」も弱点として「矢などが刺さっている状態では使えない」というものがある。


 そのままカットラスでオセを撃った海賊の首を切る。

 即死しなければ不死身。ただでさえ強い傭兵オセがツムギと組むことで尋常じゃない強さを発揮していた。

「こっちも使ってはみたかったんだよね!」

 オセはそういうと、殺した海賊が下げていた手斧を奪い、片腕で投擲する。スコン! と音を立てて、オセを銃で撃とうとしてた別の海賊の頭に斧が刺さる。即死であったがもう少し深く刺さると思っていたオセは「むー、武器は整備した方がいい!」といいながら、背後から襲いかかろうとする海賊を振り向きもせず、カットラスで切った。

 ふざけた格好のトカゲ女がめちゃくちゃ強い。

 海賊にとっては悪夢でしかなかった。


 次の瞬間、タムギリの肉体が大きく変位し、ツムギも目を見開く。

 ヘイズーからタムギリの改造が何かを聞いていない。彼はタムギリがどのような改造を受けたのか知らなかった。


 タムギリ。身長190cmの手足の長い男であるが、その体に他の「大成功例」のような一見してわかる特徴はない。

 しかし、タムギリのデータを見れば、誰しも即座に彼の異常性がわかるだろう。

 タムギリの身長は190cmちょうど。そして体重は500kgである。

 タムギリには圧縮された肉がギチギチと詰まっていた。「自在」の二つ名とは、自身の肉体への拡張性。タムギリは圧縮された肉を使い好きなように肉体変異させることができた。


 ミチミチと音を立て、タムギリの背中から二本の腕が生えてくる。

 そして倒れた部下たちのカットラスを拾うと、計四本のカットラスを構えた。

 それを見たツムギが不満そうに叫ぶ。

「なんでゲームの四本腕のキャラって、四本の剣を持ってしまうんですか!? 私の持ってる攻略本、皆そうでしたよ! ですが常識で考えてくださいよ! 普通は剣って二刀流で持たず、両手で持つでしょ!? 四本の腕があるなら、普通は両手持ちの二刀流にするべきです!」

「ツムギ君って戦略とか軍事とか戦法の話をするときって少し早口だよね」

 オセはあまり言ってはいけないことを言った。ちなみにカタログの話はもっと早口だ。


 タムギリはツムギの言葉を無視して、さらに四本の腕を伸ばし、襲い掛かろうとしたが……。


「パラライズ」

 ツムギの出したパラライズでタムギリは昏倒する。

 最終決戦なのに、あまりにあっけない幕切れ。

 タムギリの力はあまりにもパラライズに不利すぎた。


「せ、船長が倒れたぞー!?」

 海賊たちは恐慌を起こす。さらに海賊が不利になる追い打ちが来た。

「うわー!? ヘイズーだ! ヘイズーが乗り込んできたぞ!?」

 さすがに重すぎて持ち上げられず、ツムギの韋駄天では運べなかったが、ヘイズーもガレオン船には乗り込む準備はしていた。一応、女性たちを安全地帯まで運んだことを確認すると、ヘイズーはツムギたちに加勢に来た。一方的なワンサイドゲームがさらに一方的になっていく。


 ツムギの良く通る声が響いた。

「降伏してください! 私たちは降伏を認めます!」

 海賊たちは顔を見合わせる。

 一人が武器を捨て両手を上げ「降伏する!」と叫んだ。

 それを見たほかの海賊たちも次々と降伏していく。


 ツムギは安堵した。これはかなり最小限の被害数で勝てただろうと。


      ◇◆◇


 タムギリは追いパラライズで何度か昏倒させられ気づけば四本の腕に手枷、足枷をつけられ、あの入り江に転がされていた。

 手枷と足枷の数が足りず、何人の海賊はロープで縛られているが、百人以上の海賊が束縛されている。見るとカシムザムのキャラック船乗組員もいる。無事だった乗組員は全員救われたらしい。カシムザムの姿はなかった。


 タムギリはほくそ笑む。

 ツムギが甘すぎるからだ。

 タムギリに手枷と足枷の意味はない。何なら新しい腕と新しい足を生やせばいいのだ。ツムギはタムギリを瞬殺しすぎた。その能力が「腕を四本に生やし、腕を伸ばす能力」と考えてしまったのだ。


 しかし、タイミングを見ないとだめだ。今この場で逃げてもすぐにツムギに昏倒させられるだけだ。


 イディアと告げ口をした幼馴染の女性は気まずそうだ。これから幼馴染の女性は、アフラウラの村中から蔑まれる生活を送るだろう。それを救ってくれるのはイディアであったが……それはいま語る話ではない。


「おーい! ツムギさーん!」

 キャラック船に乗ったセトが甲板からこちらに手を振っている。

 海賊島で最初から決めていた「すべて終わった」合図の狼煙を送り、こちらまで来てもらったのだ。


「セト!!」

 イディアは再会できた喜びに喜色を浮かべるが、すぐに自分が人妻であることを思い出し、咳払いする。


 しばらくして、セトが海賊島に船をつける。

「イディア!」

 そういってセトはイディアに抱き着いた。

 イディアは赤面して「だ、ダメだよ、私、ほかの人の奥さんなんだよ!?」というがその顔は満更でもない。


 マーズが見当たらないので、ツムギはセトに訪ねる。

「セトさん、マーズさんは?」

「マーズさんなら、なんか海岸に座ってボーッと海を見てるけど」

「それはほっといてあげましょうか。多分あの人は、我々並に苦労しました」

 セトは百人近い束縛された海賊を見て眉を顰める。

「ツムギさん。これからこいつら、どうする?」

「そうですね……百人近い海賊をアフラウラに連れていけませんし、いったん、海賊島に残しましょうか。武器は全部溶かしますが、もちろん、変なことをしないように、私とオセさんが残ります。できればラファエラさんもいてほしいですが……」

 ラファエラはツムギの従者じゃないうえに、今はようやく気絶から目覚めたが、ほぼ満身創痍だ。しかし、ツムギの言葉に首を縦に振り、うなずく。ツムギはその反応を見て、安堵する。

「皆さんは女性の方々をつれて、アフラウラに戻ってください。それでオービュロンに今回の件を報告。海賊島には正規の軍隊を派遣して海賊は引き取ってもらいましょう」

「……オービュロンが動かなかったら?」

「それは大丈夫です。オービュロンは海賊をサイカの配下ではないかと怖がっていたようですが、彼らはサイカの脱走兵です。むしろ、サイカと交渉材料ですね。サイカが引き渡しを要求するでしょう」

 むろん、そんなことをすれば海賊たちは極刑だとは理解していたが「司法に任せる」がツムギに譲歩できるギリギリである。ある種、自分の手を汚さない偽善とも取れる行為であるが、自分の裁量で解放し海賊たちをこのまま野放しにするのは危険であるし、ツムギとしては悩みになやんだ結論だ。


 タムギリがふと、顔を上げるとツムギに質問した。

「一つ、聞いてもいいか?不思議なんだが、実はお前らの村には一人、内通者がいて何か異常があれば即座にこちらに連絡が入るようにしてある。だが、何もなかった。俺はそこの女が『オービュロンのエージェントが島に入っている』と聞くまで、何の異常もしらなかった。内通者はどうした?」

 内通者には「半失敗作」。心臓と本体が独立した失敗作の心臓を渡しており、その心臓をつぶせば本体は絶命するため、本体は海賊島に置き、アフラウラの内通者に心臓を預け「何か異常があれば心臓を潰せ」と伝えているはずなのに、その半失敗作には何の異変もなかったので、タムギリはてっきり何も起きていないと思ってしまったのだ。


 セトは驚く。

「内通者が村にいたのか!? 誰だ!?」

 タムギリは状況的にほぼ積んでいるので、自棄を起こしたように叫ぶ。

「村長の息子だよ! あいつが村の内通者だったんだ! あのクソみたいな目を見て、すぐ俺らと同じと思って色々任せたのに、あの野郎使えねぇ!」

 イディアは驚く。そして怒りがわく。ということは、夫は保身のために自分を売ったのだ。イディアは海賊の襲撃時、村はずれの洞窟に十人ほどの若い女性と隠れていたが、どうりで即露見したわけだ。あの洞窟に隠れるのは村長の指示で、その場には息子もいた。

「村長の息子?」、「そういや、出航の前まで見てねぇな」、「女を買いに行ったんじゃねぇか」と口々に漁師は言う。


 タムギリはそれを聞いて愕然とする。

「おいおい、マジかよ。あいつの性欲のせいで破綻したのか!? いや、いくらあのうすら馬鹿でもそんなことはねぇはずだ!『約束の日』がちけぇんだから、村から離れるわけがねぇ!」

 実際、村長の息子が生きていたら「ツムギが村へ略取に着た船を拿捕したのをみて、心臓をつぶし異変を伝える」、「海賊島から半失敗作の本体の死をみた海賊たちはキャラック船を出航」、「村長の息子も船を出して、一日で合流」、「起きている異変をすべて知り作戦を立てる」という手はずだったため、ツムギの作戦は破綻していた。

 全てはラファエラが村長の息子を殺したから今に帰結し、なんならそれは村長の息子がラファエラに乱暴をしようとしたからで「あいつの性欲のせいで破綻した」というタムギリの意見は何も間違っていない。


 精神消費で青い顔をしたラファエラがガッツポーズをした。「よっしゃあ!」とまで軽く言う。視線がラファエラに集まる。ラファエラは高速で嘘を組み立てた。

「残念ですね。あなた方の企みは看過していた。わたくしがアフラウラに到着した晩、たまたま覗いた村長の息子さんの部屋で、彼が海賊への内通の手紙を執筆しているのを見てしまった。わたくしはそれが何かを咎めたら、彼は、なりふり構わず、わたくしに襲い掛かってきた。わたくしに、そんなつもりはなかったのですが、たまたま振るったメイスの当たり所が悪く、彼は即死しました。うぅ……仕方なく、わたくしは彼の死体を海に捨てたのです……」

「なんかラファエラさん、すごく早口じゃないですか?」

 ツムギが感想を漏らしオセは疑惑の目を向ける。

「……というかその話本当なら、絶対私たちに言ってるよね?『村長の息子が裏切り者』だって」

「それはさすがに村長の息子を殺害したなんて言えるはずないじゃないですか。わたくしに殺す気はなかったのです……」

 言い分としては納得できるが、ツムギとオセの脳内にはラファエラがあまりに慣れた手口で殺人を行う姿がリフレインされる。あれは何度かやってなきゃ無理だ。

「あいつ、手紙なんて今まで書いてたか?」、「いや知らねぇな」と海賊たちが口々に言い、ラファエラは「黙りなさい! 書いてたったら書いてたのです!」と怒鳴りつける。適当な嘘は破綻が多いのでやめた方がいい。


 イディアは複雑な表情でつぶやく。

「そっか。あいつ、死んだのか……」

 セトも複雑そうだ。

 イディアも「じゃあ大嫌いな旦那が死んだから再婚しようセト!」みたいノリにはなれないし、第一、人が死んで喜ぶほど、倫理観が終わってない。


 そんな中、一人だけ異質な反応を示しているものがいる。

 タムギリだった。タムギリだけは今の話を聞き、青い顔をしてガクガクと震えていた。


「ちょっとまて! 殺したのか!? あの馬鹿息子を!? いつだ!? 何時殺した!?」

 タムギリのあまりの剣幕に、ラファエラは不思議そうに答える。

「あなたたちの船が略取をする前日ですね」

 それを聞いたタムギリはいよいよガタガタと身体を震わす。

「……血を渡す前にあいつを殺したのか! なんてことだ! あの船は略取だけではなく、アフラウラに血を渡す役目があったんだぞ! アフラウラから血をレイチェルに受け渡すのはあの息子だったんだ! 全部全部、キーラが海賊島まで来るのを面倒くさがったから……」

 そういえばそんな血が船にあったなとツムギは思い出す。

 しかし、タムギリのおびえ方は尋常ではない。


「来る! キーラが来るぞ!」

「もう来てると言ったら?」

 上から声がしたため、ツムギたちは驚いて上を見る。しかし、そこには鳥しかいない。いや、鳥がいささか多すぎる。無数の鳥が旋回をしていた。セトは思い出す。出発前に村で見た鳥だと。


 その鳥が急に下降をしてきた。複数の鳥が一斉にだ。

「うわ!?」

 セトや漁師、ヘイズーまでとっさに防御姿勢を取るがラファエラ、オセ、そしてツムギの三人は目を伏せず鳥を見る。ヘイズーの話を総合するに、今からくるキーラは転生者だ。「転生者との闘いにおいて目線を切ることの恐怖」を三人とも理解していた。

 うるさいほどの羽音、鳴き声が響き、ツムギは鳥を初めて至近距離で見てギョッとする。

 パーツはほとんど鳥だ。だが眼球が大きく、白目がちな目は人間の目のような形をしていた。

 そして、鳥たちは次第に集合していき、一つの大きな巨大な肉塊を形成していく。その巨大な肉塊は縮小し、一つの人間の形を作った。鳥たちが集まり出来た肉塊が痩せた美少女となる。美少女は鳥の一羽が運んできた眼鏡をつける。全裸であったが、鳥たちが集まり、羽毛のような服を形成する。


「よぉタムギリ」

 痩せた美少女はタムギリに挨拶する。

「よ、よぉ、キーラ。痩せたか?」

 しかし、キーラは楽しそうに笑った。

「タムギリ。契約違反だぜ? 我々に三ヶ月に一度、血を分ける。分けなきゃタムギリと海賊たちは死ぬってわかってるだろ?」

「し、仕方ないだろ!? 事態が事態だったんだ!」

「契約は契約。我々は知らんよ」


 タムギリはいよいよ、怯え切っていた。

「こらこら、そんなにビビるなよ。まぁ、こえーよな。うん。じゃあ粛清はすぐ終わったほうがいいか」

 痩せた女……キーラはそういうと手のひらをタムギリに向ける。キーラの手のひらから、異様な高速で何かが射出される。オセだけは目がいいので見えていた。鳥だった。鳥がキーラの手のひらから出てきたのだ。

 そして、鳥はタムギリにぶつかると……大爆発を起こした。

「うわ!?」

 セト達は思わず地面に伏せる。しかし、タムギリは全身が焼けこげ、煙を吐きながらもまだ生きていた。

「あー、やっぱタムギリ頑丈だね。君、出来がいいよ」

 次の瞬間、タムギリは新しい手足を生やし、キーラに襲い掛かる。生やした腕は拳の重さを200㎏にしてある。ただの打撃だが、ただではすまないだろう。だが、タムギリがなぐりかかった場所にキーラはいなかった。いつのまにか、タムギリの背後に回っていた。

 ツムギたち三人は気づく。「韋駄天だ」と。

 キーラは手を向けると今度は三羽の鳥を出す。その全てはタムギリにぶつかり、爆発を起こす。


 煙が治るとタムギリはどう見ても死んでいた。

 海賊たちは恐る恐るキーラを見る。

「あ、ヘイズー以外は皆殺しだぜ? 地獄で海賊団を作るといい。ちなヘイズーは特別視じゃなくて、爆破で殺せないからね? あんたはあとでやるよ」

 その発言に海賊たちは恐怖する。

 キーラは身体から複数の何かを出し、それは雲のように上空に滞留を始める。

 鳥だった。キーラは再び自分の身から鳥を出していた。それは上空を少し旋回すると流星のように海賊たちに襲い掛かり、大爆発を起こすが……。

「んんん?」

 キーラが不思議そうに首をかしげる。

 爆発の規模が足りない。

 よく見るといくつかの鳥は爆破せずに地面に倒れていた。ツムギだった。すべての鳥を処理しきれないが、パラライズで数割は昏倒させていた。


「オセさん! 生き延びた海賊たちの拘束を解いてください! 海賊の皆さんは拘束が解けたら逃げて! 漁師も、女性の皆さんも!」

「へぇ。君面白いねぇ」

 キーラはツムギに向き直り、深々と一礼する。


「我々はレイチェルランド一級騎士『生命いのちのキーラ』」

 そして、顔を上げるとツムギ達を見た。

「我々はおめーらの名前知ってんのにフェアじゃないもんな。なぁラファエラ・シルベストリ、神野ツムギ、オセ。うんうん、墓標に刻むのに名は大事だ」

 ツムギはようやく気づいた。さきほどは会話の流れから違和感があったが、この人、一人称が「我々」だ。


「なぜ、わたくしたちの名を知っていたのですか?」

 ラファエラが満身創痍ながらも隙があれば襲い掛かる準備をし、油断なくにらみつける。

「おいおい、勘付いてるだろ? 我々はずっとあんた達を監視していた」

 ツムギは思わず空を見る。

 鳥はいつから飛んでいたか? 飛んでいた鳥全てが目であり耳だったのだ。

 なお、そんなチートスキルはない。これは間違いなく、レイチェルの改造を受けている。

「んで、なんでこんな重要な我々の秘密を語ったと思う?」

 キーラはそこでためを作った。

「もちろん、お前ら、全員殺すからさ」

 キーラは手のひらを上に向け、一羽だけ鳥を出す。

 その鳥を漁師が逃げようとした位置の少し先に落とした。漁師たちは腰を抜かす。

「一か所に集めた方が守りやすかったねぇ。我々、結構攻撃範囲広いぜ? なぁ、ツムギ。君、随分と優しいようだけど全員守りながら戦える?」

 ツムギは戦慄し、自分の判断ミスを悔いた。



レイチェルランド一級騎士『生命いのちのキーラ』

所持チートスキル数八つ


・異世界言語マスター

・韋駄天

・????????

・神託

・スマホ持ち込み

・????????

・?????

・??

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