イルメニア編 第6話 和平交渉①(※軽微な性的描写あり)
翌朝、ツムギはアリシアにある提案をする。
「……納得はいかんし、賛同もできないな」
神野ツムギの提言は敵との和平交渉であった。アリシアは露骨に「えー、それ成功したら戦争できないじゃん」と嫌そうな顔をする。オセは無言で聞いており、肯定も否定もしない。
「本来、戦争というのは最後の手段なんですよ。本当は話し合って、政治的駆け引きをして、どうしようもなくなってから、仕方なく戦争をするものです。アリシアさんは色々な過程を飛ばし過ぎているように見受けられます」
「しかし、向こうから不可侵条約を破り、森を切り開いてきたのだぞ!?」
ツムギの言い分もアリシアの言い分もどちらも理がある。故にツムギはアリシアを説き伏せねばならない。
「敵の言い分もわかりませんからね。向こうは会談を望んでいるのでしょう? でしたら一度会うべきです。戦争はしなくてすむなら、しなくてすむのが一番」
「しかしなぁ……むむ」
それまで、ツムギとアリシアのやり取りを黙って聞いていたオセが口をはさむ。
「和平交渉をするというのは私もあまりお勧めはしない」
「オセさんまで。なんでですか?」
傭兵として雇われているので、戦争がないと困るのは当然だが、オセの理由は他の理由だった。
「私も本心として和平交渉賛成。だけど、イルメニア側宰相にマーズという男がいる。砦内でうわさが絶えないけど、こいつが、もうめちゃくちゃ卑怯で非情らしい。きっと会合の場で毒殺とか、暗殺とか平気でやってくる」
「……なるほど。向こうでは出されたものは口にできませんね」
オセの警告を聞いても、ツムギは和平交渉を一度は行うつもりだった。
「私は警告した。ツムギ君は行くの?」とオセはやや咎めるように言う。
「私としては、向こう側の要求も何も知らずに戦争をする気はおきませんから。一度は会談をしておきたいです」
アリシアは悩んでいたが、やがて意を決した
「……むむ。まぁ、ツムギ殿がそう言うなら……ツムギ殿をこの戦争に呼んだのは私だ! そのツムギ殿の提言なら、わかった。このアリシア、一度は会合に応じよう! しかし、私は政治的な能力や外交力はほぼないぞ? 誰が和平交渉に参加するのだ?」
アリシアは「北部エルフをまとめる族長」としてあり得ない発言をしたが、神野ツムギはこれに赤く光る胸を張って返す。
「ふふふ、実はこの私も少しは交渉の場における駆け引きに自信があるのですよ! まず私が行きます!」
「おお!」
「えへへ……」
照れるツムギ。『ま、随分偉そうだけど、その辺をやるのは僕だけどな』とピクシー・スーが水を差したが(今朝『僕の存在は内緒にして、君に交渉力があることにしてくれ』と言ったのはピクシーさんじゃないですか!)とツムギが反論した。
「では、もう一名はウッドロックだな。奴は多少は政治的な駆け引きができるはずだ」
ウッドロック本人不在のまま、過労のウッドロックに更なるタスクを積み上げ、とんとん拍子に話が進み、北部エルフ砦は午後には王国側に和平会談に応じる旨を知らせる使者を送った。
◇◆◇
エルフ側の使者が王国に到着したのは、アリシアが決断した二日後。イルメニア側が提示した和平交渉の回答期限当日である。あと一日遅ければ戦争であった。
アリシアが会合の意思を示すとイルメニア側は迅速に反応してきた。実は北部エルフ討伐軍四千人まで編成していた王国側は、慌てて会談に応じることになるので、かなりのパニックであった。
しかし、問題は交渉の場所である。最初に相手が指定してきたのは、王宮内部であった為、アリシアが「敵の胃袋で交渉できるかー! 貴様らがこっちにこい!」と北部エルフ砦を指定、更にこれを相手が断るという一波乱があった。
さらに相手が固執してきたのは「アリシアの絶対参加」であった。交渉場所を折れる代わりにこれだけは譲れないそうだ。
王国側の使者が北部エルフ砦に来たが、「アリシアの絶対参加」だけは承諾しないと帰れないと困り切った表情を浮かべている。
「……怪しい」
自分から和平交渉を提案したものの、あまりに王国側が「アリシアの絶対参加」に執着するので、ツムギですら和平交渉に難色を示し始める。
ツムギの見立てだが、北部エルフはあまりにアリシア個人のパワーに依存し過ぎている。つまり、アリシア一人が死ねば詰むのだ。アリシアが死ねば、和平交渉は相手の決定通りに受け入れるしかない。ここまで露骨に「アリシア参加」を押し出してくると暗殺を目論んでる以外の考えはなかなか出てこない。
しかし、こういう状況で逆に燃えるのがアリシアという女である。
「仕方ない。当初のプランとは違うが、私とツムギ殿で行こう!」
立場が逆転し、ツムギが止めようとし「和平交渉がなんぼのもんだ! 殺せるものなら殺してみろ!」とアリシアが啖呵を切った。結局アリシアに押し切られ、和平交渉自体は行われる手筈となる。和平交渉の場所は、エルフの森に近い教会となり、エルフ陣営の参加者はアリシアとツムギの二人のみとなった。
結和平交渉の条件や場所が決まるまで、一週間を要し、さらに交渉は二週間後のため、ツムギは三週間も予定が空いてしまった。しかし、ツムギにとってその空きはラッキーであった。彼は自身のチートスキルについて、訓練と把握の時間が欲しかったのだ。
ツムギは西側にある広場を使い、チートスキルの訓練をしていた。西の広場にはめったに人は来ず、たまに訓練用の木刀を持ったオセが来て、ツムギを見ると「あ、どうも」と言って帰ってしまう。オセはツムギに好感を抱いてはいたが、それはそうと「一人で訓練したい派」であった。
(だいぶ形になってきたな)
特にラストとパラライズ。これには相当面白い使い方ができる。問題は異様な精神疲労の激しさだ。チートスキルは一度や二度使うくらいではそこまで疲労が起きないが、この使い方はどっと疲れが出る。
『君、随分と疲労が激しいね。何をしてたんだい?』
「あ、ピクシーさん。なんか久しぶりですね」
誰もいないので、声を出すツムギ。ピクシー・スーは声をかければすぐに応じてくれるが、自分から声をかけてくるのは、三日ぶりくらいであった。ツムギも最近は和平交渉もひと段落し、自分の修行に精いっぱいだったのでピクシーに声はかけていない。
『僕だって自分の仕事があるから、二十四時間ツムギ君を見てるわけじゃないよ。君の事故死を救ったように、君が元居た世界に目を向けて、死にそうな人間を探さなきゃいけないしね。特に今日新しい異世界転生者にチートスキルの交渉をしてたから大変だったんだぜ?』
「二十四時間ツムギ君を見てるわけじゃない」と言う割にはピクシーはツムギの問いかけに即答をしてくれるがツムギには「新しい転生者」という言葉が気になる。
「新しい異世界転生者? どんな人が選ばれたか教えてもらえたりしませんよね?」
『もう死んだよ。スキルを十個選んで転生したから、付与された欠点の"喋ったら即死"が発動して即死だ』
「そ、そうですか……喋ったら即死……えげつないですねぇ……」
チートスキル十個選択時の欠点や弱点はまず"転生生活が即積むタイプ"の殺意の塊ばかりである。しかもツムギのように『神託』を選ぶ転生者は少ないので、九個や八個のスキル持ちでも。殆どの者が自分に発露した弱点がわからないまま死んでいく。
『で、話を戻すけど、何をしたらそんなに疲れるんだい? 燃費が悪いチートスキルは君にはないはずだけどなぁ』
「……そうですね。内緒です」
『お? らしくなく冷たいねぇ。僕たち、運命共同体だぜ?』
二人は全く運命共同体でもなんでもなく、ツムギの死はむしろピクシーの利益になるのだが。
「私も男です。どうせなら、ピクシーさんに秘密にしてかっこいい所、見せたいですから」
珍しくツムギが男らしい発言をして、ピクシーが動揺する。
『お、おお? き、君、やめてくれよ。そ、そういうの、あれだ。照れちゃうだろ!?』
「はは、ピクシーさんでも照れるんですね。何か可愛いですね」
『かわ!? 君ねぇ、年上をからかわないでほしいなぁ、もう!』
「あはは」
朗らかに笑う神野ツムギを見て、ピクシー・スーは思う。
(チートスキル四つにすればよかったなぁ……ツムギ君は後二回胸を打たれたら死んでしまう……こんなにいい子をなぜ、偽善者だと決めつけてしまったのか……)
さすがにここまでの付き合いでピクシーもツムギには一切の裏表がなくて「偽善」というか「善」であることが理解できていた。そこまで考えてピクシー・スーは自分の考えがあまりにばかげているので我に返った。
(あれ? なんでこんなこと考えているんだ? 僕はもしかして、ツムギ君に死んでほしくない?)
先ほどあっさりと事務的に他の男性を転生後即死させ、そのことには何の感慨も罪悪感も生まれなかったはずだ。むしろ、ノルマを達成できた喜びや安堵感すらあった。しかし、今、ピクシー・スーの胸に去来しているのはこれまで感じたことがない感情であった。ほとんどの悪魔にとって『神託』のスキルは自分の時間が減る煩わしいものであったが、ピクシー自身、明らかにツムギとの会話は楽しんでいた。
「え、朗らかに談笑してるのかと思ったらツムギ殿一人……怖っ」
アリシアが一人で笑う(ようにしか見えない)ツムギを見て、正直に漏らす。
「わ、わ、アリシアさん! は、早いですね! 午前中は狩りでは?」
アリシアを呼んだのはツムギである。北部エルフ砦には時計がないため、正確な時間はわからないが、もう少し遅いとツムギは踏んでいた。
「今日の狩猟がかなり早くノルマ達成してしまってな。早速だが、ツムギ殿のアイディア、試してみよう」
アリシアの会談参加が決まってから、ツムギは和平交渉が決裂した際に、迅速にアリシアを逃がす手段を考えていた。そのための「二人のみ参加」である。
今日はそれの初回練習日である。
ツムギはアリシアに「ある体制」になるように指示する。
「アリシアさん! もっとしっかりつかまってください!」
「そ、そうは言っても、これ、ものすごく恥ずかしいぞ!?」
「命がかかってるのですから、我慢してください! 足は地面につけない! 大怪我しますよ!」
アリシアは神野ツムギに後ろから抱き着いていた。もっときちんというと、アリシアが神野ツムギにおぶさっていた。
『あまり感心しないねぇ。未成年のツムギ君がアリシアみたいな熟女エルフとイチャイチャと。インモラルだ、破廉恥だ』
ピクシーがちょっと不満そうな声を上げる。ちなみに「熟女エルフ」と言ったが、実年齢の話でアリシアの見た目は二十代前半くらいである。
(ピクシーさん、何か急に不機嫌になってませんか!?)
『別にぃ?』
その後、アリシアとツムギはツムギが考案したチートスキルの応用技を試す。ツムギの想定通りにいったが、一つだけ想定外のことがあった。アリシアが吐きそうにしていたのだ。
「アリシアさん、顔色悪いですね。少し休憩にします?」
「うぅむ……思いのほか、これは気分が悪くなるな……」
練習をしてみてよかった。それはツムギには想定外の事態だった。
「ええ!? じゃあこの方法、だめですかね」
「いや、これで行こう。慣れれば多少は大丈夫だと思うし、会場から逃げるのはこれしかないだろう。もう少し試そうか」
さすが、エルフの長である。どう見てもグロッキーだが、アリシアは気合を入れた。訓練の都合上、そのあとの体制が「ツムギにおぶさる」なので、全く締まらないが。
しばらくして、回復したアリシアにツムギは思い出し尋ねる。
「ああ、そうだ、アリシアさん。一つ、お願いがあるんですが」
「む? なんだ?」
髪をかき上げながらすこし赤面してツムギは口にした。
「あの……やすりとかってあります?」
「やすり? 武器の加工用にもちろんあるが……」
何か赤面してモジモジするツムギにアリシアは「何に使うんだ?」と聞けず、アリシアはやすりを渡してくれる。
その日の午後、部屋に戻ったツムギはやすりを前にして深く息を吐いた。
『ツムギ君、やすりなんて何に使うんだい? 言っておくけど、胸の宝玉は削れないし、やり過ぎると攻撃判定だから削るのはやめときなよ?』
そう尋ねるピクシーにツムギは「そういえばピクシーさんがいた」と彼にしては珍しい少し嫌な顔を浮かべる。
「ピクシーさん。その、頼みがあるのですが……」
赤面して躊躇しながらツムギは口にする。童顔かつしなやかなツムギがもじもじしていると、何か健全でありながら、不健全な色気がある。
『お、おう? なんだい?』
ツムギの色気に押され、ピクシーも動揺する。
「その、今からすることは少し恥ずかしいことなのでできれば見ないでいただけると助かるのですが……」
個室である自室。赤面したツムギ。見られたくない恥ずかしいこと。やすり。それにはピクシーは一つしか思い当たらないが、彼女の認知では「やすり」がノイズであった。
『やすりで!? 君、やすりでするのかい!? ぼ、僕のはそんなに硬くないけど人間のはそんなに硬いのかい!?』
「僕のは堅くない?」
ツムギの疑問にピクシーが恥ずかしそうに咳払いする。悪魔には女性個体しかおらず、すべてが「両性具有」である。ピクシーにも付いている。悪魔同士の性交渉も可能であるが、悪魔同士の性交渉で妊娠はしないので(人間との性交渉では妊娠したりさせたりが発生するが、極めて稀である)ピクシーも「なぜ両性具有?」とは常々思っていたが……。
とにかくピクシー的にも自分の身体の秘密はツムギにはバレたくなかった。その深層心理に「彼にドン引きされたくない」という気持ちがあることは理解していない。ピクシーは話題を変えるために話を戻す。
『う、うん。わかった。男の子のそういうのに理解あるピクシーさんさ! もちろん、見ない見ない!』
「お願いしますね」
ほっと安堵するツムギ。ピクシーはツムギとの視点を切る。ピクシーの顔は赤面し、目はぐるぐると回っていた。
(やすり!? やすりで!? やすりで何をするんだい!? ツ、ツムギ君がそういうのをするのは考えたこともなかったけど、考えてみれば彼も健全な男の子だ! そりゃそういうのしたいよね! で、でもやすりを使って!? み、みたいけど……見たらだめだ!)
音声を切ってはツムギからいつ終わったのか聞けないので音声は切ってなかったがなにかをこするような音とツムギの熱い吐息が聞こえる。
(こ、これはよくない音だなー!?)
妙にムラムラとしてくる。ツムギの意外に筋肉質な四肢、その身体、そして行為を想像してしまい、ピクシーは自身の一部が元気になっていくのを感じる。
(ぐわー!! 僕の馬鹿! 職務中に何を元気になってるんだ!?)
転生者対応中の今は、個室に一人しかいないがピクシーは動揺しながら辺りを見回す。ピクシーはあまりにも激しく揺れる心臓の動悸に動揺しながらも「こ、これはこの後の健全な職務遂行のため……」と自分に言い聞かせ、自らのズボンに手を伸ばし……。
「ピクシーさん? 終わりました」
神野ツムギの声がかかり、ピクシーは文字通り椅子から飛び上がった。
『うっひゃあー!? ちょっとお母さん、急に部屋に入ってこないでよ!』
「え!? なんですか!? お母さん!?」
ピクシーが視界と音声を戻すと息が荒くいツムギと役目を終えたのかわからないやすりがあった。
『……』
やすりで本当に何をしたんだろうという疑問以前にピクシーには早急に解決させねばいけない問題があった。
『いいかい、ツムギ君? 今から僕は君の神託を一時的に切るけど、絶対に僕を覗いちゃだめだぜ?』
そう言うピクシーにツムギは困ったように顎を掻く。
「いや、僕からピクシーさんのことは見れないんですが……」
ごく当然の事であった。
●どうきっても半端になるので短くてすいません。このシーンで「性的描写あり」にしましたが、これは「性的描写あり」の範疇なんでしょうか?(たか野む)●
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