二人の諦観ーエリーナとリリアーデ

リリアーデの思った通り、エリンギル王子は夢とも現とも分からない状態に陥っていた。

呼ぶのは決まって、エデュラの名だ。

涙を流したり、幸せそうに微笑んだり。

食事は最低限、喉に詰まらせないように細かく砕いて柔らかく煮込んだスープを、喉の奥に流し込む。

一人では出来ないので、従僕や小間使いに手伝われながらも、リリアーデが自分で世話をし続けた。


「馬鹿じゃないの?あんた」


阻害薬で少しだけ意識を取り戻していたエリーナ姫が憎まれ口を叩く。

リリアーデは苦笑を浮かべた。


「世話役もいない姫に言われたくはございませんね」

「さっさと捨てて、逃げなさいよ。番でもない偽物の癖に」


棘はあるけれど、以前のような険のない言葉にリリアーデは薄く微笑み返す。

弟を失ったせいだろうか、苦しみがエリーナ姫を変えたのか。


「愛は本物でございますよ」

「やっぱり、馬鹿だわ、貴女」


幾ら竜人族の王族とはいえ、世話が無ければ数か月で死に至るだろう。

世話をしているとはいえ、徐々に身体は弱り続けている。

精神に至っては、破綻しているのかどうか。

少なくとも、医者がどうこうできる範疇にはない。


あれから一年が過ぎていた。

半年でエリード王子が亡くなるのと同じ頃、国王と王妃の間に待望の子供が産まれている。

政務を最低限にして、国王と王妃は我が子に時間を費やしていた。

だが、もう死ぬのを待つばかりのエリンギル王子やエリーナ姫は、静養とは名ばかりに、離宮に引き離されていて、国王も王妃も殆ど近寄らない。

妃教育も最早意味がないだろう。

王妃は教育には携わらず、教育係が時間の空いた時を見計らって進行を見に寄るくらいだ。


「忘却薬を飲ませれば、きっと生きられるのよね」


「私は飲まないわよ」


何気なく呟いた言葉に、エリーナ姫が鋭く返す。

昔なら飛びついてきただろうに、と目を向ければ、大きくため息を吐くところだった。


「だって、生きていたって、何も良い事なんてないもの」


常に一緒にいた弟は死に、番には憎まれ遠くへと逃げられ、友人も恋人もいないし、親にも見放されている。

確かに、そうエリーナ姫が思うのは仕方のない事だった。

リリアーデも似たようなものだ。

愛する人は夢の中で愛しい番と共にいる。

その世界の外側で、ただ死にゆくのを見守る事しか出来ない。


生きていたって、何も良い事なんて、ない。

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