27ー夢で、愛する君と

「お前に話しておきたい事がある」


兄のディンキルからそう持ち掛けられたのは、航海が始まって3日の後だった。

家族の時間を作って欲しいと、リーヴェルトとは別室で会った時の事だ。

エデュラは何のことか、内容には全く心当たりがない。

でも、ディンキルは眉根を寄せて、歯切れが悪くなっている。

エリシャがそんな兄の脇腹を肘でどついた。


「リーヴェルト殿下の事だ」

「……まあ」


そんなに重要な話なのかしら?

まさか病気でも?と思ったエデュラがおろおろとすると、そうではない、と兄は頭を振った。


「幼い頃、お前が帰国した後に、殿下に事情を聞かれたんだ」

「……わたくしも、お会いした時に話しておりましたけれども……」


別に隠し事はしていない。

だが、本人から聞くのと、他者から聞くのは違うのだろうか?

不思議そうな顔をするディンキルに、エリシャが補足した。


「わたくしも、お手紙のやり取りをしていたのです。お姉様の事を分かる範囲でお伝えしておりました」

「そうでしたの……」


エデュラは一度もリーヴェルトから手紙を貰った事がない。

貰ったところでどうしようもなかったのだが、少し寂しく感じた。

それを見たエリシャが、眉を下げる。


「お姉様と直接手紙のやり取りをすれば、お姉様の瑕疵となることを慮っての事です。あの殿下の事ですから友人だと言っても、聞き入れては貰えなかったでしょう」

「確かに、そうね」


いつだってリーヴェルトは深く、エデュラの事を考えてくれていた。

そこで、ディンキルがこほん、と咳ばらいをする。


「その上でリーヴェルト殿下は、お前を救いに行けないことを気に病まれていた。学園に通い始めるまでずっと、だ」

「………はい」


分かっていた筈だが、改めて言われたエデュラは途方に暮れる。

出会ってから七年。

一緒に過ごしたのはたった十日間。

まさか、そんなに長い時間、誰かに思われていたなんて、思っていなかったのだ。

だが、ディンキルの話はそこで終わらなかった。


「殿下は魔術も習得されている。救けになりたいと、夢を通じてお前に会いに行っていた。起きたら忘れてしまう泡沫だとしても、お前の心が傷ついた分、寄り添いたいと」


全然覚えていない。

それでも、悲しい事が有った翌日なのに、気分が晴れ晴れしていることは確かにあった。

自分は強くなったのだ、と誇らしくも悲しくもあったけど、それが。


あまりの愛の深さに、エデュラの瞳からはぽろりと勝手に涙が流れた。


「……わたくしは、知らぬところでもリーヴェルト様に救われていたのですね……それにも気づかずに、これではエリンギル殿下の事も悪くは言えませんわ……」


「おい、待て。それは違う」


涙を零したエデュラに慌てたようにディンキルは言い、エリシャは姉を抱きしめた。


「リーヴェルト殿下はお前がそう思ってしまう事が分かってて言わなかったんだ。気づくようなものでもないし、お前が知らないのも無理はない。だが、無かったことにはしたくなかったんだ、俺が」

「そうですわ、お姉様。後悔なさるより、お幸せになって?そして、殿下の事もお幸せになさって」


ディンキルの願いと、エリシャの説得に、エデュラは涙を呑んで微笑んだ。

二人の言う通り、今はもう後悔する時ではない。

これから幸せになろうとしているのに、過去に足を捉われるのは違う。


「そうね。その通りですわね。教えて下さって有難う存じます、お兄様。エリシャも、ずっと心配をかけてごめんなさいね」

「いいのです。お姉様が幸せなら、わたくしも嬉しいもの」

「そういう殊勝な心掛けは兄にも向けてくれないか」


そして、いつもの軽口が始まって、エデュラはふふ、と微笑んだ。

エリシャは、唇を尖らせている。


「お兄様は勝手にお幸せになりそうだから、放っておいても良いのです」

「そうだな。お前の方が難航しそうだ」

「何ですって?!」


抱きしめていたエデュラから離れると、エリシャは兄の胸板をぽかぽかと叩き始めた。

兄は愉快そうにははは、と笑っている。


私の所為で苦しめてしまっていた家族も、これで漸く幸せになれるのだわ。


平和な光景を眺めながら、エデュラは微笑んだ。

そして、陰ながらずっと心を守って寄り添ってくれていたリーヴェルトに、改めて感謝と深い愛情を感じた。

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