第2話 隠れ聖女と新学期
王都ドラグニア。人界最大の国家“始まりの国”エキドナの首都にして、技術・流通・魔法の最先端都市。
今、私はそんなところに住んでます。
ティルナノーグ領を出てから実に5日ほどで王都に到着し、荷物を持って寮に入る。2週間ぶりに見る寮は特に変わりなく、寮で働く使用人さんたちが部屋まで荷物を運んでくれた。
ここは王都ドラグニアに存在する“ドラグニア王立学園”の寮だ。寮には貴族寮と一般寮があり、私が居るのは貴族寮の方。
ドラグニア王立学園は完全な実力主義をうたう学校である。そこには身分差による差別は存在せず、庶民だろうが貴族だろうが、貧民街出身だろうが王族だろうが対等な土俵での戦いになる。
勿論、貴族の中にはそういった平等思想を受け入れない輩もいるが、学園の中では家の権力など無に帰す。いわゆる『お父様に言いつけますわよ!』的な権力をかさにした行動は通用しないのだ。
学外からの圧も、学園の総権力の帰り先は王家なのでいくら爵位を持っていようと反撃はできない。
エキドナ国内の伯爵以上の貴族は入学が義務付けられており、子爵以下の貴族は本人の意志と家族の同意によって、一般人は試験の結果によって合否が決まり、子爵以下には王家からの資金援助も見込める。
明日からは新学期だ。学年が1つ上がり、かつ新入生も入ってくる。一応竜爵家の令嬢として、ふさわしい立ち居振る舞いを見せなければ家の名に泥を塗ることになるかもしれない。
そう考えれば、当初計画していた王都でのお出かけも今日のところは不可能だろう。
新学期開始前日のお昼過ぎについた以上、もうこれから出かけている余裕はない。
(久しぶりに戻ってきたし、新しいものが入っていないか確認に行きたかったけど....)
行きたいところはあったが、時間的に行ってしまえば門限までに帰ってこれる保証はない。そう考えれば、今は翌日に備えてゆっくりしておくべき。
そう考え、私はひとまずベッドにダイブインするのだった。
***
翌日、晴れた日の下を同じ制服を着た生徒たちが歩く。
一晩明け、新学期が始まった。今年から私は3回生になる。この学園では、14歳から学園に入学する。つまり、もうかれこれこの生活も3年目だ。さすがに慣れた。
真新しい制服に身を包んだ生徒もいくばくかいる。貴族社会に限らず、こうした最先端の学園で学べる栄誉はやはり期待に胸を踊らせる。
「ライラ様、おはようございます」
「おはよーライラちゃん!」
「おはようございます、ルルカ、リリア」
声をかけてきたのは学友のルルカ・アンドラーデとリリア・ベルディーヴァだった。彼女たちはそれぞれ伯爵家のご令嬢。この学園に入学した時からの付き合いで、学内で最も信頼できる親友の2人だ。
「今年もよろしくねー!クラス同じだといいけど」
「そうですね。去年はリリアさんのみ別クラスでしたから」
「あ!そーいうこと言っちゃう?!いいもん!今年は私がライラちゃんと同じクラスになるから!!」
「私は3人一緒がいいです。そしたらもっと楽しい学園生活になると思いますよ」
そんな話をしながら壁沿いを進み、見えてきた校舎棟の校門から中に入る。
この学園の敷地は相当広い。学生たちの学ぶ校舎棟、魔法の修練場こと魔法棟、剣技や戦闘を学ぶ修練棟、大図書館のある博識棟、学生寮や教員寮などなど....その他にも私有地内にはいくつもの棟や場所が存在し、この敷地だけで大抵何でもできる。
ちなみに所有者は王家となっているが、実質的な権力を持っているのは国王1人のみだ。
校門から入ると、目の前でキャーキャー!と黄色い悲鳴が舞い上がってるのが聞こえる。よく見ると、そこで騒いでいるのは女子生徒のみ。男子生徒もその騒ぎの場所を見てはいたが、首を突っ込むことはなかった。
「なんでしょう?あの騒ぎ?」
「あ、ライラちゃん知らない?今年から編入性が来るんだよ。エキドナ王国第2王子のレオンハルト殿下。私達と同い年だよ?」
そう言えば、ティルナノーグ領出発前にお父様が何か話していた気がする。第2王子殿下がどうたらって....まぁ、興味ないから忘れましたけど
「でも、なんで3回生から編入なんですか?」
「それがレオンハルト殿下は恐ろしく強いそうで、本来学園で学ぶはずの期間に王城で騎士団の皆様と訓練をなさっていたそうですの。国王陛下とのお約束は『3回生から編入できるほどの知識を身に着けた場合のみ2年間の騎士団同行を許す』というものらしいですから、その期間が終わったのだと思いますわ。学園中に出回っている有名なお話ですよ」
そんな話しあったのか!!全く知らなかった....いかんせん自分のことに夢中すぎて王家のお話とかに耳を傾ける暇がなかったのだ。しょうがないしょうがない。と自分に言い聞かせ、渦中の人物ことレオンハルトに視線を向ける。
兄の第1王子と対照的な真っ黒な髪に凛々しい目。整った顔立ちが王族特有の雰囲気を醸し出し、ルックスで見れば国内最上級とも言えるだろう。もちろん、権力も最上級だろうが。
(服の上からでも鍛えられているのがわかります....魔力は....中の上くらい?おそらくこの年齢で騎士団の方々と遜色ない強さは持ってるはず....家柄の話さえなければいい傭兵になれそうなのに....)
「ライラちゃん?」
「えっ!?あっ、ごめんなさい。ボーとしてました」
「何々?まさか殿下に惚れちゃった?」
にやにや笑いのリリア。やはり年頃の女の子、恋バナには敏感だ。
「いえ?別にそんなことはないですけど」
「またまた~....って、その顔はマジの奴だね。あーあ....ライラちゃん綺麗だし絶対モテてるのに恋愛にはてんで興味なしだからもったいない....」
「本当ですわ。ライラ様は家柄も容姿も性格も良いうえに勉強も運動もできるハイスペックお嬢様....なのになぜか恋愛方面だけはダメですわよね」
「褒められてるのか貶されてるのかわからないですけど....誰かを好きになるって、家族を好きになるのと何か違うんですか?」
ルルカとリリアは揃って「はぁ....」とため息をつく。
えぇ....何よ....?だって興味ないんだもん....
「見つけたぞ!!!ライラ・ティルナノーグッ!!」
そんなことを思っていると、背後から大声で私の名前を呼ぶ人物が現れた。
この声....嫌な予感がする。無視したい、でも周囲の目もあるから無視はできない。はぁーあ、面倒くさいですね。
私は渋々背後を振りむいた。目の前にいた人物は私の予想通り、面倒くさい奴だった。
「お久しぶりですねペライア・シャングリラさん。春期休暇のうちにお痩せになりました?」
ペライア・シャングリラ。四大貴族の1家シャングリラ家の次男坊にして、私に毎度のごとく縁談を持ちかけてくる。ティルナノーグ領でお父様と話していた時に名前の出た、通称“バカ”だ。
「何を言ってるんだ節穴め!むしろ太ったぞ!」
こーいうことを堂々と言っちゃうからダメなんですよ....今自分がどういう状況にいて、周囲の人間に頭の悪さを認知させているのかを早く理解してほしい。
「そんなことよりライラ!また俺からの縁談を断ったな!?何度言ったらわかる!お前は俺の女なんだ!婚約を受けるのが筋ってものだろう!!」
本当に何を言ってるんだこのバカは。さっさと周囲を見て見なさいよ。私の隣のルルカとリリアですら苦笑いの状況なんですよ?
横にいたセルカとリリアは「あーライラちゃん大変だね....」と苦笑いで語っていた。
助けてほしいのは事実だが、2人は伯爵家に対して相手は公爵家。学園内では貴族制度は無効となるが、何百年も根強く残った貴族階級の意識はそう簡単には消えるわけがない。
ここは当事者兼同じく公爵家の娘として、向き合わなければならない。
「ペライアさん、私はあなたのものになった記憶はありません。縁談を受けるか蹴るかはあなたでもお父様でもなく私自身が決めます。自分のものにならないからと喚き散らすのは同じ公爵家の身分としてとても恥ずかしいです。いい加減ご理解してください」
「なっ....?!そ、そんなことは知らん!お前は俺のものだ!!俺の女である以上、他の男に近づくことすら許されない!!」
「まだ言いますか。何度も申し上げますが、私はあなたの恋人でも婚約者でもありません。友人関係や学園内での行動に関してもあなたに縛られる筋合いはないです。人の意見も聞かず、自分の意見のみを押し通そうとするなんて....子供ですか」
その言葉がペライアの地雷を踏んでしまったらしい。激高したペライアが近づいてきた。
「好き勝手に言わせておけば調子に乗って....!!」
ペライアが拳を振り上げる。もはや殴ることに躊躇など無い様で、勢いのまま拳が振り下ろされた。
周囲から悲鳴が上がる。気づけば先ほどまで王子殿下と取り巻きに反応していた女子たちもこちらを見ていた。
さて....どうしましょう?
時間が引き延ばされたように周囲の時間が遅く感じる。別に魔法を使ったわけでもないのだが....。
避けるのは簡単だ。受けるのも簡単だ。だが、どちらにせよ相手を諫めるほか止める方法はない。まぁ、正直結界を張れば人の拳程度跳ね返せるのだが、相手が生身に対して魔法の行使は罪の割合が変わる可能性がある。
こんな騒ぎが起これば教師の耳にも入るだろうし、反撃して私まで罪を着せられるのは勘弁願いたい。1割だって負いたくないのだ。
10:0の完全勝利をするにはやっぱり受けるのが無難かなぁ....やだなぁ....痛いし。
などと考え、瞬間的に自身の腕に強化術式をかけてガードする。これで受ければ私は一方的な被害者だ。そう思った矢先、拳が届く前に私の目の前に何かが入り込んできた。
***
うっすらと閉じていた眼を開けると、目の前には大きな背中があった。制服の肩幅からして男子生徒だろう。私よりも体が大きく、かつ黒髪の青年が....
....え?黒髪の青年?
「お前、今彼女を殴ろうとしたな?」
聞いたことのない声。だが確かにはっきりとした意志のこもった声だった。
目の前の人物の先に見えた光景は、剣や短剣を持った生徒数人に取り囲まれたペライアだった。つー....と垂れる冷汗が、彼の焦りを表している。
「くっ....なんなんだお前ら....!!」
「口の利き方に気をつけろ。主君の前で不敬だぞ」
「そうそう、大人しくしておいた方がいいよ~。シノブ、レオの事になると怖いから」
「おいマハト、もう少し剣を下げてやれ。首が切れそうだ」
ペライアを取り押さえた3人組が話す。シノブと呼ばれた短剣使いの女性が言う主君とは、恐らく目の前のこの男の事だろう。
「お前らやめろ。開放してやれ」
男が言うと、3人はスッ....と離れる。ペライアはたまっていた息を吐き出すようにゼーハーと息をした。その顔は恐怖に染まっており、少し体が震えている。
「大丈夫だったか?怪我は?」
「あ、いえ....ありがとうございます」
「女性を殴ろうとするとは....騎士の風上にもおけんな」
そう言った横顔。その顔には見覚えがあった。
そう、ついさっき見た顔だ。
「君が無事ならそれでいい。余計なことして悪かったな」
「いえ、助けていただきありがとうございました。レオンハルト殿下」
エキドナ王国の王家であるアヴァロン家。その第2王子ことレオンハルト・アヴァロンが私の事を庇ったのだった。
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