幸せな夢の中でーエリンギル

嫌な夢を見ていた。

そう、目覚めた時エリンギルは思った。

熱に浮かされながら、視線を動かせば、優しい菫色の瞳とぶつかる。


「エデュラ、何故、此処にいる」

「殿下が苦しそうだったので……今、侍医を呼びに参ります」


慌てて手を外されて、ずっと手を握られていたのだと分かって、エリンギルは慌てたように言った。


「いい。傍に居てくれ。……手を」


離さないでくれ。


言葉には出さなかったが、立ち上がって部屋を出ようとしていたエデュラが、また傍らの椅子に座って、優しく両手で手を包んできた。

柔らかく、温かい手だ。


「何処にも行くな」

「はい」

「俺から離れるな」

「はい」


我儘な言葉に、エデュラは栗色の髪をさらりと揺らしながら、いちいち頷く。

そして、その瞳と同じく優しい声で言った。


「大丈夫です、殿下。エデュラは此処に。お側におります」


ああ。

何て幸せなのだろう。

愛しい者が、傍にいてくれるというのは。

何が、不満だったというのか。


夢では、悪い奴らが出てきて、俺と番のエデュラを引き裂いた。

……いや、違う。

俺が、間違えたのだ。


使用人に呼ばれた侍医が診察に訪れたが、エリンギルはエデュラの手を頑なに放さなかった。

思わず、というように侍医も使用人達もくすくすと笑う。


宵闇が近づく頃、女中頭が現れた。


「そろそろ、ご令嬢のお手を解放されてくださいませ、殿下」

「ならぬ」


いやいやと首を振ったエリンギルに、腰に手を当てた女中頭が大袈裟にため息をついた。


「エデュラ様は昨夜からずっとお側に居られたのです。眠らないとお倒れになられますよ」

「なれば、俺の横に眠ると良い。二人並んでも余裕があるだろう」


さすがに眉を顰めた女中頭の横で、教育係が更に反対の言葉を並べる。


「なりません、殿下。婚約者とはいえ、未婚の男女が同じ部屋で同衾するなど、論外にございます」

「分かった。それならば、夜具を持て。横に並べよ。其方らが不寝番でも何でもすれば良いではないか。廊下の扉も開け放しておいて構わぬ」

「まあ、何と深いご寵愛だこと」


ぶつくさと文句の様に言いつつも、女中頭は笑顔で動き回る。

女中頭の命に従って、従僕たちが小さな夜具を運んできて横に並べた。

部屋に運ばせた食事を共に食べ、並んで横に眠る。

昨日から寝れていないというエデュラが寝やすいように、エリンギルは腕を伸ばして、エデュラと手を繋いだ。

エデュラの柔らかい両手で包まれた掌に、愛おしそうに柔らかい頬を擦りつけられた指。

余りの幸福感にエリンギルは涙を零した。


ずっと、ずっと。

お伽噺の姫と王子の様に、幸せに暮らせたらいいのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る