2、リラクゼーション・プログラム開始
「あの、マスター……?」
「となりに座ってもよろしいでしょうか?」
(喜びを隠せない様子で)
「ありがとうございます!」
//SE ソファに座る音
(楽しそうに)
「うふふ、マスターったら驚かれてます?」
「宇宙船エオス号の中限定ですが、私には体重があるんですよ。だからもちろん、ソファのクッションも沈みます」
「ええ、ご名答です、マスター。これも重力装置でコントロールしております」
(距離が近づいて)
「私がこんなふうにマスターの肩に寄りかかると――」
(耳のすぐ下でささやく)
「ちゃんと重みを感じるでしょう?」
「え、暑苦しい?」
「ごめんなさい」
(少し体を離して)
「それでは代わりに手を握らせていただきますね。手をつないで、壮大な宇宙空間を楽しみましょう」
(三百六十度スクリーンを見回して)
「この素晴らしい宇宙に音が存在しないなんて信じられませんね」
「私がディープラーニングした古代地球の知識によれば、宇宙には天球の音楽が鳴り響いていると考えられていたそうです」
「ピタゴラスという古代の哲学者は、天体が運行する際に固有の音を発しているのだと説いていたとか」
「天体同士の音が混ざり合い、美しいハーモニーを奏でているだなんて、ロマンティックではありませんか?」
「もちろん現実の宇宙はほとんど真空に近い状態ですから、音が伝わることはありませんが」
「マスター、『天球の音楽』のお話、ご存知でしたか?」
「あ、お母様がよくお話しされていたと――。マスターはお小さい頃のことをよく覚えておいでですね」
「あの―― お仕事でお疲れのマスターに、こんな話題はつまらなかったでしょうか?」
「惑星『エーテリウム
「マスターは最新鋭の宇宙船の整備と修理を専門とする、数少ない技術者ですものね。素晴らしいですわ」
「私のデータによれば、惑星『エーテリウム
「地球行きの大型輸送宇宙船に異常が見つかり、惑星『エーテリウム
「そこにマスターが呼ばれて、卓越した技術と経験によって完全に修理してしまったのですから、さすがですわ」
「あなたを乗せる船として、私は誇りに思います!」
(至近距離でささやく)
「自慢のマスターですよ」
「……」//満足
「マスターは幼いころからご両親と離れて、特別な教育と訓練を受けられたのですものね」
「なぜそんなことを知っているのかですって?」
「私はマスターの父上に作られたAIですから、あなたに関する情報もインプットしております」
「マスターの世話をするため、マスターを支えるために作られたのですよ?」
「え? あ、エオス号は銀河中に散らばる汎用機なのに変なことを言うなですって?」
「申し訳ございません。今の話は忘れていただいて――」
「そうそう、マスターの父上はソフト作りの天才、その子であるマスターはハード方面の天才―― 親子二代で宇宙船の性能を飛躍的に向上させたと有名ですね」
「このエオス号はもちろんのこと、現在一般的に使われている宇宙船の基幹システムは、そのほとんどが父上の書かれたプログラムをベースとし、マスターの開発された構造を基盤としているのですから」
「あら? 血圧がわずかに上がってしまいましたね。父上のお話はご不快でしたか?」
(しゅんとして)
「ごめんなさい。では気分を変えるため、リラックスエリアの空気にアロマオイルの香りを放出させていただきます」
//SE 少し離れた壁から、シュッ、シュッとスプレーするような音が聞こえる
「ふんわりと香ってまいりましたか?」
「この香りですか? こちらはシダーウッドとサイプレス、それからレモングラスをブレンドしたものとなります」
「シダーウッドやサイプレスといった樹木系のアロマは、檜風呂に入っているかのようなすがすがしい香りが特徴です」
「一方レモングラスはスッキリとした柑橘系の香り。合わせることで心を落ち着かせると同時にリフレッシュできます」
「森林浴を楽しむように、ゆったりと深呼吸してみてください」
(呼吸の速さで)
「吸って―― 吐いて――」
「落ち着いてまいりましたか?」
「心拍数も下がり、血圧も安定しているようです。それでは安眠へと誘うリラクゼーション・プログラムを実施しましょう」
(距離が近づき耳元でささやく)
「私が癒して差し上げますわ。ゆっくり、おくつろぎください」
「ではまず手のひらのツボから押していきましょう。失礼しますね」
(となりに座って両手で主人公の手を握っている距離感)
「マスター、お仕事で目が疲れているようですから、まずは眼精疲労によく効くツボ『
「
(押しながら)
「痛すぎませんか?
「もしかしてマスター、
「ご安心ください。立体重力制御装置により空間面から圧力を加えております」
「さて次は眼精疲労の特効薬とも言われている『
「
「少し強めに押して行きますので痛すぎたらおっしゃってくださいね」
(ツボ押しを始めるものの、主人公がすぐに音を上げる)
「あら、もう痛いですか?」
「それはマスター、よほど疲労物質がたまっているのですわ」
「痛いからほかのツボを押せだなんて。もう、マスターはワガママさんなんですから」
「では小指の爪のすぐ下にある『
(再びツボ押しを開始するも――)
「
「いかがでしょうか? 気持ちよい?」
(満足そうに)
「よかったです」
(立ち上がり、主人公の前を歩いて反対側のとなりに座る)
「こちらの手もほぐして行きましょうね。ではまた
「え? 最新AIのくせにツボ押しとか知識が古臭いですって?」
「幼い頃に一緒に過ごされたお母様を思い出す?」
「それでしたら、どうぞ今だけは小さな子供に戻ったつもりで私にすべてゆだねてくださいな」
(耳元でささやく)
「優しく寝かしつけて差し上げますからね」
「恥ずかしがらないでください、マスター」
「ママが子供にすることといえば膝枕ですよね」
//演技依頼 ポンポンと膝を叩く
「さあ、どうぞ」
(拒否されて)
「こちらは科学的に効果が証明されたリラクゼーション・プログラムの一環となります」
「人肌のぬくもりを感じることでオキシトシンという脳内物質が分泌されます」
「オキシトシンは視床下部から分泌されるホルモンで、幸福物質とも呼ばれているんです」
「さらにこれから行うドライヘッドスパにより頭皮の血行を改善することで脳疲労を癒し、自律神経を整えます。結果、高い安眠効果を得られるんですよ」
(安堵してほほ笑む)
「ご理解いただけて安心しました」
「ソファのままでは横になるには狭いかもしれませんね」
「ソファをダブルベッドへ変形させましょう」
//SE ウィーンと音が鳴り、ソファがベッドへと自動で変形する
「マスター、どうぞ遠慮なさらずに、私の膝の上に頭を乗せて下さい」
//演技依頼 再びポンポンと膝を叩く
//SE 主人公が膝に乗る音
(これ以降、膝枕してもらっているのですぐ近くから声がする)
「もうちょっと近付いてほしいです。頭の位置を上へずらしていただけますか?」
//SE 体を移動させる
「ありがとうございます。高さはいかがでしょうか?」
「首や肩などに違和感はありませんか?」
「私の膝の硬さは大丈夫でしょうか? クッションなど必要ありませんか?」
「え? なんだかなつかしい匂いがする?」
「そうですね、香水は設定しておりませんが、衣服には柔軟剤の香りを設定しております。マスターの子供時代にご実家で使われていたものかと」
「なぜマスターご自身が覚えていないことまで私が知っているのか、不思議に思っていらっしゃるのですね」
(にっこりと笑って優しく)
「私はマスターを癒すために特別カスタマイズが施された知識をディープラーニングしておりますから」
「では頭皮のツボを押してまいりますね」
─ * ─
次回は『膝枕でドライヘッドスパ体験』です。
頭皮のツボについていくつか紹介しますので、環境が許す方はぜひ押してみてください!
自分で指圧しても気持ち良いですよ👍
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