番の喪失ーエリーナ

エリンギルが苦しみ始めたのと同じ頃、双子にも異変は現れていた。

自分が誰かを嫌だと思うように、自分が嫌だと思われたと知って、フラフラとエリーナ姫は自室へと歩いていた。

しかも、よりにもよって、一番愛する番に、だ。

死ぬほど嫌だと拒まれるなど、思ってもみなかった。


思い返してみれば、友と呼べる人間すらいない。

地位に諂う人間はいるだろうが、そもそも学校にも行ってないのだ。

それは、幼い頃に出会ったある令嬢が原因だった。

エリシャ・ボールトン侯爵令嬢。

あのエデュラの妹にして、美しく勝気な令嬢だった。

何度か揉め事を起こす度に、エリーナは追い込まれて孤立させられていき、ついには高位貴族達のお茶会にすら招待されなくなってしまったのだ。

たった一度だけ、その事でエデュラを恫喝した事がある。

エリシャも愛する姉の為なら膝を屈するだろうと思っての事だった。

だが。

エデュラはその時ばかりは、いつもの穏やかな仮面を脱ぎ捨てて言い放ったのだ。


「妹はわたくしの誇りでございます。仲よくなさりたいのであれば協力も致しますが、もし逆ならば、わたくしはその相手を決して許さないでしょう」


普段がおっとりと優しい雰囲気なだけに、人を殺しそうな程の冷気を纏ったエデュラは恐ろしかった。

彼女が優秀な事は誰もが、王妃である母でさえ、認めているところだ。

そんな彼女が本気を出したのなら、エリシャ以上にまずい敵を作ることになる。

以降、エリーナはエデュラを扱き使って酷い扱いはするものの、決して彼女の家族をだしにするような発言だけはしなかった。

臭い物には蓋をする。

見なかったふりをして、心地の良い環境に浸っていた。

番に関しても、本気で引き裂くつもりなどなかったのだ。

学園卒業後には、リリアーデを排除しようと考えていたのである。


「生意気な、あの女……」


たかが伯爵家の分際で、エデュラの様に従う姿勢すら見せずに、何か言えば兄の陰に隠れて盾にする。

お陰で、何度兄に文句を言われたか。

騙された馬鹿な兄に。


ズキン。


胸に痛みが走った気がして、エリーナは部屋の前で息を止めた。


「な、に……何なの……」


狂おしいほどの喪失感に、眩暈がしそうだった。

ふらり、と部屋の中に入ると、そのまま寝台に倒れこむ。


「うそ……うそ……、こんなのっ……聞いて、ない」


どんどんと、愛しい番の気配が遠のいていく。

まるで明かりが消えていく事で、視界が塞がれていくように。

苦しくて、悲しくて、切なくて。

目からは涙が溢れだして零れていく。


死ぬほど嫌だと思われただけでも辛かったのに、それ以上の痛みを味あわされるなんて。


「ラファエリ……ラファエリ………」


愛しい番の名を呼ぶ。

あの手に触れられたかった。

フィーレンの様に抱き止められて、抱き上げられたかった。

愛してる。

愛しているのに、彼はいない。

遠くへ去っていく。


無理やり、婚姻を迫らなければ。


彼とお茶会で会う機会もあったかもしれない。

偶にでも、遠目にでも。

せめてこの国に居てくれたのなら。


「うう……ど……して……」


でも、あの頃の自分に戻ったとして、我慢できただろうか?

いや、多分、結果は同じだった。

無理やり関係を迫ったとしても、きっとラファエリは自らの命を絶ってしまっただろう。

そうしたら。

多分、エリーナも後を追って死んだに違いない。

彼が番でさえなければ、自分を拒むなんて死んでしまえ、と思っただろう。

でも、番に対しては思えない。

愛しくて、生きていてほしくて、でも近くに居てほしい。

近くに居たら愛を求めてしまう。

いなくなったら生きていけない。


「……あぁ、……そうよ。それなら、死ねばいいのよ……」


身体を起こそうとしても力が出ない。

指すら重くて動かせずに、涙だけが次から次へと零れ落ちる。

死にたくても、死んだらラファエリへの愛すら捨てなければならないと思えば、それも辛い。

まるで出口のない迷宮に囚われたようだった。


「呪い」


今ならエデュラの言った言葉の意味も分かる。

叶わない愛に縛られるのもまた、呪いなのだろう。

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