エピローグ

一週間の船旅を終え、リーヴェルトは皇太子妃エデュラを連れてゴドウィン帝国に帰港していた。

事前に早船を出し、歓迎の準備は整えさせてある。

船から降りた二人は、そのまま町の中を屋根のない馬車で、帝城へ向かう。

港にも沢山の人々が集まっていて、わぁわぁと歓声が上がっていた。


「リーヴェルト様は凄い人気なのですね……」


ほう、とため息を吐きながら言うエデュラに、リーヴェルトは首を振った。


「いや、私を成竜へと押し上げた番の君の人気だよ」

「……え、もう民に伝わっているのですか?」


驚いたエデュラにリーヴェルトはにっこりと微笑んだ。

リーヴェルトとエデュラが祝宴に向かう前に、既に一隻の船は伝令として帝国へと向かわせてあった。

凡そ一日前には、帝都での布告は済んでいる。


「ああ。一週間もすれば、他の領地からも民が押し寄せるだろう。それに合わせて式の準備も進めている。君の意見が必要な部分は残してあるよ。ドレスの意匠とかね。あとは安心して任せておくといい」

「はい、リーヴェルト様」


王城に向かう道すがら、あちこちから花弁が撒かれ、通りを彩っていく。

活気に溢れる町の人々は、とても幸福そうだ。

帝国の治世の良さが、それだけで手に取るように分かった。

民衆の熱狂的とも思える歓迎を受け、懐かしくもある帝城へと馬車が入っていく。


皇帝も皇后も、激変した我が子の姿に戸惑ったものの、涙を流して再会を喜び、エデュラも温かく迎え入れられた。

竜族として次期皇帝を覚醒させた功績の大きさから、ボールドウィン侯爵家は、帝国では公爵位を戴き、帝室が管理する領地を一部割譲されたのである。

次期公爵を継ぐ予定の、ディンキルの優秀さも加味されていた。

側近となる予定のラファエリは伯爵位を与えられ、婚約者のフィーレンと共に、王宮内に住まいを与えられている。


皇太子宮に用意された夫婦の部屋に案内され、エデュラは目まぐるしく変わった環境に、漸くほっと一息を吐いたのだった。

お披露目用の豪奢なドレスを脱ぎ、寛ぎ易いドレスへと着替えて、座り心地の良い長椅子の上で膝を抱える。


船上では沢山の事を兄とも妹とも話した。

二人は番との別離に罪悪感を抱かないよう、気を使ってくれていたのだ。

リーヴェルトと共に過ごす時間は、恐ろしいほどに幸福で。

身分や容姿よりも、優しく笑う姿が何よりも好きだった。

穏やかな話し方も、女だからと馬鹿にせずに、言葉の一つ一つに耳を傾けてくれるところも。

決して流されはしない自分を持っていて、それでも意見をきちんと熟思して、取り入れるべきは取り入れる柔軟なところも、尊敬している。


「わたくしは、こんなに薄情だったのね……」


兄も妹も違うと言ってくれるけれど、薬の効果もあるのだけれど。

あんなに愛していたのに、縋られても何の感情も抱けなかった自分が冷たい人間に思えてしまうのだ。


コンコン、とノックが鳴り、エデュラは「どうぞ」と声をかけた。

ガチャリ、と音を立てて廊下ではなく、隣室からリーヴェルトが顔を覘かせる。


「やっぱり必要ないな」


部屋を見まわして、リーヴェルトは呟いた。

何がだろう、と首を傾げて、それから自分の姿勢に気が付いて、慌ててエデュラは足を床へと下す。


「うん?部屋を分ける必要は無いな、と思ってね。だって、離れていると君が泣きそうで」

「……泣いては、おりませんけれども、確かに少し、寂しゅうございました」


正直な心情を吐露すると、それは嬉しそうにリーヴェルトは笑顔を浮かべた。

船の中ではずっと同じ部屋に居たのだ。

それに、慣れすぎてしまったのかもしれない。


「膝を抱えてもいいよ。二人の時に畏まることはない。でも今は」


そう言って、リーヴェルトは横に座ってからエデュラを膝に乗せた。


「ここに居て」

「はい」


素直に頷くと、エデュラは慣れたようにリーヴェルトの肩に頬をぴとりとくっつけた。

低い笑い声が、肩越しに伝わってくるようで心地良い。


「羊を、見せてあげられなくてごめん」


いつか話した男爵令息の領地の話だ。


「いつか、見せてくださいますでしょう?」


「ああ。落ち着いたら見に行こう。……皇太子で済まない。君も大変かもしれないけれど」


エデュラは思わず笑った。


「おかしな黒竜陛下。謝ってばかりですのね?……何時か、子供が大きくなったら、わたくし達は羊飼いになりましょう」

「分かった。その約束は絶対に守ろう。学生だった時みたいに、薬草も育てよう」


幸福そうに微笑みながら、髪にリーヴェルトが口づけを落とす。

その微笑みを見て、嬉しそうにエデュラも微笑んだ。


「君が私達の子供について話すのを聞くのは、嬉しいな」

「わたくしは貴方が微笑んでくださるのが嬉しい」


嵐の様に荒れ狂う波のような幸福が番からのものだとしたら、今は穏やかに打ち寄せる波の様にゆったりとした幸福だ。

うっとりと、微睡むように目を閉じて、その心地よさを味わう。


「わたくしを連れてきて下さって、有難う、リーヴェルト様」

「私を選んでくれて、有難う、エデュラ」


これから、竜族としての長い人生が始まる。

口づけを交わし、お互いを抱きしめながら、永遠の伴侶を幸せにしようと二人は心の中で固く誓った。

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