第3話 隠れ聖女の冒険者
賑やかな王都の街中を歩く、白銀のローブの人物が1人。
結晶や装飾の付いた背丈ほどの大きな杖を持ち、淡々と歩くその姿は怪しげな魔術師といったところだろう。
だが、彼女はこの王都のみならず、“とある界隈”では超のつく有名人だ。
彼女の向かう先は、いつも決まっている。
***
ざわざわとした雰囲気の中、木製の扉を開ける。中にはいくつものテーブルと、そこで飲み食いする大人たち。
いつもと変わらぬ光景を見つつ、私は足を踏み入れた。
ここは冒険者ギルド。万国共通の“何でも屋”こと冒険者の集まる場所だ。
冒険者は世界各国あらゆる場所に足を運び、おのれの知力・武力・魔力・経験などあらゆる能力を駆使して依頼をこなす何でも屋。薬草の採取や店の手伝いといったものもあれば、鉱石の採掘や凶悪な魔獣の盗伐などの依頼もある。
民間にとっての傭兵でもある冒険者が掲げる言葉は『自由』。依頼をこなす『自由』、こなし方の『自由』、戦い方の『自由』....ギルドの制約した掟さえ守れば、冒険者はこの世で最も自由な職業といって差し支えないだろう。
そんな自由な冒険者たちの集まる酒場に私が足を踏み入れた瞬間、ざわざわとした声や動きがピタリと止み、視線が集中した。
荒くれ者の多い酒場に現れた白銀のローブの人物、つまり私。杖を持ち、被ったフードの奥から垂れる金色の三つ編みが揺れた。
「おい、あいつ....」
「まじかよ。しばらく見ねぇと思ったら....」
「相変わらず顔は見えねぇな。どんなやつなんだ....?」
「あの、すみません。あの方ってどなたですか?」
最近冒険者になったばかりの駆け出しの少年が、ベテランのおじさんに質問した。
「お、そうか。小僧はまだ会ったことなかったな。あいつは冒険者の間では有名人さ。A級冒険者アリア、聞いたことないか?」
「えっ?!あの冒険者アリアですか?!あらゆる魔獣を倒した魔法の申し子にして、史上最年少でA級まで伸ぼりつめたっていう....」
「あぁ。そのアリアで間違いねぇよ。かの有名な“白金の姫君”様だ。多分、この場にいる全員でかかっても敵うかどうかだな」
その言葉に目を輝かせる少年。
そう、私は実は有名人なのだ。
冒険者アリアの正体は言わずもがなライラ・ティルナノーグである。私は昔から自由に冒険できる冒険者に憧れていた。きっかけは幼い頃、とある冒険者に助けられたことが理由。
冒険者には12歳以上であれば性別や出自を問わずなることができる。もちろん、試験等々はあるが。私は12歳になるとすぐさま試験を受け、見事一発合格。魔法の才能と、騎士の家計だったこともあり幼い頃から剣を教えられていたのが救いだった。
そこから実に2年ほどでめきめきと実力を伸ばしていった私は昨年A級冒険者に昇格し、冒険者としての“格”を示す“二つ名”をギルドから拝命した。
二つ名持ちはギルドから認められた証であり、それだけで指名依頼や入ってくる以来の難易度や報酬も桁違いに上がる。
ちなみに、なぜ“白金の姫君”なのかというと....
『白銀のローブに垂れる金色の髪、後は身長と声から性別まではバレてるからな。それらの要素を含めて“白金の姫君”だ。どうだ?』
『姫君というのはむず痒いのでやめていただいてもいいですか?』
『残念ながらもう各支部にまで出回ってるから無理』
というギルドマスターとの話もあり、この二つ名に決定したのだ。
私は周囲の視線など気にせず進む。いつもの受付嬢の前に立ち、依頼はないかと話しかけた。
「お久しぶりですアリアさん。依頼ですか?」
「はい、何かいいものはありますか?」
「え~っと....おすすめ出来そうなのは3つですかね。南の森の迷宮調査、ホーンディアブルの角の採集、あとは護衛依頼」
「護衛依頼?」
「はい。王族の方々が魔獣との戦闘の実戦練習をするらしく、魔法・剣技どちらかの師範代兼護衛役を買ってくれる冒険者を探しています。アリアさん!どうですか?!」
「....ホーンディアブルの角採集で」
そう言うと露骨にがっくりと肩を落とす受付嬢リンリー。だが、ギルド側からの依頼の強制はできないので、大人しく従うしかないのだ。
(王族の護衛なんてまっぴらごめんです....ただでさえ昨日危なかったのに....)
そう、昨日の新学期の1件で1つ危ないことがあったのだ。
時は昨日にまで遡る。
***
この国の第2王子ことレオンハルトに助けられた私。それを頬を赤らめて見るルルカとリリア。殿下とその取り巻きがペライアを囲んでいる中、そっと寄ってきて小声でキャーキャーと言っている。
「ライラちゃん!殿下に助けてもらえるなんてよかったじゃん!王子様みたいだったね!」
「いや、実際に王子様ですよね?」
「ライラさん!これは惚れちゃったんじゃないですか?遂に恋しちゃったんじゃないですか?!」
「いや、感謝はしてますけど微塵も好いた惚れたの感情は....」
「なあ、あんた。こいつの知り合いだろう?こいつの名前は何て言う?」
レオンハルトがペライアを指さして言う。目線からして話しかけられているのは私。というか、当事者なのだから私しかいない。
「この人はペライア・シャングリラ。四大貴族シャングリラ家の次男坊でございます。殿下」
「....なるほど。お前がペルー侯爵の言っていたバカ息子というやつか。話は聞いてるぞ。ということはお前が....」
「申し遅れました。四大貴族ティルナノーグ家長女のライラ・ティルナノーグでございます。此度は危機を救っていただきありがとうございます」
「その礼、ありがたく頂戴しておこう。まぁ、ティルナノーグ公爵は俺の師でもある。その娘のあんたを傷つけたりしたら後が怖いからな。そういうことにしておいてくれ」
(照れ隠し....でもないですね。本気で言ってる)
「わかりました。彼の処罰はどうしましょう?」
「面倒だから学園に投げる。その内ティルナノーグ嬢も事情徴収に呼ばれるだろう。真実を話せ。俺が味方してやる」
「心強いです」
「さて....立てるか?」
差し伸べられた手。ここで手を振り払うのは不敬に当たるだろうと手を伸ばす。
だが....
「っ!!?」
バッ!!とその手を引っ込めた。
殿下は怪訝そうな目で私を見てくる。だが、ここで本当のこと言うわけにはいかない。私は私を護るために、王家に近づくわけにはいかないのだ。
「大....丈夫です。自分で立てます」
「....そうか。悪かったな。行っていいぞ」
そう言われて立ち上がる。ルルカ・リリアとともにお辞儀をし、その場を去っていった。
(危なかった....危なかった危なかった!!危うくバレるところでした....)
あの時手を伸ばした私は見てしまったのだ。殿下の胸元にぶら下がっているネックレスについた宝石を。“聖結晶”という聖女の魔力にのみ反応する石があることを。
“聖結晶”とは、光魔粒子と呼ばれる魔力粒子に反応する結晶である。数はあまりなく、その原石たる大結晶は王都の教会に存在する。日光を浴び、無から作り出される結晶には謎が多く、初代聖女が死に際に残した“聖女探知機”とまで言われているほどだ。
聖女の魔力には光魔粒子が常に入り込んでいる。王家に触れなどしたら、せっかく隠蔽魔法までかけて隠している“聖女紋”がバレてしまう。
そんなことあってはならない。本物の“聖女”というものがどれほど呪われた運命にあるのかを、人々は理解していない。
(私が“聖女紋”を授かったあの日....あの日から運命が狂ったじゃないですか。こんなもの、私はいらない。私は平凡に、自由に生きたいだけ)
だから聖女であることを隠す。だから聖女であることから逃げる。
聖結晶の原石を持つ王族から遠ざかり、一公爵令嬢として、一冒険者として生きる。縛られた生活も、命を狙われるのもまっぴらごめんだ。
....あのような惨劇は、二度と起こしちゃいけない。
だからこそ、私という聖女がいることを世界に認知されてはいけないのだ。
***
「ふぅ....こんなものですか」
ズズン....と重たい音を立てて倒れるホーンディアブル。真っ黒な毛におおわれた体と二本の牙を持つ巨獣を倒し、フードに隠れた額の汗を拭う。
ここは王国の南にある森。広大な森は西の方まで続いており、動物や魔獣問わず様々な生物や薬草が存在する。
私はホーンディアブルの討伐の依頼を受け、こうしてこの森にまで足を運んだのである。
ホーンディアブルの討伐級は5。D級冒険者が4人パーティを組んで勝てるかどうかといったところだろう。そんな討伐対象を5体討伐するのがこの依頼だ。A級にまで上り詰めてる私からしたら、討伐級5を5体など容易い。
討伐証明の牙を根元から魔法を使って切断し、
思念携帯鞄は空間属性の魔法。空間に干渉し、対象者の魔力の総量に応じて収納数が上がる汎用魔法だ。
「ま、ひとまずこんなものですかね。パッと見た感じ他に近隣の村に悪さする魔獣は見えませんし」
一応周囲の安全確認もこなしたうえで帰路に付こうとする。
その時だった。
「うわぁぁぁああああああああ!!!」
森中に響き渡るのではというほどの声。それに応じて、少し離れた場所で大きな土煙が上がった。
(あっちの方向で何かがあった....?それに、あの威力は爆発魔法?!こんな森の中でそんなもの撃ったら....!!どこのバカだ一体!!)
そう考えると、面倒事の気配しかしなかったが自然と走り出していた。“身体能力強化”と“風域”の魔法でスピードをバックアップし、土煙の立つ方へと向かった。
辿り着いたその場所にいたのは十数名の騎士達。怪我人が10名ほど、倒れた馬車と木々、そして未だに何かと交戦する数名の騎士....いや、その中に1人、見覚えのある人物がいた。
咄嗟に草むらに隠れてしまう。
(あれは....!レオンハルト殿下?!)
そこにいたのはレオンハルト。騎士団数名と共に戦う第2王子の姿だった。
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