アフラウラ編 最終話 レッドドラゴン

 ようやく雪が止みそうだった。雪が止んでも全ての雪が即溶けるわけではないので「よし! すぐでよう!」というわけにもいかないが、止んだ翌日にはツムギたちは旅に出ることにする。セトによるとしばらくは晴れていい天気なのもプラス情報だった。


 マーズは仲間たち(ツムギ、オセ、ラファエラ)を集め、旅の工程を再度告げる。もちろんオモイカネも聞いている。

「いいですかな? アフラウラから、乗合馬車に乗り、四日ほどかけてオービュロン国境の町、ユースウラまで行きます。そこからレイベルに入国する手続きをとるので、ユースウラで二日ほど待機ですな」

 ちなみにアフラウラとユースウラの語感が似てるのは、ウラは大陸共通語で「豊かな」という意味であり「豊橋」とか「豊洲」とか「豊島区」を異世界人が見た時に「同じ字を作ってるね」という感想を抱くようなものである。

「……馬車来るんですかね? 結構積もってません?」

「オービュロンの馬は雪原生まれです。雪原には強い。降ってなければ来てくれるでしょう。来てくれない場合、またしばらく待機ですな……」

「なるほど」

 

「前提としては来てくれる前提で話しましょう。ユースウラでは仕事があります。それは本格的な野宿の準備です」

「野宿……初めてですね」

 全てマーズの運行管理が完璧なおかげだ。

「なんと。ツムギ氏は野宿をしたことがない?」

 旅を長く続けていたラファエラが驚く。ラファエラは野宿をしまくっている。女の一人旅で野宿は何度か野盗に襲われているが、ラファエラは全て返り討ちにしていた。そのうちの一人が転生者でこれが「身体能力強化持ち」であった。

「ユースウラからレイベルの最大都市オーテサンに入るには山越えが必要です。遠回りで楽なルートを行くので、そこまで過酷なものではありませんが、一日では超えられない。三日か四日はかかりますな。どうしても野宿が必要です。今回のレイチェルランドまでの道のりで最も過酷な部分ですな」

 それはサイカやオービュロンがレイベルへの派兵を阻む山であった。

「キャンプみたいで楽しみですね!」

 ツムギ気楽に言うと、山での宿泊に慣れているオセとラファエラは「そんなに楽しいものではない」と暗い顔をした。

「オーテサンでは皆さん、疲れているでしょうし、この後の準備も考えて一週間は滞在したい。路銀はまだまだ豊富にあります。あまり使わないと金が拗ねますぞ。ここまでノートラブルなら十七日、まぁ何らかのトラブルを見越しても二十日と数日ほどではないですかね?」

 広げた地図の上ではその段階でレイチェルランドまで四分の一くらいだ。

「そこからは乗り合いの馬車に乗り、点々と動きながら、村々の宿泊施設に泊まって……二週間ほどの旅になりますかね? それで二週間でキングコロシアムに着くはずです」

 マーズがあまりにシレっと告げ、オセも特に気にしていないものだから、ツムギもラファエラも一瞬「聞き違いか?」と思い、二人は顔を見合わせる。ツムギがおずおずと口を開いた。

「すいません、今どこに着くと?」

「キングコロシアム」

「聞き違いじゃなかった!?」


『ツムギさん。「キンコロ」は四十年前に黎明期の転生者が作った街です』

 オモイカネが補足する。

「あ、その感じで略すんですね」

「キングコロシアムでもしばらく滞在になりますかな」


その後のマーズの話を省略すると、それでレイベルから国境を超え、ブロンスへ入国。ブロンスからレイチェルランドへ入国。ノートラブルなら三か月弱で着くらしい。

「現状でアフラウラに一週間以上、足止めされているのでノートラブルはあり得ませんが……」とマーズは付け加える。

 マーズはツムギを見る。この主はどう考えてもトラブルに自分から首を突っ込むタイプだ。長期化は避けられないだろう。半年を超えないように自分が管理せねばいけないと気持ちを引き締める。


 もちろんツムギはトラブルに巻き込まれる。

 主な巻き込まれる場所は四か所。レイベル最大都市オーテサン、今マーズが特に地名を告げなかったレイベル国内の「ケッセルリンク」という街、キングコロシアム、そしてツムギ史を編纂するものは「え!? なんでこの時期にここにいるの!?」と皆驚く北の果てイルメニアである。


      ◆◇◆


 四十歳になる王龍(ワンルン)はサイカマフィア「レッドドラゴン」を一代で築き上げたレッドドラゴンの総帥にして転生者である。

 見た目は分かりやすくどう見てもカタギではない。スキンヘッドに丸いサングラス、顔には稲妻のようなタトゥー。無精ひげを生やし、ピアスやネックレスなどの装飾も上品なものではない。

早朝にコーヒーを飲みながら王龍は語る。タトゥーの色は黄色だった。

「さわやかな朝だねぇ。気持ちよく起きれた。この芳醇なコーヒーも、これができるまでの歴史を玩味しているような気がする。僕、今日はなんだかいい事ありそうな気がするよ」

 しかし、王龍のその喋り口は意外と穏やかかつ知的な面をのぞかせており、王龍のヴィジュアルを伏せて、声だけを聴けば進しも「温厚な教師」のような風貌を連想するだろう。見た目は前述通りなので「流す音声間違えてます?」と勘違いされそうだが。


 王龍の横についていた腹心のカクがため息をついた。彼もオールバックに強面で長身、顔に傷のあるどう見ても堅気ではない。

「それを聞いて私の心は暗霊ですよ。あんたの予測はいつも外れる。この間も『今日はいい天気になりそうだ』と言った日に土砂降りだったじゃないですか。『ああ、今日は悪いことが起きるんだな』と気持ちが暗くなりましたよ。全く、人の思考を読むくらいには予測も読んでほしいです」

 王龍は「そりゃないよ」という顔をカクに向ける。

「おいおい、カクさんはそんな非科学的な要素を信奉してるんだね。天下のレッドドラゴンが泣くぜ?」

「最初に言いだしたのはあんたでしょうか」

「じゃあ、賭けようか。今日、良いことがあるかないかに50リン」

 リンはサイカの通貨で現代の紙幣価値換算は難しいが大体3000円くらいである。先週、レッドドラゴンは250万リン規模の仕事を終えたのに、妙にけち臭い。

カクは仏頂面を崩さない。

「いいですよ。ランチを奢ってくれると受け取りましょう」

「お、言うねぇ〜」

「はいはい。で、新しく始めたシノギの詐欺についてですが⋯⋯⋯」

 可愛いおじさん二人から、急転直下で悪になるので風邪をひきそうであった。


      ◆◇◆


「いやー、本当に気のせいだったわ」

 王龍たちはサイカ兵に囲まれ、銃を突きつけられて手をあげていた。朝は黄色かったタトゥーがなぜか青くなっている。周囲にいるレッドドラゴンの構成員は十二名ほど、兵隊の数は五十を超えている。

「ああ、逃げ出さな方がいい。建物の外は二百のサイカ兵が囲んでいますよ」

 サイカ宰相を名乗る嫌味そうな表情の男は下品な笑みを浮かべてそう語る。見下すものの笑み。権力に酔っているものの顔だ。

 宰相は言葉を続ける。

「いやー、しかし、尻尾を掴むのに苦労しましたよ。王龍様。他のサイカマフィアは皆、サイカ国に忠誠を誓い、いくらかの金を払ってるのに、レッドドラゴンは中々顔を見せない。こちらから足を向けさせるとはなかなか不敬ですね」

「え、そうなのカクさん?」

「さぁ? 知りませんよ、私は」

 国内の大規模なサイカマフィアはレッドドラゴン含めて五つであるが、そのうちサイカ国と手を組んでいるマフィアは三つなので「皆」という言い方は誤りである。

 宰相はまた口を開く。

「別にあなた方クズは塵芥。サイカ国としてはあなた方を……」

「あー。ごめん。話の途中だけど、ちょっといい?」

 王龍は話を進中で止める。何事かと宰相が怪訝そうな顔を浮かべると、銃を向けられたまま、手を下ろし、ポケットから財布を取り出し、50リン札を抜き出すと、カクの胸ポケットに入れた。

「……こりゃどうも」

 カクは礼を言う。


「え、今の何?」という表情を宰相は浮かべるが、その顔は機先を削がれ不服そうだ。

 王龍は宰相に告げた。

「まぁごちゃごちゃした話はいいんだよ。ようするに僕らに言いたいのは『うちのシマで悪い事すんなら上納金払えや』でしょ? 何割?」

 王龍は考える。(皇帝の指示は三割くらいだろうねぇ。痛いけど、サイカで仕事するなら仕方がない。四割、五割ならゴネるか)と。

「七割だ」

 宰相の発言にレッドドラゴンの面々は絶句する。

「七割をサイカ国に上納せよ。そうすればお前らダニは見逃してやろう」

 カクは冷や汗を流した。

「……。まずいな」


「……ふ、ふーん、七割。七割か」と王龍はつぶやく。

(おや?)と宰相は何かに気づく。青かった王龍の刺青が赤く変異しているのだ。

「七割。七割ね」

 つかつかと宰相に近づく王龍は「何をするんだ?」と見ていた宰相の頭部を急にわしづかみにする。

「そりゃやりすぎだろ! 何割てめぇの懐に入れるつもりだボケェ!」

「ぎゃああああああ!?」

 次の瞬間、宰相の身体が炎に包まれ燃えていた。

 あまりに突然の出来事に極度の痛みが全身を襲う中、宰相は「なにしてんだ!? 早くこいつを撃ち殺せ!」と部下に目くばせをし……五十人の部下全員が炎に包まれ、燃えているのを目にし、その眼球も水分を失い「ジュ」と音を立てる。


「ふぅー……」

 宰相だけでなく五十人の兵隊も全員もれなく焼死していた。

 焼死した宰相の死体を見下ろして王龍は息を吐く。

 顔のタトゥーが赤から青に変異してくる。

「やっべ、やっちまった……」

 王龍は頭を抱えた。

「やっちまったじゃないでしょう!? サイカの宰相を殺しちまったんですよ!?」

レッドドラゴンの構成員が青い顔をして叫んだ。


「ちょっとカクさん。僕が暴走しそうなら止めてよー」

 王能は腹心にそう告げ、強面の腹心は憮然として答える。

「今のは止めたら私が危なかったし、それに止めない方が絶対に面白い奴だ」

「面白いじゃないよー。これからどうすんのさ。もうサイカにいられないじゃん」

 王龍はそう言いつつも焼死したサイカ宰相に懐から何かが出てくるのを見る。


「あん?」

 それは焼き焦げた大きな宝石箱だった。何か気になったので拾い上げて開けてみると……。

「おいおい、龍の瞳じゃん……」

 それはサイカの国宝である琥珀「龍の瞳」だった。拳大の大きさもある巨大な丸い琥珀で中央に吸い込まれるように構成されている黒い部分が確かに「龍の瞳」を思わせる。琥珀の黒い部分は土や種子などであるが、それがまるで最初から「黒目」を意図したような形状になっていた。皇帝が非常に大切しているものだ。

 カクもうなるように言う。

「以前、皇帝による龍の瞳の一般開帳に行ったことがありますが木物っぽいですね」

「え、なんでこいつ、国宝持ってるの!? 移送の任務中とかならついでで僕のところにくる!?」

「チンピラに焼死させられると思いませんからねぇ。何かの威光的なギミックに使うつもりだったとか」

王龍はしばらく考えて手を打った。顔のタトゥーは黄色に変化していた。

「よし。これ持って逃げよう。皇帝との交渉材料に使えるかもしれない」

「……どこに逃げます?」

「北のレイベル国内、オーテサンだな。山越えが必要だから、派兵もしづらいし、まさか山越えしたと相手も思うまい。とりあえず皇帝から身を隠すのに適任だ」

「それ、私たちも山を越える必要があるんですが……。とりあえず、外にいる奴らを集めて急いで準備をしないと」


 今、王龍の隠れ家は二百人のサイカ兵に囲まれているが、カクも王龍もレッドドラゴンの組員もそこは大した障害に思っていない。「王能は最強」というのは皆の共通認識であった。二百人程度で王龍が負けるはずがない上に、王龍唯一の負け筋は強い雨が降ってることだが、今日は晴天だった。


      ◆◇◆


「ひー、ひー、ひー!」

 韋駄天を使いキーラは走っていた。

 レイチェルから下された指示は「ツムギの監視」である。

 韋駄天は物凄く早いがようするに「走るのが早くなる」なので、長時間の使用は長距離走と同義であり、肥満した体中から汗が噴き出ていた。


 キーラは物質転移ポータルを使った疑似的な長距離移動ができるが「キーラを構成する豚はポータルをくぐれない」。

 そのため、豚を肉体に取り入れた「炉」の状態を維持したまま、ツムギの監視に向かうにはそのままを行くしかなかった。

 炉の稼働には燃料が必要である。定食屋に入ると店主に乱暴に命じる。


「肉! あるだけ持って来い! このままじゃ我々が痩せちまう!」

 店主は「いや、君はちょっと痩せたほうがいい」という言葉を飲み込む。嫌な予感がしたのだ。

 肉を食らい、指についた油をなめながらキーラは考える。

(レイチェルランドに来るなら、絶対にオーテサンかキングコロシアムは通るはず。行くならとりま、オーテサンか……ひぇーまだ遠いな!)


 こうしてキーラもオーテサン行きを決める。


      ◇◆◇


 レイベルのある小さな町で悪政を行い、住民皆から嫌われている領主がいた。

 ついには反乱のレジスタンスが領主を排除すべく最終決戦に躍り出る。


 領主はほくそ笑んだ。自分が作り上げた私設軍とレジスタンスでは人員も装備も違うと。

 その笑みは徐々に消えていく。レジスタンスが圧倒的に優勢のまま、戦争は推移したのだ。

「ど、どういうことだ!?」

 焦った領主は側近である私設軍のボスに聞く。

「情報が錯綜してますが、なんでもレジスタンスに雇われた一人の女が物凄く暴れてるらしいです」

「何? 女が?」

 女なんかに大したことができるはずがない。男に組み敷かれるだけの性別じゃないかと現代なら炎上間違いなしのコメントを言おうとした領主の部屋のドアが開かれる。

「いよー。お前、悪い奴なんだって? 正義ウーマン参上!」

 そう言ってはいってきた女は奇妙ないでたちであった。黒衣にはかま姿、鉄の棒を持っており、邪魔にならないように髪の毛を上で縛り上げている。その鉄の棒は血でぬれていた。

 出てきた女の名はアンチェイン。肩書はないが、今は「反乱軍傭兵」である。


「貴様!!」

 私設軍のボスが銃を構える。

「え!? それショットガンじゃん! いいなぁ! 後でもらうね!」

 のんきに告げるアンチェインにショットガンが放たれる。

 アンチェインは散弾をもろに浴びて後ろに吹っ飛んだ。

「くたばったか……」と私設軍のボスは言う。もう少し「なぜこの女に私設軍は苦戦したのか?」を考えるべきであった。

 アンチェインがむくりと起き上がったので、領主もボスも驚く。

「悪いね、即死しにくい武器は相性わ⋯⋯いや、超いてぇよ! ショットガンで繋たれていたくねーはずあるか!! そういえば球を抜かなきゃ回復しねぇから、すげぇだりぃな……とでもいうと思ったか?」

 アンチェインが「ふん!」というと体中からショットガンの球が飛び出る。

『超回復力』の応用。というか「安藤流の『活』という呼吸法を取り入れたらなんかできた」技。さすがに「返し」がついているのは無理であるが、アンチェインは身体に入った異物を呼吸法だけで対外摘出できた。本来『超回復力』は上級のチートスキルで下級の『水上歩行』と違い応用の難しい技なので、「超回復力」の取得者は多いがこんなことができるのは世界でアンチェインだけである。

 アンチェインの傷がみるみるふさがっていく。

「化け物め!」

 それでも恐怖せず次の弾丸の装填を始めた私設軍のボスは一流と言えたが……

 やるなら一発目を撃ってすぐにやるべきであった。

 肉薄したアンチェインが右腕、左足、そして顔面の鼻っ柱を殴打する。

 チートスキル「怪力」で殴打された場所の全てが複雑骨折を起こしていた。

「ツムギちゃんに免じて殺さないでおいてやる。みねうちじゃ」

 ちなみにボスは一生障害が残るので、ある意味殺されるより地獄である。


 アンチェインは領主に向き直り、その外見を見て目を細める。

 肥満体でひげもじゃの領主は腰を抜かし、小便を漏らしていた。

「ひ、ひー! 殺さないでくれ! か、金ならやる!」

 安っぽい命ごいであった。ここでいかに否定するかがヒーローの見せどころではあるが……。

「マジで!? いくら!?」

 アンチェインは目を「$」にしてそう言った。他の世界の通貨である「$」なんて知らない領主は「アレなに!? 怖っ!」と思いつつ提示する。

「ろ、六百万ディル!」

 レイベルもイルメニアも通貨はディルである。

 ちなみにツムギがエルフに雇われたのは三十万ディルである。六百万ディルは現代紙幣換算がしにくいが約二千万円だ。

 アンチェインはそれを聞いて顎に手を置く。

「いや一俺もお金大好きよ? 正直、今めっちゃ心が揺れ動いてるけど……」

アンチェインは頭の中の天秤の結果にため息をつく。

「本っっ当に悪いね。俺、自分の父親みたいな見た目のやつ、無条件でぶっ殺したくなるんだよね。似てるな、お前!」

 アンチェインは「ぶっ殺す」と言いつつ、殺さない程度に領主をほっこぼこにした。

 アンチェインは窓の外を見て、ため息をつく。

「九百万ディルなら負けてたな」

 そんな絶妙などす黒い乙女心に気づかず、簡主の部屋に突入してきた反乱軍たちは縛られたボコボコの領主を見て「うぉぉぉおお!!英雄様だー!アンチェイン様万歳ー!」と皆で叫んだ。


      ◆◇◆


「ありがとうございます、アンチェイン様! おかげで街は教われました! 領主の部屋から不正の証拠も大量に出て、レイベルも動いてくれそうです!」

「おう、良かったな」

「しかし、アンチェイン様。なぜ我々側についてくれたのですか?」

 アンチェインはツムギと同額の三十万ディルという金で雇われている。

「んー、まぁ偶然? 雇われやすい方にね。俺、領主側じゃ門前払いでしょ。あんたら俺の怪力や超回復力に感動してすぐ雇ってくれたし」

 アンチェインに善悪のイデオロギーはない。それはすなわち「悪」と同義であったが、気まぐれで「善」につくことも意味する。


「ま、目的は自分の名を売りたいだけだしな? ツムギちゃんとは『転生者殺しは止める』って約束してるけど、ほら向こうから襲ってきて正当防衛は仕方なくね? だから名をあげてーのよ」

「はぁ……?」

 イマイチ、アンチェインの言ってることが理解できなかったが、変わらない事実は彼女が英雄であることだ。

「それでアンチェイン様。これからどこへ?」

 アンチェインは少し考えて答える。

「東のオーテサンだな。でけぇ街なんだろ? しばらく滞在するわ」


 王龍、キーラ、アンチェイン、ラファエラ・シルベストリ。

 とんでもない悪党どもがオーテサンに集おうとしていた。


      ◆◇◆


「……今とても不名誉な称号がつけられたような?」

 夜中。オーテサンに入るための山越えの最中、テントでラファエラがハッとする。その両手は縄できつく縛られていた。

「これでは一見してなんとなくつけられそうだった不名誉な称号が本当に妥当なものに見えますよね? 解いてくれませんか、オセ氏」

 ラファエラの両手を縛ったのはオセであった。

「駄目に決まってるでしょ!! トイレに行ったツムギ君を突然押し倒したのは誰!?」

「それは狂乱が発動したので仕方ないでしょ」

「狂乱が発動した人は『狂乱チャーンス』なんて言わないと思うけど!?」

 そう言いながらツムキを追ってくれたおかげてオセも気づけたのだが。

 実際狂乱は発動していたが、他の人には狂乱が殺意なのに対して、対ツムギでは狂乱が性欲に向くのでシャレにならない。


「マ、マーズさん!怖かったです!」

「おお、よしよし、怖かったですなぁ」

 ツムギはマーズに抱き着いて泣いていた。オセは鎧なので固いし、ラファエラに抱き着くのは「飛んで火にいる夏の虫」すぎる。

 パラライズを木を使った三角飛びで避けながら「ひゃあ! ツムギ氏♡」と言いながら押し倒してきた立体で動く痴女は恐怖体験そのものだった。オセがその首に手刀を入れなければ危なかった。


「ねぇやっぱりラファエラ置いてこうよ! 足も縛ってこの山にさ」

『賛成ですね。ご提案ですが、むしろ殺して山に埋めませんか?』

 オセとオモイカネの両方がツムギに提案する。

「それは……最悪の場合でも失われるのは私の貞操と五戒の『不邪淫戒』を破った不名誉だけですので、我慢してください」

 オセは「いや、私はお互いに初めてがいいよ!?」と言えるほど度胸はない。オモイカネはツムギの影の中にいるパトリックに「ツムギさんの貞燥は絶対に死守しろ。お前の命に代えても」と神託を送るが、パトリックは「絶対九時間睡眠」のマイナス欠点が出てスヤスヤであった。


 ラファエラはそんな仲間たちの顔をぼんやり見ながら(ふーむ。いくつか試してみたいパラライズ対策もあったのですが……残念です)と考えていた。


 やはり、こうしてオーテサンにとんでもない悪党どもが集おうとしていた。


      ◆◇◆


 ツムギが去って一週間。海賊島の方へ漁に出たアフラウラの漁師が海岸沿いに何かを発見する。

「おい。なんだあれ? 水死体……にしちゃあおかしくないか?」

 

 それは真っ赤なオーガだった。どうも漂着したようで息があるのかも不明だ。

「た、助けよう!」

 運転してた漁師が海岸に船を付けようとして、他の漁師は慌てて止める。

「待てよ! 奴の右手をよく見ろ!」

 オーガの右手は巨大な刃だった。改造された異形の者。つまり海賊だ。いや、もう海賊団はないのだから元海賊か。

「ありゃ海賊だ。俺たちはあいつらにどれだけ苦汁を飲まされてたと思う? ほっとけよあんなやつ」

 そう言った漁師の言葉に運転していた漁師は少し悩むが、すぐにやはり海岸に船を付けようとする。


「それでも俺は助けたい! ヘイズーを思い出せ! 元海賊で異形だが最高にいい奴じゃないか! 元海賊だからなんだ! 異形だからなんだ! それで今も罪を決して許さないのは誤っている! 俺はあいつを助ける!」

 ヘイズーはアフラウラに間違いなく良い風を送っていた。

 全員が全員、善人ではない。ヘイズーが助けた約五十人の海賊の中にはやはり相当数の悪者もいて、彼らは逃げ出しているかオービュロンに突き出されているが、それでも二十四人の海賊がアフラウラに定着し、罪を償うことになる。


 反対してた漁師は呆れたようなため息をつく。

「わかったよ……まぁ確かにセトも人から離れた姿してるけど、いいやつだしな」

「……あいつ、イディアちゃんと絶対出来てるのに、本人たちだけバレてないと思ってるのかね?」


 こうしてオーガはぎりぎりのところで一命をとりとめ村へ定着する一人となった。



●あとがき●

「前半五幕」と言いましたが、三幕はもともと短い話三つを「三幕Aパート」、「三幕Bパート」、「三幕Cパート」と分けるつもりでしたが、これはカクヨムの編集上読みにくいので「三幕」、「四幕」、「五幕」としますので前半七幕っすね……。


三幕:オーテサン(短い)

四幕:ケッセルリンク(短い)

五幕:イルメニア(短い)

六幕:キングコロシアム(長い……)

七幕:レイチェルランド(長い……)


 三~五幕は「(地名)編」にするとわかりにくそうなので独自のタイトルにします。イルメニア被るし。

 六幕以降は「キングコロシアム編」と「レイチェルランド編」で別にわかりやすいでしょう。


 最悪、必要なのは「ケッセルリンク」だけで「オーテサン」と「イルメニア」は「今やっておけば後(中編以降)が楽だな」くらいの気持ちです。


 問題の投稿予定ですが、私事ですが十月から新しい現場の配属が決まりまして、私、こう見えてサラリーマン仕事に熱心なので基本的に新しい仕事を覚えるのに必死で「仕事八割、プライベート二割」くらいの配分で行きますので十月以降は全然書けないのですよね……。

 あと講談社様から出てる拙作の「すべてはギャルの是洞さんに軽蔑されるために!」も新しい動きがあり、これも忙しいので全然動けないんです。


 だから三幕投稿開始は9/8ですかね?(バカのスケジュール)というか、もう二話くらいは予約投稿済みです。



 俺馬鹿だからわかんねーけどよー、十月以降全然書けないなら、九月は暇じゃん! ひゃっはぁ! 是洞さん忙しいかもだけど!三幕短いし!

 買ったゲーム全然遊んでないぜ!

 四幕はいつになるのかわかりませんね……これはすいません。

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